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第75話 時代は動いている
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「さすがに『桜』の様式と違って、『連合』の様式は一度には広がりませんでした。主に持ち帰ったのは、連合へ留学した人々です」
「そうね。そしてその頃その制服の原型が作られたのよ」
「……」
「その制服は、もともと連合の海兵隊の服を基にして作られているの。だけど当初は、ただ単にそれを取り込むだけでは困る、と思ったんでしょうね。最初の形は、まだその襟もそんなに大きくなかったわ」
「はあ」
「おまけに右開きだったし。しかもスカートも伝統的な筒形だったから、何か妙な服になったものね。帝国の人々から見ても、連合の人々とか見ても」
「そうだったんですか」
「そう。さすがにそういう歴史は伝えない?」
「……そうですね、あまり関心もなかったし」
「まあさすがに、それは見栄えも当時はしなかったと見えて、右開きはすぐに中開きになったわ。ただ当時の文化庁の保存局はずいぶんと反対したようだけどね」
「保存局ですか?」
「ええそう。文化庁は教育局と保存局に別れていることはご存知よね?」
「……まあ一応」
歴史で習う程度は。
「現在でこそ、完全に教育局と保存局の職務は別れているけれど、当時はまだ時々片方が片方に干渉することがあったのよ」
「あまり関係ない部署のような気もしますけど……」
「作られた当初というものは何処もそうよ。できるだけ多くの実権を握りたがるものだからね。何故保存局が中開きの女子中等学生の制服に反対したか判る?」
「どうしてですか?」
「その頃は、性差極まりなし、という時代だったからよ。六代の陛下の改革が大きく行われるようになったのは、御代の半ばくらいからだけど、私たち女性に対する改革が行われたのは、六代の陛下が皇后陛下をお迎えになってからだわ」
「皇后陛下」
「現在の皇太后さまよ。あの方は表向き政治に関与はしていない。無論帝国では法が禁じているからね。だけど、あの方が帝都に落ち着くようになられてから、確かに、何か変わったのよ」
「……女子留学生制度……」
そういえばそういうものもあった、とシラは口に出す。
「そう。それもそうだわ。だけどその時代と違って、まだその頃は、そういうのに反対する人も多かったって訳」
「つまり、わざわざ男女の区別を設けたのに、それをまた一緒にするようなことは困ると」
「そ」
夫人は空になったカップとポットを取り上げる。
「お代わりいただける?」
しばらくして代わりのポットがやってきた。話はその間も途切れることなく続けられている。運んできたマンダリンは、見つけたかばんを何処に置けばいいのか訊ねた。
「隣へ。そうね、数日滞在する荷物にしておいてくれない?」
「かしこまりました」
そしてまたもや彼女を追い払う。扉が閉まるとくっくっく、と黒夫人は笑った。
「意地悪ね」
「聞き耳を立てられるのは嫌いですから」
「そうね。……学校の盗聴器はどうしてるの?」
「まあそれなりに対抗策を。……内容までお聞きになりたいですか?」
いいえ、と夫人は手をひらひらと振った。
「私は自分がのろけるのは好きだけど、人ののろけ話を聞く程暇ではないわ」
「でしょうね…… それで制服の話ですが」
「ああそうね。それで、とにかくそれでもバランスの関係とかいろいろあって、前あきにはなったのよ。それがだんだん筒形から起伏に富んだものになったのは、流行を採り入れていったせい」
「……でもこのスカートは」
「そうよね、これが一番妙と言えば妙なものよね。スカートのようで、スカートではない。ズボンのようで、ズボンでもない。見た目はスカートのようだけど、機能的にはどちらかというとズボンに近い。……三十年くらい前に、学都の一つで地震があったのは知っていて?」
「……いいえ」
それは初耳だった。
「その時に、火災が起こってね。校舎の上の階……まあいいところ四階程度だけど、そこから逃げ遅れた生徒が多かったの。ところがその子達、逃げられなかった」
「何故ですか?」
「一応長い梯子が用意されたのよ。恐がった子も居たけれど、……何より先に、彼女達は、実に『慎み深かった』のよ」
ああ、とシラは低い声を立てた。
「馬鹿みたいじゃあない? スカートの下をのぞかれることの方が、焼け死ぬより嫌だなんて」
「……馬鹿ですね」
「でもそれが、当時の常識よ。それでそれを知った教育庁が、制服の改善に踏み切ったの」
「でも火事なんて滅多に起こるものでは」
「それゃあそうよ」
夫人はきっぱりと言う。
「だから口実なのかもしれない…… とにかくおかげで、今の制服は結構動きやすいものでしょう?」
「ええ全く」
ズボンの様に裾の割れたスカートだけではない。ふくらんだ袖も、腕をぐるぐる振り回すには意外に楽なのだ。
「……ふくらんだ袖は無くなってしまうんでしょうか?」
