七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
76 / 125

第76話 「私は私のできることをして待つだけです」

しおりを挟む
 夕食を夫人と差し向かいで取っている時に、執事のクーツは高速通信が入っている、とシラに告げた。
 誰から、とはシラは彼には訊ねなかった。夫人に下手に詮索されるのは嫌だったのだ。
 通信のための小さな部屋の扉を閉めると、シラはヘッドフォンをかけ、丸形のマイクに口を近づけた。

「……はい、代わりました」
『シラさん?』
「ナギ?」

 シラは通信機の音量を上げる。雑音がひどい。何処から掛けているのというのだろう?
 耳に飛び込んでくる相棒の声。アルトの、いつでも妙に落ち着き払った、そして自分をからかうのが好きな、その声が。
 ひどく気持ちいい。思わず耳に当てたヘッドフォンに両手を添える。

「あんた今何処にいるの?」
『国境近くの都市です。旦那様の遺体の保存処理があるんで、まだすぐには動けません…… ところでシラさん、あなたこそ、どうしてここに居るんですか?』
「……それはあたしが聞きたいくらいよ」

 思わず顔が渋く歪む。

『……なるほど…… 誰かそこに居ます?』
「ここにはいないわ。ただこの屋敷には居るわよ。ナギあんたいい時間に掛けてきたわ。今は食事中だったから」
『ええ、一応そういう時間を見計らってましたから…… まあそれはいいです。それで、副帝都に、あなたしばらく留まるんですか?』
「ううん、帝都へ。……迎えに来てくれちゃったのよ。そうそう逃げられる相手でもないし、敵に回したくもない相手って居るでしょ?」
『そういう人ですか…… それはなかなか厄介ですね』
「あんた早く帰ってきなさいよ」
『ああ、一人じゃ辛いですか?』
「……な」

 その言いぐさ。思わずシラの頭に血が上る。

『努力はしますけれどね……』 
「しなさいよ」
『必要なら言われなくともしますよ。それよりシラ、あなた帝都へ行くのでしょう? 何処へ行きますか?』
「一応本宅へ。そこからはまだ判らないわ…… だからあんた帝都へ直接来てよ。いちいちこっちへ戻ることなんてないわ」
『言われなくとも』

 シラは唇を噛みしめる。
 ああそういう奴だもんな。
 いつだってそうだ。あたしがどれだけ悔しいと思っていても、その涼しい顔で受け流してしまうんだわ。

「じゃあ早く用事なんて済ませてしまいなさいよ」
『ええ全く。私も早くあなたに会いたいですからね』

 え、と思わずシラは問い返していた。胸の奥が勢いよく上下したような気がする。
 だけどつとめて平静を装って。

「あらそうだったの?」
『ええ全く。私はあなたがとても好きですからね』
「嘘ばっか」
『どちらでもいいですよ。でも少なくともあなたの身体は好きですよ』
「ナギ!」
『あなたはそうではありません?』

 ぐ、とシラは言葉に詰まる。あいにく非常に好きだった。
 だけど、それを口に出すのはしゃくにさわる。いけしゃあしゃあと向こうが口に出すから余計に。だけど嫌いだなんて嘘もつきたくはない。

「嫌いじゃあないわ。あんたは上手いもの」
『ええそうですよね、私上手いですから。でもどうして私が上手いかとか、あなたは何にも知らないでしょ?』
「そりゃあそうよ。あんた何も言わないんだもの」
『聞きたいですか?』
「どっちでもいいわよ。でも興味がないって言ったら嘘だわ」
『それはそれは』

 はぐらかすんじゃないわよ、とシラは内心つぶやく。
 確かにこの相棒は自分自身のことを全く話さない。
 父親に「人形」として引き取られた訳だから、何らかの事情があるのは判る。「上手い」理由もある程度想像できる。
 だが結局は想像に過ぎない。本当の内容までは判らないのだ。ナギがその口から言わない限り。
 興味がないと言ったら嘘になる。
 シラはナギのことがとても好きだったから。
 好きだから、知りたい。
 知らないままでは、自分がいつまでたっても相手に振り回されているだけのように思えてしまう。
 シラは基本的には、振り回されるよりは振り回す方が好きなのだ。

