F級テイマーは数の暴力で世界を裏から支配する

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1巻

1-3

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      ◇ ◇ ◇


「……ふぅ。少し体が怠いなぁ」

 その後、魔法の指導が終わった俺は、屋敷内を歩いていた。
 いつもよりも、すれ違う使用人の数がだいぶ少ない。
 それもそのはず、父はつい先ほど王都ティリアンへ、多くの従者を連れて向かったのだ。
 長い期間かけて色々な会議をするらしく、帰ってくるのは一か月後になると予想される。
 ふっ、これは大胆に動くチャンスだ。
 今の内に下水道へ忍び込んで、《テイム》の実験をするとしよう。
 においとか汚れ? その辺は問題ないな。
 この街の下水道は定期的にちゃんと掃除されてるよ。
 一番近い下水道の入り口へと向かう。
 あまり一人で遠くに行くのはやめた方がいいが、このくらいの距離なら大丈夫だろう。
 到着すると、そこには掃除用具を持ったおじさんがいた。
 恐らくこの人は下水道の掃除をしている人だ。
 流石に一人で下水道に入るのは心細かったので、俺はその人がいたことに安堵しながら声をかける。

「ちょっといいですか?」
「うお!? って何故こんなところに子供が? それにその服……相当いい家柄の子なんじゃないか? 迷子かい?」

 おじさんは俺の姿を見るなり、目を見開いて声を上げた。
 まあ、当然の反応だよな。
 五歳の子供が一人で出歩いていたら、誰だって驚くよ。
 ま、そんなことは置いといて、用件を言うか。

「僕は迷子じゃないので大丈夫です。下水道にいるであろうスライムを、僕が先日授かった《テイム》の祝福ギフトで従魔にしてみたくてここまで来たんです。もしよかったら、そのお手伝いをしていただけませんか? 一人じゃ心細くて……」
「そ、そうなのか……でも、なんで一人で来たんだ? お父さんやお母さんと一緒に魔物を捕まえて従魔にしたほうが安全だろう。もしかして何か事情があるのか……?」

 おじさんは戸惑いながらもそう言う。
 こんなこともあろうかとちょうどいい言い訳を用意してあるから、それで乗り切るとしよう。

「僕はここでお父さんとお母さんに内緒でこっそりと《テイム》の練習をして、驚かせたいのです。お願い……できませんか?」

 そして、ねだるようにジッとおじさんのことを見つめる。
 五歳の子供にこんな眼差しを向けられれば、当然――

「分かったよ。任せてくれ」

 おじさんはグッと親指を立てると、胸を張ってそう言った。
 よし。ちょろ……ゴホンゴホン。なんでもないです。

「じゃあ、坊やはここで待っててくれ。俺が一緒でも、やっぱり子供が下水道に入るのは危ないからな」

 おじさんは下水道へ続く扉を開けると、颯爽さっそうと中に入って行った。
 だますようで申し訳ないが、別にこれで彼が不利益を被るようなことはない。
 安心して、任せるとしよう。
 そうして待つこと数分……

「あ、帰ってきた」

 奥からタタタと足音が聞こえてきたかと思うと、バケツを抱えたおじさんが現れた。バケツにはふたがしてある。
 そして、バケツの中からは何かが動く音が聞こえてきた。
 どうやらこの中に、スライムがいるようだ。

「はぁ、はぁ……スライムを持ってきたぞ。準備が整ったら言ってくれ。ゆっくりとこの蓋を開けるから、その隙にテイムするんだ」

 おじさんは蓋を押さえたまま、バケツを地面に置く。

「ありがとうございます。では、お願いします」

 俺は息を整えると、バケツに手をかざしてそう言った。

「分かった。ゆっくりといくぞ」

 おじさんはそう言うと、慎重にゆっくりとバケツの蓋をずらしていく。
 すると、中にいる半透明で水色のモチモチとした感じの生き物――スライムが、少しずつその姿を現した。

「友達になろう。《テイム》」

 俺はそのスライムに優しく語りかける感じで《テイム》を使った。
 次の瞬間、スライムと繋がったような感覚になる。表現が難しいが、多分成功したんだと思う。
 確認のため、何か命令してみるか。

「スライムさん。手を上げてみて」

 この世界のスライムには手や顔はなく、ただのぷよぷよとした塊だから、この指示は違ったかなと思いつつも、少し待ってみる。
 数秒後、バケツの中にいるスライムが体の一部を上へと掲げ、あたかも手を上げているような仕草をした。

