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第7話 二人になってしまう時間が来るのが私は怖かった。
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「……」
「……」
「……」
会議室に、沈黙が続いていた。ひどく居心地の悪いこの空間。
前々から各部署に、次に作る、やや小型のコロニーの「売り物」を何にするべきか、という宿題を出してあった。会議とは、その意見集約の場であったはずなのだが?
「何だ、何も出てこないのか?」
この場には私より年下の者はいない。皆が皆、私より年上ばかりだった。各部署の長というと、どうしてもそうなってしまうのは仕方がない。一応それなりに会議室の机の上には資料や、各部署から吊り上げた案が、それぞれの場所の前にあったりはする。
なのだが、その意見をどうにも彼等は言おうとしないのだ。
「社長は、何になさりたいのですか?」
広報部長は自分の前に積まれている紙の束に気付かないふりをしながら私に訊ねた。
「今は私の話ではないだろう? まずは全体の意見を聞きたいのだが」
「しかし……」
何がまずいか、と言って、この体質なのだ。D伯の傘下にあった期間の間、ずっと彼等は、上からの命令を忠実に守ることをよしとしてきた。
私がここにやってきてから、時々この様に彼等を試したりはするが、大半はこの調子である。まあこの体質のせいで、私は当初から好き勝手ができた、と言ってしまえばおしまいなのだが、ずっとこのままではどうしようもない。
おそらく彼らは、私が社長を解任するようなことがあれば、また前の様に会社は戻る、と思っているのだろう。おそらくそうなのだ。だからこそ、そんな体質を持て余してドリンク・コート伯は私にまかせたのだ。
「ではいい。とりあえず今日は解散」
がたがた、と椅子から立ち上がる音がする。
「ただし、その集約した意見は置いていくように」
「社長、しかし……」
「せっかく集めた意見だ。その中から私が決めても、君達は構わないのだろう?」
言ってしまってから、やれやれ、と私は思った。傍らのミス・レンゲがはらはらした表情でこっちを見ていることだろう。
各部署の長達は、その場に書類だけを残して、会議室から出て行った。
「しかし社長、やはりこのやり方はよくありませんわ」
彼等が立ち去って行った後、机のあちこちから書類を集めながら、彼女は言う。
「君はそう思うのかい?」
「と言うか、あまりにも違いすぎるのです。ダイレクトに変わるより、だんだんに変わっていくという方法は取れないものでしょうか」
「ミス・レンゲ、それでは、こちらの姿勢が見えない」
私はふう、と息をつく。
「彼等は、私が数年で解任されるほんの臨時の雇われ社長であるに過ぎない、と思っているだろう。だから何ごともなく、その任期をやり過ごしてくれ、と思っている」
「私もそう思っている部分はあります。正直言えば」
「では、もし私が、この会社をずっと持って行こうと思っていたとしたら、君は、どうする? ミス・レンゲ」
「それは…… しかしそれはできない相談です。あくまでこの社は、Dグループの一環に過ぎないのですから……」
私は首を横に振った。彼女ですらそうだ。忠誠、というのではない。だが、それを変えることは、彼等の頭には無いのだ。
「では本当に仮定、だ。ミス・レンゲ」
「仮定……」
「想像でいい。あくまで君の想像で」
彼女はとん、と集めた書類を机の上で揃える。
「その時には、きっと考えるでしょう。何かしら。でも今は」
判った、と私は手を上げた。彼女はまとめた資料を私の前に置く。
*
「それ、こないだ集約した意見ですよね」
ナガノは訊ねた。
ああ、と私はやや素っ気なく答える。
「君も書いたのか?」
「そりゃまあ、僕もこの会社の一社員ですから」
言いながらも彼は、この日も私の私室に居たのだ。私は着替えもせず、ただタイとシャツのボタンとを緩めただけで、社員全員の意見を集約した書類に目を通していた。
「まだ見付けてないですか?」
「まだだね。何せ人数がある」
私は書類から目を離さずに答えた。自分が何かしら緊張していることが判る。
何せこの時間に、まだもう一人がやって来ない。まだかまだか、と待っている自分が居る。
だがたまりかねて私はナガノに訊ねた。
「ミンホウは?」
「ああ、奴は今日は急用ができて」
「急用?」
私は思わず顔を上げた。途端に、穏やかに笑うナガノと視線が合う。
「何か、新居の水道の調子が悪いとかで、わざわざ業者呼ぶ程じゃない、とばかりに……」
「そんなことくらい……」
「でも奴もまあそれなりに本職だし。それに知ってますか? ぽたぽたと水道から水が落ちて止まらないというのは結構不快なものですよ?」
「まあ、そうだが……」
再び顔を伏せ、書類に目を落とす。文字が左から右に行き過ぎていく。だがどうも内容が頭に入って行かない。一体私は何をやっているんだ。
ふう、とため息と共に、私は顔を上げる。駄目だ。どうしても、集中できない。
「君は一体何を書いたんだ?」
「あ、まだ見付けてませんね?」
「本人に聞いた方が早いんだろう?」
ふふ、と彼は笑いながら目を細めた。
あの舞台の千秋楽の日から、何かと細々したことが多くて、こうやって私室で話し合うということが無かった。いや、逆だ。細々としたことを理由にして、私がそれを避けていた、とも言える。
ミンホウはいい。彼は何せ新婚だ。先日来の細々としたことの中には、彼の結婚式と、新居の準備ということもあったのだ。
私やナガノも無論、雇用主と友人として出席した。特にナガノは、結婚式というものに出るのが初めて、ということで、実に楽しそうだった。
式そのものはひどくこじんまりとしたものだった。
いつもよりは確実に晴れ着姿の二人が役所で届け出をして、そのまま新居となった社宅の庭で立食パーティをすることになった。
料理は新婦が、やってきた母親や姉妹と共に作ったものだという。
ミンホウ側の親族は皆遠い所に居たので、一番近い所に居た、彼の兄という男だけが代表として来た形だった。
その兄だけを見て判断するのも何だが、確かにミンホウの育った環境と、新婦のキリュッキの家庭とは雰囲気が似ていた。ミンホウの兄は、キリュッキの母親とすぐに打ち解けて、笑いながら話していた。
そしてナガノはそれを見て、いいですねと何気なくつぶやいた。そして私もああ、とうなづいた。
「君の郷里では結婚式は無いのか?」
「ないですね」
彼は即座に答えた。
「僕の郷里では、そういうものが無いんです」
「それはかなり不思議な所だな」
「不思議だとは、ずっと思っていなかったんですがね」
彼はそう言いながら、手の中のワインを飲み干した。
「子供が生まれにくい惑星だったんですよ。だから恋愛にはオープンでしたね。男も女も無いです。とにかく好きだったらそれは即、行動に結びつきます」
なるほど、と私は黙ってシャンパンに口をつけた。
「それで子供ができれば、それは全体で育てる訳です。同じ年に生まれた子供は、同じ傾向の呼び名が付けられて、皆が家族、皆がきょうだいです」
「だけどそのきょうだいとも、そういうことができるのかい?」
「そういうこと? ……ああ」
そういうことですね、と彼は繰り返した。
「まあ本当の意味の血のつながったきょうだい、なんて滅多に生まれないですからね。だからそういう心配は無いし…… もしもそうだったとしても、それは遺伝子的欠陥を危惧して、とのことだけど、それはそう考える問題ではなかったですね。我々の場合は」
「そういえば、ヴィヴィエンヌは、同郷だって?」
「ええ」
「じゃあ結構顔見知りだったりするのかい? 同年代だろう?」
「いえ……」
彼は言葉をにごした。
「でもまあ、彼女は元気ですね」
「気になるのかい?」
「いいえ? 何でそんなことを聞きます?」
何でそんなことを聞く、と彼は私に訊ねた。私はその時答えられなかった。そして今でも答えられない。
だから、こんな風に二人になってしまう時間が来るのが私は怖かった。
「僕はですね」
彼はテーブルの上に置かれた資料を、カードの様に一気にぱらぱらと繰った。そしてある一点でぴた、とその指が止まる。すっと紙をつまみ出し、それを私の目の前に置く。
「よくすぐに判ったな」
「端を折っておきましたから。そうやってあるものは目立つんですよ?」
私はそれには答えずに、紙を手にした。するとそこにはこう書かれていた。
「……遊園地?」
ナガノはうなづいた。
「それは、あの、遊園地かい?」
「ええ、あの、遊園地です。ただただ人が遊ぶためだけの」
「君、今回は、一つのコロニー全体のプランだぞ?」
「そうですよ?」
何を今更、という口調では彼は間髪入れずに言う。
「今の今では、そんな所は、無いでしょう?」
「まあそうだが……」
遊園地。プレイパーク。確かにもう長いこと、この居住星域全体に、そんなものは無くなっていた。それどころではない、というのが現状だ。
戦争が始まる前までは、超大規模のものがあちこちにあったらしい。だが、長く続く戦争が、各地のそれを、それどころではなくした。
物資やエネルギーの問題もあったが、それ以上に、「風潮」があった。
この時代に、遊ぶためだけの場所などけしからん、というそんな「風潮」だった。
「けど、何で今、遊園地なんだ?」
「今だから、ですよ」
彼はきっぱりと言った。
「もうじき戦争は終わるんです。どう見ても、今の状況から、アンジェラスの軍以外の勢力がこの全星域で覇権を握ることはできない。……放っておいても、戦争はもうじき終わりです」
「やけに君、きっぱりと言うな」
「言いますよ。だってそれは、もう決まってるんです」
私は軽く眉をひそめた。冷蔵庫から冷たい炭酸水を取り出すと、自分と、空いていた彼のグラスにそれを注いだ。しゅ、と軽い音が静かな部屋に響く。
「君は、天使種は嫌いなんじゃなかったのか?」
「好き嫌いの問題じゃあないんですよ。これはもう決まってるんです」
「どうしてそんなことが言える? 今から巻き返すものがあるかもしれないじゃないか」
彼は首をふらふらと横に振る。
「冗談でもそんなこと、僕には言えませんよ。このどうしようもない軍事的優勢、それに加え、彼等はウェネイク付近の、力のある地元財閥と手を組んでいます。いや、ほとんど脅し取った、と言ってもいいでしょう」
「詳しいな」
「常識ではないですか?」
「いや、そんなことはない。一般学生はそう知らないさ」
「学生はね。でも僕はずっと学生をやってきた訳じゃあないですから」
ことん、と私は炭酸水をテーブルの上に置いた。
「では君の知ってきたことによると、今現在、アンジェラスの軍と手を組んでいるのは、どのあたりだと思う?」
「そうですね」
彼は炭酸水を口に含む。私は答えを待った。だがその口から出たのは、予想しなかった問いだった。
「誰と言って欲しいんですか?」
ナガノはそう言って私を見据える。口元は笑っているが、目は笑っていない。
「どういう意味だ?」
「いや、別に意味は無いですよ。そうですね、ウェネイク付近…… 例えば、コンドル財団。例えばボーリーズ財団」
「どちらも有数の財団だな」
「それだけじゃないです。ライト財団にタウト財団。……それに、この近郊だったら」
「コート財団がそうだ、というのだろう?」
彼は片方の眉を上げた。
「御存知でしたか?」
「ああ」
私は短く答える。そう、知らない訳ではなかった。ドリンク・コート伯はアンジェラスの軍と手を結んでいる。
私が彼を避けている理由はそこにもあった。彼は手を放しかけているこのMA電気軌道自体をも、自分を通してアンジェラス軍の傘下に入れようとしているのだ。
「決してそれは間違った選択ではないと思いますよ。この星域の安全を思えばね」
「だが君、棘があるな」
「そうですか?」
ほらそういうふうに。私は自分の言う言葉が彼を挑発していることに気付いてはいた。だが何故自分がそんな態度をとるのかは判らない。判らないと思っている。
「だけど社長、あなたはどうなんですか? 天使種は、アンジェラスの軍は、あなたにとっては」
「私とて好きではないさ」
「それは何故」
「君は自分の理由を言わないで私に言わせる気かい?」
彼はテーブルの上に置いていた手をぐっと強く握りしめた。
「理由は、ありますよ。だけどそれは実に僕の、プライヴェートなことです。社長が聞いたって、何にもならないことですよ」
「何にもならないかどうかは、私が決めるさ」
言葉が滑り出す。何かずっと出られずにいた輪の中から、足を踏み出してしまっていることに、私は気付いた。
「だが、私は知りたいんだ。君が何故そこまでメリットを知っていながら、アンジェラスの軍を…… 天使種を嫌う理由を」
「僕が言うなら、あなたも言ってくれるのですか?」
「では逆だ。私が最初に言おう」
「……」
「……」
会議室に、沈黙が続いていた。ひどく居心地の悪いこの空間。
前々から各部署に、次に作る、やや小型のコロニーの「売り物」を何にするべきか、という宿題を出してあった。会議とは、その意見集約の場であったはずなのだが?
