たとえ失われたとしても、それは恋だった

ぽぽりんご

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 翌日。
 秋斗の目の前に、フンドシ一丁の変態があらわれた。
 
「よっ」
「出たな変態」
「誰が変態だ」
「変態かと思ったら次郎だった。いや、同じようなものか。なぜまだフンドシ一丁なのだ」
「これは日本男児の正装だぞ? 涼しくて良い。気に入った……そんな事より秋斗、今日はローテンションで良い感じにダウナーしているようだな」
「お前、意味わかってないなら無理に横文字使わなくていいぞ」
「それほど間違ってはいないと思うのだが」
 
 次郎は秋斗の隣に座り、煙草に火をつける。
 珍しい、次郎が煙草を吸うなんて。
 
「長話もなんだし。本題に入ろう」
 
 胸いっぱいに煙を吸い込んだ次郎が、大きく息を吐く。
 煙が空中に広がった。本当に実体があるのかどうかは不明だが、やや煙たい。
 
「瀬奈が、少し不安定になっているようだ」
「……そうか」
「ハルカが消えた影響かな。自分もいつ消えるのかと、未練を抱えたまま消えてしまうのではないかと。不安で不安でたまらない。隠しているようだが、俺の目にはそんな様子に見えた」
「そうか」
 
 秋斗は、自分の手の平に目を落とした。
 どこまで手を伸ばせるのか。どこまでこの手で掴めるのか。
 人ひとりぐらいなら、なんとかなるのだろうか。
 自信は、まったく無い。
 
「秋斗」
 
 煙草の火を消して、こちらを向く次郎。
 見た目は二十歳そこそこだが、秋斗の父よりも更に年上だったはず。
 その表情には、過ごした歳月の重みが刻まれている。
 
「潮時だ。さっさと未練を解消してこい。でなければ、後悔するぞ。お前だけの話じゃない。お前達二人とも、だ」
「一生、ね」
 
 ずいぶんと皮肉の効いた言葉だ、と。
 秋斗は吐き捨てた。
 
 だが、正しいのだろう。
 次郎の言葉は、いつだって正しかった。
 少なくとも、秋斗の言葉よりは。
 
「わかった」
 
 拳を握る。
 怖がっていてばかりでは進まない。
 
「腹をくくるよ」
 
 秋斗は、決意を固めた。
 
 
 
◇◇◇
 
 
 
 瀬奈は、あっさり見つかった。
 自室で膝を抱えて蹲っている。
 
 体が震えている。
 息が荒い。
 秋斗が近くにいるのにも気づかない。
 
 あまり、良い状態ではないようだ。
 
 
 秋斗は、どう声を掛けていいかわからなかった。
 だから。無言のまま、瀬奈の横に寄り添うように座る。
 肩が触れ合ったとたん、瀬奈の体の震えはピタリと止まった。
 相変わらず体を小さくし、顔を伏せたままではあるが。
 
 
 秋斗は、周囲を見回した。
 瀬奈の部屋。
 以前はよく入り浸っていたが、最近はとんとご無沙汰だった。
 
 しっかり整理整頓された部屋。
 部屋の主の性格がしっかり反映されている部屋。
 二人の思い出が、いっぱいつまった部屋。
 二人が消えてから、時間の止まってしまった部屋。
 
 枕元においてある熊のぬいぐるみは、家族ぐるみで一緒に旅行にいった時に買ったもの。
 ずいぶんと気に入ったようで、いまだ部屋のベストポジションに居座っている。
 
 ベッドの脇に置いてある時計は、中学校に入学した時に二人で買ったもの。
 秋斗も同じ物を持っている。毎朝これで目を覚ました。
 
 カーテンは、小さい頃からずっと変わっていない。
 ピンク色で、ずいぶんと可愛らしい。
 自分のイメージに合わないとぶつくさ言う時もあったが、気に入ってはいたようだ。
 というより、変わると落ち着かないといった方が正しいか。
 しばらく新しいカーテンに変えたことはあったが、すぐに元に戻した。
 
 机の上には、二人でピースをしている写真が飾ってある。
 たしか、文化祭の打ち上げの時に撮ったのだったか。
 二年の時は、クラスが別だった。部活だって別々だ。
 だから、文化祭の日はほとんど一緒にいられなかった。
 代わりとばかりに、文化祭が終わった後はずっと一緒にいたが。
 
 
 秋斗は、思い出の品を見かけるたび。その思い出を口に出した。
 瀬奈は、じっとそれを聞いている。
 何か問いかけるとわずかに首を動かして応答してくれるあたり、話はしっかり聞いてくれているらしい。
 
 
 しばらく、そうして寄り添い合っていると。
 無言のまま固まっていた瀬奈が、少しだけ顔を上げた。
 そうして、秋斗の方に目を向ける。
 
「……何? さっきから、何のつもり?」
「こうしてたら、少しはマシだろ」
 
 ふん、と息を漏らして顔を逸らす。
 瀬奈の視線から、逃れるように。
 目を合わせるのが、少し照れくさかった。
 
 どちらにしても、二人が目を合わせる事はなかっただろうが。
 もし秋斗が目を逸らさなかったとしたら、瀬奈の方が目を逸らしていただろうから。
 
「確かに、マシになったかも。こっぱずかしい思い出話を聞かされたせいで、恥ずかしくて体が熱くなってきたわ」
「恥ずかしい言うな」
「……でも。こうして体を寄せ合ったって、暖かくなったりしないわよ。いま感じている温もりは、きっと錯覚で。勘違いなのよ」
 
 体を寄せ合いつつも。
 瀬奈は、淡々と。事実を述べた。
 
 
「だって私達、もう体なんて無いんだから」
 
 
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