100 / 125
落ちてきた場所を探して(帝国を終わらせるために)
第97話 「少なくとも人間じゃないから」
しおりを挟む
「明日、動くぞ」
夕刻、遠乗りから戻ってきたナギは、帰ってくるなりユカリに向かってそう言った。
「頭痛はもう大丈夫か? 気持ち悪いところはないか?」
「や、……大丈夫」
「本当にそうか?」
そう言って、彼女はユカリの頭を抱えると、自分の額を相手のそれにくっつけた。
「な、何をするんです」
「何をって…… 熱がないか診ただけではないか。何を考えてる」
ほとんど押しのけるようにして彼はナギの身体を引き剥がした。金色の瞳は、別段面白がっている様子も無い。どうやら自分の取り越し苦労だと、さすがに彼も判る。だが、身体のほうは、そんな理性を無視して、普通で無い反応を見せていた。
ナギはそんな彼を見て、ふうん、と首をかしげる。
「今日は、何してた?」
軽く銀に近い金の髪をかき上げながら、彼女は問いかける。
「何してたって…… ぼけっとしてろ、ということだったし」
「命令した覚えはないけどな」
「別にされた覚えもないですが。……族長と話しをしていた」
「族長と」
「ああ。あなたのことをどう思ってる、と聞かれたけれど」
「興味はあるな。どう思ってる?」
ふふ、と彼女は笑う。
「からかってるんじゃないだろうね」
「からかってる訳じゃないが、気にはなる。あなたは結構に可愛らしいから、私としては、あなたが私に好意的だと、楽しい」
「可愛らしいって」
彼は絶句した。少なくとも、年下の少女に言われる言葉ではない、と思う。
「でも言われないか? 年上の女とかには」
「それは」
彼は口ごもる。全く無い訳ではない。そういう直接的な言葉で言われた訳ではないが、そう思っているのではないか、と感じさせる言葉はあちこちで聞いている。
「あるだろう?」
くすくす、と彼女は笑った。
「何で、そう思うんだ? あなたは俺より年下じゃないか?」
「別に年下と言ったことは無いが」
「だって、中等の本科の二年だったら、俺よりは年下じゃないか」
「まあ普通はな」
「あなたは普通じゃない、と言うのか?」
「そうだな」
ぐるり、とナギは首を回す。その拍子に、髪の後ろの三つ編みがざらりと揺れた。
「普通じゃあないな。少なくとも、人間じゃないから」
またそんなことを言う、と彼は眉を寄せた。
「からかうんじゃないよ」
「からかってはいないが。まあ、見かけよりは歳はいってるんだ…… あちこち行っていた時期が長いし」
すっ、と彼は目線の先から彼女の姿が消えたのに気付いた。
座らないか、とナギは先に草地の上に腰を下ろしていた。両の膝を立て、ボタンのたくさんついた白い長いカフスの腕でそれを抱きしめる様にして、彼女は遠い暮れる空に視線を飛ばしていた。
「……ここから海までは遠いな」
「海?」
「明日から、海へ向かうんだ。一度帝都総合駅に戻り、それから大陸横断鉄道に乗って、青海市へ向かうんだ。海は、行ったことがあるか?」
ユカリは首を横に振る。帝都は内陸部だった。海は遠く、下手すると、砂漠を越えた国境の方が近いかもしれない。
「湖だったらあるけれど」
「そうだな。帝都やその周辺の者が行く水のある地と言えば、そういうところだろうからな。だが問題は、海なんだ」
「何故?」
ユカリは自分の口からあっさりとそんな言葉が出るのをふと不思議に思った。だが、それはひどく自然だったのだ。ナギの吐き出す言葉は、自分の中でずっと閉ざされていた疑問を引き起こす力を持っているかの様だった。
「海が閉じているのは、あなたも知っているだろう?」
「ああ。昔は、海を渡って、東海の航路から、現在の連合に組み込まれた小国へと行くこともできた、と聞いているけど」
「そう。だけど今はできない。何故だ?」
何故だったろう。彼は自分の中の知識を掘り起こす。確か。
「いつだったか、船が進まなくなった、と聞いているけれど」
「そう。私も実際に体験した訳じゃあないが、カナーシュ師はそう言っていた。彼はそれを歴史的大事件と見ていたから、結構私にも詳しく語ってくれた」
「進まなくなるってのは?」
「つまり、計器が狂う」
「計器が」
「ちょうど、船も機械化が進み始めた頃だったらしい。だから今より百年かそこらの昔ということだろう。だが、陸上を走るものの様に、どうしても上手くいかない。……昔は、霧や幽霊やら何やら得体の知れないもののせいで、海で遭難したり、行方が知れなくなったりすることが多かったらしいが、……そんなものが迷信だと言われる工業の時代が来たら」
「今度はその工業の産物が、効かない?」
「そういうことだ」
ナギはそう言うと、顔を上げた。
「ただ、それが、ちょうどこの地から、『落ちてきた場所』が消えた時期と重なる」
夕刻、遠乗りから戻ってきたナギは、帰ってくるなりユカリに向かってそう言った。
「頭痛はもう大丈夫か? 気持ち悪いところはないか?」
「や、……大丈夫」
「本当にそうか?」
そう言って、彼女はユカリの頭を抱えると、自分の額を相手のそれにくっつけた。
「な、何をするんです」
「何をって…… 熱がないか診ただけではないか。何を考えてる」
