帰り道

かいち

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取引先と円滑な仕事をしていくためには、コミュニケーションが必要だ。
大人のコミュニケーションと言えば、そう。
懇親会という名の接待飲み会。

時代はどんどん変わっているというのに、この業界はいつまで経っても古い慣習が続いているのだ。

飲み会にはもちろん伶人も来ていた。
すると帰りは必然的に同じ方向になるわけで。
時間をずらして出たつもりが何の因果か最寄り駅で遭遇してしまった。

最終の電車が駅を出る音がする。
都会から帰ってきたお疲れ気味の社会人たちがちらほらと、俺を通り越してく。
改札の外で立っている伶人を見つけて俺の足は固まった。
待っていた、のか?
いや、まさかな。
コンビニでも行ってたんだろ。

そう無理矢理に結論付けて、俺は改札を出る。
そのまま無視して通り過ぎたのを伶人の声が止めた。

「ねぇ…これ」

怯えたような小さな声。目線は合わせまいと視線を落としたまま振り返った先には、以前回収し忘れていた俺のペンがあった。
ご丁寧にハンカチに包まれている。

「大切なペンでしょ」

尊敬する先輩からの大切な贈り物。事情を知ってるこいつは俺の思いを知っていた。
渡そうと持ち歩いていたのか。会えるかどうかもわからないのに。
だが、差し出されたそれを素直に受け取れずに逡巡する。

「あ、ごめん…気持ち悪い…よね」

俺の迷いを嫌悪と受け止めたのか、自嘲気味に息を吐く。

「あの、でも、直には触ってないから。いや、それでもオレが触ったのなんかダメかな…ごめん。このペンまで汚すつもりはなくって、その、ただ、大切なものだと思ったから、返さなきゃって。でも、誰かに預ければ良かったんだよね…嫌な思いばかりさせて…ほんと、ダメだ…」

ほんとにな、なんでこいつはこうなんだ。
いつもは穏やかで飄々としているくせに大事な時には自分を貶めることしかできないのかよ。自信がなくて弱くて不安だから、自分を傷つけて逃げることしかできないのかよ。
このまま無視したら、きっといろんなことを諦めて逃げだすんだろうなぁ。

「おいバカ…勝手に突っ走るんじゃねぇよ」

思わず口が動く。

「え」

予想とは違う反応だったのだろう、伶人の間抜けな声がする。

「別に、気持ち悪いなんて思ってねぇって言ってんの」

俺の言葉をどう受け止めたものか、きっと迷いながら、それでもあいつは結局逃げることを選ぶんだ。

「ごめん」

自分が悪いと責めて謝ることで逃げようとする。いやまぁ確かにこいつが悪いんだけど。
それでも苛々がとまらなくなった俺は、声を荒げた。

「それ!わかってねぇのに謝んな。つか、お前は!まず俺に!言うことがあるだろ!?」

「無理矢理して、ごめん」

ほら、謝る。

「それ以外には?」

「逃げて、ごめん」

また。

「それだけか?」

「壊して、ごめん」

ほんとバカだな。

「他には」

「え…」

とっさに思いつかなかったのか、俺の反応から何か違うと悟ったのか、伶人は言葉に詰まる。
なんで俺が言ってやらなきゃなんねーんだよ。
怒ってんのは俺だぞ。
そう思いつつも結局こうして相手をしてやっているあたり、俺もつくづく馬鹿だ。

「一番大事なこと、言ってねぇだろうが。なんでお前、あんなことしたんだよ」

「それは…」

核心をつくと、ますます口籠る。
言ってしまえば俺が気にするとでも思ってるんだろうが、もう遅い。

「言えよ。今更だろ。もう戻れねぇよ。全部言え」

「ユキのこと…好きだった、ずっと。でも、関係を壊したくなくて友達でいいって思ってたんだ。なのに…もしユキがこれからずっと誰かのものになるかもって思ったら、我慢できなくて。一度だけで良かった。本当にごめん。嫌な思いさせて」

