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第27話 帝国の妙な言い伝え
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「さて、そこで頼みがあるんですが」
「それは昨日の続きかい?」
多少ぬるくなってしまったミルクコーヒーを彼はすする。
「ええ。カラ・ハンにカナーシュ先生がいらっしゃるから、まず彼を連合に保護していただきたい」
「判った。カラ・ハンの……」
「カンジュル季節居住区だ。族長が、ディ・カドゥン・マーイェと言うんだが、彼に私のことを告げれば話は通ると思う。……これを持っていってくれ」
そう言ってナギは上着のポケットからその地方のものらしい彩色がされたやや大きめの指輪を出した。
「族長から渡されたものだ。……いずれにせよ、私が持っていて見つかってもよろしくはない。何たって、私は誘拐されていたんだからな」
「ああ。でも君の証明するものが無くなってしまうんじゃないか?」
「私? 私は彼に会えば判る。彼は私に会えば判る。それに、私は自分が誰であるかなどいつでも証明できるだろう?」
確かにそうだ、と彼は思う。
「カナーシュ先生だったら、そちらの国でも何とかなるだろう。彼は細かいことは気にしない。それに、それこそ彼の専門分野はこれから需要が増えるかもしれないしな」
「カナーシュ氏には家族はいないのか?」
「居たらしいが、私が会った時にはその話はしていなかったな」
「了解。会ったら聞いておく。他には?」
「カラ・ハンに行ったら、とにかくカドゥン・マーイェと話してくれ。あなた達はきっと互いに役に立つと思う」
「君を好きだったという族長か?」
やや嫌みをこめて彼は訊ねる。だがナギは動じない。
「好きは今でも好きじゃないのか? 奴にはもちろん奥方も居るが」
そういう意味ではないのだ、と彼女は暗に含めた。それは判る気が彼にもした。
「カナーシュ先生は私に面白いことを言っていたよ」
二杯目のお茶を注ぎながらナギは言った。
「何て?」
「帝国には妙な言い伝えがあってね」
「言い伝え」
「初代の皇后が出奔した時に言い残したらしい。『帝国を滅ぼすのは最後の皇后だ』」
彼は思わずカップを取り落としそうになった。
「面白い言い伝えだと思わないか?」
ナギはにっこりと笑って、二杯目の茶を飲み干した。
*
「それでは、交易の方は、後日正式に人を立てさせます」
二日後、フラビウム駅のホームに二人は居た。フラビウム駅には、ホームは一つしかない。帝国で言うところの都市間列車がこの地には通っていないのだ。
「処置の方が割合早く済んで良かった」
「ええ。まあ病気ではないし、損傷箇所も大きくはなかったし。シルベスタ、あなたはとりあえずどうしますか?」
「ひとまず西都に戻らなくてはね。親父に結果を報告しなくてはならないし。だけどなるべく早いうちに、帝国には出向こうと思う」
「そうですね。カナーシュ先生が老衰でお亡くなりになるまでには行って下さいね」
「そりゃそうだ」
シルベスタは笑った。
「君は?」
「私ですか? ……とにかくまず帝都へ行かなくては」
「帝都へ」
「シラさんがそっちへ行かなくてはならないらしいんです。妙と言えば妙で……」
「妙?」
「帝国では、貴族の本宅は一般的に副帝都にあるんです。帝都に行くのは当主とその夫人くらい……ですから一族が集結する必要がある葬儀も、副帝都で行います。ですから少なくとも彼女が帝都へ行かなくてはならない理由はない筈なのだけど……」
「気になると」
「ええ。ですからまずそっちへ。……後のことは後ですね。それこそ何とも言えない」
ナギはやや表情を曇らせる。だがそれは一瞬のことだった。
「でもまあ、何とかなりますよ」
彼女は顔を上げる。
「何とかします」
なるほどね、と彼はうなづいた。
しばらくして、東行きの列車がホームに入ってきた。揺れる巨体は、ゆっくりと音を立てて……やがてその動きを止めた。
ナギは二等個室に入り、その窓を開けた。
「今度会った時には俺の方から誘いたいな」
「それも、いいですね。そうしたらその時には私は人形のようにだらんとしてますからお好きに」
「ああ楽しみにしてるよ」
では約束、とナギは両手を差し出す。そして彼の頭を捕らえると、軽く口づけた。
シルベスタはゆっくり離れていくナギの目を見ながら、一つだけ聞き逃していたことがあったのを思い出した。
「一つだけ聞いていいか? ナギ」
シルベスタはやや声をひそめた。
「何だ?」
「ホロベシ男爵を殺させたのは君だな?」
はぐらかすだろう、と彼は思った。そんなことあったしても、絶対に口にはしないだろう、と。
だが。
「当然だろう?」
わざわざ聞くまでもない、と言うように彼女は答えた。
「……君……」
「でもあなたは私のことを好きだろう?」
彼女はにっと笑う。シルベスタは言うべき言葉が見つからなくなってしまった。
けたたましい音が鳴った。出発のベルが彼の心臓を驚かす。ナギは笑みを顔に貼り付けたまま、ゆっくりと窓を閉めた。
