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第6話 その口から出る「遺体の防腐加工」という言葉
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「暇ですか?」
とにかく、彼はそう訊いてみた。翌朝である。
朝食のために二階にあるレストランへ出向くナギを、シルベスタは待ち構えていた。
「暇です」
前日と似たような、首からすっぽりと覆っている黒い服を着た彼女は、素気なく答えた。
「朝食をご一緒していいですか? ナギさん」
まあ半ば断られるだろうな、と思いながら彼は訊ねている。何となく、彼女は一人で過ごすのが好きそうなタイプに見えたのだ。
ところが。
「ええ、構いませんが…… そのつもりだったのではありませんか?」
「……そう見えますか?」
「ええ。行きましょう。私昨日あまりきちんとしたもの食べていないからお腹が空いてますから」
そして彼女はにっこりと笑う。何だかなあ、と彼は思う。
数分後、「きちんとした」朝食の並べられたテーブルに彼らは向かい合っていた。
「断られるかと思っていた」
「そうですか? 結構簡単なものなんですね」
ナギは並べられた食事を見て開口一番、そう感想を述べた。
「そうですか?」
「こちらの朝食はだいたいこういったものなのですか?」
「そうですね。だいたい。そちらはそうではない?」
彼女は篭に盛られた丸いパンを一つ取る。
「私が寄宿舎に住んでいるからかも知れませんが…… 結構朝からこってりしたものを出すことが多いです。実のたっぷり入ったスープとか」
「ちょっとそれは……」
彼は照れくさそうに笑う。
「その代わりと言っては何ですが、夜はそう多くはないです。ですから、昨日もレストランの方は少し見送って」
「そういうものですか。こちらでは夕食がやはり正餐ですから」
「ええ、聞いてます」
確かに朝でもよく胃にものが入るようだった。彼は瞬く間に篭の丸いパンだの、波型に切ったチーズだの、ガラスの器に入ったヨーグルトのジャムがけだの、深手の皿に入ったとうもろこしのスープだの、果物のジュースだの、丸のままの果物だのが無くなっていく様に目を見張った。
「あなたはそうたくさんは召し上がらないようで?」
「まあ習慣で」
彼女はくすっと笑う。
「これから活動するのではありませんか。しっかり食べておかないといけませんよ。それとも胃がそう大きくはないですか?」
「胃は普通でしょう。ただちょっと昨夜呑みすぎたので――― 肝に命じましょう」
シルベスタは結局ナギの半分も手をつけなかった。下げていいかと確認してボーイが皿を持っていく。そして一度すっかり片付けられたテーブルに食後のお茶が運ばれて来た。
ナギはしばらくその運ばれてきたお茶の付け合わせを見ていたが、ピッチャーに入ったミルクを、濃く入れられたお茶に全部入れてしまう。タフな胃をしているなあ、と彼は再び感心する。
「ところでシルベスタさん」
一口含んだところで彼女はそう切り出す。
「何ですか?」
「どうやら暇が結構続きそうなんですよ。処理が済むまでここに居なくてはならないのですが、いかんせん私はここの街を全然知らなくて」
「そうですね…… 自分もそう知ってる訳ではありませんが」
「でも全くではないでしょう?」
「あまり遊ぶところには縁がありませんでね」
くっ、と彼女はやや顔を緩める。
「そういうところじゃありませんよ。じゃ言葉を変えましょう。しばらく私にお付き合い願えませんか?」
「あなたに?」
「ええ。一人で暇を潰すのは結構疲れるものですから」
どうやら自分の見当は外れたらしい、と彼は感じた。
「そう言われるのなら。ところでどのくらいかかるものなのですか?その処理とは」
「そうですね」
彼女はカップを置く。
「……防腐加工というのは昔は結構かかったものですが――― でも現在はどうでしょうか。一応昨日病院では、三日四日とか聞きましたけど」
「三日四日ですか。そうですね。その位でしたら、休暇も取っている訳ですし、私もこちらに居られますから」
「ありがとう」
そして彼女は二杯目のお茶を注ぐ。その姿から彼は目を離せない。
目が離せない理由は何となく彼も気付いていた。当初の印象と、どんどん彼女の姿がずれてきているからだ。
彼女――― ナギは、写真で見た限り、透明感のある美少女、という印象が大きかった。
おそらく現在でも、ただ何もせずそこに居るだけなら、その印象も変わらないのだろう。だが、一度動くと、その姿は予想をどんどん裏切っていくらしい。
確かに仕事のこともあるが、それとは別の次元で、少々彼女と行動をしてみたいな、と彼は思ったのである。
そもそも朝食の場で「遺体の防腐加工」について口にできる神経は興味深かった。
「あ、それと――― 高速通信のかけられるところはご存知ですか?」
「高速通信? 市内通信ならこのホテルにもありますが」
「ちょっと国の方へ連絡をつけておきたいんです。もちろんこの件自体は、別の方から連絡は行っていると思うんですが、私個人として、帰る時間がどのくらいかかるか連絡しておきたい相手がいますので」
「ご家族?」
「いえ」
ナギは首を横に振る。
「私には家族はいません。学校の寄宿舎に、男爵様のお嬢様がいますので」
「学校の。あなたと同じ?」
「ええ。同室です」
「ああ、じゃあ仲良しなんですね。たぶん図書館に行けばあるんじゃないですか?」
「図書館ですか?」
「だいたいこの規模の都市には図書館や公会堂を据え付けることが州設法で義務づけられています。図書館にはだいたい何処にも長距離用の公衆の高速通信が据え付けられているはずですが」
