女性バンドPH7③子供達に花束を/彼女と彼女が出会って話は動き始めた。

江戸川ばた散歩

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第27話 「いつまでも目をつぶっている訳にはいかないんですよ」

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 「ハルさん電話ですよ」

 翌々日の夕方である。

「……はいもしもし…… ああ、カラセさん」

 一応彼は年上らしかったので、そう呼んでみる。

『参っちゃったよー。オレあんたの名前忘れちゃってて』
「それでよく通じたわねえ」
『お姉さんの方、って言ったんだけど』
「……それで、どうしたの?」
『やだなー、こないだ言ったじゃない。バンドの練習の』
「……ああ」

 そう言えばそうだった。女の子が来るとどうの、という発言にちょいとカンに障るものがあったんで、意識的に記憶を逸らしていたようである。

「いつ?」
『明日の夕方、5時にあのスタジオ予約とってあるからさ、おいでよ。2時間たっぷりあるし』
「可愛げのない女二人が行ったところでつまんないんじゃないの?」

 少し意地悪を言ってみる。

『いやいやそんな』
「……冗談。うちの女の子はキョーミありそうだからね、行くよ」
『女の子、って、あんたがまほちゃんって呼んでいるって?』
「……そうだけど」
『妹さんのマホちゃんはどうしたの?』
「……事情があって、しばらくいないの」

 嘘ではない。

『……ふーん…… じゃ、オレもあの子はまほちゃんって呼んでいいのね?』
「手え出したら怒るわよ」
『……わかりました。ところでおねーさん、名は何て言ったっけ』
「波留子よ」
『……ああそう言えば、ハルさんって呼んでたね。じゃ、明日ね』

 受話器を置いてから、ハルは半ばしまった、と思った。
 もともとハルは彼のやっているバンド自体には興味はない。ただ、カラセは「マホ」を知っている。それも自分の知らない範囲の彼女を。
 そしてそれを自分は知りたがっている。「まほ」が興味を持っていることは本当だが、口実に過ぎないことも知ってはいる。

「……どうしたんですかハルさん…… 顔色良くない」

 掃除機を持ったまま、マリコさんは受話器のそばでぼうっとしているハルに言った。ハルは考え込んでしまっていたことに気がつくと、

「マリコさん…… そう言えば最近ユーキ君元気?」
「元気なようですよ」

 表情一つ変えずにマリコさんは言う。

「会っていない?」
「私たちはそういう関係って訳じゃあないですよ」
「……!」

 マリコさんは掃除機を階段下の物置に入れると、お茶いれましょうか、とハルに訊ねた。

「廊下でする話じゃあないでしょう?」

 確かにそうである。

「寝たりはするんですがね」

 淡々と、マリコさんは言う。

「でも、私たちは友達なんですよ」
「いつから?」
「あの雷の日ぐらいですか。まださほど経ってはいませんね」
「好きなの?」
「あなたが彼に思う程度には、好きですよ。でも恋愛じゃあない。それは彼だって同じだし、私たちはそれ以上のことはする気もないし、望みもしない」
「だからと言って」
「寝る関係にならなくても良かったんじゃなかったって?」

 次の瞬間、ハルはギクリとした。マリコさんがにっこりと笑ったのだ。
 目以外の部分に、まんべんなく、笑みをたたえたその表情は、……怖かった。これまでになく怖いものだった。
 マリコさんという人は感情がない訳ではない。
 出さないだけなのだ、ということを時々鮮やかに思い出させる。確かに神経が太いのかもしれない。だが、それだけではない。非常に強固な意志でガードしているのだ。それも、身近な人間に特に気付かせないようにするために。

「どうしてでしょうね?」
「……あたしに訊くの? あたしが答えられる訳ないじゃない!」
「でも私たちの関係の中心はあなたなんですから」
「はい?」

 ハルは困惑した表情になる。
 どう言ったものか、と目の前の茶を飲み干す。ところが焦った喉に暖かい飲物は、ただ乾きを誘うだけだった。バランスを崩して、思わず咳込んでしまう。大丈夫ですか、とマリコさんは慌てて背中をさする。

「……大丈夫…… それより、コトバの意味が判らない! どういう意味なの? あたしが真ん中にあるって」
「判りません?」
「判らない」
「私たちは、あなたのことを、同じくらいに好きなんですよ」

 先程の笑顔のままで、言う。
 ハルは一瞬息を呑み、その拍子で再び激しくむせた。今度はマリコさんは手を掛けなかった。……胸を押さえながら、ようやくそれが治まったころに、マリコさんはそれまでの笑みを消した。

「私たちは、ずっとその状態を続けたかったんですよ。あなたと、私と、彼と。私と彼があなたを好きで、あなたのために何かをして暮らしていくという構図。バランスのとれた三角形」

 マリコさんは軽く目を伏せる。

「でもそれは終わったんです」
「何故」
「彼女がいます」

 まほのことだった。

「私もユーキ君も、別に彼女のことは嫌いじゃあありません。でも滅茶苦茶好きという訳でもない。それは判るでしょう?」
「……」
「ただ、あなたは彼女のことが妙に好きでしょう?」
「……そうね」

 否定はできない。よく判らないけれど。

「バランスは、崩れたんです。もう」
「それとマリコさんとユーキ君がそういう仲になるのとどう関係があるってのよ」
「判りません?」
「判らないわよ」

 言わなくては、判らないのよ。ハルは思った。マリコさんは表情からも行動からも、自分にその意味を悟らせないんだから。

「もともとバランスが崩れる気配は、彼女を拾った時点から感じてはいました。でも、私たちはそれでもしばらくは目をつぶっていたんです。バランスが崩れはじめたことから」

 だけど、雷が鳴った。

「いつまでも目をつぶっている訳にはいかないんですよ」

 だから、自分達の間で無意識に張っていた結界を破ることにした。言い出したのは彼。だけど自分だってそう言ったかもしれない。

「きっとあなたはもっと先へ行く。それもたぶん彼とは関係ない世界へ。私はあなたについていくことはできるけれど、彼はできない。彼には彼のしたいことがあるし、あなたの為に彼は自分を変えることはできない」
「関係ない世界?」
「あなたはジャズ向きではない。クラシックを一緒にしたい相手はもういない。だったら彼と同じ方向は向けないでしょう? だからと言って私にはそれがどの方向か、なんて言えませんけれど」

 マリコさんは伏せていた目を開く。

「でもあの子の居る方向でしょう?」
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