女性バンドPH7①エスニックデコスリムのギタリストがボンキュッポンのベーシストに落とされるに至るまでの話。

江戸川ばた散歩

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第18話 傷口に触りあってしまった。

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 とりあえず合わせてみよう、ということになったのは、その一週間後だった。

 珍しくその日の午後、FAVは一人で出向いていた。前日の仕事が夜遅くまでの予約客だったので、その振り替えが本日の午後にきたのだった。翌日は自分の非番だってのでちょうど「1.5連休」な気分でよかったのだ。
 TEARはバイトに行ってから来る、ということである。
 たどりついてみると、P子さんは来ているけど、スーパーに買い出しにマリコさんと出ているということだった。
 そして家主のHISAKAは、と言うと、楽器屋に、注文したクラッシュ・シンバルが来ているというので、それを取りに行っているという。
 では現在誰がそのことをFAVに告げたか、と言うと、残った一人しか居まい。MAVOである。
 その日はそれでも、ひらひらのワンピースだのエプロンドレスだのではなく、長袖のTシャツにジーンズ、といったラフな格好だった。実際どう見たって、そっちの方が似合うな、とFAVは思う。
 ポリシーという奴だろうか、と自分を納得させる。

「で、いつ頃連中帰ってくるって?」
「それでもそろそろ来ると思うんだけどな……」

 あいまいな返事。
 正直言って、FAVは他のメンバー達の性格には全くもって文句つけようもないほど気に入っていた。
 FAV自身が結構ぐずくずと思い悩むタイプなので、HISAKAにせよTEARにせよすぱすぱと割り切るタイプというのは、うらやましいだけでなく、付き合っていて、前向きなエネルギーをくれる。
 P子さんの一見ぼーっとしているようなあの態度は、妙に安心できる。マリコさんのクールに全てを割り切る姿勢もなかなかすっきりして好きである。
 だがMAVOだけはどうも苦手だった。おそらくエナやマナミと会っていたら、エナあたりにもそういうことを感じるのではなかろうか。
 ある意味では自分に一番良く似ている。それも自分の好きじゃない部分の。
 声は別である。あのHISAKAから渡された「新曲」には、心底敬服した。
 FAVはもともと日本のロックでバラードという奴を認めていなかったけれど、これだけは認められると、素直に感じたのだ。
 だいたいいくら寝込んでいるような時だって、音楽を聴いて泣いてしまったことなんてない。TEARに見られたのは不覚だったと思うが。
 何となくぼーっと待っているのも手持ち無沙汰だったので、FAVはソファで大判の写真雑誌を見ながら、ジャケットのポケットから煙草を出した。
 ライターの音にMAVOは振り向く。軽く眉をひそめる。

「あ、ごめん、嫌いならやめるよ」

 習慣というのは恐ろしいものである。
 いつのまにか、煙草もアルコールも当たり前なものになってしまっていて、気をつけないと煙草が嫌いな人が居る、ということ自体を忘れそうになる。
 まあそれに、彼女はヴォーカリストだし、と煙草を消す。

 ところが。

「ううん、そうじゃなくて」
「何?」
「好きなのかもしれないけれど…… 身体に悪いよ」
「あー…… でももうずっとだし……」

 高校二年くらいの頃からだから…… 今更言われても、と彼女は内心つぶやく。

「でも、女のひとには良くないって、絶対にあると思うし」
「……」

 危険信号が走る。

「煙草吸ってる女のひとって、それがそのままお腹の子どもに伝わるってことあるし…… 吸っているひとの方がやっぱり、病弱な子ども産みやすいって言われているし」

 ―――うるさい。

 FAVは頭を軽くかきむしる。

 あんたにそのことで言われたくないんだ。あたしの関係ないことに。関係できないことに。

 MAVOは気付いたか気付かないか、とにかく続ける。
 その良く通る声が、直接、頭に突き刺さる。
 良く通る声だから、余計に突き刺さる。

「それに、煙草って、緩慢な自殺って言われてるし……」

 柔らかい口調と時々顔を出す妙にムズカシイ言葉のオンパレード。
 FAVの一番聞きたくないコトバ達が一つ一つ、あの涙を流させた曲と同じ声で突き刺さる。

「ちょっと黙ってよ…… アナタの声、すごく、響く」
「あ、ごめんなさい」
「それに、煙草がゆっくりした自殺だっていうなら、あんたは何なんだっていうの」
「え」
「違うの?」

