七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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落ちてきた場所を探して(帝国を終わらせるために)

第98話 「今頃気付いたのか?」

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「え?」
「短絡的な考え方かもしれない。正直言って、これは私の直感も多分にある」
「それはナギ、あなたは、その『落ちてきた場所』が、海に移動した、ということだと?」
「あくまで直感だ。何故か、といわれると困るんだが」
「時期的には合っていると?」
「そう。時期的には合っている。それに、あれだけの平地を作ってしまう様な何か、が突然移動したとして……それが、百年の昔であれ、帝国の版図内でいきなり出現したとしたら? 何かしらの噂や、問題が起こってもおかしくはない……」
「だけどこの地の様に、ずいぶんと大きな所だったら」
「それでも、地元の人々は知っていたろう? あの平地が、帝国の発祥の地だ、と。それは帝都では知られていないだろうが、明らかに、彼らは知っていて、それが当然だ。そういう情報だったら、あなたのあの方も、ご存じなんだ。あの方は、あなた方をそういう理由で動かすこともできたはずなんだから」
「ナギ、あなたは……」

 自分達のことを、どれだけ知っているのだろう、と彼はふと疑問になった。

「何だ?」

 ナギは彼の方を向く。その拍子に髪が揺れる。

「いや、あの、その髪は何故そんな風に伸ばしているのかな、と思って」

 ああ、と彼女は長く伸ばしたその細い三つ編みを手に取った。

「伸ばしたのではない。切ったんだ」
「切った?」
「まだカラ・ハンに居た頃かな。私にも少しばかり思うことがあってな。ここだけ残して短く切ったんだ」
「……綺麗な、髪なのに……」
「だろうな。カドゥンもそう言った」
「カドゥンと言うと…… カラ・ハンの族長?」
「おや、よく知っているな」
「あなたが言ったんじゃないか。昨夜」

 そんなこともあったな、と彼女は腕を後ろに回すと、草原に背中を倒した。

「住んでいたの?」
「ああ」

 ナギは手を大きく広げ、目を伏せる。

「ここよりはもう少し草は短かったし、風も乾いていたが、あれはあれで悪くないところだった」

 ユカリは目を伏せた彼女の顔をのぞき込む。やはり綺麗だった。どうしてこんなに人形の様に綺麗な少女から、こんな言葉が次々と飛び出すのか、未だに不思議だった。

「じゃあどうして、そこにずっと居なかったの?」
「そこが居心地が良すぎたからだ」

 彼は目を細めた。

「居心地は良かった。何処からとも知れず流れてきた私を、別段追い出すこともなく、カラ・ハンの冬の集落では置いてくれた。仕事もくれた。食べるものも着るものも、仕事する程度にくれた。私の髪は、まだ、全部がこの長さだった」

 それではずいぶん豪華だったろうな、と彼は思う。細い長い三つ編みは、垂らしている時、彼女の腰くらいまである。

「ずっとそこに居てもいい、とその時は思っていた。カドゥンも私を好いていた。私は別段彼が私を好いている様に彼を好きだった訳ではないが、彼と居るのは居心地が良かったから、彼の側でずっとそこに居るのも悪くはない、と考えていた」
「ちょっと待って、ナギ」
「何だ?」

 彼女は目を開く。彼はその目をのぞき込むようにして、問いかけた。

「現在のカラ・ハンの族長だろう? 既に奥方が居る……」
「だから、彼が若い頃の話だ」
「若い頃って。ナギはそんな時、まだ子供だったんじゃないか?」

 昼間、族長に聞いた、カラ・ハンの族長の現在の年の頃。その副長でかつその妻たる女性のこと。できるだけ聞いたことは覚えておこう、と彼は思っていた。だから覚えていた。だが。

「今よりは、子供だったな」
「そうじゃなくて」
「そういうことだ。今よりは、確かに少しは若かった頃だ。だが、ちょっとしたことがあってな。私はそこに居る訳にはいかない、と自分で思いこんでしまったんだよ」
「思いこんで?」
「それから、しばらくして、カラ・ハンを出た。色んなところを歩いた。色んな人に会った。そうこうするうちに、ホロベシ男爵に会った」
「髪は…… 何故切ったの?」

 何となく、大事な部分をはぐらかされている様な気がした。だから、最初の疑問に彼は戻してみる。

「さて、何故だろうな」

 彼女は目を半分伏せた。そして不意に、それを開くと、ユカリの方へと顔を向けた。

「あなたは、それまで生きてきた自分を、捨ててしまいたいと思ったことはないか?」
「捨ててしまいたい、ということ?」
「そうだ。今そこに居る自分が嫌で嫌で、どうしようもない様な時が」

 彼は首を横に振る。そうだろうな、とナギはつぶやいた。

「それはそれでいいんだ。ずっとそうであれたら、どんなに楽だろうな」
「それは、皮肉?」
「皮肉じゃないさ。私からしたら、羨ましい。そういう時があってな。鏡に映る、うっとおしい程長い髪の自分を見ていて、思わず鏡を叩き割ったよ」
「鏡を」

 想像ができなかった。
 しかしそんな、軽く言い流してしまうようなことではないというのは、彼にも判る。

「ちょっとした出来事があってな。私はそれまでの私と変わってしまった。それがどんなことかはどうでもいいが、それまでは薄々気付いていながら、決定はしていなかった様なことが、突然誰かの口から明らかにされたら?」

 彼は首をかしげる。少なくとも、それまで自分はその様なことには遭ったことは無い。判らないのだろうな、という言葉を隠して、彼女は苦笑する。

「まあ、されたんだ。その理由も、結果も、自分ではなく他人の口からな。ただその理由が、私のこの姿のせいだ、と言われたんだよ。人より綺麗なこの顔と姿と髪のせいだとな」
「その姿の、せい? だけど普通、皆綺麗な人は好きなのではない?」
「好かれて嬉しい者もあるし、好かれない方がましだ、というものだってあるだろう? ユカリあなたは、そういう奴はいないのか? いけ好かない同僚とかに、べたべたと好かれてしまっているということはないのか?」
「俺には無い。けど、そういう話は時々聞く」
「だろう? 決して全ての奴に好かれることがいいなんて、決まっていない。嫌いな奴からは好かれたくないし、好きな人からは好かれたいのが当然だろう」
「それで、ナギは嫌いな奴から好かれてしまったと?」
「……そういう訳では無いんだがな……」

 彼女は髪をかき上げる。

「この髪が、よく似ていたらしい。少なくとも、そいつはそう言った。人の代わりもごめんだし、その結果はもっとごめんだ。けど私には拒否はできなかったからな。そいつが私を選んだなら、私は生きてくためには仕方ないだろう」
「ちょっと待って」

 ユカリは彼女の言葉を遮った。何となく、彼女の言葉の中に隠れたものが少し見えた様な気がする。ただ、それを確認するのはためらわれた。

「何だ?」
「こんなこと聞いていいかと思うんだけど、ナギ、まさかあなた……」
「はっきり言え」
「もしかして、『春の家』に居た?」

 彼女は一拍遅れて答えた。

「今頃気付いたのか?」

 その顔には、純粋に驚きの色が見えたので…… 彼は思わず赤面する自分に気付いた。
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