七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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落ちてきた場所を探して(帝国を終わらせるために)

第106話 彼女が彼女であり続けるために

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「ま、私達の場合は、多少お互いの防護のためもあったんだが」
「お互いの防護?」

 彼は眉を寄せる。まるでその言い方は作戦を読み上げる司令官の様だった。

「私達が最初に寄宿舎に入った夜、一斉に上級生達の奇襲があってな。まあ一種の、新入生に対する荒療治の様なものだ。中には、あぶれた上級生が下級生を物色しよう、というものもあるんだが」

 彼はさすがにあきれた。

「私はまあ、ちょっと噂で聞いていたし、別に大したことではないと思っていたが、彼女はさすがにそんなことは聞いたことが無いらしいので、とりあえず警告だけしておいて、嵐が過ぎた後に、とりあえず外に対しては、お互いがお互いの相方だということを見せつけることにしたんだ」
「……なるほど。形だけ……」
「な訳があるか。ああいう所では、そういう嘘は効かない」
「ということは」
「することはしていたさ」

 あっさりと、彼女は言った。

「彼女は、非常に可愛い。それでいて、強烈な意志を持ってる。何せ、どうしても私に総合席次で勝てないものだから、嫌がらせの様に、総合掲示板の前で私に強烈なくちづけをしたことすらある」

 頭がくらくらしてきそうな光景だ、と彼は思った。

「……ま、そんな彼女だから、……話は戻るが、あなたの友人に何かれしたところで、まあ、おかしくは無いな。彼女のことだから、別にそれ自体が目的ではないだろうが」
「と言うと?」
「私以外に、そんなこと好きでされてたまるか。おそらくシラさんは、あなたの友達をそうすることで、その上を引っぱり出そうとしたんだよ」
「上」
「だから、あの方さ」
「何でまた」
「気にくわないんだろうさ。自分が訳の分からない状況に居るのが。だからとにかくどんな手を使ってでも、自分が今居る場所と状況を探り出すんだ」

 それは正しい、と彼も思う。状況が判らなければ、自分がその場所で何をすべきか判らないだろう。そして次の手も。

「それを黙って過ごせる少女が学校には多いんだがな、あいにくシラさんは違う。何も判らない状況では、抵抗すらできない。だがあのひとは、抵抗したい。自分が自分で居られない状況や、自分を自分として見られない状況に、何としても抵抗したいひとなんだ」
「自分を自分として」
「そう」

 ナギはうなづいた。

「あのひとはそれに強烈にこだわるんだ。『ホロベシ男爵の令嬢』ではなく、自分がアヤカ・シラ・ホロベシという一人の人間だ、ということに」

 ずき、とその時自分の胸が痛むのを彼は感じた。自分はどうだったろう。
 生まれた地では、物心つかない頃から、「皇太后さまのお役に立つために」と訓練が繰り返されてきた。その中から向いている者が選ばれて、皇宮へと送られた。それが正しい、と彼は思ってきた。

 だけど。

 何かが揺らぐ。

 自分には、他の選択肢は本当に無かったのだろうか? 小さな頃、それ以外考えることは無かったのだろうか?

 考えに沈み込みそうになった時、目の前にカップが差し出されるのに気づいた。

「お茶にしないか? 今朝ほどの駅で買った厚い焼き菓子を味見したいところだ」

 そうだね、と彼は半ば上の空で答える。

「ナギは」

 ポットから熱い湯を注ぎながら、彼は訊ねる。何、とナギは少し上目遣いに問い返した。

「もしもこの――― あの方の『お願い』を何とかできたら、何をするつもりなんだ? シラ嬢のもとに戻って」
「さて。それはまだ状況如何だな」

 カップを受け取り、ふう、とまだ熱いそれを冷ましながら彼女は答える。

「シラさんのそばに居る間は、彼女の力になってやる、というのは確かだが」
「それがあなたの、したいことなのか?」
「とりあえず、今においてはな。私がシラさんの近くに居られる間は」
「ずっと居るのでは、ないのか?」
「馬鹿かあなたは。私がずっとくっついていたら、不審を招くだろう?」

 あ、と彼は声を上げた。

「私が彼女のそばに居られるのは、そう長いことではない。だから、その短い間で、彼女が彼女であり続けるために、私は力を貸してやりたい。それだけだ」
「その後は?」
「その後は、その後だ」
「それでいいの?」

 彼女は茶を一口含む。そして当然だ、と短く答える。

「それでも生きていくしかないのだからな」 
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