七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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第1話 発端・辺境の来訪者

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 時間だ。

 窓を開けてもいいか、と彼女は同行者に訊ねた。
 構わん、と相手の男は答えた。
 がたん、と音をさせて彼女はやや立て付けの悪い窓を開ける。途端、やや砂混じりの風が大きく吹き込む。
 男はその砂がおでこに張り付くような感触を嫌い、顔をしかめる。
 吹き込んだ風が逆戻りして、彼女の嫌いな強い整髪料のにおいが漂ってくる。
 もういいだろうさっさと閉めろ、と男は彼女に強い口調で命じる。それも彼女の嫌いな部分だ。
 彼女は何を思ったか、服の大きな水兵襟から白い大きなタイを外した。そして窓の外へふっと飛ばす。
 何をする、と男は腰を浮かせた。
 彼女は口の中で何やらつぶやくと、すっとかがんだ。
 窓の外から一瞬鋭い光が走った。

 ―――約束の時間だ。

 大きなピアノを、演奏中の舞台から勢い良く突き落としたような音が響いた。
 大きな襟で彼女は風とともに吹き込む窓ガラスの破片を避ける。
 ―――そして彼女の前の男の額から血が噴き出した。



「ふう」

 ひでえほこりだ、と彼はつぶやく。
 ホテルのロビーに入る前に、帽子を取ってぱたぱたと砂を払う。
 本当は帽子どころか、髪にも服にも、舌にさえ絡みついていそうで、全身一気に音を立ててはたきたいところだったが、さすがにそれは思いとどまった。

 ―――確かにこの街じゃそうだろうな。

 おそらくスーツの内ポケットあたりまで、砂は入り込んでいるだろう。彼は思う。
 部屋を取ったら思いきりぱたぱたと服を振り回してやろう、と秘かにもくろみはじめる、
 つい二十分前に彼が足を踏み入れた、ここフラビウム市は、「偉大なる国境地帯」と呼ばれる大砂漠に面した都市である。
 とはいえ、「都市」と言っても名ばかりのもので、これ以下の規模になると、連合の州設法では「市」と認められない。
 逆かもしれない。この辺境地区に唯一それらしく人が集まるこの街を「都市」としておきたいがため、州設法もここを基準にしているのかもしれない。
 さてその辺境都市「唯一の」ホテルは、年代物の五階建ての建物である。
 彼はさほど建築関係には詳しくはないが、様式の形から少なくとも百年は経っているだろうとは思われた。
 彼を待っていたのは、旧式な回転扉だった。案外軽く回るのに彼は驚く。
 中に入ると、いきなり柔らかな光に自分が包まれるのが判った。
 吹き抜けのロビーの、高いガラス張りの天井から光が降り注いでいる。寝不足の目にはやや痛い。
 彼はややぼんやりとその様子を眺めていたが、やがて自分に注がれる視線に気がついた。フロント嬢が何の用か、と言いたげにじっと彼を見ている。

 さて。

 彼はフロントへ向かう。急なことだったので、ホテルに予約の高速通信一つ入れていない。とすれば、返ってくる返事は予想がつく。

「部屋はあるかな?」
「あいすみません、本日は満室でございます」

 実にていねい、かつ慇懃にフロント嬢は言った。
 ほう、と彼は片方の眉を上げて見せる。実に人を外見で判断するいい教育をされているなあ。
 もちろん彼は知っている。こういう対応は常識である。
 そしてこんな辺境のホテルに満室などある訳がないというのも常識である。体のいいお断りである。

 ―――そんな格式ばったところかよ、おい。

 安い値段で泊まれる部屋もなくはない。だがそんな客ばかりが陣取ると、この「唯一の」ホテルには赤字が出かねない。いい客を沢山、もしくは長く泊めたい、というのがどんな宿でも本音だろうから。
 確かに彼は「市内唯一のホテル」言い換えれば、「第一のホテル」にはふさわしい恰好ではなかった。
 確かに一応スーツに帽子、とそれらしい姿はしている。
 だがその仕立てが決して上等のものではないことは、少し客商売している者なら簡単に判断がつく。
 しかも彼の柔らかそうな薄茶の髪は、連合における成人男子の常識的な「紳士」な方々よりは結構長く、しかも無造作に後ろでくくられている。
 靴ときたら、磨いてもいず――― というより、それは明らかに運動靴だった。砂ぼこりに汚れたそれは、ぱたぱたとはたけば、ずいぶんと色を変えるであろうことは見た誰にでも予想がつくだろう。

 ―――ま、気持ちは判るけどね。

 彼はためいきをつく。

「満室ねえ? 金なら出すけど?」
「現金即払いです」
「ふーん……」

 すると彼は、スーツの内ポケットに手を突っ込んだ。なけなしの金の勘定をするために財布を出すのだろう、とフロント嬢は思った。
 だが。

「あー…… これじゃまずい?」
「え?」

 銀色のカード。
 フロント嬢は目をむいた。
 連合でも有数の財団・デカダ通運の特権カードが彼女の目の前にあった。
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