「そうですか。ではそこまでお付き合い願えます?」
「ええ、喜んで」
とにかく、彼はそう訊いてみた。翌朝である。
朝食のために二階にあるレストランへ出向くナギを、シルベスタは待ち構えていた。
「暇です」
前日と似たような、首からすっぽりと覆っている黒い服を着た彼女は、素気なく答えた。
「朝食をご一緒していいですか? ナギさん」
まあ半ば断られるだろうな、と思いながら彼は訊ねている。何となく、彼女は一人で過ごすのが好きそうなタイプに見えたのだ。
ところが。
「ええ、構いませんが…… そのつもりだったのではありませんか?」
「……そう見えますか?」
「ええ。行きましょう。私昨日あまりきちんとしたもの食べていないからお腹が空いてますから」
そして彼女はにっこりと笑う。何だかなあ、と彼は思う。
数分後、「きちんとした」朝食の並べられたテーブルに彼らは向かい合っていた。
「断られるかと思っていた」
「そうですか? 結構簡単なものなんですね」
ナギは並べられた食事を見て開口一番、そう感想を述べた。
「そうですか?」
「こちらの朝食はだいたいこういったものなのですか?」
「そうですね。だいたい。そちらはそうではない?」
彼女は篭に盛られた丸いパンを一つ取る。
「私が寄宿舎に住んでいるからかも知れませんが…… 結構朝からこってりしたものを出すことが多いです。実のたっぷり入ったスープとか」
「ちょっとそれは……」
彼は照れくさそうに笑う。
「その代わりと言っては何ですが、夜はそう多くはないです。ですから、昨日もレストランの方は少し見送って」
「そういうものですか。こちらでは夕食がやはり正餐ですから」
「ええ、聞いてます」
確かに朝でもよく胃にものが入るようだった。彼は瞬く間に篭の丸いパンだの、波型に切ったチーズだの、ガラスの器に入ったヨーグルトのジャムがけだの、深手の皿に入ったとうもろこしのスープだの、果物のジュースだの、丸のままの果物だのが無くなっていく様に目を見張った。
「あなたはそうたくさんは召し上がらないようで?」
「まあ習慣で」
彼女はくすっと笑う。
「これから活動するのではありませんか。しっかり食べておかないといけませんよ。それとも胃がそう大きくはないですか?」
「胃は普通でしょう。ただちょっと昨夜呑みすぎたので――― 肝に命じましょう」
シルベスタは結局ナギの半分も手をつけなかった。下げていいかと確認してボーイが皿を持っていく。そして一度すっかり片付けられたテーブルに食後のお茶が運ばれて来た。
ナギはしばらくその運ばれてきたお茶の付け合わせを見ていたが、ピッチャーに入ったミルクを、濃く入れられたお茶に全部入れてしまう。タフな胃をしているなあ、と彼は再び感心する。
「ところでシルベスタさん」
一口含んだところで彼女はそう切り出す。
「何ですか?」
「どうやら暇が結構続きそうなんですよ。処理が済むまでここに居なくてはならないのですが、いかんせん私はここの街を全然知らなくて」
「そうですね…… 自分もそう知ってる訳ではありませんが」
「でも全くではないでしょう?」
「あまり遊ぶところには縁がありませんでね」
くっ、と彼女はやや顔を緩める。
「そういうところじゃありませんよ。じゃ言葉を変えましょう。しばらく私にお付き合い願えませんか?」
「あなたに?」
「ええ。一人で暇を潰すのは結構疲れるものですから」
どうやら自分の見当は外れたらしい、と彼は感じた。
「そう言われるのなら。ところでどのくらいかかるものなのですか?その処理とは」
「そうですね」
彼女はカップを置く。
「……防腐加工というのは昔は結構かかったものですが――― でも現在はどうでしょうか。一応昨日病院では、三日四日とか聞きましたけど」
「三日四日ですか。そうですね。その位でしたら、休暇も取っている訳ですし、私もこちらに居られますから」
「ありがとう」
そして彼女は二杯目のお茶を注ぐ。その姿から彼は目を離せない。
目が離せない理由は何となく彼も気付いていた。当初の印象と、どんどん彼女の姿がずれてきているからだ。
彼女――― ナギは、写真で見た限り、透明感のある美少女、という印象が大きかった。
おそらく現在でも、ただ何もせずそこに居るだけなら、その印象も変わらないのだろう。だが、一度動くと、その姿は予想をどんどん裏切っていくらしい。
確かに仕事のこともあるが、それとは別の次元で、少々彼女と行動をしてみたいな、と彼は思ったのである。
そもそも朝食の場で「遺体の防腐加工」について口にできる神経は興味深かった。
「あ、それと――― 高速通信のかけられるところはご存知ですか?」
「高速通信? 市内通信ならこのホテルにもありますが」
「ちょっと国の方へ連絡をつけておきたいんです。もちろんこの件自体は、別の方から連絡は行っていると思うんですが、私個人として、帰る時間がどのくらいかかるか連絡しておきたい相手がいますので」
「ご家族?」
「いえ」
ナギは首を横に振る。
「私には家族はいません。学校の寄宿舎に、男爵様のお嬢様がいますので」
「学校の。あなたと同じ?」
「ええ。同室です」
「ああ、じゃあ仲良しなんですね。たぶん図書館に行けばあるんじゃないですか?」
「図書館ですか?」
「だいたいこの規模の都市には図書館や公会堂を据え付けることが州設法で義務づけられています。図書館にはだいたい何処にも長距離用の公衆の高速通信が据え付けられているはずですが」
「そうですか。ではそこまでお付き合い願えます?」
「ええ、喜んで」
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