ぽつりぽつりと語り始めたこいつは、昔のままで。普段飄々として自分の心を見せないのは、酷く臆病だからだったな、と思い出させてくれた。

「オレ、海外勤務になるかもしれなくて。ユキと離れるかもしれないっていう不安とか…酔った勢いとかで…気づいたら止められなくなってた…ごめんね…」

顔はあげない。どんな表情なのか見えない。でもきっと泣きそうなんだろ。わかりたくなくてもわかっちまう。
声が僅かに揺れている。震えないように気を張ってるんだろ。気づきたくなくても気づいちまうんだよ。
くそっ
いきなりなんだよ、海外って。ちょっと動揺してるじゃねぇか。
そんなことで、許したくなんかないのに。

「許して貰えなくても、ちゃんと謝るべきだったよね…なのに逃げて…ほんと卑怯だね…ごめん…もう2度と会わないようにするから。本当にごめん」

やっと顔を上げて伶人を見上げると、予想通り泣きそうで、でも強がって笑っていた。
諦めたようなどこかすっきりしたような雰囲気で。

「じゃぁ」

か細い声でそれだけ言うと、ハンカチごとペンを俺に押し付けて、歩き出す。
これで、終わりだ。今度こそ。二度と会うことはない。
すぐに忘れられる。だから気にすることはない。
はずなのに。
なのになんで。
何で俺は追いかけてるんだ。


「だっっから!勝手なこと言ってんじゃねぇ!」

肩を掴んで振り向かせ、驚く伶人をそのまま殴る。
俺の自慢の右ストレート。
最高にキレイに決まったね。
勢いによろけて地面に尻餅をつく伶人を見下ろす。

「なに自己完結してんだよ。俺の話なんて少しもきかねーで。これじゃあの夜と一緒じゃねぇか」

でも…と言い出す伶人を睨み付けて黙らせる。

「今ので、あの夜はチャラだ。俺だっていつまでも女々しく引きずりたくなんかないし。それに、お前がいないのは嫌なんだよ…あんなことされても正直嫌いになりきれねぇ。恋愛云々はまだ、その、わかんねぇけど。でも…だから、とりあえず…いなくなるとか言うな…」

思い付くまま言葉にして気づく。やっぱり俺はこいつを嫌いになんてなれてない。許したくない、は既に許している自分を認めたくなかっただけなのだと。
付き合うとかそんなのはまだわからねぇけど、とりあえずそばにいて欲しいってのは、ずりぃのかな。

「オレ…そばにいていいの…?」

不安気に恐る恐る聞いてくる伶人に、俺もちょっと動揺する。
よく考えればすげー我儘なこと言ってんな。
こいつの気持ちわかった上で、でもそれには応えず傍にいろだなんて。

「その、好きとかはまだよくわかんねぇ…けど…今までみたいに気軽に会ったり一緒にいてぇよ…」

「うん」

「お前の、気持ち利用してるみたいで、ずりぃかもだけど…」

本当に良かったのだろうか。
伶人のためを思うなら、こっぴどく振ってやって新しい場所で違う人を見つけたほうが幸せなんじゃないか。
急激に自分の行動を後悔し始め、自信がなくなる俺に、

「そんなことないよ、嬉しい。これから、ユキがオレを好きだって思えるように頑張るから」

先ほどまでとは打って変わって幸せそうに笑う伶人がいた。
まぁ、いいか。

「ばぁか」

悪態をついて差し出した俺の手を掴み、伶人は立ち上がる。そしてそのまま腕を引き寄せ、俺を強く抱き締めた。
震える声がする。

「ごめんね、ありがとう」


笑ったり泣いたり忙しい奴。
でもそんな自分より背の高い男を初めて可愛いと思ってしまった。なんだこれ。
ほんと、バカだ。
弱くてダメダメなこいつも、
見捨てきれずに流された俺も。

「はいはい。とりあえずうち、帰るぞ。」

泣きながら頷く大人の手を引いて、俺は歩き出す。

「ねぇ、」

呼びかける声に振り向くと、伶人の顔が近づいてくる。

人通りのない細い道。

さらりと掠め取られた唇に、ふと、思い出す。

あれ、俺、前にこんな光景を夢でみたような。
まぁ、こいつが嬉しそうだからなんでもいいか。
先ほどまでの情けない様子はどこへいったのか、調子に乗ったこいつの不意打ちキスにもさほど怒りを覚えず、むしろ俺は笑ってしまった。

「え、あれ、なんで笑ってるの?」

戸惑う伶人の手を強く引き、俺は帰り道を進んでいった。

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