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第12話 帝国の短剣
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「ナギ?」
頭の整理を何とかつけたので、彼は立ち上がり、閲覧室の方へ向かった。
閲覧室は、平日であったので、人も少なく、静かだった。
彼女は一体何の本を探しに行ったのだろう?彼はふと疑問になる。一つ一つの本棚の通りをちら、と彼は見ながら奥へ奥へと進んでいく。
居た。
彼女は生物学の棚のそばで何やら本を手にしていた。ずいぶん厚い本だった。本を取ったらしい棚の向かいの棚に背を預けると、足を組んで面倒臭そうな表情で本を眺めている。
「ナ……」
呼びかけようとした時だった。
とす。
ひどく軽い音が彼の耳に入った。
ぱん。
そして再び別の軽い音が耳に入る。彼女が本を閉じたのだ。だがそれだけではなかった。彼女は閉じた本を思いきり振り上げると、投げようとしたのだ。
「ナギ!」
シルベスタは慌てて彼女に駆け寄り、その手を横から掴んだ。
「―――あなたか」
ナギはその金色の目を大きく見開くと、怒っているとも笑っているともつかない顔になった。
「何しようと…… 本を…… そんなでかいのを……あなたかって……他に誰が居るって」
「……さて?」
彼女は掴まれたままの手を軽く払った。
「私はどの質問から答えればいいんですか?」
「あ……」
ナギは黙って、本でそばの棚を指した。昔からの建物にそのまま備え付けてある棚は、年季の入った木製である。
その木製の棚に、何かが突き刺さっていた。
「……これは……」
「短剣にしか私には見えないが」
顔色も変えず彼女はそれをずっと抜く。銀色に光る刃の真ん中辺りに棚に塗られていたワックスが軽く絡んだ跡がある。おそらくそこまで深く突き刺さっていたのだろう、と彼は思った。
「ふむ」
彼女は本を棚に戻すと、その短剣をあっちへひっくり返し、こっちへひっくり返し観察する。
短剣と言うよりは、小柄である。柄と刃の部分の太さがそう変わらない。そしてつばの部分が無い。
彼女はポケットから薄い玉子色のハンカチを出すと、その短剣の刃をくるみ、ぎゅっと強く結んだ。
「刃が当たってはけがをするからな」
そんな独り言そもつかないことを彼女はつぶやいた。
シルベスタはその一連の行動をやや呆然として見ていたが、やがて、ナギがその短剣を、先ほどハンカチを取りだしたワイドパンツのポケットに入れた時、ようやく言葉が出た。
「ちょっと待ってくれ、ナギ」
「何ですか?」
「それをそのまま何処かへ持ってく気か?」
「ええ」
「ポケットに入れて?」
「ええ。他に入れる所もありませんし」
「そういう問題ではなくて………… これは、事件だろう?」
「事件………… でしょうかね?」
「事件だろ?故意的にそれは投げられたんじゃないか?」
「まあそれはそうなんですが…………」
ナギはどう言ったものか、と言いたげな表情になる。
「でも誰も信じるとは思えませんよ?」
「それは……」
彼は辺りを見回す。先ほどからこの辺りには自分達の他誰もいない。専門を勉強する者以外にはそう必要とされない地域なのだ。
「それに、誰がわざわざ私をここで狙うというんです?」
「いやそれは……」
「あなたの連れだから?だったらあなたを狙った方がここでは自然だ。では私でもあなたでもないとすればただの通り魔ということになるが……」
「その可能性があるなら」
「だとしても私は今あまり騒ぎを大きくしたくないんだ」
「ナギ」
「私はなるべく早く帝国へ戻りたいんだ」
*
とにかくこのまま図書館の中に居るのが果たして安全かどうか判らない、というのは意見が一致したので、二人は外へ出た。
「それにしても君、ずいぶんと平然としていたじゃないか」
「……まあ」
彼女は言葉をぼかした。
「無いとは思うが、シルベスタ、あなたには狙われる理由は心当たりがあるのか?」
「そりゃ全く無いとは言えないが」
「デカダの三男坊だからな」
く、と早足で歩く彼女は笑う。
「だけどあなたを狙うのは結構簡単そうに見えるが」
「そうか?」
「家族とは一緒に暮らしてないんですか? 暮らす気はないんですか?」
「いや」
彼は首を横に振る。
「仕事が仕事だし……」
「でも別にオクティウムでなくても良かったんじゃなかったですか?」
「まあそうだけどね。君の方の資料には入っていない? 俺は会長の本妻の子ではないって」
「ええ。でも法で認められた実子扱いをされているでしょう?」
「……まあそうだけど……」
同じセリフばかりが枕詞につく。
「俺は十の歳まで、母親と暮らしていたから。どうしても家族意識という奴が薄いのかもしれない」
「ああ、それじゃ私と同じだ」
「君と? ああ、そう言えば、家族はいないって……」
「ええ。母親が居ましたが、十四の時に亡くなりました。もうずっと昔のことですね」
そう昔ではないと思うが。彼はその言葉を呑み込む。彼女がポケットを再びごそごそとまさぐり始めたからだ。
「さっきの短剣ですけど。……何か変わっていると思いませんか?」
彼女は歩きながら、まるで手作りの焼き菓子を恋人に見せるような調子で短剣をくるんだハンカチを広げた。
「変? ああ、そう言えば変だな。こっちではあまり見ない型だ」
「ええ。小柄です。……帝国のものです」
「え」
頭の整理を何とかつけたので、彼は立ち上がり、閲覧室の方へ向かった。
閲覧室は、平日であったので、人も少なく、静かだった。
彼女は一体何の本を探しに行ったのだろう?彼はふと疑問になる。一つ一つの本棚の通りをちら、と彼は見ながら奥へ奥へと進んでいく。
居た。
彼女は生物学の棚のそばで何やら本を手にしていた。ずいぶん厚い本だった。本を取ったらしい棚の向かいの棚に背を預けると、足を組んで面倒臭そうな表情で本を眺めている。
「ナ……」
呼びかけようとした時だった。
とす。
ひどく軽い音が彼の耳に入った。
ぱん。
そして再び別の軽い音が耳に入る。彼女が本を閉じたのだ。だがそれだけではなかった。彼女は閉じた本を思いきり振り上げると、投げようとしたのだ。
「ナギ!」
シルベスタは慌てて彼女に駆け寄り、その手を横から掴んだ。
「―――あなたか」
ナギはその金色の目を大きく見開くと、怒っているとも笑っているともつかない顔になった。
「何しようと…… 本を…… そんなでかいのを……あなたかって……他に誰が居るって」
「……さて?」
彼女は掴まれたままの手を軽く払った。
「私はどの質問から答えればいいんですか?」
「あ……」
ナギは黙って、本でそばの棚を指した。昔からの建物にそのまま備え付けてある棚は、年季の入った木製である。
その木製の棚に、何かが突き刺さっていた。
「……これは……」
「短剣にしか私には見えないが」
顔色も変えず彼女はそれをずっと抜く。銀色に光る刃の真ん中辺りに棚に塗られていたワックスが軽く絡んだ跡がある。おそらくそこまで深く突き刺さっていたのだろう、と彼は思った。
「ふむ」
彼女は本を棚に戻すと、その短剣をあっちへひっくり返し、こっちへひっくり返し観察する。
短剣と言うよりは、小柄である。柄と刃の部分の太さがそう変わらない。そしてつばの部分が無い。
彼女はポケットから薄い玉子色のハンカチを出すと、その短剣の刃をくるみ、ぎゅっと強く結んだ。
「刃が当たってはけがをするからな」
そんな独り言そもつかないことを彼女はつぶやいた。
シルベスタはその一連の行動をやや呆然として見ていたが、やがて、ナギがその短剣を、先ほどハンカチを取りだしたワイドパンツのポケットに入れた時、ようやく言葉が出た。
「ちょっと待ってくれ、ナギ」
「何ですか?」
「それをそのまま何処かへ持ってく気か?」
「ええ」
「ポケットに入れて?」
「ええ。他に入れる所もありませんし」
「そういう問題ではなくて………… これは、事件だろう?」
「事件………… でしょうかね?」
「事件だろ?故意的にそれは投げられたんじゃないか?」
「まあそれはそうなんですが…………」
ナギはどう言ったものか、と言いたげな表情になる。
「でも誰も信じるとは思えませんよ?」
「それは……」
彼は辺りを見回す。先ほどからこの辺りには自分達の他誰もいない。専門を勉強する者以外にはそう必要とされない地域なのだ。
「それに、誰がわざわざ私をここで狙うというんです?」
「いやそれは……」
「あなたの連れだから?だったらあなたを狙った方がここでは自然だ。では私でもあなたでもないとすればただの通り魔ということになるが……」
「その可能性があるなら」
「だとしても私は今あまり騒ぎを大きくしたくないんだ」
「ナギ」
「私はなるべく早く帝国へ戻りたいんだ」
*
とにかくこのまま図書館の中に居るのが果たして安全かどうか判らない、というのは意見が一致したので、二人は外へ出た。
「それにしても君、ずいぶんと平然としていたじゃないか」
「……まあ」
彼女は言葉をぼかした。
「無いとは思うが、シルベスタ、あなたには狙われる理由は心当たりがあるのか?」
「そりゃ全く無いとは言えないが」
「デカダの三男坊だからな」
く、と早足で歩く彼女は笑う。
「だけどあなたを狙うのは結構簡単そうに見えるが」
「そうか?」
「家族とは一緒に暮らしてないんですか? 暮らす気はないんですか?」
「いや」
彼は首を横に振る。
「仕事が仕事だし……」
「でも別にオクティウムでなくても良かったんじゃなかったですか?」
「まあそうだけどね。君の方の資料には入っていない? 俺は会長の本妻の子ではないって」
「ええ。でも法で認められた実子扱いをされているでしょう?」
「……まあそうだけど……」
同じセリフばかりが枕詞につく。
「俺は十の歳まで、母親と暮らしていたから。どうしても家族意識という奴が薄いのかもしれない」
「ああ、それじゃ私と同じだ」
「君と? ああ、そう言えば、家族はいないって……」
「ええ。母親が居ましたが、十四の時に亡くなりました。もうずっと昔のことですね」
そう昔ではないと思うが。彼はその言葉を呑み込む。彼女がポケットを再びごそごそとまさぐり始めたからだ。
「さっきの短剣ですけど。……何か変わっていると思いませんか?」
彼女は歩きながら、まるで手作りの焼き菓子を恋人に見せるような調子で短剣をくるんだハンカチを広げた。
「変? ああ、そう言えば変だな。こっちではあまり見ない型だ」
「ええ。小柄です。……帝国のものです」
「え」
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