「全くなくなってしまう訳ではないとは思うけどね。まあでも一度『動きやすさ』を知ったデザイナーが、そんなに鎧の様な服に逆戻りするとは思えないけれどね……」
「時代は動いている、と」
「そういうこと」
「そうね。そしてその頃その制服の原型が作られたのよ」
「……」
「その制服は、もともと連合の海兵隊の服を基にして作られているの。だけど当初は、ただ単にそれを取り込むだけでは困る、と思ったんでしょうね。最初の形は、まだその襟もそんなに大きくなかったわ」
「はあ」
「おまけに右開きだったし。しかもスカートも伝統的な筒形だったから、何か妙な服になったものね。帝国の人々から見ても、連合の人々とか見ても」
「そうだったんですか」
「そう。さすがにそういう歴史は伝えない?」
「……そうですね、あまり関心もなかったし」
「まあさすがに、それは見栄えも当時はしなかったと見えて、右開きはすぐに中開きになったわ。ただ当時の文化庁の保存局はずいぶんと反対したようだけどね」
「保存局ですか?」
「ええそう。文化庁は教育局と保存局に別れていることはご存知よね?」
「……まあ一応」
歴史で習う程度は。
「現在でこそ、完全に教育局と保存局の職務は別れているけれど、当時はまだ時々片方が片方に干渉することがあったのよ」
「あまり関係ない部署のような気もしますけど……」
「作られた当初というものは何処もそうよ。できるだけ多くの実権を握りたがるものだからね。何故保存局が中開きの女子中等学生の制服に反対したか判る?」
「どうしてですか?」
「その頃は、性差極まりなし、という時代だったからよ。六代の陛下の改革が大きく行われるようになったのは、御代の半ばくらいからだけど、私たち女性に対する改革が行われたのは、六代の陛下が皇后陛下をお迎えになってからだわ」
「皇后陛下」
「現在の皇太后さまよ。あの方は表向き政治に関与はしていない。無論帝国では法が禁じているからね。だけど、あの方が帝都に落ち着くようになられてから、確かに、何か変わったのよ」
「……女子留学生制度……」
そういえばそういうものもあった、とシラは口に出す。
「そう。それもそうだわ。だけどその時代と違って、まだその頃は、そういうのに反対する人も多かったって訳」
「つまり、わざわざ男女の区別を設けたのに、それをまた一緒にするようなことは困ると」
「そ」
夫人は空になったカップとポットを取り上げる。
「お代わりいただける?」
しばらくして代わりのポットがやってきた。話はその間も途切れることなく続けられている。運んできたマンダリンは、見つけたかばんを何処に置けばいいのか訊ねた。
「隣へ。そうね、数日滞在する荷物にしておいてくれない?」
「かしこまりました」
そしてまたもや彼女を追い払う。扉が閉まるとくっくっく、と黒夫人は笑った。
「意地悪ね」
「聞き耳を立てられるのは嫌いですから」
「そうね。……学校の盗聴器はどうしてるの?」
「まあそれなりに対抗策を。……内容までお聞きになりたいですか?」
いいえ、と夫人は手をひらひらと振った。
「私は自分がのろけるのは好きだけど、人ののろけ話を聞く程暇ではないわ」
「でしょうね…… それで制服の話ですが」
「ああそうね。それで、とにかくそれでもバランスの関係とかいろいろあって、前あきにはなったのよ。それがだんだん筒形から起伏に富んだものになったのは、流行を採り入れていったせい」
「……でもこのスカートは」
「そうよね、これが一番妙と言えば妙なものよね。スカートのようで、スカートではない。ズボンのようで、ズボンでもない。見た目はスカートのようだけど、機能的にはどちらかというとズボンに近い。……三十年くらい前に、学都の一つで地震があったのは知っていて?」
「……いいえ」
それは初耳だった。
「その時に、火災が起こってね。校舎の上の階……まあいいところ四階程度だけど、そこから逃げ遅れた生徒が多かったの。ところがその子達、逃げられなかった」
「何故ですか?」
「一応長い梯子が用意されたのよ。恐がった子も居たけれど、……何より先に、彼女達は、実に『慎み深かった』のよ」
ああ、とシラは低い声を立てた。
「馬鹿みたいじゃあない? スカートの下をのぞかれることの方が、焼け死ぬより嫌だなんて」
「……馬鹿ですね」
「でもそれが、当時の常識よ。それでそれを知った教育庁が、制服の改善に踏み切ったの」
「でも火事なんて滅多に起こるものでは」
「それゃあそうよ」
夫人はきっぱりと言う。
「だから口実なのかもしれない…… とにかくおかげで、今の制服は結構動きやすいものでしょう?」
「ええ全く」
ズボンの様に裾の割れたスカートだけではない。ふくらんだ袖も、腕をぐるぐる振り回すには意外に楽なのだ。
「……ふくらんだ袖は無くなってしまうんでしょうか?」
「全くなくなってしまう訳ではないとは思うけどね。まあでも一度『動きやすさ』を知ったデザイナーが、そんなに鎧の様な服に逆戻りするとは思えないけれどね……」
「時代は動いている、と」
「そういうこと」
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