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奴隷ベリアル
夢の始まり
しおりを挟むネプト・オルトロス?悪名高きイフリート・オルトロス家の娘ってことか?ネプトが生まれた日に、世界中で生誕祭が開かれその日、少しだけ仕事が早く終わったから、彼女の名前は知っていた。たった一人の少女が生まれていただけで、国中が喜びと祝福で包まれていたのだ……。
しかし、ルキフェルに追われているだろうネプトを助けることは反逆罪になる。
「断る。お前なんかのために命がかけられるか。それに……俺は奴隷だ。どうせただで働かされるんだろう」
「目的を達成したら、ちゃんとした報酬を払うわ」
「はあ?それっていつ払うのかよ」
「……私が自分の王国を取り返したら、ちゃんと払うわよ」
「何だよ。そんなこと信じられるか。断る」
「断ってどうするの?奴隷として鞭にうたれながら生きていくの?」
「てめぇっ!」
こいつみたいな奴は、殴られたことも、鞭で撃たれたことも一度もないんだろう。
頭にかっと血が上り、怒りに任せて少女を殴ろうとしたら、いつの間にか背後にいたバルドルから羽交い締めにされた。
「お前如きが姫様に近づくな!!」
「くそっ。離せっ!!」
バルドルの身体は鍛えられた筋肉で覆われていて、ろくに食事も取っていないガリガリの俺は、ピクリとも動かなかった。
いいものを食ってきたんだろうと、妬ましい気持ちが湧き上がる。
ネプトは、こんな様子を気にしないで話し続ける。
「ねぇ……。あなたの人生、このままで終わっていいの?皇帝の護衛になるか、一生奴隷でいるか好きな方を選べるのよ。犬のように這いつくばりながら生きたいならそうすればいい。そうやって、奪われて、踏みにじられて、見下されながら生きたいならそうすればいい。あなたの人生よ。あなたの好きにしなさい」
「お前みたいな人間に俺の何がわかる?甘い話で釣り上げておいて、人身売買でもするつもりか?俺を騙したいのなら、もっとましな話を持ってこい」
「人身売買なんかしないわ。ただ、あなたが欲しいの!!きっと私にあなたが必要な存在だってわかるのよ」
何でそんな言葉……俺なんかにいうんだよ。こいつ、人を見る目がねぇな。
「俺なんかに期待するな」
どうせ期待された分だけ、失望される。そして、期待した分だけ、自分にがっかりする。
いつのことだっただろうか。いじめられていた少女がいた。助けを求められて必死に戦ったが、俺は、ボコボコにされただけだった。服を脱がされ、屈辱的な言葉を言わされ、笑われた。少女からは、二度と話しかけられなかった。
初めてマイクに話しかけられたとき、友達ができると思った。だけど、彼は、自分の小麦粉を零したミスを俺に擦り付けた。
世界は、優しい仮面を被った醜い人間で構成されている。どんなにあがいてもろくなことは起きない。
「どうせ俺は、お前らとは違うんだよ。あんた達みたいな貴族が殺されかけて、泥だらけになって落ちぶれた姿を見ることが嬉しいんだよ!!一生そのまま泥水を這いずり回るような生活をしてくれたら、どれほどスカッとするだろう。お前らみたいな裕福な生まれの人間は、苦しみのたうち回りながら死ねばいい!」
幸せな人間が憎かった。
才能ある人間が妬ましかった。
恵まれている人間が嫌いだった。
報われない人間に自分が重なった。
歪んだ人間にしかなれなかった。
一体、自分は何のために生まれてきたのだろうか。
そう問いかけても、答えなんて一つも思い浮かばなかった。
「俺は、所詮、奴隷だ。奴隷でしかない。一生奴隷として生きて奴隷として死ぬしかない」
自分の価値は自分が一番わかっている。
醜く、無様で、石ころみたいな存在だ。
自分はただの石運びの道具でしかない。使い物にならなくなったら捨てられるし、役に立たなかったら鞭で打たれる。それだけの道具だ。それ以外の生き方なんて、きっとできない。夢を見れば見るほど、心が擦り減っていくだけだ。
ぱあんっ。
乾いた音が響き渡った。
え?
頬がジンジンと熱い。
痛みのある頬に触れる。
今……俺は、この少女殴られたのか……。
彼女の右手も真っ赤になっている。
「このバカ!!分からず屋!」
「はあ?意味が分からない」
「自分が自分を信じなくてどうするのよ!!嘘でも、見栄でもいいから、自分を信じなさいっ!!」
胸に手を当てながら、少女は、演説するように堂々と語りだした。
「私は、殺されかけ、全世界からなじられている。私だって、高貴な存在なんかじゃない。でも、どんなに踏みにじられても、痛めつけられ否定されても、私だけは私のことを否定したくない。誰に傷つけられたって、自分こそが一番だって胸を張り続けたい。胸を張るのに、高級な服も、香水も、装飾品もいらないの」
だけど、ネプトが俺と同じとは思えない。ネプトが生まれただけで、世界では祝福の宴が開かれ、休みのなかった奴隷ですらもほんの少しの休みが与えられた。俺とネプトは、生まれた瞬間から、全く価値が違う。ネプトは、神様に選ばれたような特別な少女だ。
「私は、他の何物でも買えない価値がある。それは、あなただって同じよ。自分だけは、バカみたいに自分が最高だって信じなさい」
「でも……」
「あなたのみたいな奴隷体質の分からず屋の意見なんて知らないわ。私についてきて。もっと素敵なものを見せてあげる。私には、夢がある。その夢のために生きて、その夢のために死にたい。そのために、私は、ルキフェルから支配の王冠を取り戻す!!」
その瞳は、星屑を散りばめたようにキラキラときらめいていた。
「あなたには、私の夢を叶えるために協力してもらうわ」
何なんだ、こいつ……。
すっげぇ無茶苦茶だ。
ああ。何て眩しいものだろうか。
ずっと肥溜めみたいなところで生きてきた自分が、生まれて初めて美しいものをみた気がした。その美しさにもっと触れてみたい……。
そんな高ぶった感情は、そう簡単には消えようとしなかった。
「……った」
「何て言ったの?」
「わかったって言ったんだ。あんたについていってやる。その代わりくだらないものを見せたら、承知しないからな」
「もちろんよ」
ネプトは、俺に向かって誓うように手を伸ばした。
俺は、その手を握りしめた。
彼女の手は、温かく、柔らかく……小さかった。
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