「何だ、何も出てこないのか?」
この場には私より年下の者はいない。皆が皆、私より年上ばかりだった。各部署の長というと、どうしてもそうなってしまうのは仕方がない。一応それなりに会議室の机の上には資料や、各部署から吊り上げた案が、それぞれの場所の前にあったりはする。
なのだが、その意見をどうにも彼等は言おうとしないのだ。
「社長は、何になさりたいのですか?」
広報部長は自分の前に積まれている紙の束に気付かないふりをしながら私に訊ねた。
「今は私の話ではないだろう? まずは全体の意見を聞きたいのだが」
「しかし……」
何がまずいか、と言って、この体質なのだ。D伯の傘下にあった期間の間、ずっと彼等は、上からの命令を忠実に守ることをよしとしてきた。
私がここにやってきてから、時々この様に彼等を試したりはするが、大半はこの調子である。まあこの体質のせいで、私は当初から好き勝手ができた、と言ってしまえばおしまいなのだが、ずっとこのままではどうしようもない。
おそらく彼らは、私が社長を解任するようなことがあれば、また前の様に会社は戻る、と思っているのだろう。おそらくそうなのだ。だからこそ、そんな体質を持て余してドリンク・コート伯は私にまかせたのだ。
「ではいい。とりあえず今日は解散」
がたがた、と椅子から立ち上がる音がする。
「ただし、その集約した意見は置いていくように」
「社長、しかし……」
「せっかく集めた意見だ。その中から私が決めても、君達は構わないのだろう?」
言ってしまってから、やれやれ、と私は思った。傍らのミス・レンゲがはらはらした表情でこっちを見ていることだろう。
各部署の長達は、その場に書類だけを残して、会議室から出て行った。
「しかし社長、やはりこのやり方はよくありませんわ」
彼等が立ち去って行った後、机のあちこちから書類を集めながら、彼女は言う。
「君はそう思うのかい?」
「と言うか、あまりにも違いすぎるのです。ダイレクトに変わるより、だんだんに変わっていくという方法は取れないものでしょうか」
「ミス・レンゲ、それでは、こちらの姿勢が見えない」
私はふう、と息をつく。
「彼等は、私が数年で解任されるほんの臨時の雇われ社長であるに過ぎない、と思っているだろう。だから何ごともなく、その任期をやり過ごしてくれ、と思っている」
「私もそう思っている部分はあります。正直言えば」
「では、もし私が、この会社をずっと持って行こうと思っていたとしたら、君は、どうする? ミス・レンゲ」
「それは…… しかしそれはできない相談です。あくまでこの社は、Dグループの一環に過ぎないのですから……」
私は首を横に振った。彼女ですらそうだ。忠誠、というのではない。だが、それを変えることは、彼等の頭には無いのだ。
「では本当に仮定、だ。ミス・レンゲ」
「仮定……」
「想像でいい。あくまで君の想像で」
彼女はとん、と集めた書類を机の上で揃える。
「その時には、きっと考えるでしょう。何かしら。でも今は」
判った、と私は手を上げた。彼女はまとめた資料を私の前に置く。
*
「それ、こないだ集約した意見ですよね」
ナガノは訊ねた。
ああ、と私はやや素っ気なく答える。
「君も書いたのか?」
「そりゃまあ、僕もこの会社の一社員ですから」
言いながらも彼は、この日も私の私室に居たのだ。私は着替えもせず、ただタイとシャツのボタンとを緩めただけで、社員全員の意見を集約した書類に目を通していた。
「まだ見付けてないですか?」
「まだだね。何せ人数がある」
私は書類から目を離さずに答えた。自分が何かしら緊張していることが判る。
何せこの時間に、まだもう一人がやって来ない。まだかまだか、と待っている自分が居る。
だがたまりかねて私はナガノに訊ねた。
「ミンホウは?」
「ああ、奴は今日は急用ができて」
「急用?」
私は思わず顔を上げた。途端に、穏やかに笑うナガノと視線が合う。
「何か、新居の水道の調子が悪いとかで、わざわざ業者呼ぶ程じゃない、とばかりに……」
「そんなことくらい……」
「でも奴もまあそれなりに本職だし。それに知ってますか? ぽたぽたと水道から水が落ちて止まらないというのは結構不快なものですよ?」
