七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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第36話 楽しい人生のために

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「でもコレファレスさん。私にはそれ以前に疑問だわ。どうしてシラさんをミナセイ侯爵夫人は捕まえておかなければならないのかしら?そもそも黒夫人とシラさんにはどういう関係があるのかしら?」

 それは非常に疑問だった。シラとルームメイトとして暮らしてきた一年と少しのうちに、黒夫人が彼女と、もしくはこの家と何らかの関係があるなんて聞いたこともない。

「シラお嬢様には特にはないと思います。ただ、ラキ・セイカ・ミナセイ夫人は、アヤカ・キラ奥様と仲が良かったとか」

 ……母さまはいつも書いてたわ。恋しい恋しいセイカ様……

 なるほど「セイカ様」ね。ナギはうなづく。そういう仲だった訳か。

「どうでしょうか? ナギマエナさん」

 ナギは軽く目を伏せる。

「コレファレスさん。そちらの事情はよおく判りました」
「では」
「でもどうして私が動かなくてはならないのです? シラさんがただのお嬢様だというなら、私だってただの娘でしょう?そのただの娘に何ができましょう」

 ナギは目を開き、さらりと言う。
 正直言って、コレファレスが自分のことをただの中等学校の高等科の学生と思っているとは、彼女も思ってはいなかった。
 何しろ、ただの十六か十七の娘に、こんな夜半、相談を持ちかけること自体常識外れである。つまり彼がこの時間にナギの所へやってきた、そのこと自体、ナギをただ者ではないと思っていることの証拠であった。
 それに、彼はあえて単刀直入な言い方をしている。ただ単純に小娘をたぶらかすなら、それこそ実に病原体な、甘い言葉をばりばりに散りばめて騙せばいいのだ。

「貴女はただの中等学校生などではないでしょう」
「どうしてそう思います、コレファレスさん? 私はこの通り第一中等の学生証だって持っていますけど?」

 コレファレスは口元をややゆがめる。

「それは大した問題ではないでしょう。無論私は貴女が実際どういう類の人か、なんていうのは知らない。だが、あの旦那様がただの頭のいい少女を引き取るなどという親切なことをやらかすとは思えませんので」

 シラと同じことを言う、とナギは軽く表情をゆがめる。

「では何だと思います?」
「当初は愛人かと」
「率直な方で」
「人によります。貴女はその方が好きでしょう? それにおそらくそれは半分は合っているでしょう?」
「まあ間違ってはいませんけれど。寝てはいましたし。……でも私は旦那様は大嫌いでしたが?」
「そんな気はしました。それでは私達は気が合いますね。私も旦那様は嫌いでした」

 ふうん、とナギは腕と脚を組む。にっこりと笑ったコレファレスもそれにつられたように脚を組み、組んだひざの上にひじを付く。

「ではこちらの本心を言いましょう。正直言って、あなた以上に自由に動ける人が我々の手の内にはいないのです。だから駄目もとです。そうできなくて正解です。何と言っても、我々はミナセイ侯爵家に手は出せない」
「でもそれでは私も手は出せないのではないか」

 ナギは軽く笑う。口調が変わる。それを聞いてもコレファレスは意地悪そうな笑いを浮かべる。途端に見かけの年齢が五歳下がった。

「黒夫人は、綺麗な少女がお好きだ」
「なるほど。私を綺麗と言われるのか」

 確かにそれなら納得がいく。

「君はかなり綺麗だと言われたことはないのか? 無い訳はない。確かに格好はかなり奇妙ではあるが」
「あいにく言われたことはある。以前はな。だが自分で認めたことはない。別に私にはどうでも良いことだ」
「もったいないことを言う」
「何がもったいない。そんなものは持って生まれた属性に過ぎない。綺麗であろうが何だろうが。せいぜい利用させてもらうさ。役者さん」
「気付いたか」

 ふっと彼の周りから緊張した空気が消える。

「何となくね。やたらに法を振り回す。普通の執事がそうそう口には出さないさ。それもほんの部分的なところ。……察するに、学生演劇をしていたのではないか? 弁護士の役がはまりそうだ。執事の役などくたびれるとは思うが?」
「疲れはするさ」

 彼はひらりと笑う。さらに年齢が下がる。声のトーンが変わる。

「だがそれはそれで面白い人生だと思わないか?」
「というと?」
「そもそも人生は一つの大きな長い演劇のようなものだ」
「ほお」
「私は自分の役を自分で作り、そして演ずる。ある時は確かに、弁護士という役もやった。でもそれはスポットライトの当たる舞台の上ではない。現実の法廷さ。法がどうのというのはその時の名残さ。……ああ間違わないでくれ。それなりにちゃんと資格はあるのだよ」
「何も弁解しなくとも」
「いやいや。大学は法学を専攻した。哀しいかな、私は取ろうと思う資格は取れてしまうのだよ」
「なるほど。それは楽しそうな人生だな」
「そう。楽しい人生だ。なかなかこの現在の舞台は居心地が良くてね。したがって、楽しい人生のためには、お嬢様にはきっちり相続して頂かなくてはならない」
「ほー」
「ナギマエナ、君は頭のいい人のようだ。私と手を組まないか?」
「ふん、私を利用したいのだろう?」

 ナギは組んでいた腕を片方膝に乗せる。

「平たく言えばそうだ」
「平たく言おうが丸く言おうが同じことだろう…… まあ主旨は判った。結果として求めるものは同じだ。その辺りは悪くない」
「では」
「だけど組むか組まないか、というのは別だ」
「条件があるのか?」
「そうだ。二つある。一つは絶対条件だ。組む組まずを問わず、これは私の希望だ。私をナギマエナなどと呼ぶな。好きではない。ただのナギだ」
「確かにいまいち音的によろしくはないな」
「もう一つは…… 私に貴方がこれから勝ったら同等に組んでもいい。だが私の勝ちなら、途中下車可の自由参加だ」
「何の勝負だ?」

 にやり、とナギは笑った。そして黒い内着のハイカラーをぷつ、と音をさせて外した。
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