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第13話 そんな気がするように、見えるのか。(彼女とすぐ別れる様に)
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彼の足が止まる。ナギは再びそれを彼の手から奪い去る。そしてやや彼に接近する。
「それも結構上等のものですね。いえ上等、というよりは、手入れがよくされている、と言った方が正しい。刃が何度も研がれた跡があります」
「じゃ帝国の」
「ええ。もしくは帝国を装った――― でもいま現在、連合と帝国の間にいさかいを起こさせるようなことは」
「どちらにもメリットはないな」
「と思う。だとしたら、帝国の者が、帝国人の私を狙った、と見た方が分かりやすいんですよ」
「でも君」
「まあ確かに男爵にも敵は無い訳ではなかったですからね」
彼女はていねいに短剣をくるむと、再びポケットに入れた。
「あ、あれ何ですか?」
「あれ? ああ、喫茶店だよ。……そうだな、お茶でもどう?」
道の端にテーブルと椅子が出されている。ガラス製の風と砂よけが張られているが、天井は無い。
ナギはその店の周りをちら、と見渡し、ええと言った。
テーブルの一つにつくと、大きな固い布地の真っ白なエプロンをつけた給仕が飛んできて、注文を訊ねる。シルベスタは薄いコーヒーを頼み、ナギはジャム入りの茶を頼んだ。
「断られると思ったんだけど」
給仕が立ち去ったのを見計らって彼はつぶやいた。
「あなたはそればかり言っているな。よほどそういう経験が多いのか?」
「いや、それ以前に、あまり女性を自分から誘ったことはないんでね」
「ほー」
彼女は意外、という顔になる。
「でもその歳だ。付き合った女性の一人や二人無い訳ではないでしょう?」
「そりゃあね。でも長続きしなくてね」
「そんな気がする」
「そうか?」
「ああ。何となくな」
「そうか……」
彼はふっとため息をつく。そんな気がするように、見えるのか。
*
「私はあなたのこと好きなのよ」
彼女はそう言った。
一番最近付き合って、一番最近別れた彼女は別れる時にこう言った。同じオクティウム大学で、文学の研究室で助手をしている彼女は、彼より七つも歳下だったが、時々彼よりひどく大人びた表情をした。
尤も二人とも、大人と言われるには充分すぎる年齢ではある。
付き合いだしてから二年、保たなかった。それでも長く続いた方である。
彼女が別の男に走ったことは、共通の友人である同僚から彼は聞いていた。
「好き? だったらどうして?」
「私がどうしてあのひとの所へ走ったかって聞きたい?」
彼はその理由を聞きたかった。けれど反面、聞きたくないとも思った。
「聞きたいなら教えてあげる。あの人は私が一番好きだからよ」
「それは――― 君が奴を好きなんじゃないのか?」
「好きよ。でもあなたを好きになった時程じゃないわ」
彼は驚いた。
「じゃあ何故」
「だって」
彼女はまっすぐ彼の方を向いた。その視線は彼を責めていた。
「シルベスタのことはすごく好きなのよ。今でも好きよ。だけどあなた、私が一番じゃないじゃない」
そんなことはない、と彼は言った。すると彼女は首を大きく横に振り、言った。
「そんなことはないわ」
彼女は断言した。
「別に他の女性がどうの、ということじゃないし、たぶん男の人って、だいたいそうだと思うの。それが仕事だったり、何か自分を賭けられるものがどうのって。ううん、あなたのお家のことも関係ないわ」
「じゃあ何? 俺にはよく判らない」
「私疲れたの」
「疲れた?」
「私が欲しいのは、私たちの家庭を一緒に作ってくれるひとだわ」
「それは結婚相手ってこと?」
「そう呼びたいならそう呼んでもいいわ。でもそういう形式のことじゃないのよ。別に籍がどうの、一緒に住んでどうの、ということじゃないの。あなたと何かしていても、何をしていても、私のすることがするすると向こうへ行ってしまうだけなんだもの」
彼女は吐き出すようにそれだけ言った。
「あの人は、私が泣いていたら、私がどれだけ邪険にしようとそばについててくれるわ。あなたは私をしばらく一人にしておくわ。たぶん冷静になるには、あなたの方が正しいのよ。だけど、あの人のすることの方が、私は嬉しいのよ」
心臓を素手で掴まれた気持ちがした。
「仕事に夢中なあなたはとても好きなのよ。一番生き生きしてるのよ。新しい歴史の説が発表された時とか、帝国からの資料が届いた時とか、そういう時のあなたの表情ってすごく――― 何っていうか、可愛い? っていうか、そういうのあるのよ。そういうの、私すごく好きだったわ。だからそういうあなたで居て欲しいとは思うのよ。でもそういうあなたと居ると、私どんどん悲しくなるのよ」
「悲しかった?」
「悲しかった。一番楽しそうな時のあなたの中には、私なんて何処にもいないんだわ」
「そんなはずは」
だが、そんなはずはあった。確かにそうなのだ。
彼女が居れば嬉しいが、彼女がいなくとも生活に変わりはないのだ。
つまりそれは、彼女を自分の生活の一部にはしていなかったということなのだ。
「あの人は、私があなたのこと好きでも何でも、そういう私が好きで、一緒に居たくて、私のために仕事をがんばることが楽しいって言ったわ。だから私あの人の方をとったわ。だってあなたと一緒に居ても、私はあなたの何にもならないんですもの」
