7 / 23
6.「君は綺麗だもん。綺麗なものが好きで悪い?」
しおりを挟む
「結構手が早いんだね」
サンルームから自分に用意されている部屋に向かう途中に、そんな声が彼の耳朶を打った。
声の主に視線を送ると、そこには少女めいた面差しのユーリがたたずんでいた。
「何のことだい?」
「しらばっくれちゃってさあ」
Gは楽譜を抱えたまま、肩をすくめた。
「出歯亀とはいい趣味じゃあないね、ユーリ」
「出歯亀されるようなことをやってる君の方が悪いんだろ?」
くく、と喉の奥で声を立てながら、まだ青年というよりは少年と言った方が正しいのではないか、と思われる彼は、Gの方へやや目を細めながら近付いてくる。その様子は、育ちの良い短毛の猫が飼い主にすりよる様を思わせる。
「何を話していたの? 彼と」
「別に。今度やる市民祭の劇の話を」
まあ嘘ではない。確かにあの後、その話もしたことはしたのだ。
「ああ、彼が言い出したあれね」
「君も参加するのだろう?」
まあね、とユーリは淡い金髪を揺らした。
五人の内で、彼だけが色素が薄い。けぶるような淡いさらさらした金髪に、薄い蒼の瞳。何となくその目は、Gにとっては先日の殺人人形の実に美しい瞳を思わせてしまうのだが。
ユーリの相棒もしくは保護者の役割と思われるマーチャスは、祖先に南方系が居るのか、黒い髪、黒い瞳に、やや浅黒い肌を持っている。それにスポーツ万能、という筋肉をつけ加えれば、この少女めいた印象の強いユーリとではまるでいいカップルのようにすら見える。
その可能性もなくはないだろう、とGは思う。現にちょっと、誘われるように仕向けてみたら、簡単にセバスチャンは引っかかってきた。キス一つで止めるとは、なかなか自制心の強い男だ、と彼は皮肉気に感心していた。
「でもね、劇をやろうって言い出したのは、セバスチャンじゃないんだよ、知ってた?」
「いや」
彼は首を横に振った。ふうん、とユーリは片方の眉だけに綺麗にカーブを描かせた。
「セバスチャンが言ったのは、あの礼儀正しいお祭り騒ぎをも少しお祭り騒ぎの本道に戻してやろうって言っただけ。そこで市街劇なんかやらかそうって言ったのは、キャプテン・マーティンとその副長だよ」
「キャプテン?」
「何か彼って、船長とか艦長って感じしない? ほら、軍の司令艦隊か何かのさあ」
「それでジョナサンが副長?」
「そう」
ユーリはそう言って、壁に背をもたれかけさせると、腕を組み、やや自分より目線が上にあるGを上目づかいで見やった。
「ジョナサンはマーティンに頭が上がらないんだよ」
「そうなのかい?」
「そぉだよ。見てて判らない?判らないんだったら、君、凄い鈍感じゃない?」
「言われてみればそうだね」
「やっぱり鈍感だあ」
笑うユーリの方へ、Gは一歩近付く。
「あのさサンド、ジョナサンは、マーティンが好きなんだよね」
「友達だから?」
「そんな訳ないの、君なら判るでしょ? 恋愛ってのはさあ、順番より何より、よりたくさん惚れた方が負けなんだものね」
先刻の彼の行動をユーリはほのめかせる。Gはそれには軽く眉をひそめることで答えた。
「ま、僕にはなかなか理解しがたい趣味だけどね」
「それはユーリ、性別が、ということ? それとも」
「個人さ」
くっ、と笑って彼は言い切った。
「キャプテン・マーティンはキャプテンとしちゃ有能かもしれないけど、僕の趣味じゃあないよ。まだセバスチャンの方がましさ」
「それでマーチャスは君の趣味だと?」
「そうさ」
けろりと彼は言い放つ。訊ねたGの方が拍子抜けしそうだった。
「じゃあ僕なんかは君の趣味ではないんだろうね」
「ふん、そうだね」
ちょいちょい、とユーリは彼を手招きした。
されるままにGは、ユーリに近付いた。もっとこっち、と彼はGをうながす。とうとう壁に手をつかなくてはバランスが取れないと思った時、ユーリはやや背伸びをして、Gに口づけた。
結構な時間が経過した、と彼が思った時、ようやく少年の顔をした青年はGから身体を離した。
「趣味じゃあないけどさ」
ユーリは楽しそうに大きな目を細める。
「君は綺麗だもん。綺麗なものが好きで悪い?」