そしてゆっくりと列車が動き出した。
「それは昨日の続きかい?」
多少ぬるくなってしまったミルクコーヒーを彼はすする。
「ええ。カラ・ハンにカナーシュ先生がいらっしゃるから、まず彼を連合に保護していただきたい」
「判った。カラ・ハンの……」
「カンジュル季節居住区だ。族長が、ディ・カドゥン・マーイェと言うんだが、彼に私のことを告げれば話は通ると思う。……これを持っていってくれ」
そう言ってナギは上着のポケットからその地方のものらしい彩色がされたやや大きめの指輪を出した。
「族長から渡されたものだ。……いずれにせよ、私が持っていて見つかってもよろしくはない。何たって、私は誘拐されていたんだからな」
「ああ。でも君の証明するものが無くなってしまうんじゃないか?」
「私? 私は彼に会えば判る。彼は私に会えば判る。それに、私は自分が誰であるかなどいつでも証明できるだろう?」
確かにそうだ、と彼は思う。
「カナーシュ先生だったら、そちらの国でも何とかなるだろう。彼は細かいことは気にしない。それに、それこそ彼の専門分野はこれから需要が増えるかもしれないしな」
「カナーシュ氏には家族はいないのか?」
「居たらしいが、私が会った時にはその話はしていなかったな」
「了解。会ったら聞いておく。他には?」
「カラ・ハンに行ったら、とにかくカドゥン・マーイェと話してくれ。あなた達はきっと互いに役に立つと思う」
「君を好きだったという族長か?」
やや嫌みをこめて彼は訊ねる。だがナギは動じない。
「好きは今でも好きじゃないのか? 奴にはもちろん奥方も居るが」
そういう意味ではないのだ、と彼女は暗に含めた。それは判る気が彼にもした。
「カナーシュ先生は私に面白いことを言っていたよ」
二杯目のお茶を注ぎながらナギは言った。
「何て?」
「帝国には妙な言い伝えがあってね」
「言い伝え」
「初代の皇后が出奔した時に言い残したらしい。『帝国を滅ぼすのは最後の皇后だ』」
彼は思わずカップを取り落としそうになった。
「面白い言い伝えだと思わないか?」
ナギはにっこりと笑って、二杯目の茶を飲み干した。
*
「それでは、交易の方は、後日正式に人を立てさせます」
二日後、フラビウム駅のホームに二人は居た。フラビウム駅には、ホームは一つしかない。帝国で言うところの都市間列車がこの地には通っていないのだ。
「処置の方が割合早く済んで良かった」
「ええ。まあ病気ではないし、損傷箇所も大きくはなかったし。シルベスタ、あなたはとりあえずどうしますか?」
「ひとまず西都に戻らなくてはね。親父に結果を報告しなくてはならないし。だけどなるべく早いうちに、帝国には出向こうと思う」
「そうですね。カナーシュ先生が老衰でお亡くなりになるまでには行って下さいね」
「そりゃそうだ」
シルベスタは笑った。
「君は?」
「私ですか? ……とにかくまず帝都へ行かなくては」
「帝都へ」
「シラさんがそっちへ行かなくてはならないらしいんです。妙と言えば妙で……」
「妙?」
「帝国では、貴族の本宅は一般的に副帝都にあるんです。帝都に行くのは当主とその夫人くらい……ですから一族が集結する必要がある葬儀も、副帝都で行います。ですから少なくとも彼女が帝都へ行かなくてはならない理由はない筈なのだけど……」
「気になると」
「ええ。ですからまずそっちへ。……後のことは後ですね。それこそ何とも言えない」
ナギはやや表情を曇らせる。だがそれは一瞬のことだった。
「でもまあ、何とかなりますよ」
彼女は顔を上げる。
「何とかします」
なるほどね、と彼はうなづいた。
しばらくして、東行きの列車がホームに入ってきた。揺れる巨体は、ゆっくりと音を立てて……やがてその動きを止めた。
ナギは二等個室に入り、その窓を開けた。
「今度会った時には俺の方から誘いたいな」
「それも、いいですね。そうしたらその時には私は人形のようにだらんとしてますからお好きに」
「ああ楽しみにしてるよ」
では約束、とナギは両手を差し出す。そして彼の頭を捕らえると、軽く口づけた。
シルベスタはゆっくり離れていくナギの目を見ながら、一つだけ聞き逃していたことがあったのを思い出した。
「一つだけ聞いていいか? ナギ」
シルベスタはやや声をひそめた。
「何だ?」
「ホロベシ男爵を殺させたのは君だな?」
はぐらかすだろう、と彼は思った。そんなことあったしても、絶対に口にはしないだろう、と。
だが。
「当然だろう?」
わざわざ聞くまでもない、と言うように彼女は答えた。
「……君……」
「でもあなたは私のことを好きだろう?」
彼女はにっと笑う。シルベスタは言うべき言葉が見つからなくなってしまった。
けたたましい音が鳴った。出発のベルが彼の心臓を驚かす。ナギは笑みを顔に貼り付けたまま、ゆっくりと窓を閉めた。
そしてゆっくりと列車が動き出した。
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