「成功だ……」


 俺は声を震わせながら、喜びを噛み締めて言う。
 それにしても、多分今のは俺の言葉を理解して……というよりは、俺の頭の中のイメージ――思いに反応して行動したんだと思う。
 スライムは手を上げるという動作を知らないと思うからね。
 この様子なら多少難しい命令でも聞いてくれそうだ。
 F級ってこんな詳細に命令が下せるものなのか?
 てっきり、もっと言うことを聞かせるのに苦戦するかと思っていた。

「おめでとう、坊や。そのスライムはどうするんだ?」
「うん。ちょっと愛着が湧いちゃったから、下水道でこっそりと飼うことにします。事情があって家には連れて帰れなくて……もし清掃の時に見つけても殺さないでください。この子には、おじさんと会ったら合図をするように命令しておくから」
「分かったよ」

 おじさんはそう言って、俺の言葉に優しく頷いた。
 よし。これでまずは一匹ゲット。
 そういえば、《テイム》って従魔と視覚の共有もできるんだよな?
 下水道は色んな場所に繋がっているから、視覚を共有すれば、街の様子を屋敷の中から見て、楽しむことだってできる。
 F級で視覚共有したり、遠隔で命令したりすることができるのか不明だが……まぁ、そこら辺の実験もしていくとしよう。
 ちなみに魔法と祝福ギフトは全く別のものなので、《テイム》の能力を使う時は魔力や呪文は使わない。

「では、スライム……いや、ネム。頼んだよ」

 しれっと名付けつつ、俺はスライム――ネムに頭の中で頼み事をする。
 言葉ではなく、思いに反応して行動したことから、恐らくこれだけでも俺の考えは伝わったはず。

「きゅ! きゅ!」

 俺の命令を聞いたネムは、可愛らしい声を上げながら、体を上下に動かす。
 了解……とでも言っているような感じだ。

「ほう。随分となついてるな」

 おじさんはそんなネムを見て、感心したように言う。

「うん。あ、そろそろ家に戻らないと。おじさん、ネムを下水道に戻してください。あと、掃除頑張ってください!」
「おう! 頑張るよ! 坊やも元気でな!」

 俺のお子様スマイルをもろに受けたおじさんは、にっこりと微笑むと、ガッツポーズをして頷いた。
 あー、やっぱお子様スマイルは反則だな。それも、俺って自分で言うのもなんだが結構美形だからね。
 俺はおじさんに軽く手を振ると、足早に屋敷へと駆け出した。
 その後、屋敷に帰り、自室へと戻った俺はベッドにゴロリと仰向けで寝転がると、口を開く。

「さてと。んじゃ、早速ネムの視界を覗いてみるか」

 そう呟き、俺は自身とネムの間にある繋がりを意識して、ネムの目に入り込むイメージをする。
 フワッと視覚が切り変わり、真っ暗になった。
 ぴちゃぴちゃと水のねる音が反響するように聞こえてくる。どうやら成功のようだ。

「よし。成功だ。てか、音が聞こえるってことは、何気に他の感覚も共有できてるのか。これ結構凄いことだよな? ……あとは、この距離から命令を出せるかだが……」

 俺は若干不安になりながらも、下水道を進むネムに命令を下す。

「ネム。俺の思いが伝わっているのなら、そこで立ち止まってくれないかな?」

 すると、さっきまで聞こえていたぴちゃぴちゃという音が止まった。
 本当に、立ち止まった……!

「ネム。再び目的地へ――下水道の外へ向かって進んでくれ」

 なんと、再びぴちゃぴちゃと音が響き始めたのだ。

「よし。これは成功で間違いないな」

 俺は思わずニヤリと笑う。
 F級では厳しいだろうと思っていたのだが、まさか成功するとはね。
 これはマジでありがたい。
 感覚が共有できれば、街の様子を好きに楽しむことができるだろう。
 でもヘマしてネムが見つかったら、最悪殺されちゃいそうだから、そこは気をつけないと。

「……あ、光だ」

 進んでいくと、やがて先の方にうっすらと光が見えてきた。間違いない。あそこが出口だ。
 すると、俺の気持ちをんだのか、ネムの進む速度が若干速くなった。
 ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ……
 そしてついに、下水道の外に出ることができたのだ。

「よし。さて、ここはどこだろうか……?」

 俺は、ネムに周囲を見渡すよう命じながらそう呟く。
 上には青空が見え、目の前には川……と、川にかかった橋を渡る多くの人。

「やっぱりあの川に出たか」

 シュレインには、都市を南北に区切るように横断する川が流れており、この街に住む人々の生活用水となっている。
 下水道から出たすぐの場所であることから、ここは川下である東の方なのだろう。

「さてと……まずは道に上がらないとな」

 ただ、どうやって行けばいいのだろうか。
 歩くことができる道は今いる場所から二メートルほど上にあり、階段や梯子は近くにない。
 川の両側の石垣をよじ登るのも無理そうだ。
 スライムでは、どうやったってここから出ることはできない。
 唯一できることは、川に流されることで、街の外へ行くぐらいしか……

