女性バンドPH7①エスニックデコスリムのギタリストがボンキュッポンのベーシストに落とされるに至るまでの話。

江戸川ばた散歩

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第19話 つい手を引っぱってしまう。

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 確か来たときはまだ午後の光があったはずなのに、もう夕方になっていた。夕方訂正。そろそろ夜だ。太陽はもう沈んでいる。
 TEARはずっと黙っている。音を立てるのはコンビニの袋だけ。わさわさがさがさ、途切れなくリズムを刻む。
「言ってなくて、ごめん」

 ようやく彼女は口を開く。

「何」
「MAVOがさ」
「ああ」
「でもあいつの一番の泣き所に触れない限り、あーゆーことはないんだけど…… 何か言った?」
「ちょっとね」
「そう」

 それからまたしばらく沈黙が続いた。
 最寄りの私鉄の駅はHISAKAの家から歩いて十五分くらいのところにある。
 十五分というのは、わりあい長くて、黙々と歩いているのには少々辛い。それはTEARも同じだったらしく、商店街に差し掛かったところで、再び口を開いた。

「あれは、自分でやったものじゃないんだ」
「え」
「MAVOの手首のさ、変な方向に走ってなかった?」
「そう言えば」

 普通、ためらい傷という奴は、てのひらを上に向けた状態で、外側に力が入るように出来るものではなかろうか。どうしても自分が自分に傷を作る場合、向きは限定される。でも確かあれは。

「詳しいことは知らない。だけど、だから彼女は自分の育ってきた家へは帰れない、とは言っていた」

 ―――ちょっと待て。

「それって、何かすさまじいものじゃない?」

 だから、名前を出さない――― のかも知れない。でもそれを尋ねるのはためらわれる。あまりにもTEARの様子があっさりとしているから。

「うん。だろーね」
「だろーねって」
「だって、それがどうあろうと、あたしがあの子の声好きってことには変わんないじゃん」

 本当にあっさりと言ってくださる。そう言えばFAVの時も似たようなこと言っていた。何はともあれ、FAVの音が好きなんだと。

「でもFAVさんがあたしと同じ気持ちって訳じゃないからね。もしもこれで、あの子のことが恐いと思ったり、嫌だと思ったら」

 彼女には珍しく言い篭もる。FAVもすぐには答えられない。
 そしてまた無言の行が始まる。ざわめく商店街を抜けると、こじんまりとした私鉄の駅が見えてきた。

「どこまで?」
「あ、×××まで」

 FAVの所より遠い。三つほど向こう。
 ホームで何人かの、やっぱり音楽野郎じゃねーか、と見るからにそんな格好をした男達が思い思いに煙草を吹かしている。
 FAVは先刻のことを思い出す。煙草は緩慢な自殺なんだから。

「TEARは煙草吸わないの?」
「ああ、昔気管支が弱かったから。でも別に吸う奴にいきなりやめろとは言わんよ」
「でも嫌いじゃない?」
「好きではないね。良くないとも思ってはいるけど。でも、吸っている奴が、それで精神安定剤になるんなら、結局やめる方が命縮めるかもしれないし。まあでも、基本的には、吸っている奴が命縮めようと、それはそいつの勝手だし」
「ちょっと冷たくない?」
「かもね。でもあたしが何言おうと、最後はそいつ自身の問題じゃねえ? 寿命縮めようが何だろーが」

 でもやっぱり、TEARの前で吸うのはよそう、と思った。
 きっとこの女は、吸う前に断る奴にはきっぱり「自分の前では吸わないでほしい」というだろうが、聞かない奴の前では、我慢してしまうだろうから。
 そんな気がする。基本的姿勢は自分と似ているな、と思う。
 電車が来た。FAVの部屋に一番近い駅までは四つ。私鉄の四つの駅なんて、大した距離じゃない。あっという間についてしまう。一つ、二つ…

「あ、次だったね」

 TEARは三つ目が過ぎたらすぐに確かめるように言う。FAVは窓の外の景色を見ながら、タイミングを計っていた。5・4・3・2・1・…

 ドアが開く。

「それじゃまたね」

 そうTEARが言った時だった。FAVは彼女の腕を思いっきり引っ張った。そのままドアの外へひきずりだす。
 何だ何だという表情でドア口にいた乗り込んでくる人達がFAV達を見る。
 FAVはホームの真ん中まで彼女を押し出して、ドアが閉まるのを確かめてから、驚きあきれている彼女に苦笑いを向けた。

「あっぶねーの」
「ごめんごめん」
「あーあ、持ち手が片方取れたじゃねーの」
「ありゃ」

 もともとやわなコンビニの袋は、缶ビールや、菓子箱の端でつっつかれて弾けそうにぱんぱんになっていた。それが今のショックで弾けたらしい。

「かわりの袋あげるよ」

 FAVはそう言って、やや高めの彼女の肩をぽん、と叩く。だから家へ寄って行き、と。

「まあどうせP子さんもそのつもりだったんだろーなぁ」

 小声でぶつぶつとTEARはつぶやく。

「それにしても無茶なことするなぁ。中坊じゃねーんだから」
「いーじゃん。どうせ今日はもう無茶なことされたんだし。よくあることでしょ、このくらい」
「FAV?」
「まだあたしゃ音合わせだってしてないんだよ」

 TEARの表情が緩む。と、缶があふれそうになっていたので、FAVは何本かを彼女の抱えている袋から取りだした。

「見事にアルコールばっかだわ」
「P子さんめ」

 取り出す時、ふにゃ、と彼女の胸に手がぶつかってしまって、焦って離れる。

 やっぱり心臓に悪いわ。こりゃ。

「保つかなあ…… この袋」

 心配そうにTEARは破れた持ち手を眺めた。

「保たせなさい」

 FAVは笑った。
 それを見て、何を考えたのか、TEARは不意に訊ねた。

「FAVさん身長何センチ?」
「170くらいかな」
「へえ…… じゃちょうどいいくらいか」
「何が」

 コンビニスの袋ががさ、と音を立てる。ふっと目が手で塞がれるのが判る。何、と思う間もなかった。ふっと軽く何かが自分の唇に触れる。

「―――え?」
「さて行こうか」

 何が起こったのか、一瞬FAVは理解できなかった。
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