「まあ、そうだが……」
再び顔を伏せ、書類に目を落とす。文字が左から右に行き過ぎていく。だがどうも内容が頭に入って行かない。一体私は何をやっているんだ。
ふう、とため息と共に、私は顔を上げる。駄目だ。どうしても、集中できない。
「君は一体何を書いたんだ?」
「あ、まだ見付けてませんね?」
「本人に聞いた方が早いんだろう?」
ふふ、と彼は笑いながら目を細めた。
あの舞台の千秋楽の日から、何かと細々したことが多くて、こうやって私室で話し合うということが無かった。いや、逆だ。細々としたことを理由にして、私がそれを避けていた、とも言える。
ミンホウはいい。彼は何せ新婚だ。先日来の細々としたことの中には、彼の結婚式と、新居の準備ということもあったのだ。
私やナガノも無論、雇用主と友人として出席した。特にナガノは、結婚式というものに出るのが初めて、ということで、実に楽しそうだった。
式そのものはひどくこじんまりとしたものだった。
いつもよりは確実に晴れ着姿の二人が役所で届け出をして、そのまま新居となった社宅の庭で立食パーティをすることになった。
料理は新婦が、やってきた母親や姉妹と共に作ったものだという。
ミンホウ側の親族は皆遠い所に居たので、一番近い所に居た、彼の兄という男だけが代表として来た形だった。
その兄だけを見て判断するのも何だが、確かにミンホウの育った環境と、新婦のキリュッキの家庭とは雰囲気が似ていた。ミンホウの兄は、キリュッキの母親とすぐに打ち解けて、笑いながら話していた。
そしてナガノはそれを見て、いいですねと何気なくつぶやいた。そして私もああ、とうなづいた。
「君の郷里では結婚式は無いのか?」
「ないですね」
彼は即座に答えた。
「僕の郷里では、そういうものが無いんです」
「それはかなり不思議な所だな」
「不思議だとは、ずっと思っていなかったんですがね」
彼はそう言いながら、手の中のワインを飲み干した。
「子供が生まれにくい惑星だったんですよ。だから恋愛にはオープンでしたね。男も女も無いです。とにかく好きだったらそれは即、行動に結びつきます」
なるほど、と私は黙ってシャンパンに口をつけた。
「それで子供ができれば、それは全体で育てる訳です。同じ年に生まれた子供は、同じ傾向の呼び名が付けられて、皆が家族、皆がきょうだいです」
「だけどそのきょうだいとも、そういうことができるのかい?」
「そういうこと? ……ああ」
そういうことですね、と彼は繰り返した。
「まあ本当の意味の血のつながったきょうだい、なんて滅多に生まれないですからね。だからそういう心配は無いし…… もしもそうだったとしても、それは遺伝子的欠陥を危惧して、とのことだけど、それはそう考える問題ではなかったですね。我々の場合は」
「そういえば、ヴィヴィエンヌは、同郷だって?」
「ええ」
「じゃあ結構顔見知りだったりするのかい? 同年代だろう?」
「いえ……」
彼は言葉をにごした。
「でもまあ、彼女は元気ですね」
「気になるのかい?」
「いいえ? 何でそんなことを聞きます?」
何でそんなことを聞く、と彼は私に訊ねた。私はその時答えられなかった。そして今でも答えられない。
だから、こんな風に二人になってしまう時間が来るのが私は怖かった。
「僕はですね」
彼はテーブルの上に置かれた資料を、カードの様に一気にぱらぱらと繰った。そしてある一点でぴた、とその指が止まる。すっと紙をつまみ出し、それを私の目の前に置く。
「よくすぐに判ったな」
「端を折っておきましたから。そうやってあるものは目立つんですよ?」
私はそれには答えずに、紙を手にした。するとそこにはこう書かれていた。
「……遊園地?」
ナガノはうなづいた。
「それは、あの、遊園地かい?」
「ええ、あの、遊園地です。ただただ人が遊ぶためだけの」
「君、今回は、一つのコロニー全体のプランだぞ?」
「そうですよ?」
何を今更、という口調では彼は間髪入れずに言う。
「今の今では、そんな所は、無いでしょう?」
「まあそうだが……」