「う~ん……川の先には確か森が広がってたよな。ただ、そこへ行かせるのは結構危険だな……」

 俺は腕を組みながら、ムムムと唸る。
 スライムは簡単に見つけられるとはいえ、初めてテイムし、名前まで付けたこの子を捨て駒にするような行動は取りたくない。
 あの森には、スライムよりも強い魔物が沢山いるんだよ。
 やれやれ。愛着が湧いてしまうのも考えものだなぁ……

「……しゃーない。一旦下水道に戻ってくれ。何匹かスライムをテイムして、森へは余裕ができてから偵察に行かせるとするか」

 俺はネムに命令をして、下水道へと戻らせる。
 すると、前方に何か動くものが見えた。

「なんだ!? ……ああ、スライムか」

 そこにいたのは、一匹のスライムだった。
 スライムは共食いとかはしないので、特に警戒する必要もないだろう。
 ここで、ふとあることを思いつく。

「ここから遠隔でテイムできないかな?」

 そんな反則じみたテイマーなんて聞いたことないが、別にやってダメでも損はしないし、試せることは試しておかないと。
 そんな思いから、俺は目の前でぽよんぽよんと可愛らしく上下に動くスライムに《テイム》を使う。

「……ん!? 繋がった!?」

 何故か、成功したのだ。
 まさかの成功に、俺は思わずガバッとベッドから起き上がる。
 そのせいで一時的に視覚共有が切れたが、すぐにネムと視覚を共有すると、俺は唇を震わせた。

「マジかよ。マジでやべぇな……」

 目の前にいるスライムをジッと見つめながら、俺は感嘆の息を漏らす。
 信じられず、再び自身の感覚を確かめてみるが、確かに繋がりが一つ増えているのが感じられる。

「……変わってみるか」

 俺は確認するため、視覚をそのスライムに移す。
 ふっと視覚が切り替わった。
 目の前には一匹のスライム。そして、その後ろには下水道の出口。
 視覚共有ができるということは、テイムできているという確固たる証拠だ。
 ああ、確定だ。
 どうやら俺はテイムした魔物の視覚越しに、他の魔物をテイムできるらしい。

「……ははっ、《テイム》でこんなことができるなんてな。S級でも絶対無理だろ。聞いたことがないし。もしや、これが転生特典とか……?」

 いや、流石にそりゃないか。
 だったら、なんでわざわざF級にしたんだって話になるし。
 ていうか、そもそも神と呼ばれる存在がいるのかすらも分からない。
 確かに祝福ギフトはあるけど、それを神が与えているという証拠はどこにもないしな。

「まぁ、可能性が広がったのは嬉しいことだ。ネムだけはこっちに移動させとくか。来てくれ、ネム」

 視覚共有を切ると、俺はネムを改めてこの部屋に召喚した。
 パッと目の前にネムが現れる。

「おっと」

 俺はネムを両手で包み込む。
 ネムは体長十五センチほど。五歳児の俺では、ちょっと大きめに感じるな。

「きゅ! きゅ! きゅ!」

 ネムはまるで主人に懐く子犬のように、べったりと俺にくっつく。
 う、すまん。流石にくさい。あと、下水道の汚れが……
 だが、問題ない。これは想定していたことだ。

「【魔力よ。光り輝き浄化せよ】」

 俺は呪文を唱えた。
 俺とネムは光に包まれたかと思うと、汚れが綺麗さっぱりなくなった。

「これでよし」
「きゅきゅ?」

 ニヤリと笑う俺に、ネムは不思議そうに首(?)を傾げた。
 使った魔法は、つい先ほどエリーさんに教えてもらった光属性の魔法――【浄化クリーン】だ。
 今みたいに、大抵の汚れは消すことができる。
 きっつい汚れは何度もかけなきゃダメだろうけど、この街の下水道に住んでいたネムなら、これくらいで十分綺麗きれいにできる。
浄化クリーン】で発生源がなくなったおかげで、臭いもだいぶ消えた。
 まだ少し空気中に残っているが、しばらく経てば消えることだろう。

「よしよし。こうして見ると、結構可愛いな」
「きゅきゅきゅ!」

 ネムの体はひんやりとした柔らかいゼリーのような触り心地で、結構気持ちいい。
 そして、子犬のように懐いてくれる。
 ははは……どんどん愛着が湧いてくるな。
 一部の貴族の間でスライムを飼うのが流行っていると耳にした時は不思議に思ったが、今ならよく分かる。

