あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント

江戸川ばた散歩

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17.越境生の正体。

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 後で松崎に聞いた話である。



「入部、ですか?」

 阿部は控室に揃ってやってきた男子三名に、思わず目を見張り、眼鏡を拭き直した。

「はい。もっとも、運動部のほうと掛け持ちで申し訳ないんですが」

 代表のあいさつは松崎にまかせた。
 彼が一番そういうことが得意そうに思われたのだ。高橋はどうにも嘘は苦手そうだったし。森田が言うとやや冗談じみている。

「しかしまた何で」

 阿部はなかなか信じられないようだった。彼が知る限りでは、彼ら三人は、決して地学が得意という訳でもないし、熱心でもない。

「や、実は同級生の遠山くんから熱心に誘われまして……」

 へへへ、と笑いながら言うのは、高橋の役目だ。語尾はぼかせよ、というあたしの諸注意は律儀に守ったらしい。

「ほぉ。彼と仲良しだったのですか。それはよかったよかったよかった」

 うんうん、と阿部は笑いながらうなづく。

「と言うことは、君たちも彼が申請している採集旅行への参加を申し込むつもりですか?」
「採集旅行?」

 そこであえて、三人とも知らないふりをしてみる。

「いや、最近彼、鉱物の方にも興味があるとかないとか。それで、その興味がある鉱物が、この管区内で採れるようだから、採集に行きたい、と先日私に申請してきたのですよ」
「いいんですか?」
「まあ彼が申請してきたのが一週間という長い時間だから何ですが… しかし、後で規定の報告書を作って合格すれば、それはそれで授業に出たこととして認められますからね。君たちもそれに参加しますか?」
「ちょっと…… 考えさせて下さい」

 そう言ったのは、高橋だった。



 後で彼は遠山に食いついた。

「何だよ遠山、報告書が必要なのかあ? お前そんなこと言わなかったじゃねーか!」
「ったりめーだろ! ちゃんと勉強の一貫ってことで出してもらえるんだからな。それともお前、高橋、それが怖いのかよ」

 見込み違いだったかよ、と遠山は手を広げる。

「出すよ! ああお前以上のもの出してやらあ」

 そしてあたしはその様子を黙って笑って見ていた。

   *

『……お前なあ…… いい加減その恋人です、って言って呼び出すのよせって言ったろ…』

 疲れた声で、電話線の向こう側の久野さんはぼやいた。
 管区内だけに掛けられる公衆電話は、この名古屋だったらあちこちにある。
 特にあたしが今暮らしているところは、わりと官庁街のある、お城のあたりに近いから、何十メートルおきに幾つ、の割合で置かれてたりする。
 もっとも、置かれていると言っても、本当に電話がぽん、と木の箱に入れられているだけだ。雨に降られたらたまったものではない。

「だってそれが一番向こうさんが」
『だから! 俺も延々嫌みを言われるんだぞぉ』
「だったら、出なければいいのに」

 あたしは何気なく言う。
 しばしの沈黙。
 こういう反応が来るとは思わなかったから、少し焦って、次の言葉をあたしは大急ぎで探す。
 だけどそれを口にする前に、こんな言葉が返ってきた。

『お前、それ本気で言ってる?』
「え?」

 思わず問い返していた。頭の中が、一瞬まっ白になる。

『や、いいよ。で、今日は俺に何の用なんだ?』
「あ、そう、久野さん、一週間くらい後に、東永村にもう一度、車出してくれないかな、と思って……」

 ふうん? と語尾上がりの言葉が返ってくる。少しだけ不安が走る。

『それで、俺に何をさせたい?』
「何を、って」
『俺とお前はもう何度も何度も顔を合わせてきたよな。そのたびに何かしら事件が起きて』
「そうね」

 どき、と心臓が飛び跳ねるのが判る。

『で、俺がお前にこの間会った時な、あん時は、結構厄介なことが起きてたろ?』
「そーよね。確か、関東管区の横浜地区で、ハマの少年愚連隊と、確か地元の組と、それと密輸出入のことで、かなり厄介だったよね」

 確かその時も、結果的には助けてくれたのだけど。このひとはそういう点では頼もしい腕を持っている。立ち回りとか捜査とか、部下の導入とか。

『その時、俺は上から命令を受けたんだが』
「上から?」

 まさか。

『この事件において、森岡さつきと名乗る少女には全面的協力をすべし。そんな文面だった。まあそれはいい。だけど、その出先がな』

 あたしは目を細める。

『俺はお前も知っての通り、内務省の管轄の組織の人間だ。だけど俺に来た命令は、特警局でもなく、その上の内務省からでもない。そのまた上だ。内閣総理大臣からだった』

 あのおっさんは! あたしは舌打ちをする。

『お前は一体誰だ?』

 とたんに、むっとする自分を感じる。

「久野さん、それ最近よく聞くけれど、あなたそれが、そんなに重要なの?」
『重要だよ』
「じゃああなたは、あたしがただの女の子だったら、何も協力しなかった、って言うの?」

 口にしてしまってから、少し後悔する。
 違う、そういうことを言いたいんじゃないのよ。
 だけど。

「だったら言ってやるわよ。あたしは」
『さつき?』
「あたしだって公務員なのよ? ええそれもね、特別国家公務員っていう名のね!」

 正式には、そういう名称がついている。たぶんこの名称なら特警なら判るだろう。
 あたし達越境生十二人、それにあたし達を支えてくれる、各地の人々。今の居場所になっているじーさんとおばーさんもそうだ。
 皆ひっくるめて、内閣総理大臣の直属の部下。
 総理が唯一自由に動かすことができる存在。それがあたし達だ。
 もう一つ名前があるが、それはまず知られていない。

『それって』
「聞いたことあるの? あるんでしょ」

 受話器の向こう側は、黙ったまま。

「知ってるなら、話は早いじゃない! 協力、今回もしてよ! あのおっさんからそんなことわざわざ言わされる前にによ! あたし達これから、東永村に向かうの。一週間は掛からないとは思うけど、かかるかもしれない」
『さつき?』
「お仕事、なんでしょ?!」

 あたしはそう言って、がちゃんと受話器を置いた。頭に血が上っているのが判る。どうしてだろ。
 判ってる。彼が、いかにも仕事だから、と言ったように思えたからだ。
 だけどじゃあ、どうしてあたし自身が、こんなにいきり立ってるんだろ。判らない。
 心臓がまだ飛び跳ねてる。手がじっとりと汗をかいてる。夏なのに、それが冷えて気持ち悪い。
 ミキさんがここに居たら。
 総理の秘書の彼女は、あたし達越境生の連絡係をしてくれている。訓練の時には、数少ない女の子だから、とずっとあたしには親身になってくれた。
 彼女に聞きたかった。

 何で今あたしは、動揺しているの。何が悔しいの。それはどういう意味なの。

 だけどここには誰もいない。あたしは大きく手を振り上げて、電話の木の箱を思い切り叩いた。
 手が痛かった。 
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