七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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第69話 休日の女学生

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 実際、相棒の生活態度はシラにとってなかなか新鮮なものがあったのだ。
 きちんと食べる。きちんと眠る。街へ遊びに出た時も乗り物を殆ど使わない。それは至極まっとうなことではあるのだが、第一中等の生徒としてはかなり変わった部類に入った。
 と言うのも。
 休日だけは生活時間が決められていない。朝何時に起きようと勝手である。
 ただし朝食は用意されない。昼食も夕食も、自分で何とかしなくてはならない。生徒達が休みの日には、食事を作る炊事人達も休みなのだ。
 まあそれは、裕福な家庭の少女には何でもないことだった。
 親から送られてきた小遣いを持って、遅い朝食兼早い昼食を外へ食べに行くのが普通であったから。
 夕食は――― もともと帝国は夜は質素なことが多いので、それこそあっさりしたものを食べにいくか、パンや肉饅頭、揚げ団子など簡単なものを買ってきて済ませる者も居る。
 シラも初等科まではそういう類だった。
 実家に居る時は、朝はここぞとばかりに遅寝遅起きを心掛けるのが普通だった。特別夜遊びをするとかではないのだが、ついつい朝眠くて仕方ないと、結局夜なかなか眠れなくて、夜更かししてしまう。悪循環だなあ、と思ってはいたが、そうそう変えられるというものでもない。
 だが。

「起きましょうよ?」

 最初の休日だった。
 ようやく鐘の音で目を覚ますという習慣が身についてきた頃である。鐘の鳴らない休日にまでその習慣は発揮されない。

「ねえ?」

 地震か、とシラは思った。ひどい勢いで揺さぶられているのだ。

「……ちょっとぉ…… なぁによぉ……」

 ぐったり、大きな枕に腕を投げ出し、頭は毛布の中、うつ伏せたまま、シラは相棒にいつもより1オクターヴ低い声で抗議する。
 だがそういう状態の声には何の効力もないのはよく知られたことである。

「せっかくの休みです。出かけましょう」
「でかけ~?」

 いつもならぱっちりと大きな目も、ふくろうのように半開きである。彫りが深いだけに、伏せた時の陰影も深い。
 渾身の力を振り絞り、腕立て伏せの要領でシラは身体を起こす。そしてその瞬間ぱっと目が覚めた。倍の大きさに目が開いた。

「あ」

 慌ててシラは毛布を身体に巻き付けた。

「どうしましたか?」

 あまり高くない、ベッドの脇に立て膝をして、ナギは平然と訊ねる。

「あら大きな目。目覚ましたんなら、早く着替えて出かけましょう。いい天気ですよ」

 どの面下げてこの相棒はそういうことを言うのだろう、とシラは呆れた。
 はっきり言ってすごく眠いのだ。まだ身体は充分。
 だらだらと続く暖かいけだるさが、少し油断すれば瞬く間に自分をまた眠りの中に連れ去ってしまうだろうと思う。だが。
 どうして陽の光の下だとこんなに恥ずかしいの!
 …………前日の夜の出来事が一気に頭の中に浮かぶ。
 満月をやや過ぎた月の光の中、その時は大して恥ずかしいとも何とも思っていなかったのに。
 何も着ていない自分の姿だの、ふと視線を下げた時に見えた赤い染みだのが妙に恥ずかしい。

「いつまでもそうしてると、無理矢理出しますよ?」
「出る! 着替えるから! ちょっとあっちむいてて!」

 慌ててシラは手を伸ばして、あちこちを手探りする。はい服、とナギは彼女の頭の上に一式を投げた。

「三分でお願いしますね」

 お願い? こりゃ命令だ!
 いけしゃあしゃあと言う相棒である。後ろを向きながらも、今さら何かなあ、となんてぶつぶつ言っている。あきれた奴である。
 だが、それでも律儀に後ろを向いてはいた。何となくシラはその白金の後ろの長い髪を引っ張ってやりたい衝動にかられる。
 だがそんなことをすれば更にエスカレートすることは目に見えていたので…… やめた。
 三分でシラは服を着替え、顔を洗った。
 だがさすがに、ふわふわとしたその厚い髪はそんな短時間でどうとかなるというものではない。

「急がせるんだったら手伝ってよ!」

 ナギははいはい、と笑いを浮かべながら、綿菓子のようなその髪をとかし始めた。
 五分後、既に彼女達の姿は寄宿舎の玄関にあった。
 靴箱には外出用の靴が一つ残らず並べられている。寄宿舎では、外履きのまま入っても構いはしないが、だいたい誰も、くつろげるはずの「家」代わりのところで編み上げ靴など履いていたいと思いはしない。浅い中履きの靴に履き替えるのだ。
 その外履きの靴が一足残らず残っている。シラはやっと本気で覚めてきた目で、あらためて時計を見直す。

「……は?」

 靴を履く手が止まった。時計はまだ八時。いつも学校へ行く時間と大して変わらない。

「どうしました?」
「あんたねえ…… 何この時間! こんな時間じゃまだ何処も開いてないわよ!」
「でも今からじゃないとお昼になっちゃいますよ」
「あんた何処行くつもりよ!」
「お茶屋ですよ。お茶屋。そこで濃い乳茶と、厚いパンに卵が分厚いサンドイッチを食べたいなと思いまして」
「何処のお茶屋?」
「『黒旗』。そこで遅い朝食と早い昼食をとりましょう。あそこは濃いジャムも置いてあるからそれも一瓶欲しいし」
「別に遠くはないじゃないの」

 その店ならシラも知っている。この学校の生徒や、男子中等の生徒もよく利用するところだった。

「そこへ行く前に、市の図書館と専門学校の図書館を回って」
「は?」

 市の図書館は、その店を中心として、寄宿舎とちょうど点対称の位置にある。つまりは遠い。専門学校もその隣にある。

「次にザンスケル街の古書店を回って、ついでにクッキーを一袋買って」
「……」
「それだけ回ってれば、充分お昼になりますよ」
「ちょっと待って、どうしてそれにあたしが付き合わなくちゃならないのよ」
「ああ、ついて来られません?」
「そんな訳ないわよ!」

 しまった、と思った時には遅かった。ナギは上等の笑いを浮かべると、じゃあ行きましょう、と当たり前のことのように言った。
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