七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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第35話 傘を忘れた日のどしゃぶりの雨のようなもの

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「もしも資格審査で認められなかったにしても、彼女には手駒がある筈です。自身が後見人になれずとも、自分の手のうちにある男性を選べばよいことです。彼女は最近旦那様のご兄弟にも接近していると聞きました」
「旦那様にはご兄弟が多いのですか?」
「いえ、そう多くはありません。しかも子供が居る方も一人しかいない」

 耳の早いこと、とナギは内心呆れる。
 そういえば、とその昔受けた授業の中に、相続に関する法があったことを少しだけ思い返す。いまいちはっきり記憶はしてはいないが……

「まあうちのお嬢様は、基本的に親戚一同を誰も信用してはいないでしょう」
「そうですか?」
「そういう話を聞いたことはないですか?」

 無くはない。頼りにならない、とは何かと言ってはいた。

「まあ実際、信頼には値しない者が多い。財産運用ができるような人はまず信用ができない人でしょうし、かと言ってあの中で『いい人』である場合、財産運用ができる程の頭が無いですし。その位のことはお嬢様は考えているでしょう」

 まあそうだろう、とナギは思う。あのシラが、親戚の言いなりになってしまうとは考えにくい。

「ではコレファレスさん、どうしてそれで、その方が貴方がたに利益があると思うのかしら? 彼女がいきなり貴方がたを解雇するかもしれないわよ」
「まあその可能性はありますね。でもそれは不確定要素だ。向こうが勝てば、明らかに、我々は全員解雇される。それは目に見えてるんですよ」
「あら、何故」
「向こうは使用人を引き連れて引っ越してくるでしょうよ」
「なるほどね。そちらは明らかだけど、こちらは、シラさんは、これからの働き如何でまだ可能性があるって訳」
「ええそうです」

 彼は断言する。

「何せ彼女には味方は少ない。ですから、こちらが彼女の味方を名乗る限りは安泰と言えるのではないでしょうか?」
「そんなに単純かしら?」
「単純ではないでしょうね。でも少なくとも、職場を替えることに比べればその方がやりがいがある」

 そうかもね、とナギはつぶやく。

「でもそうしたら、今度はあなた方が彼女を自由にしようと考えたりしない? 味方になったことを盾にして。だとしたら私は嫌だわ。私はシラさんが好きでくっついているのだから」
「好きで」
「ええ」

 コレファレスはほんの少し片方の眉を吊り上げた。 

「まあね、誰もがしない、とは明言できませんな。でもとりあえず私はしないでしょう」
「どうして」
「私がそこでお嬢様を自由にした場合、利益よりもリスクの方が多いのですよ」
「と言うと?」
「それが法です。法がその点は彼女を守ってくれる。だけど、その法が、とりもあえず、彼女の地位を最初に守るためには弱いんですよ」
「とにかく相続させてしまえば彼女は強いけど、相続させるまでが厄介」
「ええ」

 だから、とナギは確認するように言う。

「どうしてもシラさんを取り返したいと」
「ええ。とにかく彼女がいなくては話になりません」

 さてどうしたものか。

 ナギは胸の中でつぶやいてみる。
 こういう風に打算をずけずけと口に出す者に対しては、ナギはそう悪い気はしない。どちらかと言えば好きな方である。
 むしろ彼女が嫌いなのは、最初から下手に出て、おだてたりなだめたり、必ず自己弁護だの責任逃れの言葉を語尾や付け足しの言葉の中に散りばめて、やや気弱な相手には罪悪感を背負わせ、最後にはじわりじわりと自分の手の中に入れてしまおうとする奴である。
 そういう奴より、ずけずけとはしていても、自分の意志をむき出しにする奴の方がずっとましだ。
 例えばその言葉一つのきつさにショックを受けたとしても、少なくともその言葉が本当か嘘かで悩む必要はない。きつい言葉で心が受けるダメージは、すっぱりと刃物で切られた傷と同じで、その瞬間吹き出す血は非常に激しく、痛みも大きいが、単純であり、治る確立も大きい。それに、一度切られた後にはちゃんと新しい皮膚が生まれてくる。
 だが、言われた言葉が…… 信じていた言葉が嘘だったり社交辞令に過ぎなかったことを知った時のダメージというのは、一見大したことがないように見えて、じわじわと内側から身体を痛めつける病魔のようなものである。
 ナギは表面的な傷を恐れはしなかった。そんなものは、治せばすむことなのだ。傘を忘れた日のどしゃぶりの雨のようなもので、晴れるまで待って拭いて乾かせば、あとは笑い飛ばせば済むものである。
 意志をむき出しにはしない奴の方が、現実問題としては、商人としてある程度までは優れていたりあたりがなかなかナギの気にくわないところではあったが。そして時には自分もその方法を使わねばならないところも。
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