サンルームから自分に用意されている部屋に向かう途中に、そんな声が彼の耳朶を打った。
声の主に視線を送ると、そこには少女めいた面差しのユーリがたたずんでいた。
「何のことだい?」
「しらばっくれちゃってさあ」
Gは楽譜を抱えたまま、肩をすくめた。
「出歯亀とはいい趣味じゃあないね、ユーリ」
「出歯亀されるようなことをやってる君の方が悪いんだろ?」
くく、と喉の奥で声を立てながら、まだ青年というよりは少年と言った方が正しいのではないか、と思われる彼は、Gの方へやや目を細めながら近付いてくる。その様子は、育ちの良い短毛の猫が飼い主にすりよる様を思わせる。
「何を話していたの? 彼と」
「別に。今度やる市民祭の劇の話を」
まあ嘘ではない。確かにあの後、その話もしたことはしたのだ。
「ああ、彼が言い出したあれね」
「君も参加するのだろう?」
まあね、とユーリは淡い金髪を揺らした。
五人の内で、彼だけが色素が薄い。けぶるような淡いさらさらした金髪に、薄い蒼の瞳。何となくその目は、Gにとっては先日の殺人人形の実に美しい瞳を思わせてしまうのだが。
ユーリの相棒もしくは保護者の役割と思われるマーチャスは、祖先に南方系が居るのか、黒い髪、黒い瞳に、やや浅黒い肌を持っている。それにスポーツ万能、という筋肉をつけ加えれば、この少女めいた印象の強いユーリとではまるでいいカップルのようにすら見える。
その可能性もなくはないだろう、とGは思う。現にちょっと、誘われるように仕向けてみたら、簡単にセバスチャンは引っかかってきた。キス一つで止めるとは、なかなか自制心の強い男だ、と彼は皮肉気に感心していた。
「でもね、劇をやろうって言い出したのは、セバスチャンじゃないんだよ、知ってた?」
「いや」
彼は首を横に振った。ふうん、とユーリは片方の眉だけに綺麗にカーブを描かせた。
「セバスチャンが言ったのは、あの礼儀正しいお祭り騒ぎをも少しお祭り騒ぎの本道に戻してやろうって言っただけ。そこで市街劇なんかやらかそうって言ったのは、キャプテン・マーティンとその副長だよ」
「キャプテン?」
「何か彼って、船長とか艦長って感じしない? ほら、軍の司令艦隊か何かのさあ」
「それでジョナサンが副長?」
「そう」
ユーリはそう言って、壁に背をもたれかけさせると、腕を組み、やや自分より目線が上にあるGを上目づかいで見やった。
「ジョナサンはマーティンに頭が上がらないんだよ」
「そうなのかい?」
「そぉだよ。見てて判らない?判らないんだったら、君、凄い鈍感じゃない?」
「言われてみればそうだね」
「やっぱり鈍感だあ」
笑うユーリの方へ、Gは一歩近付く。
「あのさサンド、ジョナサンは、マーティンが好きなんだよね」
「友達だから?」
「そんな訳ないの、君なら判るでしょ? 恋愛ってのはさあ、順番より何より、よりたくさん惚れた方が負けなんだものね」
先刻の彼の行動をユーリはほのめかせる。Gはそれには軽く眉をひそめることで答えた。
「ま、僕にはなかなか理解しがたい趣味だけどね」
「それはユーリ、性別が、ということ? それとも」
「個人さ」
くっ、と笑って彼は言い切った。
「キャプテン・マーティンはキャプテンとしちゃ有能かもしれないけど、僕の趣味じゃあないよ。まだセバスチャンの方がましさ」
「それでマーチャスは君の趣味だと?」
「そうさ」
けろりと彼は言い放つ。訊ねたGの方が拍子抜けしそうだった。
「じゃあ僕なんかは君の趣味ではないんだろうね」
「ふん、そうだね」
ちょいちょい、とユーリは彼を手招きした。
されるままにGは、ユーリに近付いた。もっとこっち、と彼はGをうながす。とうとう壁に手をつかなくてはバランスが取れないと思った時、ユーリはやや背伸びをして、Gに口づけた。
結構な時間が経過した、と彼が思った時、ようやく少年の顔をした青年はGから身体を離した。
「趣味じゃあないけどさ」
ユーリは楽しそうに大きな目を細める。
「君は綺麗だもん。綺麗なものが好きで悪い?」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる