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7.「禁忌なんてのは、一度破ってしまえば気が楽になるものさ」
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「やあサンド君、待ってたんだ」
夕方、ジョナサンから館内通信が来たので、Gは彼の部屋へ出向いていた。まあその辺に適当に座ってくれ、と言われたので、本と紙に埋もれたような部屋の中で、かろうじて浮かび上がっているカウチに腰掛けた。
「用って何だい? ジョナサン」
「ああ、これなんだけど」
彼はデスクの上から、一冊の小冊子を取り上げ、Gに渡した。彼はそれに一瞥を加えると、ジョナサンの方へ向き直る。
「これは?」
「脚本だよ」
「君が書いたっていう?」
そう、とジョナサンは言って、自分ももう一冊持ってGの前に座った。Gはぱらぱらと繰ると、その内容の少なさに驚いた。
「これだけ?」
「そう、これだけ。ただ、合間に広く間隔が取ってあるだろ?」
ああ、とGは答えた。確かに、台詞や卜書きの間が普通より異様に大きく取ってある。
「そこは、実際に練習だのミーティングしながら、書き加えていくところなんだ」
「へえ…… そういうやり方があるんだ」
「いや、実際本当に、そういうやり方があるのかどうかは判らない。ただ、僕はそうしたいと思ったんだ」
「作家志望」
「なれたらいいね、段階だよ。……とそんなこと言っているうちは、絶対になれないんだろうな」
「ん? 何故?」
ふと反射的にGは訊いていた。
「そこで既に、自分の可能性を否定してるじゃないか。マーティンが僕だったらこう言うだろうな。『なれたらいいね、じゃなくて、なることに決まっているんだ』って」
「へえ。何か彼らしいね」
「だろ?」
ジョナサンは露骨に嬉しそうな顔になる。眼鏡の奥の目は正直だった。
確かに。ユーリの言葉がよみがえる。これで判らなかったら鈍感以外の何者でもないな。
「僕はこの通り、優柔不断な人間だからさ、彼のすぱすぱっとした割り切り方とか、リーダーシップを取れるところとか、憧れるんだ」
「なるほど」
「あ、かと言って、僕が自分を好きじゃないとかそういう風には取らないでね。僕は僕でいい所あるって」
「マーティンが言ったし?」
ジョナサンは途端に顔を赤らめる。
「意地悪だな、君、意外と」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ。とにかく君はマーティンが好きなんだね」
ジョナサンはとうとう彼らの前にあるテーブルに突っ伏してしまった。
なるほど、とGは思う。普段キムや中佐が自分をからかう理由が何となく判るような気がした。
そう言えば、しばらく奴とも会っていないな、と彼はふと思い出す。あの連絡員のどこまでが本気は判らない笑顔が妙に見たかった。
判らないのに見たい、というのは何やら奇妙な気もする。
だが彼の場合、ある程度隠しているのだ、ということが判っているからGにとっては始末が良いのだ。特に現在のように、本気も嘘も何もかもはっきりしない状況を強いられている場合は。
ついでに言えば、最近夜もご無沙汰している。別に無ければなくても構わない気もするのだが、あったらあったで悪くないものだかな、と彼は内心つぶやいた。
「言わないでくれよ」
は? とGは問い返した。ジョナサンはまだ充分に赤い顔を上げて、同じ言葉を繰り返す。
「言わないでくれって言ってるんだ」
「誰に?」
誰だって知っているようなことのような気がするが。
「マーティンには」
「は?」
Gは自分の耳が一瞬信じられなかった。
「ちょっと待ってジョナサン、まさか君、マーティンには」
「そんなこと言える訳ないだろう……」
ぼそぼそと、殆ど聞こえるか聞こえないか位の声でジョナサンはつぶやいた。
一度やや引いたと思われた顔の赤みが再び濃くなりかかっている。よほど赤面しやすい体質なのだろう。それだけではない。額には汗なんかもにじんできているのが判る。
「何で」
「何でって…… 君……」
「ふうん」
Gはひどく楽しくなってくる自分に気付いていた。
「もしかして君、それは禁忌だとか思っていない?」
「当然だろう!」
は、と彼は、掴み掛かりそうな勢いで反論するジョナサンに思わず顔がほころんだ。可愛いものだ。これが芝居だったら、とびきりとんでもない工作員だろう。
「だって僕は…… だけど……」
だって僕は男だし。だけど彼を好きなのはどうしようもないし。
Gは彼が省略している文を頭の中で補う。だとしたら、こいつはとんでもない箱入り息子だよ。
まるであの頃の自分のように。そして自分はそれを禁忌としていたからこそ、それを破るのが快感だった。……慣れるまでは。
「ああごめん、何も君を責めるつもりはないんだ」
Gは正面のジョナサンの肩を叩きながら、さりげなく彼の横に回り、その顔をのぞき込んだ。
「君のせいじゃない。僕が悪いんだ……」
「そんなことないよ」
そんなことなくはないよ。そうだよお前が悪いんだ。Gの中で平行してそんな声がする。
そんなことこだわっているお前が悪いんだ。生まれ育った場所のモラルに縛られて、現在居る場の快楽をむざむざ逃すなんて、自分自身以外の誰のせいだって言うんだ?
