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第7話 専門について口がすべるのは仕方がない
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実際、当初シルベスタはナギに断られたら、図書館にでも行こうかと思っていたのだ。
暇潰しと表面的な情報収拾には良いところである。まあそれは最終手段であって、実際は、何くせつけて彼女と行動を共にしようと思ってはいたのだが。
「ところでシルベスタさん」
「はい?」
「お仕事を休みにしてきたって今言われましたよね? 何のお仕事ですか? デカダ通運ではないのですか?」
「ええ、まあ。オクティウムって都市はご存知ですか?」
「いいえ。あまり連合の地理は詳しくなくって」
「西都――― ルカフワンの位置は?」
「そのくらいなら。あの列車の終点ですもの。そのくらいは」
「あそこからやや南下するんですよ。で、三方を山に囲まれているようなところで。まあここよりはまともな都会ですが、西都なんかに比べれば田舎もいいところですね」
「まあ」
「まあ、ルカフワンと比べては何処も田舎ですがね。とにかくそのオクティウムの市立大学で助教授なんて役についてます」
「何の専攻ですか?」
「歴史です」
「歴史」
「帝国の――― そちらのお国の歴史が専門なんですよ」
「帝国の歴史が」
ん、と彼は何かが引っかかるのを感じた。
ナギの表情が僅かに硬くなったのだ。
*
前日と違って、風は止んでいた。それに、打ち水をした跡があちこちにある。おかげで前日程砂ぼこりはひどくはない。
市街地というのに、これほど砂ぼこり砂ぼこりと言う理由は、道にある。舗装が不完全なのだ。
だがそれは必要が無いからだ、とシルベスタは思う。
もともとこの地では大して雨も雪も降らない。道がぬかるむことはない。舗装した道がそう必要なほどに高価で貴重な自動車が通ることもない。人々は主に馬車や自転車を利用する。どちらもある程度固まって平たい道であればそう不自由することはない。
この地の道は、人工的に作られたものではない。長い間に勝手に「道」となっていったものである。人や家畜や、もろもろのものによって踏みしめられ固くなり、草も生えなくなったところである。幅も広く、公的なサーヴィスを使ってまで拡張する程のこともなかった。
苦情を言うのはそれこそ、旅行者くらいである。
さてその旅行者二人は、ホテルで書いてもらった地図を手がかりに、図書館へと向かっていた。
ホテルの対応は、実に親切極まりなく、当初は車を出そうかとまで言ってくれた程である。もちろん彼も彼女もそれは丁重に断ったが。
「へえ」
シルベスタは門の前に着いた時、やや感心して声を立てた。
「どうしました?」
「いや、これも結構面白い様式だなあと思って」
「様式?」
「建築様式だ――― ですよ。ほら、この柱とか」
「柱がどうかしましたか?」
「柱の上をちょっと」
彼は正面玄関の、四本立ち並んだ大きな柱の上を指す。
「何か飾りがついてますね」
「そうでしょう。だいたいこちらで大型建築物を建てる時の原則として、こういう円柱がつくんですよ」
「はあ」
「その円柱は、だいたい何パターンかの種類があるんです。例えば真っ直ぐ、何の飾りの無い柱には、上方だけに細かい飾りがつくとか――― 『重厚』とか『典雅』とか、いろいろ言われるんですが……」
彼はそこまでぺらぺらと喋って、はっと気がつく。そして急に顔が赤らむのを感じる。
「すみません、こんな話つまんないですよね」
「いえいえ」
「ついついこういう、帝国の影響を受けた建築物とか見ると、血が騒いでしまうんですよ」
「帝国の影響を受けた?」
「ええ。だから…… いいですか? ちょっと説明加えても」
「どうぞ」
「あの独立円柱の上についているのは丸い飾りですよね」
「ええ」
「あれはもともと連合の様式にはないんですよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんです。だからこの建物もだいたい建って百年近く経っているということになるんです」
「そういう所見ただけで、建物の年齢とか判るんですか」
「ええ。おおよそですがね。それに…… そうですね、屋根。あの三角の形や、瓦の形など、明らかに向こうのものです」
「ああ、確かに瓦の三角屋根はよく見ますね。でもそれ自体はそう帝国の歴史の中でも古いものではない筈なんですけど。私の見てきたもっと古い建物は、だいたい平らな屋根だったりしますし」
「そうらしいですね。でもその取り入れた時点で、ずいぶん帝国では流行っていた形ということなんじゃないですかね。それが『帝国らしいから』と」
「なるほど……」
ナギはうんうんとうなづく。
「でもすみません、ついこういう話になると」
「いいえ、専門なのでしたら仕方ないでしょう、つい口がすべるのは。そういう方はよくいらっしゃいます」