 FAVは立ち上がり、MAVOの手を掴んだ。
 少し長すぎるくらいの長袖の下には、いつものようにブレスレットが両方に。
 その片方を苛立ちのまま、抜き取った。
 彼女の手からすり抜けた。

「!」

 MAVOは目を一杯に広げた。
 FAVはそのあらわになった右の手首を思いきり引き寄せた。
 予想はしていたけれど。
 不自然な方向に走った傷跡。
 小指側から斜めに外側に向かって下りていく、生々しいまでの。

 急に頭が冷えていくのを感じた。

「MAVO……」

 いけないことをした、とは思った。
 彼女は動かない。どうしちゃったのだろう。
 と、その時だった。

「だから」
「え」

 平常の彼女なら、まず出さないような低音が響いた。
 そして、勢い良く、FAVを座っていたソファに突き飛ばした。あの大人しそうな子から出た力とはとても思えないほど強く。

「知らないくせに」

 確かにそう言った。
 形のいいくっきりした目はまばたき一つさせず、MAVOはFAVに近付いた。
 ひざでバランスを崩した足を押さえつけ、前髪を留めていたアメリカピンを一つ抜く。
 ぱらりと彼女のはちみつブロンドが垂れた。
 アメリカピンの先は、丸まってはいない。切りっぱなしだ。そして片方の手でFAVを押さえつけ、もう片方で腕を取ると、ひじ近く、白く柔らかいところへピンを突きつける。

 !

 痛みが走る。
 動けない。FAVは声と視線で留められた標本になった気分だった。

「あんたの手は綺麗だもの」

 じっと据える視線。綺麗な目だ。

「わかんないのよ。誰にも傷つけられたことがないんでしょ」

 ぐっとそのままピンを押さえつける。
 何て力。痛い。
 なのに逃げられない。押さえられているからだけじゃない。
 確かにそれも何か慣れているようで怖いというのもあったが、彼女の声があまりにも耳に入ってくるので、その声に絡み取られて、身体が動かない。
 押さえつけたピンをそのまま彼女は力一杯動かした。

 ちょっと待ってよ、どうして、そうなるの、いったい何、どうしてそんなことするの?

 考えがぐるぐる回りだす。自分の白い腕から一本の赤い筋が走る。
 彼女の声も、FAVの手の痛みも確かにあるのに、どうしても現実に起こっていることには思えない。

 助けて。

 FAVは無意識に、誰かの姿を思い浮かべていた。

 と、その時、勢い良くドアが開いた。

 下の方だけストレートの髪が、大きな胸が、アクセサリーが揺れる。
 TEARはMAVOをFAVから引き離すと、大きく両手で頬を挟んではたいた。くたり、とその力が抜ける。
 手慣れた様子で彼女を持ち上げ、対面のソファに寝かせる。
 何て力。そして割と無造作だった。

「ごめん。遅れた」

 ぬけぬけと、そんなことを言う。深呼吸すると頭に一気にきた。

「……」

 FAVは気が抜けた。ぐらり、と身体が傾くのを感じる。
 そしてふかふかの―――



 気がついた時には、HISAKAとP子さんも戻ってきていた。

「痛」

 腕に包帯がぐるぐる巻きにしてある。

「MAVOは?」
「向こうで眠らせてあるけれどね」

 リーダー殿はあっさり答える。綺麗な顔が不安半分、不服半分にしかめられている。

「とにかく今日の音合わせはパスね。仕方ない。ごめんねFAVさん」
「うん」

 そう答えるしかない。引っかき傷に近いだろう、腕の傷は、ひりひりと痛む。

「じゃあ今日はこれで散開。TEAR今日暇?」
「あーと、あたしこのひと送ってくわ」

 そう言ってFAVの方を指す。てさっさと帰り支度を始める。
 P子さんはTEARを呼び止めると、二つテーブルに置いてあったコンビニの袋のうち一つを彼女に、持ってきなさいなと渡す。
 TEARは感謝、と言いつつ音を立てる袋を受け取る。

「P子さんは?」

 FAVはたずねる。彼女は何事もなかったような顔で、

「ワタシはもう少ししたいことがあるから居ますよ」
「うん」
「行くべー」

 玄関でTEARが呼んでいる。
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