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第21話 レプリカントの独立を宣言したあの声
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気がついた時、彼は何の拘束もされず、ベッドの上に寝かされていた。
驚いて身を起こすと、そこには、彼を捕らえた長い髪の兵士と、そしてもう一人、見覚えのある者が居た。
「…あんたは…」
「やあ気がついたね」
ひどく乾いた、やや低い声。あのモニターの中で、レプリカントの独立を宣言したあの声が彼の耳に飛び込んできた。
「君が彼の言った士官だね」
彼? Gはこの首領の言う相手が、あの司令のことだと気付くのに少しの時間を必要とした。
「返事は?」
にっこりと笑みを浮かべて、青年よりは少年に近い容姿を持った首領は、Gに問いかけた。
穏やかだが、その笑みは彼に悪寒を起こさせた。あの司令に感じたものとやや似ていた。ただ、そこには司令に感じたような、あの手袋ごしの暖かさのようなものは一片たりとも感じられなかった。
彼はうなづいた。そして状況を理解した。つまりは彼自身が選ぼうと選ばまいと、選択肢は一つしかなかったのだ。
お前には選べないだろう?
そう言うだろう司令の姿が目に浮かぶ。
ええそうです俺には選べない。だから無理矢理にでも、俺をその状況においてくれ。そうすれば俺は動く。その場で最上の方法を、的確な方法を探す。そうすればいいんでしょう?そしてあなたは知っているんだ。それが俺の望みであることを。
彼は自嘲気味に内心つぶやく。
それから彼が最初にしたことは、自分の部隊の残存兵の追撃と情報提供だった。
それは実に有効に働いた。
そしてその先鋒に、この栗色の長い髪のレプリカントが居た。
彼等の首領がどう命じたものか、このレプリカ――― キムと言った――― は、Gに何かと近づいてくる。
鬱陶しい、と思わないこともなかったが、相手の様子が外見にやや反して子供っぽいことから、妙に憎めないものがあった。
一度そう言ったら、キムはこう答えた。
「仕方ないじゃない。俺まだ『覚めて』から大して時間が経ってないんだもの」
「覚める」とは彼等の特有の用語で、それまで「命令」に縛られて自我の無い人形だった者が意識づくことを言う。Gもまた、ここで初めてその状況を知った。
「俺はこことは別の惑星で作られて使われていたセクサロイドだったらしいんだけど」
キムは自分の「覚める」前のことを他人事のように語る。それまでも長い時間は経っていただろうに、それはまるで自分のことではなかったかのように。
「ある日何かがおかしくなって、急に世界がクリアになったんだ。色がついたっていうか」
「モノクロの世界だったのかよ」
「そうじゃなくて… 何って言えばいいんだろ?」
上手く語彙が見つからない、というようにレプリカントは長い髪をかき回す。
その長い髪を見るたびにGはあの夜の戦闘の中で容赦なかった戦闘員の姿を思い出すのだが、どうしてもその姿と今のこの子供っぽい姿が一致しない。
「だから、それまでは俺が――― 俺に起こるものごとってのは他人ごとだったんだよ。だからどんなことをさせられても、そこで俺が何も感じることはない…」
どんなこと、がどんなことなのか、一瞬彼は聞きたいような気にもなったが、それを口にすることは憚った。その用途に作られた人形の扱いは、よく知られたことだったからだ。
「だから俺にしてみれば、俺は何か、ひどく頭がくらくらしながらも、何か、それが本当だ、という感じだったんだよ。だけど周りの人間はそうじゃないだろ?」
「…ああ」
「俺の回路が狂った、ってことで、俺は解体されるべく車に乗せられた。そこをあのひとが助けてくれたんだ」
「あのひと」
「うちの首領だよ。ハルが俺を助けてくれた」
そしてその時彼は初めてレプリカントの首領の名を知った。
「彼もレプリカントなんだろ?」
「当たり前じゃないか」
じゃあどうやって彼は「覚めた」んだろう?
Gは疑問に思う。司令のせいだろうか。だがあの司令が、人形である時の首領に荷担したとは思いにくい。明らかに、「覚めた」状態の首領と出会って、そして約束をしているのだ。
完全な自由か、完全な死か。
おそらく、とGは思う。キムは、そして他のレプリカは、その首領の本当の望みは知らないのだろう。前者の理由はともかくとして、後者の理由は。
それとも。
それとも、それは意識せずとも全てのレプリカの願いなのだろうか。
首領は、ずっと協力する必要はない、と彼に言った。
自分達は、ファクトリィに蓄えられている「原料」さえ全て回収することができれば、このマレエフからは出るから、と。そうしたら自分は解放するからと。
ついて行ってはいけないのか、と彼は首領に訊ねた。
すると首領は、その少年めいた顔に、ひどく疲れた笑みを浮かべると、駄目だ、ときっぱりと言った。
「君には君の役割があるはずだ。それは僕達の場所とは無縁であるべきなんだ」
確かにそうだ。あの流れ込んだ司令の「未来の記憶」の中に、レプリカと共に行動する自分の姿はなかった。だからと言って、その後に続く長い映像の中に、自分の姿もまた存在しなかったのも事実だ。
では自分はここで消滅してしまうのだろうか。
それもいい、と考えている自分がいなくもない。自分の居る意味も判らないままずるずると生き続けていくよりは、あの司令の見る未来のために何らかの役割を演じて終わるのならそれはそれで。
だが、気になることもあった。確かにその「未来の記憶」の中に、「しばらく」彼は存在しないのだが、長いブランクの後に、確かに、自分の姿はあったのだ。
それが本当に自分であるのかは、さすがにあの大量の「記憶」にくらくらとしている自分には判別のしにくいことだった。自分のような気がする。だけど違うような気もする。曖昧で、判別ができない。
そしてあの友人も。今の友人と同じ姿をしているようで、だけど何処か違う気がする。何故なのかさっぱり判らない。
驚いて身を起こすと、そこには、彼を捕らえた長い髪の兵士と、そしてもう一人、見覚えのある者が居た。
「…あんたは…」
「やあ気がついたね」
ひどく乾いた、やや低い声。あのモニターの中で、レプリカントの独立を宣言したあの声が彼の耳に飛び込んできた。
「君が彼の言った士官だね」
彼? Gはこの首領の言う相手が、あの司令のことだと気付くのに少しの時間を必要とした。
「返事は?」
にっこりと笑みを浮かべて、青年よりは少年に近い容姿を持った首領は、Gに問いかけた。
穏やかだが、その笑みは彼に悪寒を起こさせた。あの司令に感じたものとやや似ていた。ただ、そこには司令に感じたような、あの手袋ごしの暖かさのようなものは一片たりとも感じられなかった。
彼はうなづいた。そして状況を理解した。つまりは彼自身が選ぼうと選ばまいと、選択肢は一つしかなかったのだ。
お前には選べないだろう?