ほとんど押しのけるようにして彼はナギの身体を引き剥がした。金色の瞳は、別段面白がっている様子も無い。どうやら自分の取り越し苦労だと、さすがに彼も判る。だが、身体のほうは、そんな理性を無視して、普通で無い反応を見せていた。
ナギはそんな彼を見て、ふうん、と首をかしげる。
「今日は、何してた?」
軽く銀に近い金の髪をかき上げながら、彼女は問いかける。
「何してたって…… ぼけっとしてろ、ということだったし」
「命令した覚えはないけどな」
「別にされた覚えもないですが。……族長と話しをしていた」
「族長と」
「ああ。あなたのことをどう思ってる、と聞かれたけれど」
「興味はあるな。どう思ってる?」
ふふ、と彼女は笑う。
「からかってるんじゃないだろうね」
「からかってる訳じゃないが、気にはなる。あなたは結構に可愛らしいから、私としては、あなたが私に好意的だと、楽しい」
「可愛らしいって」
彼は絶句した。少なくとも、年下の少女に言われる言葉ではない、と思う。
「でも言われないか? 年上の女とかには」
「それは」
彼は口ごもる。全く無い訳ではない。そういう直接的な言葉で言われた訳ではないが、そう思っているのではないか、と感じさせる言葉はあちこちで聞いている。
「あるだろう?」
くすくす、と彼女は笑った。
「何で、そう思うんだ? あなたは俺より年下じゃないか?」
「別に年下と言ったことは無いが」
「だって、中等の本科の二年だったら、俺よりは年下じゃないか」
「まあ普通はな」
「あなたは普通じゃない、と言うのか?」
「そうだな」
ぐるり、とナギは首を回す。その拍子に、髪の後ろの三つ編みがざらりと揺れた。
「普通じゃあないな。少なくとも、人間じゃないから」
またそんなことを言う、と彼は眉を寄せた。
「からかうんじゃないよ」
「からかってはいないが。まあ、見かけよりは歳はいってるんだ…… あちこち行っていた時期が長いし」
すっ、と彼は目線の先から彼女の姿が消えたのに気付いた。
座らないか、とナギは先に草地の上に腰を下ろしていた。両の膝を立て、ボタンのたくさんついた白い長いカフスの腕でそれを抱きしめる様にして、彼女は遠い暮れる空に視線を飛ばしていた。
「……ここから海までは遠いな」
「海?」
「明日から、海へ向かうんだ。一度帝都総合駅に戻り、それから大陸横断鉄道に乗って、青海市へ向かうんだ。海は、行ったことがあるか?」
ユカリは首を横に振る。帝都は内陸部だった。海は遠く、下手すると、砂漠を越えた国境の方が近いかもしれない。
「湖だったらあるけれど」
「そうだな。帝都やその周辺の者が行く水のある地と言えば、そういうところだろうからな。だが問題は、海なんだ」
「何故?」
ユカリは自分の口からあっさりとそんな言葉が出るのをふと不思議に思った。だが、それはひどく自然だったのだ。ナギの吐き出す言葉は、自分の中でずっと閉ざされていた疑問を引き起こす力を持っているかの様だった。
「海が閉じているのは、あなたも知っているだろう?」
「ああ。昔は、海を渡って、東海の航路から、現在の連合に組み込まれた小国へと行くこともできた、と聞いているけど」
「そう。だけど今はできない。何故だ?」
何故だったろう。彼は自分の中の知識を掘り起こす。確か。
「いつだったか、船が進まなくなった、と聞いているけれど」
「そう。私も実際に体験した訳じゃあないが、カナーシュ師はそう言っていた。彼はそれを歴史的大事件と見ていたから、結構私にも詳しく語ってくれた」
「進まなくなるってのは?」
「つまり、計器が狂う」
「計器が」
「ちょうど、船も機械化が進み始めた頃だったらしい。だから今より百年かそこらの昔ということだろう。だが、陸上を走るものの様に、どうしても上手くいかない。……昔は、霧や幽霊やら何やら得体の知れないもののせいで、海で遭難したり、行方が知れなくなったりすることが多かったらしいが、……そんなものが迷信だと言われる工業の時代が来たら」
「今度はその工業の産物が、効かない?」
「そういうことだ」
ナギはそう言うと、顔を上げた。
「ただ、それが、ちょうどこの地から、『落ちてきた場所』が消えた時期と重なる」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
現代にダンジョンが現れたので、異世界人とパーティ組んでみた
立風館幻夢/夜野一海
ファンタジー
世界を研究する「普通」の女子大学院生、「猪飼瑠璃(いかいるり)」、彼女は異世界人と友達になることを夢見て、日々研究に勤しんでいた。
ある日、いつものように大学院に向かっている最中、大地震に巻き込まれる。
……揺れが収まり、辺りを見ると、得体のしれないモンスターと猫獣人が現れた!?
あたふたしているうちに、瑠璃はダンジョンの中へと迷い込んでしまう。
その中で、エルフの少女、吸血鬼の少女、サキュバスの女性、ドワーフの男性と出会い、彼らとパーティを組むことになり……。
※男性キャラも数人登場しますが、主人公及びヒロインに恋愛感情はありません。
※小説家になろう、カクヨムでも更新中
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる