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第2章:馴れ初め
25.私に君のような勇気があったのなら(※六花視点)
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乾いた砂の香りがする。来たか。振り返ると案の定土煙が立っていた。凄まじい勢いでこちらに向かって来ている。
「お待たせ致しました」
私の傍に来るなりピタリと止まった。大五郎だ。彼とは彼是1000年以上の付き合いになる。生活も、戦場も、その多くを共にしてきた。端的に言えばそう……私の元家臣だ。
「頼りにされてるみたいだね」
「厚かましいのですよ、奴らは」
口角、上がっちゃってるよ。ふふっ、君は相変わらず嘘をつくのが下手だね。
「ご用件は?」
「もう少し話さない?」
「無粋故、ご容赦願いたく」
「つれないな~」
「あの人間のことですね」
やっぱり読まれてたか。仕方がない。咳払い一つにそっと切り出す。
「優太と結婚したいんだ」
大五郎の眉間に皺が寄る。そりゃ反対するよね。だって、君の中では私は……変わらず『常盤様』なんだから。
「ご自分の立場をお忘れですか」
「私は六花。ただの六花だよ」
「天狐・常盤様。今一度お考えください」
始まった。
「こうしている今も、貴方様や天狐・澪様の仰る『正しくも儚き者達』が、欲深き矮小なる者達に蹂躙されているのですよ」
「……うん」
「このように幾らか保護したところで何の意味もないのです」
「……そうだね」
これで何度目になるだろう。この問答を交わすのは。1年間ずっと繰り返してきた。大五郎と再会して以来ずっと。
「薫様が即位された後でも構いません。どうか今一度――」
「ふふっ、薫が王か」
「ご不満ですか?」
「いいや。ほんと凄いなと思って。末っ子なのに。6人の兄姉を差し置いて、なんてさ」
「それだけ熱心に。血反吐を吐く思いで励んでこられたのです」
「君も鼻高々でしょ? 薫のこと見守ってくれてたんだもんね」
「……いえ、そのような」
「戻ってあげなよ。薫もきっと君に会いたがってるよ」
「薫様は誰にも心を開きませんよ」
「そんなこと――」
「事実です。側近のお2人に至っては『首輪』までかけておいでで」
首輪。優太にかけていた術と同じものだ。別名『操術』。対象を意のままに操ることが出来る。術を維持するのはそれなりに大変ではあるけれど、薫も今や『七尾の狐』。対する側近……定道と穂高は『五尾の狐』だ。ある程度条件を絞れば、永続的に支配することも不可能ではないだろう。
「恐れながら、薫様は貴方様と同じお考えなのではありませんか?」
「…………」
「当代……いえ、これまでの雨司の在り方に否定的な考えをお持ちになっている。それ故に孤高のお立場を取っておいでなのでは?」
「だとしても、私の出る幕はないよ」
「一度失敗したぐらいで」
「ほんと情けないよね。私はそのたった一度の失敗で挫けてしまったんだ」
大五郎は深く溜息をついた。その真意は? 触れれば分かる。いとも容易く。けれど、確かめる勇気は……ない。
「……いいでしょう。今日のところは引き下がります」
「優太との結婚は?」
「賛成も反対も致しません」
「……どういうこと?」
「取るに足らぬと申し上げているのです。あれも所詮は人間。50年も生きられないでしょうから」
「酷いな」
「酷いのはどちらか」
「……ごめん」
「失礼致します」
大五郎が去って行く。大きな車輪の体を転がしながら。後には私だけが残る。ああ、どっと疲れた。思うままに芝生の上に寝転がる。
「あの分だと祝言は欠席かな」
酷いのはどちらか。大五郎の言葉が重く圧し掛かる。ねえ、優太。私に君のような勇気があったのなら、今とは違った生き方が……めげずに立ち上がることが出来ていたのかな。
自嘲気味に笑いながら空を見上げる。その晴れやかな青は、今の私には眩し過ぎて。
「……っ」
堪らず目を閉じた。あらゆるものから目を背けるように。
「お待たせ致しました」
私の傍に来るなりピタリと止まった。大五郎だ。彼とは彼是1000年以上の付き合いになる。生活も、戦場も、その多くを共にしてきた。端的に言えばそう……私の元家臣だ。
「頼りにされてるみたいだね」
「厚かましいのですよ、奴らは」
口角、上がっちゃってるよ。ふふっ、君は相変わらず嘘をつくのが下手だね。
「ご用件は?」
「もう少し話さない?」
「無粋故、ご容赦願いたく」
「つれないな~」
「あの人間のことですね」
やっぱり読まれてたか。仕方がない。咳払い一つにそっと切り出す。
「優太と結婚したいんだ」
大五郎の眉間に皺が寄る。そりゃ反対するよね。だって、君の中では私は……変わらず『常盤様』なんだから。
「ご自分の立場をお忘れですか」
「私は六花。ただの六花だよ」
「天狐・常盤様。今一度お考えください」
始まった。
「こうしている今も、貴方様や天狐・澪様の仰る『正しくも儚き者達』が、欲深き矮小なる者達に蹂躙されているのですよ」
「……うん」
「このように幾らか保護したところで何の意味もないのです」
「……そうだね」
これで何度目になるだろう。この問答を交わすのは。1年間ずっと繰り返してきた。大五郎と再会して以来ずっと。
「薫様が即位された後でも構いません。どうか今一度――」
「ふふっ、薫が王か」
「ご不満ですか?」
「いいや。ほんと凄いなと思って。末っ子なのに。6人の兄姉を差し置いて、なんてさ」
「それだけ熱心に。血反吐を吐く思いで励んでこられたのです」
「君も鼻高々でしょ? 薫のこと見守ってくれてたんだもんね」
「……いえ、そのような」
「戻ってあげなよ。薫もきっと君に会いたがってるよ」
「薫様は誰にも心を開きませんよ」
「そんなこと――」
「事実です。側近のお2人に至っては『首輪』までかけておいでで」
首輪。優太にかけていた術と同じものだ。別名『操術』。対象を意のままに操ることが出来る。術を維持するのはそれなりに大変ではあるけれど、薫も今や『七尾の狐』。対する側近……定道と穂高は『五尾の狐』だ。ある程度条件を絞れば、永続的に支配することも不可能ではないだろう。
「恐れながら、薫様は貴方様と同じお考えなのではありませんか?」
「…………」
「当代……いえ、これまでの雨司の在り方に否定的な考えをお持ちになっている。それ故に孤高のお立場を取っておいでなのでは?」
「だとしても、私の出る幕はないよ」
「一度失敗したぐらいで」
「ほんと情けないよね。私はそのたった一度の失敗で挫けてしまったんだ」
大五郎は深く溜息をついた。その真意は? 触れれば分かる。いとも容易く。けれど、確かめる勇気は……ない。
「……いいでしょう。今日のところは引き下がります」
「優太との結婚は?」
「賛成も反対も致しません」
「……どういうこと?」
「取るに足らぬと申し上げているのです。あれも所詮は人間。50年も生きられないでしょうから」
「酷いな」
「酷いのはどちらか」
「……ごめん」
「失礼致します」
大五郎が去って行く。大きな車輪の体を転がしながら。後には私だけが残る。ああ、どっと疲れた。思うままに芝生の上に寝転がる。
「あの分だと祝言は欠席かな」
酷いのはどちらか。大五郎の言葉が重く圧し掛かる。ねえ、優太。私に君のような勇気があったのなら、今とは違った生き方が……めげずに立ち上がることが出来ていたのかな。
自嘲気味に笑いながら空を見上げる。その晴れやかな青は、今の私には眩し過ぎて。
「……っ」
堪らず目を閉じた。あらゆるものから目を背けるように。
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