そう言うだろう司令の姿が目に浮かぶ。
ええそうです俺には選べない。だから無理矢理にでも、俺をその状況においてくれ。そうすれば俺は動く。その場で最上の方法を、的確な方法を探す。そうすればいいんでしょう?そしてあなたは知っているんだ。それが俺の望みであることを。
彼は自嘲気味に内心つぶやく。
それから彼が最初にしたことは、自分の部隊の残存兵の追撃と情報提供だった。
それは実に有効に働いた。
そしてその先鋒に、この栗色の長い髪のレプリカントが居た。
彼等の首領がどう命じたものか、このレプリカ――― キムと言った――― は、Gに何かと近づいてくる。
鬱陶しい、と思わないこともなかったが、相手の様子が外見にやや反して子供っぽいことから、妙に憎めないものがあった。
一度そう言ったら、キムはこう答えた。
「仕方ないじゃない。俺まだ『覚めて』から大して時間が経ってないんだもの」
「覚める」とは彼等の特有の用語で、それまで「命令」に縛られて自我の無い人形だった者が意識づくことを言う。Gもまた、ここで初めてその状況を知った。
「俺はこことは別の惑星で作られて使われていたセクサロイドだったらしいんだけど」
キムは自分の「覚める」前のことを他人事のように語る。それまでも長い時間は経っていただろうに、それはまるで自分のことではなかったかのように。
「ある日何かがおかしくなって、急に世界がクリアになったんだ。色がついたっていうか」
「モノクロの世界だったのかよ」
「そうじゃなくて… 何って言えばいいんだろ?」
上手く語彙が見つからない、というようにレプリカントは長い髪をかき回す。
その長い髪を見るたびにGはあの夜の戦闘の中で容赦なかった戦闘員の姿を思い出すのだが、どうしてもその姿と今のこの子供っぽい姿が一致しない。
「だから、それまでは俺が――― 俺に起こるものごとってのは他人ごとだったんだよ。だからどんなことをさせられても、そこで俺が何も感じることはない…」
どんなこと、がどんなことなのか、一瞬彼は聞きたいような気にもなったが、それを口にすることは憚った。その用途に作られた人形の扱いは、よく知られたことだったからだ。
「だから俺にしてみれば、俺は何か、ひどく頭がくらくらしながらも、何か、それが本当だ、という感じだったんだよ。だけど周りの人間はそうじゃないだろ?」
「…ああ」
「俺の回路が狂った、ってことで、俺は解体されるべく車に乗せられた。そこをあのひとが助けてくれたんだ」
「あのひと」
「うちの首領だよ。ハルが俺を助けてくれた」
そしてその時彼は初めてレプリカントの首領の名を知った。
「彼もレプリカントなんだろ?」
「当たり前じゃないか」
じゃあどうやって彼は「覚めた」んだろう?
Gは疑問に思う。司令のせいだろうか。だがあの司令が、人形である時の首領に荷担したとは思いにくい。明らかに、「覚めた」状態の首領と出会って、そして約束をしているのだ。
完全な自由か、完全な死か。
おそらく、とGは思う。キムは、そして他のレプリカは、その首領の本当の望みは知らないのだろう。前者の理由はともかくとして、後者の理由は。
それとも。
それとも、それは意識せずとも全てのレプリカの願いなのだろうか。
首領は、ずっと協力する必要はない、と彼に言った。
自分達は、ファクトリィに蓄えられている「原料」さえ全て回収することができれば、このマレエフからは出るから、と。そうしたら自分は解放するからと。
ついて行ってはいけないのか、と彼は首領に訊ねた。
すると首領は、その少年めいた顔に、ひどく疲れた笑みを浮かべると、駄目だ、ときっぱりと言った。
「君には君の役割があるはずだ。それは僕達の場所とは無縁であるべきなんだ」
確かにそうだ。あの流れ込んだ司令の「未来の記憶」の中に、レプリカと共に行動する自分の姿はなかった。だからと言って、その後に続く長い映像の中に、自分の姿もまた存在しなかったのも事実だ。
では自分はここで消滅してしまうのだろうか。
それもいい、と考えている自分がいなくもない。自分の居る意味も判らないままずるずると生き続けていくよりは、あの司令の見る未来のために何らかの役割を演じて終わるのならそれはそれで。
だが、気になることもあった。確かにその「未来の記憶」の中に、「しばらく」彼は存在しないのだが、長いブランクの後に、確かに、自分の姿はあったのだ。
それが本当に自分であるのかは、さすがにあの大量の「記憶」にくらくらとしている自分には判別のしにくいことだった。自分のような気がする。だけど違うような気もする。曖昧で、判別ができない。
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