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第68話 「猫には責任を持てってこと?」
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―――梅香市駅につく頃にはもう夜になっていた。
急ぎとは言え、真夜中の列車に乗り込もうという程黒夫人は無謀ではなかった。
東海管区の中でも、中継都市である梅香市は大きい。その中心である駅はさらに大きく、その駅舎の中にホテルも備えていた。
赤レンガで覆われた三階建ての駅舎はひたすら横に長い。下から当てられた光のせいで、赤い建物はぼうっと夜の街に浮かび上がって見える。
「建てた時にはまだ、他の建物とか少なかったからね」
ホームを歩きながら黒夫人は説明する。
「この都市は中継地とされてからやっと発展できたのよ」
その程度はシラも知っていた。
帝国は、連合と通商条約を結んだ年に、それまでの都市間列車の路線の一部を改良し、大陸横断列車を作った。
東海管区の端の端の都市である海南市をはじめとする五つの駅を中継して、列車は国境の砂漠へと向かう。梅香市はその三つ目の駅だった。
「同じ部屋を取ったけれど? よろしくて?」
シラはうなづく。断ってどうできるというものでもない。奥歯をぎっと噛みしめて吐き出しかけたため息を呑み込んだ。
こんなに身の危険を感じたのは初めてだった。「それがどうした」という気もあるし、「別にいまさら」という気もなくはない。だが、奇妙にシラは背中がうそ寒いような気を覚えるのだ。高等科の寄宿舎に入った最初の日にも感じなかった…… 明らかにそれは恐怖である。
相棒もそうだが、夫人は相棒よりもっと、人を自分のペースに巻き込もうとするタイプである。
どうしてこんな時にいないのよ!
内心、相棒に対する悪態を並べる。尤も、相棒が居たなら夫人はわざわざやってこないのではないか、という気もするのだが。
「荷物を置いて。そうしたらお食事に行きましょう。ここのレストランは結構穴場よ」
***
「食事はちゃんと取るんですよ」
というのが相棒の口癖である。
「特にあなた好き嫌い多いんですから」
「だって美味しくないものは仕方ないじゃない。あんただってそう思うでしょ?」
大きな食堂で時間を決められ、一斉にとる寄宿舎の食事は実際美味しいと言えるものではない。それはもう寄宿舎の設立以来の伝統とも言えるものだった。
「まあそれは確かにそうですがね」
相棒は、いつもシラの横か対面の席で文句言わず黙々と食べている。その日もそうだった。ナギはシラの右隣に座っていた。
目の前にある白いシチューの中には、ごろごろとした鳥肉と、大きく切られたにんじんと、緑の花野菜が所狭しと詰め込まれていた。
「嫌いなものばっか」
シラはつぶやいた。
彼女は「肉の形」をした肉と、生煮えのようなにんじんが苦手だった。
これが肉本体が煮崩れきったシチューだの、挽肉を加工した肉団子だの揚げ物だの――― また、にんじんだったらグラッセとか、すりおろしてパンケーキなどに入れてしまえば平気なのだが、形が露骨にある状態、味が確実に判る状態が苦手なのである。
つぶやきとともに軽く顔がしかめられる。すると相棒はそれを見ると必ず薄い笑いを浮かべるのだ。
「でもちゃんと食べないと、力を落としますよ」
「何?」
一度シチューの中に突っ込んだスプーンを軽く加え、シラは訝しげに首を傾ける。
「力と言うか、何でもいいんですけど、シラあなた、お腹空くと結構機嫌悪くなって周囲に当たり散らしているの知ってました?」
「へ?」
太い眉が軽く寄せられる。
「ほら気付いていない。あなたの飼ってる猫は大きくて立派ですけど、お腹が空くと変な所で逃げていきますから」
「……だからそれとあたしの好き嫌いと何関係あるっていうのよ」
「あなたお肉好きじゃないでしょう?」
「嫌いよ」
「だからスタミナがないんですよ」
「は?」
「夕方まであなたの身体保たないんです。あなたの好きなパンだの饅頭(マントウ)だのは、お腹は膨れるけれど、それだけですから」
「じゃあどうすればいいっての」
「それはあなたの自由ですけど? 猫をちゃんと飼っておこうというのなら、ちゃんと何でも食べた方がいいと思いますけど」
「猫には責任を持てってこと?」
「別にそんなこと言ってませんが」
そう言って相棒は黙々とシチューをたいらげた。
彼女はその身体に似合わず実によく食べる。必ずと言っていいほどおかわりをする。一体その身体の何処にそれだけ入るのか、とよくシラは思うのだが。
相棒はとにかくそういう言い方をする。
こうすればこうなる。だけどそれをどうするかはあなたの勝手だ、と言いたげに。
何となくシラはしゃくにさわるが、相棒の言っていることはだいたい間違いないので、結局は黙ってそうする方を選んでしまう。
