未来で処刑さけれるはずだった令嬢は、氷の王子を選びました~ 巻き戻り令嬢の婚約から始まる逆転人生〜

あんこ

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絶対に見つかってはいけない夜

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王宮は眩しすぎるほどに明るかった。天井から下がる無数の魔法灯。磨き上げられた大理石の床。甘く香る花と料理の匂い。

その中でリズ・エーヴェルシュタインは、小さな背中をぴんと伸ばしたまま広間の入り口に立っていた。

六歳の身体に、男爵家三女という立場。本来ならただ連れてこられただけの存在。けれど中身は違う。
ここで全て決まるのだ。

パーティーの名目は、同盟国ヴァイスハイム王国の王族を迎えるための親睦会。貴族も、王族も、魔法師も、軍部関係者も集う夜。
そして彼も必ずここにいる。第一王子――セシル・アーデルリヒ。思い出しただけで喉の奥が冷える。
優しくて、穏やかで、誰からも好かれていた王子。けれど最後まで、彼女を守ることはなかった人。

(視線を合わせない。近づかない。名前を呼ばれない)
リズは心の中で淡々と条件を並べた。

「リズ、こちらへいらっしゃい」

母の声にリズは小さく頷いた。
歩幅は年相応。姿勢は完璧。表情は薄く微笑むだけ。
広間に一歩足を踏み入れた瞬間、ざわりと視線が集まる。

「まあ、小さいのにお行儀がいいこと」
「男爵家の三女だったかしら」
「可愛らしいわねぇ」

甘い声。無遠慮な視線。
リズはゆっくりと一歩下がった。

柱の影。テーブルの陰。人の流れを計算しながら、自然に位置をずらす。子どもは見逃されやすい。けれど目立てば終わり。

その時だった。広間の奥がわずかに静まる。

「――殿下がお通りです」
その一言で、空気が変わった。

(来た)
リズは、反射的に視線を落とした。

視界の端に映るのは、金糸の刺繍。王族の色。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

だめだ、見るな。見たら、思い出す。思い出したら判断が鈍る。
しかし、運命は容赦がなかった。

「おや? 君は……」
柔らかい声。背筋が凍りついた。

(最悪だ)

呼び止められた。軽やかな足音が聞こえる。地面を見つめたままの視線を僅かにあげた。
距離は、三歩もない。リズはそのままゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは記憶と寸分違わぬ姿。微笑みを浮かべた第一王子。心臓がうるさく鳴る。

「エーヴェルシュタイン家の、リズ嬢」

その名を呼ばれた瞬間、胸の奥がひどく嫌な音を立てた。

(――名前を呼ばれた)

終わった、と思った。
ゆっくりと顔を上げると、そこには変わらない微笑みを浮かべた第一王子――セシル・アーデルリヒが立っていた。

未来で、私の婚約者だった男。

「やはり君か。落ち着いた佇まいだと思っていたが……名前まで美しいとは」

柔らかく、甘い声。
周囲の貴族たちが、はっと息を呑むのがわかる。

(やめて)
(それ以上、こっちを見ないで)

リズは反射的に一歩引く。
だがセシルはそれを拒絶とは受け取らなかった。

むしろ――
その瞳が、ゆっくりと細められる。恍惚。
それをリズははっきりと理解してしまった。

「これほど澄んだ目をしているとは――」

セシルは胸に手を当て、まるで恋を語る詩人のような表情で言葉を継ごうとする。

「一目惚れだ。もしよろしければ――」

周囲からまさかと囃し立てる声が聞こえる。
私はその続きを聞いてはいけないのだ。

リズは思わず後ろへ後ずさった。
小さな靴が大理石の床を打つ。そして次の瞬間。

セシルが言葉を発するより前に背中が誰かにぶつかった。硬い感触。香水ではない、冷たい空気。

(しまっ――)
逃げ場が完全に塞がれた。

「大丈夫か」

その時聞こえたのは低く抑揚のない声。
知らない声だった。
その事実に、ほんの一瞬だけ思考が止まる。

(……誰?)

振り返る余裕はない。今はそれどころじゃない。
前には第一王子。後ろには正体不明の人物。

周囲の視線が集まり始める。

(囲まれたら終わり)
頭の中で、最悪の未来が高速で再生される。

――名前を呼ばれる。
――視線が集まる。
――逃げられない。

(選択肢は一つ)

リズは勢いのまま背後の人物の袖を掴んだ。
そしてほとんど反射で口を開く。

「申し訳ありません、私はこの方に一目惚れしました。この方と結婚しようと思います。」

一瞬。本当に、一瞬だけ時間が止まった。
ざわめきが凍りつき、魔法灯の光すら静止したかのようだった。

「は?」

後ろから低く、威圧感のある声が聞こえた。

(言った)
(言ってしまった)

心臓がばくばくと鳴り始める。

(落ち着け。これは一時しのぎ。ちなみに相手はそこそこ地位のある貴族であれは、なおいい)

リズはゆっくりと振り返った。
そこで初めて相手の顔を見る。

銀白の髪。彫刻のように整った顔立ち。
感情の抜け落ちた、淡い琥珀の瞳。

血の気が、引いた。

同盟国ヴァイスハイム王国。
第一王子、リヒト・ヴァイスハイム。
――通称、氷の王子。

「名前を聞いてもいいか」

感情のない声が、静かに落ちる。

リズは一瞬だけ言葉を失った。

(最悪の中で、最善……?)

それでも逃げ場はない。
彼女は背筋を正し、淡々と答えた。

「エーヴェルシュタイン男爵家三女、リズ・エーヴェルシュタインと申します」



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