だが内心の声はともかく、彼の表情は、限りなく優しかった。
「君のせいじゃない。人を好きになって何が悪い?」
「……サンド君」
「禁忌なんてのは、一度破ってしまえば気が楽になるものさ」
彼はジョナサンの脇に手を置いた。真面目な子供のまま大人になってしまった青年の目が、一瞬脅えた。
夕方、ジョナサンから館内通信が来たので、Gは彼の部屋へ出向いていた。まあその辺に適当に座ってくれ、と言われたので、本と紙に埋もれたような部屋の中で、かろうじて浮かび上がっているカウチに腰掛けた。
「用って何だい? ジョナサン」
「ああ、これなんだけど」
彼はデスクの上から、一冊の小冊子を取り上げ、Gに渡した。彼はそれに一瞥を加えると、ジョナサンの方へ向き直る。
「これは?」
「脚本だよ」
「君が書いたっていう?」
そう、とジョナサンは言って、自分ももう一冊持ってGの前に座った。Gはぱらぱらと繰ると、その内容の少なさに驚いた。
「これだけ?」
「そう、これだけ。ただ、合間に広く間隔が取ってあるだろ?」
ああ、とGは答えた。確かに、台詞や卜書きの間が普通より異様に大きく取ってある。
「そこは、実際に練習だのミーティングしながら、書き加えていくところなんだ」
「へえ…… そういうやり方があるんだ」
「いや、実際本当に、そういうやり方があるのかどうかは判らない。ただ、僕はそうしたいと思ったんだ」
「作家志望」
「なれたらいいね、段階だよ。……とそんなこと言っているうちは、絶対になれないんだろうな」
「ん? 何故?」
ふと反射的にGは訊いていた。
「そこで既に、自分の可能性を否定してるじゃないか。マーティンが僕だったらこう言うだろうな。『なれたらいいね、じゃなくて、なることに決まっているんだ』って」
「へえ。何か彼らしいね」
「だろ?」
ジョナサンは露骨に嬉しそうな顔になる。眼鏡の奥の目は正直だった。
確かに。ユーリの言葉がよみがえる。これで判らなかったら鈍感以外の何者でもないな。
「僕はこの通り、優柔不断な人間だからさ、彼のすぱすぱっとした割り切り方とか、リーダーシップを取れるところとか、憧れるんだ」
「なるほど」
「あ、かと言って、僕が自分を好きじゃないとかそういう風には取らないでね。僕は僕でいい所あるって」
「マーティンが言ったし?」
ジョナサンは途端に顔を赤らめる。
「意地悪だな、君、意外と」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ。とにかく君はマーティンが好きなんだね」
ジョナサンはとうとう彼らの前にあるテーブルに突っ伏してしまった。
なるほど、とGは思う。普段キムや中佐が自分をからかう理由が何となく判るような気がした。
そう言えば、しばらく奴とも会っていないな、と彼はふと思い出す。あの連絡員のどこまでが本気は判らない笑顔が妙に見たかった。
判らないのに見たい、というのは何やら奇妙な気もする。
だが彼の場合、ある程度隠しているのだ、ということが判っているからGにとっては始末が良いのだ。特に現在のように、本気も嘘も何もかもはっきりしない状況を強いられている場合は。
ついでに言えば、最近夜もご無沙汰している。別に無ければなくても構わない気もするのだが、あったらあったで悪くないものだかな、と彼は内心つぶやいた。
「言わないでくれよ」
は? とGは問い返した。ジョナサンはまだ充分に赤い顔を上げて、同じ言葉を繰り返す。
「言わないでくれって言ってるんだ」
「誰に?」
誰だって知っているようなことのような気がするが。
「マーティンには」
「は?」
Gは自分の耳が一瞬信じられなかった。
「ちょっと待ってジョナサン、まさか君、マーティンには」
「そんなこと言える訳ないだろう……」
ぼそぼそと、殆ど聞こえるか聞こえないか位の声でジョナサンはつぶやいた。
一度やや引いたと思われた顔の赤みが再び濃くなりかかっている。よほど赤面しやすい体質なのだろう。それだけではない。額には汗なんかもにじんできているのが判る。
「何で」
「何でって…… 君……」
「ふうん」
Gはひどく楽しくなってくる自分に気付いていた。
「もしかして君、それは禁忌だとか思っていない?」
「当然だろう!」
は、と彼は、掴み掛かりそうな勢いで反論するジョナサンに思わず顔がほころんだ。可愛いものだ。これが芝居だったら、とびきりとんでもない工作員だろう。
「だって僕は…… だけど……」
だって僕は男だし。だけど彼を好きなのはどうしようもないし。
Gは彼が省略している文を頭の中で補う。だとしたら、こいつはとんでもない箱入り息子だよ。
まるであの頃の自分のように。そして自分はそれを禁忌としていたからこそ、それを破るのが快感だった。……慣れるまでは。
「ああごめん、何も君を責めるつもりはないんだ」
Gは正面のジョナサンの肩を叩きながら、さりげなく彼の横に回り、その顔をのぞき込んだ。
「君のせいじゃない。僕が悪いんだ……」
「そんなことないよ」
そんなことなくはないよ。そうだよお前が悪いんだ。Gの中で平行してそんな声がする。
そんなことこだわっているお前が悪いんだ。生まれ育った場所のモラルに縛られて、現在居る場の快楽をむざむざ逃すなんて、自分自身以外の誰のせいだって言うんだ?
だが内心の声はともかく、彼の表情は、限りなく優しかった。
「君のせいじゃない。人を好きになって何が悪い?」
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