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185 発表会来たる⑥裸足の花嫁
あら、と客の反応があったのは事実だ。
二十五人が着替えて二回舞台を巡る。
それだけのことなのだが。
それでも気付く者は居るのだ。
すっかり少女になりきったヒドゥンは普段テンダーが見たことが無いほど集中していた。
彼自身は失敗するとは考えていなかった。
もし舞台上で転んだとしても、それを演出に見せるだけのことはできる。
ここで彼が集中していたのは、自分を出さないためのものだった。
「あくまで俺は代役だからな。それにそもそも主役はミナでもないし。服だし」
だからこそ自分の存在をできるだけ消すことに彼は集中していたのだ。
お茶の時間の部、明るい音楽が流れる中、彼の番が来た。
舞台に一歩踏み出した途端、その足取りは誰よりも軽いものとなっていた。
顔はできるだけ見えない様に工夫されていた。
明るい服に合わせた、白い広いつばが広がった帽子を最初の服では深くかぶり、二度目ではそこに更に「帽子が風に飛ばない様に」リボンで顎下に留める様に工夫されてもいた。
最初の服、蝶の柄のスカートに腕を思い切り良く出した上着に柔らかなストールをかけて。
くるくると今にも舞台を回り出しそうな足どり。
前の女優とすれ違う時に、大きな南国の花に蝶がまとわりつく様な錯覚を覚える様に彼はふわりとしたスカートを揺らせた。
二着目の、夏の太陽の様な花のスカートの際には歩くたびに風が裾を揺らしている様な錯覚を起こさせた。
この一連の動作だけでも、前の演者とは明らかに違う、ということは観客には分かっただろう。
なおこの時彼は、ミナに近い長さと色のかつらをつけていた。
ただそれでも、かつての女装俳優のヒドゥン・ウリーであることは気取られる様子は無かった――
――少なくとも、舞台袖から眺めるテンダーにはそう感じられた。
はあ、と彼は二着目を取り去ると、この時間最後の一着に手を通す。
「!」
「どうしました?」
「ちょっとだけ地面から浮きすぎるな」
あ、とテンダーはその言葉に慌てた。
最後の服は花嫁衣装である。
「どうする?」
彼はテンダーに問いかける。
「何だったら膝を落として歩くけど」
「いいえ」
テンダーは首を大きく横に振った。
「靴を脱いでください」
え、とその場の皆が驚いた。
「こればかりは裾が足すれすれであって欲しいんです。そしてゆっくりじっくりと歩いてもらいたい」
「裸足になれと?」
「ええ」
「素足が見える。それでいいの?」
「構いません。で、最後の最後、そのまま花道の端で止まってください」
「止まる?」
「私も挨拶に出ます。その時まで居てください」
了解、と彼は頷いた。
そして彼は花嫁衣装に替えるべくその場を離れ――
テンダーもまた、その場を離れた。
さて。
二十五人全員が二度出演した、ということで観客は終わったのだろう、と少しさざめきだした。
だがパンフレットにはまだ最後の一着があることが記されている。
さざめきつつも、観客はそれをひたすら待っていた。
そしてやがて、荘厳な音楽とともに、最後の演者が姿を現した。
観客はあっと息を呑んだ。
「腰のラインが消えた……」
「ずんどうなまま? あ、でも綺麗……」
彼女達の前にゆっくりゆっくりと進んでくる姿、まとう花嫁衣装は肩からすとん、と真っ直ぐ重力に従い、光沢のある多くのドレープがある布地が地面すれすれまで続いているものだった。
この時の色が淡い紅色だった。
薄い生地が真っ直ぐとはいえ重なることで、そこに濃淡をつけていく。
そしてその色に合った淡い紅の小さな花を頭頂に山に盛り、溢れた小さな花がヴェールに絡まっているかの様に縫い付けられている。
花は襟元と裾にもちりばめられ、それは動く都度、ひらひらと風に舞うかの様に思われた。
袖は手首の盛り花にヴェールと同じ布で腕の素肌を透かしつつ、やはり花が散らされている。
そして足元に。
「……裸足!」
観客もさすがにそれには驚いた。
だが荘厳な音楽とその足取りのせいか、違和感は不思議と無かった。
