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第2話 デカダ通運の三男坊
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―――ま、何はともあれ効き目はあるよなあ。
銀色の金属のカードを見ながらシルベスタは思う。
連合有数の財団であり、国内最大の運輸業者であるデカダ通運の会長には、男女合わせて五人の子供が居る。
三人の母親を持つこのきょうだいは、上から順に、プラティーナ、ゴールディン、シルベスタ、スティル、アルミーナという。
父親であり、会長であるヴォータル・コシュガンド・デカダは、この五人を手元で一緒に育て、全員にある程度の金銭の自由を保証する特権カードを渡した。
*
ざあ…… とシャワーを浴びながら彼はやっと人心地ついた気分になる。
大陸の西半分を統治する大国「連合」に名高い財団、デカダ通運の三男坊は、その日、国境間近い都市フラビウムに居る。
普通なら居る筈のない所に、普通なら居るはずのない彼が居る。
濡れた髪をざっと拭くと、一服しながら彼は鞄から仕事の資料を取りだした。
―――本業じゃねーのになあ……
厚手の書類封筒の中には、一人の人物についての資料が入っている筈である。
彼はくるくるとまかれた紐を解き、中から十数枚の厚手の紙を取りだした。そしてそれと一緒にばらばらとすべり出てくる数枚の写真。
彼は思わず目を大きく広げた。これは極上品だ。
本業でない「仕事」の、今回の内容は簡単と言えば簡単だった。
彼は人に会う約束があった。「帝国」からの客人である。
「帝国」は、国境の大砂漠をはさんで、この大陸の東半分を統治する国であり、その名の通り「皇帝」が存在する国である。
両国は今のところ、戦火を交えることはなく、二百年程度の平和な付き合いが今のところ続いている。
その両国をつなぐ方法は、現在この時点において二通りしかない。
一つは、大陸の近海を大陸ぞいにぐるりと回る北・南二種類の海路であり、もう一つは、砂漠を真っ直ぐに繋ぐ大陸横断列車である。
彼の待っている人物は、その列車で来るはずであった。しかも、ここではなく、終着駅である、連合首都・「西都」ルカフワンで会う予定だったのだ。
不本意な「仕事」にさらに不本意なアクシデントが重なって、彼はやや調子が狂っていた。
ことの起こりは、構内放送だった。
*
数日前、いきなり大学の官舎の共同通信機が鳴った。
「シルベスタ・デカダ助教授…… お近くの通信機にお願いします」
その時彼は食堂に居た。夕飯の時間だったのだ。
職場である大学は広かった。
まあ連合の何処へ行っても、大学構内というのは広いものであるが、彼の勤務するオクティウム市立大学は特に広かった。
したがって、構内の何処かで鳴った高速通信のために、彼は構内中に名前を連呼されるのである。
ただでさえ、何かしら聞き覚えされるこの名である。連呼されるのは好きではないので、食事も半ばに、慌てて最寄りの通信機へ飛びついて、点滅する回線のボタンを押した。
「はい?」
全くその時は、通信の相手の見当がつかなかった。何せ頭の中は、ようやくこのオクティウム市大の図書館にも回されてきた本のことで一杯だったのだ。
それもずっと読みたかった帝国の著名な歴史家イヴ・カナーシュの本である。
この手の本は民間の書店で扱われることはまずない。
しかも最近帝国で発禁になってしまった本である。この先輸入されることはまずない。慌てて史学助教授である彼が、図書館に催促したぐらいの本である。
それがやっと届いたと聞いて、夕食後取りに行こうと思っていたのだが……
『おうっ元気か?三男坊』
陽気な声が彼の気分を一気に突き落とした。
脱力しそうになる身体をため息混じりでささえ、通信機のマイクにうめくように返事する。
「……何か御用ですか? 親父どの……」
『用があるから通信してるんだがなあ? ああお前、明日来い』
「は?」
『聞こえんかったか? こっちへ来いと言ってる』
「……こっち…… こっちって、そっちですか? 西都ですか?」
『ルカフワン以外の何処があるって言うんだ? 相変わらずお前は頭悪い。資料を出しておいたから道々見てこいよ』
ぴ、と軽い音が耳に届く。一方的に通信は切れた。反論するタイミングもつかせない。