「さてと……あ、あっちのスライムは何やってんだろ?」

 命令していない時はどうしているのかと疑問に思った俺は、下水道に残ったスライムと視覚を共有する。
 先ほどと同じようにぴちゃぴちゃと音がする。
 どうやら、普段と同じように過ごしているようだ。
 ……あ、いいこと思いついた。

「あのさ。スライムと出会ったら、俺にそのことを伝えるっていうのは……できる?」
『きゅ!』

 俺の質問に、下水道にいるスライムが元気よく返事をした。
 へ~、できるんだ。

「んじゃ、スライムを見つけたら教えてくれ。頼んだよ」

 そう言って、俺は視覚を自身に戻すと、再びネムに視線を向ける。

「きゅ! きゅ! きゅ!」

 ネムがぽかぽかと腕(?)で俺を叩いている。
 あれ? なんか怒ってるような感じがするんだが……

「怒ってる?」
「きゅ!」

 当然とでも言うように、ネムは頭(?)を動かして頷いた。
 あ、やっぱり怒ってたか。にしても何故……

「……あ、もしかして、他のスライムと話してたから?」

 思い当たる節がそれしかなく、俺はそう問いかける。
 すると、ネムは「きゅ!」と強く頷いた。
 嫉妬しっとかーい。てか、スライムも嫉妬するんだな……

「あー、そうか……大丈夫だよ。ネムが最初にテイムした魔物だからね。特別扱いするさ。だから、他の従魔と会話したり、多少仲良くしたりするぐらいは許してくれよ」

 そう言いながら、俺はネムの体を優しく撫でる。
 それだけで上機嫌になったのか、ネムは「きゅきゅ!」と鳴き声を上げて、頷いてくれた。

「うん。ありがとう。あ、そういやネムの隠し場所はどうするか……」

 ここに呼んだはいいものの、隠し場所がない。誰かに見つかるのは避けたいからなぁ。
 なんかめんどくさいことになりそうだし。
 俺はネムを抱きかかえたまま、ゴロリと寝転がり、天井をぼんやりと眺める。

「ん~……あ、あそこだ!」

 俺は天井の小さな隙間を指差すと、声を上げた。
 使用人だって、天井裏までは毎日掃除しない。年に一回ぐらいはしそうだが、その時は上手いこと隠れてもらうようにしよう。
 そう考えた俺は、早速ネムに声をかける。

「ネム。俺がこの部屋から出ている間は、あの隙間から天井裏に入って、そこに隠れてくれないかな?」
「きゅっきゅっ!」

 俺の言葉に、ネムは首(?)を横に振った。できない……じゃなくて、嫌だってことか。
 理由は恐らく、俺と離れたくないからだろう。さっきの嫉妬ぶりを見れば、容易たやすく推察できる。
 確かに、俺もできれば一緒にいたいけど、ネムを隠しながら持つことはできない。

「うん。その気持ちは分かるよ。ただね。もし、君の存在がバレてしまったら、二度と俺と会えなくなってしまうかもしれないんだよ。それは嫌だろ?」
「きゅ!? きゅきゅきゅ!」

 俺は優しくさとすように、ネムに説明する。
 ネムは俺の言葉にビクッと体を震わせ、ぶんぶんと頭(?)を上下に振った。
 どうやら説得には成功したみたいだ。

「うん。ありがとう。まぁ、基本この部屋にいるから、安心して」

 そう言って、俺はネムを撫でる。
 すると突然、頭の中に鳴き声が響き渡った。

『きゅきゅ!』
「ん!? ……ああ。あっちのスライムか」

 俺は一瞬驚いたが、すぐに下水道にいるスライムの鳴き声であると理解し、そのスライムに視覚を移す。
 直後、視界が真っ暗になった。だが、目の前に何かがいるということは分かる。

「……なるほど。スライムを見つけたのか。では、《テイム》」

 俺は目の前にいる何かがスライムであると判断し、即座に《テイム》を使う。
 すると、目の前にいるスライムと繋がる感覚がした。

「よし。成功だな。じゃ、新入りの君はこのまま下水道を出て、川を下り、その先にある森を目指してくれ。着いたら報告を。誰にも見つからないように気をつけてくれ」
『きゅきゅ!』

 俺の命令に、新しいスライムは元気よく鳴き声を上げると、ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、去って行った。
 もしかしたら、あのスライムは死んでしまうかもしれないが……その時は仕方ないと割り切ろう。
 無論、死なせないように手は尽くすつもりだが、それでも万が一ということはあるのだ。
 何せ、スライムは最弱クラスの魔物の中でも、特に弱いのだから。

「……ふぅ」

 俺は息をつくと、視覚を元に戻す。
 そして、相変わらずじゃれてくるネムを優しく抱きしめるのであった。


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