そんなことない、と言いたかった。だがそれは言ってしまったら嘘になる、と彼は思った。
確かに彼女が居てもいなくとも。
「それも結構上等のものですね。いえ上等、というよりは、手入れがよくされている、と言った方が正しい。刃が何度も研がれた跡があります」
「じゃ帝国の」
「ええ。もしくは帝国を装った――― でもいま現在、連合と帝国の間にいさかいを起こさせるようなことは」
「どちらにもメリットはないな」
「と思う。だとしたら、帝国の者が、帝国人の私を狙った、と見た方が分かりやすいんですよ」
「でも君」
「まあ確かに男爵にも敵は無い訳ではなかったですからね」
彼女はていねいに短剣をくるむと、再びポケットに入れた。
「あ、あれ何ですか?」
「あれ? ああ、喫茶店だよ。……そうだな、お茶でもどう?」
道の端にテーブルと椅子が出されている。ガラス製の風と砂よけが張られているが、天井は無い。
ナギはその店の周りをちら、と見渡し、ええと言った。
テーブルの一つにつくと、大きな固い布地の真っ白なエプロンをつけた給仕が飛んできて、注文を訊ねる。シルベスタは薄いコーヒーを頼み、ナギはジャム入りの茶を頼んだ。
「断られると思ったんだけど」
給仕が立ち去ったのを見計らって彼はつぶやいた。
「あなたはそればかり言っているな。よほどそういう経験が多いのか?」
「いや、それ以前に、あまり女性を自分から誘ったことはないんでね」
「ほー」
彼女は意外、という顔になる。
「でもその歳だ。付き合った女性の一人や二人無い訳ではないでしょう?」
「そりゃあね。でも長続きしなくてね」
「そんな気がする」
「そうか?」
「ああ。何となくな」
「そうか……」
彼はふっとため息をつく。そんな気がするように、見えるのか。
*
「私はあなたのこと好きなのよ」
彼女はそう言った。
一番最近付き合って、一番最近別れた彼女は別れる時にこう言った。同じオクティウム大学で、文学の研究室で助手をしている彼女は、彼より七つも歳下だったが、時々彼よりひどく大人びた表情をした。
尤も二人とも、大人と言われるには充分すぎる年齢ではある。
付き合いだしてから二年、保たなかった。それでも長く続いた方である。
彼女が別の男に走ったことは、共通の友人である同僚から彼は聞いていた。
「好き? だったらどうして?」
「私がどうしてあのひとの所へ走ったかって聞きたい?」
彼はその理由を聞きたかった。けれど反面、聞きたくないとも思った。
「聞きたいなら教えてあげる。あの人は私が一番好きだからよ」
「それは――― 君が奴を好きなんじゃないのか?」
「好きよ。でもあなたを好きになった時程じゃないわ」
彼は驚いた。
「じゃあ何故」
「だって」
彼女はまっすぐ彼の方を向いた。その視線は彼を責めていた。
「シルベスタのことはすごく好きなのよ。今でも好きよ。だけどあなた、私が一番じゃないじゃない」
そんなことはない、と彼は言った。すると彼女は首を大きく横に振り、言った。
「そんなことはないわ」
彼女は断言した。
「別に他の女性がどうの、ということじゃないし、たぶん男の人って、だいたいそうだと思うの。それが仕事だったり、何か自分を賭けられるものがどうのって。ううん、あなたのお家のことも関係ないわ」
「じゃあ何? 俺にはよく判らない」
「私疲れたの」
「疲れた?」
「私が欲しいのは、私たちの家庭を一緒に作ってくれるひとだわ」
「それは結婚相手ってこと?」
「そう呼びたいならそう呼んでもいいわ。でもそういう形式のことじゃないのよ。別に籍がどうの、一緒に住んでどうの、ということじゃないの。あなたと何かしていても、何をしていても、私のすることがするすると向こうへ行ってしまうだけなんだもの」
彼女は吐き出すようにそれだけ言った。
「あの人は、私が泣いていたら、私がどれだけ邪険にしようとそばについててくれるわ。あなたは私をしばらく一人にしておくわ。たぶん冷静になるには、あなたの方が正しいのよ。だけど、あの人のすることの方が、私は嬉しいのよ」
心臓を素手で掴まれた気持ちがした。
「仕事に夢中なあなたはとても好きなのよ。一番生き生きしてるのよ。新しい歴史の説が発表された時とか、帝国からの資料が届いた時とか、そういう時のあなたの表情ってすごく――― 何っていうか、可愛い? っていうか、そういうのあるのよ。そういうの、私すごく好きだったわ。だからそういうあなたで居て欲しいとは思うのよ。でもそういうあなたと居ると、私どんどん悲しくなるのよ」
「悲しかった?」
「悲しかった。一番楽しそうな時のあなたの中には、私なんて何処にもいないんだわ」
「そんなはずは」
だが、そんなはずはあった。確かにそうなのだ。
彼女が居れば嬉しいが、彼女がいなくとも生活に変わりはないのだ。
つまりそれは、彼女を自分の生活の一部にはしていなかったということなのだ。
「あの人は、私があなたのこと好きでも何でも、そういう私が好きで、一緒に居たくて、私のために仕事をがんばることが楽しいって言ったわ。だから私あの人の方をとったわ。だってあなたと一緒に居ても、私はあなたの何にもならないんですもの」
そんなことない、と言いたかった。だがそれは言ってしまったら嘘になる、と彼は思った。
確かに彼女が居てもいなくとも。
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