「そういう方をよくご存知のようですね」
「さほど多くはありませんけど」
中へ参りましょう、とナギは先に立って歩き始めた。あっさりかわされたのを彼は感じた。
暇潰しと表面的な情報収拾には良いところである。まあそれは最終手段であって、実際は、何くせつけて彼女と行動を共にしようと思ってはいたのだが。
「ところでシルベスタさん」
「はい?」
「お仕事を休みにしてきたって今言われましたよね? 何のお仕事ですか? デカダ通運ではないのですか?」
「ええ、まあ。オクティウムって都市はご存知ですか?」
「いいえ。あまり連合の地理は詳しくなくって」
「西都――― ルカフワンの位置は?」
「そのくらいなら。あの列車の終点ですもの。そのくらいは」
「あそこからやや南下するんですよ。で、三方を山に囲まれているようなところで。まあここよりはまともな都会ですが、西都なんかに比べれば田舎もいいところですね」
「まあ」
「まあ、ルカフワンと比べては何処も田舎ですがね。とにかくそのオクティウムの市立大学で助教授なんて役についてます」
「何の専攻ですか?」
「歴史です」
「歴史」
「帝国の――― そちらのお国の歴史が専門なんですよ」
「帝国の歴史が」
ん、と彼は何かが引っかかるのを感じた。
ナギの表情が僅かに硬くなったのだ。
*
前日と違って、風は止んでいた。それに、打ち水をした跡があちこちにある。おかげで前日程砂ぼこりはひどくはない。
市街地というのに、これほど砂ぼこり砂ぼこりと言う理由は、道にある。舗装が不完全なのだ。
だがそれは必要が無いからだ、とシルベスタは思う。
もともとこの地では大して雨も雪も降らない。道がぬかるむことはない。舗装した道がそう必要なほどに高価で貴重な自動車が通ることもない。人々は主に馬車や自転車を利用する。どちらもある程度固まって平たい道であればそう不自由することはない。
この地の道は、人工的に作られたものではない。長い間に勝手に「道」となっていったものである。人や家畜や、もろもろのものによって踏みしめられ固くなり、草も生えなくなったところである。幅も広く、公的なサーヴィスを使ってまで拡張する程のこともなかった。
苦情を言うのはそれこそ、旅行者くらいである。
さてその旅行者二人は、ホテルで書いてもらった地図を手がかりに、図書館へと向かっていた。
ホテルの対応は、実に親切極まりなく、当初は車を出そうかとまで言ってくれた程である。もちろん彼も彼女もそれは丁重に断ったが。
「へえ」
シルベスタは門の前に着いた時、やや感心して声を立てた。
「どうしました?」
「いや、これも結構面白い様式だなあと思って」
「様式?」
「建築様式だ――― ですよ。ほら、この柱とか」
「柱がどうかしましたか?」
「柱の上をちょっと」
彼は正面玄関の、四本立ち並んだ大きな柱の上を指す。
「何か飾りがついてますね」
「そうでしょう。だいたいこちらで大型建築物を建てる時の原則として、こういう円柱がつくんですよ」
「はあ」
「その円柱は、だいたい何パターンかの種類があるんです。例えば真っ直ぐ、何の飾りの無い柱には、上方だけに細かい飾りがつくとか――― 『重厚』とか『典雅』とか、いろいろ言われるんですが……」
彼はそこまでぺらぺらと喋って、はっと気がつく。そして急に顔が赤らむのを感じる。
「すみません、こんな話つまんないですよね」
「いえいえ」
「ついついこういう、帝国の影響を受けた建築物とか見ると、血が騒いでしまうんですよ」
「帝国の影響を受けた?」
「ええ。だから…… いいですか? ちょっと説明加えても」
「どうぞ」
「あの独立円柱の上についているのは丸い飾りですよね」
「ええ」
「あれはもともと連合の様式にはないんですよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんです。だからこの建物もだいたい建って百年近く経っているということになるんです」
「そういう所見ただけで、建物の年齢とか判るんですか」
「ええ。おおよそですがね。それに…… そうですね、屋根。あの三角の形や、瓦の形など、明らかに向こうのものです」
「ああ、確かに瓦の三角屋根はよく見ますね。でもそれ自体はそう帝国の歴史の中でも古いものではない筈なんですけど。私の見てきたもっと古い建物は、だいたい平らな屋根だったりしますし」
「そうらしいですね。でもその取り入れた時点で、ずいぶん帝国では流行っていた形ということなんじゃないですかね。それが『帝国らしいから』と」
「なるほど……」
ナギはうんうんとうなづく。
「でもすみません、ついこういう話になると」
「いいえ、専門なのでしたら仕方ないでしょう、つい口がすべるのは。そういう方はよくいらっしゃいます」
「そういう方をよくご存知のようですね」
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