「ちゃんと食べたわよ」
食器を片付ける際に、仏頂面になりながらナギにそう言うシラの姿が何度かあった。
急ぎとは言え、真夜中の列車に乗り込もうという程黒夫人は無謀ではなかった。
東海管区の中でも、中継都市である梅香市は大きい。その中心である駅はさらに大きく、その駅舎の中にホテルも備えていた。
赤レンガで覆われた三階建ての駅舎はひたすら横に長い。下から当てられた光のせいで、赤い建物はぼうっと夜の街に浮かび上がって見える。
「建てた時にはまだ、他の建物とか少なかったからね」
ホームを歩きながら黒夫人は説明する。
「この都市は中継地とされてからやっと発展できたのよ」
その程度はシラも知っていた。
帝国は、連合と通商条約を結んだ年に、それまでの都市間列車の路線の一部を改良し、大陸横断列車を作った。
東海管区の端の端の都市である海南市をはじめとする五つの駅を中継して、列車は国境の砂漠へと向かう。梅香市はその三つ目の駅だった。
「同じ部屋を取ったけれど? よろしくて?」
シラはうなづく。断ってどうできるというものでもない。奥歯をぎっと噛みしめて吐き出しかけたため息を呑み込んだ。
こんなに身の危険を感じたのは初めてだった。「それがどうした」という気もあるし、「別にいまさら」という気もなくはない。だが、奇妙にシラは背中がうそ寒いような気を覚えるのだ。高等科の寄宿舎に入った最初の日にも感じなかった…… 明らかにそれは恐怖である。
相棒もそうだが、夫人は相棒よりもっと、人を自分のペースに巻き込もうとするタイプである。
どうしてこんな時にいないのよ!
内心、相棒に対する悪態を並べる。尤も、相棒が居たなら夫人はわざわざやってこないのではないか、という気もするのだが。
「荷物を置いて。そうしたらお食事に行きましょう。ここのレストランは結構穴場よ」
***
「食事はちゃんと取るんですよ」
というのが相棒の口癖である。
「特にあなた好き嫌い多いんですから」
「だって美味しくないものは仕方ないじゃない。あんただってそう思うでしょ?」
大きな食堂で時間を決められ、一斉にとる寄宿舎の食事は実際美味しいと言えるものではない。それはもう寄宿舎の設立以来の伝統とも言えるものだった。
「まあそれは確かにそうですがね」
相棒は、いつもシラの横か対面の席で文句言わず黙々と食べている。その日もそうだった。ナギはシラの右隣に座っていた。
目の前にある白いシチューの中には、ごろごろとした鳥肉と、大きく切られたにんじんと、緑の花野菜が所狭しと詰め込まれていた。
「嫌いなものばっか」
シラはつぶやいた。
彼女は「肉の形」をした肉と、生煮えのようなにんじんが苦手だった。
これが肉本体が煮崩れきったシチューだの、挽肉を加工した肉団子だの揚げ物だの――― また、にんじんだったらグラッセとか、すりおろしてパンケーキなどに入れてしまえば平気なのだが、形が露骨にある状態、味が確実に判る状態が苦手なのである。
つぶやきとともに軽く顔がしかめられる。すると相棒はそれを見ると必ず薄い笑いを浮かべるのだ。
「でもちゃんと食べないと、力を落としますよ」
「何?」
一度シチューの中に突っ込んだスプーンを軽く加え、シラは訝しげに首を傾ける。
「力と言うか、何でもいいんですけど、シラあなた、お腹空くと結構機嫌悪くなって周囲に当たり散らしているの知ってました?」
「へ?」
太い眉が軽く寄せられる。
「ほら気付いていない。あなたの飼ってる猫は大きくて立派ですけど、お腹が空くと変な所で逃げていきますから」
「……だからそれとあたしの好き嫌いと何関係あるっていうのよ」
「あなたお肉好きじゃないでしょう?」
「嫌いよ」
「だからスタミナがないんですよ」
「は?」
「夕方まであなたの身体保たないんです。あなたの好きなパンだの饅頭(マントウ)だのは、お腹は膨れるけれど、それだけですから」
「じゃあどうすればいいっての」
「それはあなたの自由ですけど? 猫をちゃんと飼っておこうというのなら、ちゃんと何でも食べた方がいいと思いますけど」
「猫には責任を持てってこと?」
「別にそんなこと言ってませんが」
そう言って相棒は黙々とシチューをたいらげた。
彼女はその身体に似合わず実によく食べる。必ずと言っていいほどおかわりをする。一体その身体の何処にそれだけ入るのか、とよくシラは思うのだが。
相棒はとにかくそういう言い方をする。
こうすればこうなる。だけどそれをどうするかはあなたの勝手だ、と言いたげに。
何となくシラはしゃくにさわるが、相棒の言っていることはだいたい間違いないので、結局は黙ってそうする方を選んでしまう。
「ちゃんと食べたわよ」
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