逆に大地をしっかりと踏みしめる様と、これでもかとばかりの花のせいだろうか、それが当然の様な感覚をも観客は覚えていた。
二十五人が着替えて二回舞台を巡る。
それだけのことなのだが。
それでも気付く者は居るのだ。
すっかり少女になりきったヒドゥンは普段テンダーが見たことが無いほど集中していた。
彼自身は失敗するとは考えていなかった。
もし舞台上で転んだとしても、それを演出に見せるだけのことはできる。
ここで彼が集中していたのは、自分を出さないためのものだった。
「あくまで俺は代役だからな。それにそもそも主役はミナでもないし。服だし」
だからこそ自分の存在をできるだけ消すことに彼は集中していたのだ。
お茶の時間の部、明るい音楽が流れる中、彼の番が来た。
舞台に一歩踏み出した途端、その足取りは誰よりも軽いものとなっていた。
顔はできるだけ見えない様に工夫されていた。
明るい服に合わせた、白い広いつばが広がった帽子を最初の服では深くかぶり、二度目ではそこに更に「帽子が風に飛ばない様に」リボンで顎下に留める様に工夫されてもいた。
最初の服、蝶の柄のスカートに腕を思い切り良く出した上着に柔らかなストールをかけて。
くるくると今にも舞台を回り出しそうな足どり。
前の女優とすれ違う時に、大きな南国の花に蝶がまとわりつく様な錯覚を覚える様に彼はふわりとしたスカートを揺らせた。
二着目の、夏の太陽の様な花のスカートの際には歩くたびに風が裾を揺らしている様な錯覚を起こさせた。
この一連の動作だけでも、前の演者とは明らかに違う、ということは観客には分かっただろう。
なおこの時彼は、ミナに近い長さと色のかつらをつけていた。
ただそれでも、かつての女装俳優のヒドゥン・ウリーであることは気取られる様子は無かった――
――少なくとも、舞台袖から眺めるテンダーにはそう感じられた。
はあ、と彼は二着目を取り去ると、この時間最後の一着に手を通す。
「!」
「どうしました?」
「ちょっとだけ地面から浮きすぎるな」
あ、とテンダーはその言葉に慌てた。
最後の服は花嫁衣装である。
「どうする?」
彼はテンダーに問いかける。
「何だったら膝を落として歩くけど」
「いいえ」
テンダーは首を大きく横に振った。
「靴を脱いでください」
え、とその場の皆が驚いた。
「こればかりは裾が足すれすれであって欲しいんです。そしてゆっくりじっくりと歩いてもらいたい」
「裸足になれと?」
「ええ」
「素足が見える。それでいいの?」
「構いません。で、最後の最後、そのまま花道の端で止まってください」
「止まる?」
「私も挨拶に出ます。その時まで居てください」
了解、と彼は頷いた。
そして彼は花嫁衣装に替えるべくその場を離れ――
テンダーもまた、その場を離れた。
さて。
二十五人全員が二度出演した、ということで観客は終わったのだろう、と少しさざめきだした。
だがパンフレットにはまだ最後の一着があることが記されている。
さざめきつつも、観客はそれをひたすら待っていた。
そしてやがて、荘厳な音楽とともに、最後の演者が姿を現した。
観客はあっと息を呑んだ。
「腰のラインが消えた……」
「ずんどうなまま? あ、でも綺麗……」
彼女達の前にゆっくりゆっくりと進んでくる姿、まとう花嫁衣装は肩からすとん、と真っ直ぐ重力に従い、光沢のある多くのドレープがある布地が地面すれすれまで続いているものだった。
この時の色が淡い紅色だった。
薄い生地が真っ直ぐとはいえ重なることで、そこに濃淡をつけていく。
そしてその色に合った淡い紅の小さな花を頭頂に山に盛り、溢れた小さな花がヴェールに絡まっているかの様に縫い付けられている。
花は襟元と裾にもちりばめられ、それは動く都度、ひらひらと風に舞うかの様に思われた。
袖は手首の盛り花にヴェールと同じ布で腕の素肌を透かしつつ、やはり花が散らされている。
そして足元に。
「……裸足!」
観客もさすがにそれには驚いた。
だが荘厳な音楽とその足取りのせいか、違和感は不思議と無かった。
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