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イリス山
ダクリ
しおりを挟む木々が風で揺れる音が辺りで響いている。
二人の命を失っても、世界は何事もなかったように動き続ける。そんな世界も、神様もあまりにも無情に思えた。
「……どうしてこの二人は、こんなに幸せそうに死んだんだろうな」
「さあ。どうでしてでしょう。それよりダクリと呼ばれるものが気になります」
エリュシオンは死体なんてとっくに見慣れているという態度で、ガサガサと男のポケットを漁り出した。
……こいつの精神力って本当にすごいな。ハデスのもとにいたから、鍛えられたのだろうか。血も涙もないな。
そう思いながら、死体を顔色変えずに漁る彼を見つめる。
「これは、何でしょうか。宝石でしょうか。こんな宝石見たことありません」
エリュシオンは、透明な薄い水の色をした宝石のようにきれいな石を取り出した。
次の瞬間、その石はパリンと音を立てて割れて光の粒となっていった。そして、その粒はエリュシオンの手首から吸収されていく。
「おい、大丈夫か!」
エリュシオンに駆け寄って、光が吸収された手首を見るが、何の痕跡も残っていない。くそっ。害のあるものだったら、どうしよう。
次の瞬間、信じられないことが起こった。
夜明け色の瞳から、ぽろりと彗星みたいに透明な涙が流れ落ちた。
「え?」
エリュシオンが泣き出した!?
何が起きたんだ?
疲れているあまり幻覚でも見たかもしれないと、目をゴシゴシするが変わらなかった。
「ずっと会いたかった……」
美貌の男が涙を流す様子は、至上の芸術みたいに美しくてつい見とれてしまう。
「うわっ」
そして、倒れ込むように僕の方に寄りかかってきた。
驚いていると、ゴリラみたいな馬鹿力で潰れそうになるくらい強く抱きしめてきた。
「ぐへえ……」
あまりの腕力に絞め殺されてしまいそうだ。
「会いたかった。会いたかった……。ごめんなさい。ずっと貴方のことが忘れられなかった。ごめんなさい。ごめんなさい……。ごめんなさい。俺を許して………」
熱に浮かされたように必死で愛を語る。
こいつがこんなことを言うなんて……。あまりの情熱に、恥ずかしさのあまり息が詰まりそうだった。
こいつ、幻覚でも見ているのか。
どうやら僕のことを誰かと勘違いしているみたいだ。こんなロボットみたいな奴でも、好きな女の子がいたのか!一体、どんな奴だったんだろう。
騙しているつもりはないが、勘違いさせるのも申し訳なくなってきた。
「おい、離せよ」
「嫌だっ」
おもちゃを取り上げられることを恐れる子供みたいに否定される。
「離れろったら」
「嫌だ。離れたくない」
今度は骨がきしみそうになるくらい強く抱きしめられる。く、く、苦しい。
こいつ、正気に戻ったときに自分が抱きしめていたのがハデスだとわかったら、絶望して剝げるんじゃないんだろうか。
涙が肩口を濡らしていく。
しばらく抱きしめた後、今度は、顔を見たいとでもいうように、肩をガシッとつかみながら顔をまじまじと見つめられる。
「……もう二度と離れないで」
そう言いながら、手をギュッと握られる。
エリュシオンの手のひらは、温かくて大きく、ごつくて、血豆がたくさんあった。たくさん努力してきたことがわかる手だ。
ふいに、そんな大きな手のひらを頬にガラスでも扱うように優しく添えられた。
ゆっくりと精巧な人形みたいな顔が近づいてくる。
鈍感な僕でも、この状況がわかった。
彼は、僕にキスをしようとしている!!
やばい。
このままじゃ、キスされる。
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