はぁぁぁぁぁぁ…… と溜息をつきながら受信器を頭から外すと、これでもかとばかりに彼は顔を歪めた。そしてまたかよ、と口の中でつぶやく。
銀色の金属のカードを見ながらシルベスタは思う。
連合有数の財団であり、国内最大の運輸業者であるデカダ通運の会長には、男女合わせて五人の子供が居る。
三人の母親を持つこのきょうだいは、上から順に、プラティーナ、ゴールディン、シルベスタ、スティル、アルミーナという。
父親であり、会長であるヴォータル・コシュガンド・デカダは、この五人を手元で一緒に育て、全員にある程度の金銭の自由を保証する特権カードを渡した。
*
ざあ…… とシャワーを浴びながら彼はやっと人心地ついた気分になる。
大陸の西半分を統治する大国「連合」に名高い財団、デカダ通運の三男坊は、その日、国境間近い都市フラビウムに居る。
普通なら居る筈のない所に、普通なら居るはずのない彼が居る。
濡れた髪をざっと拭くと、一服しながら彼は鞄から仕事の資料を取りだした。
―――本業じゃねーのになあ……
厚手の書類封筒の中には、一人の人物についての資料が入っている筈である。
彼はくるくるとまかれた紐を解き、中から十数枚の厚手の紙を取りだした。そしてそれと一緒にばらばらとすべり出てくる数枚の写真。
彼は思わず目を大きく広げた。これは極上品だ。
本業でない「仕事」の、今回の内容は簡単と言えば簡単だった。
彼は人に会う約束があった。「帝国」からの客人である。
「帝国」は、国境の大砂漠をはさんで、この大陸の東半分を統治する国であり、その名の通り「皇帝」が存在する国である。
両国は今のところ、戦火を交えることはなく、二百年程度の平和な付き合いが今のところ続いている。
その両国をつなぐ方法は、現在この時点において二通りしかない。
一つは、大陸の近海を大陸ぞいにぐるりと回る北・南二種類の海路であり、もう一つは、砂漠を真っ直ぐに繋ぐ大陸横断列車である。
彼の待っている人物は、その列車で来るはずであった。しかも、ここではなく、終着駅である、連合首都・「西都」ルカフワンで会う予定だったのだ。
不本意な「仕事」にさらに不本意なアクシデントが重なって、彼はやや調子が狂っていた。
ことの起こりは、構内放送だった。
*
数日前、いきなり大学の官舎の共同通信機が鳴った。
「シルベスタ・デカダ助教授…… お近くの通信機にお願いします」
その時彼は食堂に居た。夕飯の時間だったのだ。
職場である大学は広かった。
まあ連合の何処へ行っても、大学構内というのは広いものであるが、彼の勤務するオクティウム市立大学は特に広かった。
したがって、構内の何処かで鳴った高速通信のために、彼は構内中に名前を連呼されるのである。
ただでさえ、何かしら聞き覚えされるこの名である。連呼されるのは好きではないので、食事も半ばに、慌てて最寄りの通信機へ飛びついて、点滅する回線のボタンを押した。
「はい?」
全くその時は、通信の相手の見当がつかなかった。何せ頭の中は、ようやくこのオクティウム市大の図書館にも回されてきた本のことで一杯だったのだ。
それもずっと読みたかった帝国の著名な歴史家イヴ・カナーシュの本である。
この手の本は民間の書店で扱われることはまずない。
しかも最近帝国で発禁になってしまった本である。この先輸入されることはまずない。慌てて史学助教授である彼が、図書館に催促したぐらいの本である。
それがやっと届いたと聞いて、夕食後取りに行こうと思っていたのだが……
『おうっ元気か?三男坊』
陽気な声が彼の気分を一気に突き落とした。
脱力しそうになる身体をため息混じりでささえ、通信機のマイクにうめくように返事する。
「……何か御用ですか? 親父どの……」
『用があるから通信してるんだがなあ? ああお前、明日来い』
「は?」
『聞こえんかったか? こっちへ来いと言ってる』
「……こっち…… こっちって、そっちですか? 西都ですか?」
『ルカフワン以外の何処があるって言うんだ? 相変わらずお前は頭悪い。資料を出しておいたから道々見てこいよ』
ぴ、と軽い音が耳に届く。一方的に通信は切れた。反論するタイミングもつかせない。
はぁぁぁぁぁぁ…… と溜息をつきながら受信器を頭から外すと、これでもかとばかりに彼は顔を歪めた。そしてまたかよ、と口の中でつぶやく。
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