「じゃあ何、聞きたいとあたしが言わなくちゃ、あんたさっさと帰っては来ないって訳?」
『そういう訳ではありませんよ。ただ何をするにでも、張り合いは欲しいじゃあないですか』
「張り合い、ね。あんた今何が欲しいの? 何がしたいの?」
『私ですか? ……そうですね。まず……』
「まず?」
『あなたにキスしたい』

 そうきたか、とシラは思った。

「じゃあそう想像してみなさいよ。次に何をしたい?」
『嫌ですね、その後はあなたの方が想像つくんじゃあないですか?私はいつもあなたがして欲しがってることをしてる筈ですよ?』
「嫌な奴」

 だが間違ってはいない。いつでもナギはそうなのだ。それが実に的確だから、余計に腹が立つ。

『でもあなたは言えないでしょうから、私が言いましょうか?』



 ……まずいな、とシラは通信室から出た瞬間、思った。何を考えているんだあの馬鹿、と心中、大声で悪態をつく。だが。
 シラは食堂へとって返した。そこには自分の未だ途中の食事と、既にデザートも食べ終え、食後のコーヒーに手をつけている黒夫人の姿があった。

「……マロン夫人、もういいわ、下げてちょうだい……」

 いつもだったら、寄宿舎の食堂でそんなこと言ったら、相棒が実に冷ややかな視線で無言の抗議をするだろう。
 だがもしここで彼女が居て、同じ視線を飛ばしたとしたら、間違いなくシラは反論するだろう。誰のせいだと思っているの!

「……どうしたの? 顔が真っ赤よ」
「え?」

 反射的に顔に手を当てる。確かに熱を持っていた。だがそれは決して病気の熱ではない。

「……何でもありません」
「何でもないことないでしょう? ちょっといらっしゃい」
「何でもありませんってば!」

 差し出す手を、思いきり払う。夫人の目が大きく開かれた。

「……あ…… すみません。失礼しました…… でも本当に、何でもありませんから……マロン夫人、あたしにもコーヒーちょうだい」

 はい、と即座にマロン夫人はシラの食器を取りまとめ、食堂から下がった。
 ふうん、と言った表情で夫人は腕組みをする。

「何もない、ね」
「ええ、何もないです」
「嘘ばかり」

 くっくっ、と彼女は含み笑いをする。

「何を言いたいのですか?」
「誰からの高速通信だったのかしら?」
「ナギマエナからですわ。それが?」
「ううん別に。ただあなた、今妙に綺麗ね」

 心臓が、飛び跳ねる。

「それだけで、済んで?」

 シラは思わず黒夫人をにらみつけようとした。
 
 ええそれだけじゃありません。だけど貴女には関係は無い。
 あれはあたし達だけの―――

 シラはそうだ、と内心うなづいた。自分達の関係は自分達だけのものだ。
 母親とこの黒夫人のそれと重ねられてはたまらない。
 口を閉じろ。下手なことは言うな。
 心を強くしろ。相棒と真っ直ぐ向かい合いたかったら。

「済まないですわ。だから私、待ってるんです」

 黒夫人はひゅっと肩をすくめた。

「私は私のできることをして待つだけです」

 そう、そのためなら目の前に差し出されたものは何でも利用してろう、と彼女は思った。
 相棒が自分のために何をしようとするのかは判らない。
 それでも。

「さあ、お茶に致しましょうよ。黒夫人」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!

虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん>< 面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

現代にダンジョンが現れたので、異世界人とパーティ組んでみた

立風館幻夢/夜野一海
ファンタジー
世界を研究する「普通」の女子大学院生、「猪飼瑠璃(いかいるり)」、彼女は異世界人と友達になることを夢見て、日々研究に勤しんでいた。 ある日、いつものように大学院に向かっている最中、大地震に巻き込まれる。 ……揺れが収まり、辺りを見ると、得体のしれないモンスターと猫獣人が現れた!? あたふたしているうちに、瑠璃はダンジョンの中へと迷い込んでしまう。 その中で、エルフの少女、吸血鬼の少女、サキュバスの女性、ドワーフの男性と出会い、彼らとパーティを組むことになり……。 ※男性キャラも数人登場しますが、主人公及びヒロインに恋愛感情はありません。 ※小説家になろう、カクヨムでも更新中

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

処理中です...