遊園地。プレイパーク。確かにもう長いこと、この居住星域全体に、そんなものは無くなっていた。それどころではない、というのが現状だ。
戦争が始まる前までは、超大規模のものがあちこちにあったらしい。だが、長く続く戦争が、各地のそれを、それどころではなくした。
物資やエネルギーの問題もあったが、それ以上に、「風潮」があった。
この時代に、遊ぶためだけの場所などけしからん、というそんな「風潮」だった。
「けど、何で今、遊園地なんだ?」
「今だから、ですよ」
彼はきっぱりと言った。
「もうじき戦争は終わるんです。どう見ても、今の状況から、アンジェラスの軍以外の勢力がこの全星域で覇権を握ることはできない。……放っておいても、戦争はもうじき終わりです」
「やけに君、きっぱりと言うな」
「言いますよ。だってそれは、もう決まってるんです」
私は軽く眉をひそめた。冷蔵庫から冷たい炭酸水を取り出すと、自分と、空いていた彼のグラスにそれを注いだ。しゅ、と軽い音が静かな部屋に響く。
「君は、天使種は嫌いなんじゃなかったのか?」
「好き嫌いの問題じゃあないんですよ。これはもう決まってるんです」
「どうしてそんなことが言える? 今から巻き返すものがあるかもしれないじゃないか」
彼は首をふらふらと横に振る。
「冗談でもそんなこと、僕には言えませんよ。このどうしようもない軍事的優勢、それに加え、彼等はウェネイク付近の、力のある地元財閥と手を組んでいます。いや、ほとんど脅し取った、と言ってもいいでしょう」
「詳しいな」
「常識ではないですか?」
「いや、そんなことはない。一般学生はそう知らないさ」
「学生はね。でも僕はずっと学生をやってきた訳じゃあないですから」
ことん、と私は炭酸水をテーブルの上に置いた。
「では君の知ってきたことによると、今現在、アンジェラスの軍と手を組んでいるのは、どのあたりだと思う?」
「そうですね」
彼は炭酸水を口に含む。私は答えを待った。だがその口から出たのは、予想しなかった問いだった。
「誰と言って欲しいんですか?」
ナガノはそう言って私を見据える。口元は笑っているが、目は笑っていない。
「どういう意味だ?」
「いや、別に意味は無いですよ。そうですね、ウェネイク付近…… 例えば、コンドル財団。例えばボーリーズ財団」
「どちらも有数の財団だな」
「それだけじゃないです。ライト財団にタウト財団。……それに、この近郊だったら」
「コート財団がそうだ、というのだろう?」
彼は片方の眉を上げた。
「御存知でしたか?」
「ああ」
私は短く答える。そう、知らない訳ではなかった。ドリンク・コート伯はアンジェラスの軍と手を結んでいる。
私が彼を避けている理由はそこにもあった。彼は手を放しかけているこのMA電気軌道自体をも、自分を通してアンジェラス軍の傘下に入れようとしているのだ。
「決してそれは間違った選択ではないと思いますよ。この星域の安全を思えばね」
「だが君、棘があるな」
「そうですか?」
ほらそういうふうに。私は自分の言う言葉が彼を挑発していることに気付いてはいた。だが何故自分がそんな態度をとるのかは判らない。判らないと思っている。
「だけど社長、あなたはどうなんですか? 天使種は、アンジェラスの軍は、あなたにとっては」
「私とて好きではないさ」
「それは何故」
「君は自分の理由を言わないで私に言わせる気かい?」
彼はテーブルの上に置いていた手をぐっと強く握りしめた。
「理由は、ありますよ。だけどそれは実に僕の、プライヴェートなことです。社長が聞いたって、何にもならないことですよ」
「何にもならないかどうかは、私が決めるさ」
言葉が滑り出す。何かずっと出られずにいた輪の中から、足を踏み出してしまっていることに、私は気付いた。
「だが、私は知りたいんだ。君が何故そこまでメリットを知っていながら、アンジェラスの軍を…… 天使種を嫌う理由を」
「僕が言うなら、あなたも言ってくれるのですか?」
「では逆だ。私が最初に言おう」
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