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醜い彼の世界
ベネット
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日は、沈んですっかり暗くなっていた。
「はあ、はあ、はあ……」
ベネット・クロスフォードは、足を引きずりながら、歩き続けた。早く帰らないと……。ヘレナが待っている。俺が帰らないとヘレナが困ってしまう。
町外れにある小さな家に辿り着き、扉を開けると、「おかえりなさい、ベネット」と椅子に座っているヘレナが微笑んだ。ヘレナは、亜麻色の髪、こげ茶色の瞳をしている可愛らしい少女だ。ベネットが切ったように不揃いな前髪をしているけれども、ちゃんとした美容室にいけばもっと可愛くなれるだろう。
「血の匂いがするわ。また、けがをしたのね」
「大したことはないさ」
「嘘よ。足を引きずる音だってするわ」
「そんなことよりご飯は食べたのか。パンはまだ余っているか」
「大丈夫よ。あなたのおかげで、いつもお腹いっぱいだわ」
「よかった……」
ヘレナは、目が見えない。ベネットが食料を届けなければ、自分で食べ物を探すことが困難な状況である。
4年前、飽きたという理由で彼女が貴族から殺されそうになっていたところに出会った。醜い自分を見ても他の女みたいに耳障りな悲鳴をあげず、見えない目で自分の方を真っ直ぐ見てくるヘレナを助けてあげたくなった。
貴族から買い取って、一緒に暮らしている。盲目の彼女は、ベネットをかっこいい紳士だと思い込んでいるのか、慕ってくれている。そんな彼女といるとベネットのズタズタに切り裂かれていた自尊心は満たされていった。
「小説の進歩具合はどうだ?」
「順調よ。私も決闘のシーンを小説で書くことにしたわ」
目の見えない彼女は、何か役に立ちたいとクイン・ロワールの名前で小説を書いている。執筆活動は、ベネットも手伝っている。彼女の小説は人気で、高値で取引されている。
「そうか。俺も君の小説を読むのが楽しみだ……」
「私は、ベネットの戦う姿を見たかったわ」
「君に見せられるほど活躍しなかったよ。最後はテロリストが現れて会場がめちゃくちゃになったんだ」
「ベネット。何かあったの?いつもより元気なさそうだわ」
どうして目が見えないくせに、すぐにばれてしまうんだろうか。
「はあ……。ヘレナには、隠し事ができないな。弟と出会ったんだ。だけど、あいつは……俺のことを忘れていたよ。別にあいつは、悪くないんだ。最後に会ったのは、ソリトが5歳の時だったんだから……」
当時、俺は長男であり第一後継者であったが、かわいいソリトが生まれた途端に両親から『お前がいなければソリトが王になれる』と疎まれるようになった。美しいだけで、愛され、守られ、可愛がれるソリトが憎くてたまらなかった。
だけど、醜かった自分に優しくしてくれたのは、ソリトだけであった。そんなソリトを嫌いになれなかった。いつか、両親が望むように消えて、ソリトに継承権を譲ろうと思っていた。
そのいつかは、思っていたよりも早く訪れた。7歳になったとき、虫を操られることがばれて、殺されそうになった。そして、古城から逃げて一人で生きていた。
「あなたが弟を助けたことを教えてあげればいいのに……」
ソリトがミソロギアで幽閉されていた時、門番を殺害して、鍵をあけた。顔を見られることが怖かったため、挨拶さえすることなくその場から逃げたのだ。
「……別にいいんだ」
覚えていないなら仕方ない。醜かった兄のことも、過去の栄光も忘れて平和に暮らしているならそれでいい。
いや、本当は怖いんだ。正体を明かしたら、こんな醜い奴が自分の兄であると失望されるのが怖い。
ヘレナがゆっくりと伸ばした手が頬に触れる。彼女の手は、形を確かめながらゆっくりと上へといって、頭にたどり着いた。そして、ベネットの頭を慰めるように優しくなでた。
「…………っ」
ぽろりと涙が音もなくこぼれ落ちる。
ヘレナの目が見えなくてよかった。こんなかっこ悪い姿が見られなくてすむ。それに、彼女だって、目が見えてしまえば、悲鳴をあげてこんな醜い男のそばから逃げ出すだろう。
ベネットの醜さを知らない彼女は、頭をなで続ける。
いつか光の魔術師を見つけてヘレナを解放してあげよう。それまでは、どうか俺が傍にいることを許してほしい。そう願いながら、音もなく泣き続けた。
「はあ、はあ、はあ……」
ベネット・クロスフォードは、足を引きずりながら、歩き続けた。早く帰らないと……。ヘレナが待っている。俺が帰らないとヘレナが困ってしまう。
町外れにある小さな家に辿り着き、扉を開けると、「おかえりなさい、ベネット」と椅子に座っているヘレナが微笑んだ。ヘレナは、亜麻色の髪、こげ茶色の瞳をしている可愛らしい少女だ。ベネットが切ったように不揃いな前髪をしているけれども、ちゃんとした美容室にいけばもっと可愛くなれるだろう。
「血の匂いがするわ。また、けがをしたのね」
「大したことはないさ」
「嘘よ。足を引きずる音だってするわ」
「そんなことよりご飯は食べたのか。パンはまだ余っているか」
「大丈夫よ。あなたのおかげで、いつもお腹いっぱいだわ」
「よかった……」
ヘレナは、目が見えない。ベネットが食料を届けなければ、自分で食べ物を探すことが困難な状況である。
4年前、飽きたという理由で彼女が貴族から殺されそうになっていたところに出会った。醜い自分を見ても他の女みたいに耳障りな悲鳴をあげず、見えない目で自分の方を真っ直ぐ見てくるヘレナを助けてあげたくなった。
貴族から買い取って、一緒に暮らしている。盲目の彼女は、ベネットをかっこいい紳士だと思い込んでいるのか、慕ってくれている。そんな彼女といるとベネットのズタズタに切り裂かれていた自尊心は満たされていった。
「小説の進歩具合はどうだ?」
「順調よ。私も決闘のシーンを小説で書くことにしたわ」
目の見えない彼女は、何か役に立ちたいとクイン・ロワールの名前で小説を書いている。執筆活動は、ベネットも手伝っている。彼女の小説は人気で、高値で取引されている。
「そうか。俺も君の小説を読むのが楽しみだ……」
「私は、ベネットの戦う姿を見たかったわ」
「君に見せられるほど活躍しなかったよ。最後はテロリストが現れて会場がめちゃくちゃになったんだ」
「ベネット。何かあったの?いつもより元気なさそうだわ」
どうして目が見えないくせに、すぐにばれてしまうんだろうか。
「はあ……。ヘレナには、隠し事ができないな。弟と出会ったんだ。だけど、あいつは……俺のことを忘れていたよ。別にあいつは、悪くないんだ。最後に会ったのは、ソリトが5歳の時だったんだから……」
当時、俺は長男であり第一後継者であったが、かわいいソリトが生まれた途端に両親から『お前がいなければソリトが王になれる』と疎まれるようになった。美しいだけで、愛され、守られ、可愛がれるソリトが憎くてたまらなかった。
だけど、醜かった自分に優しくしてくれたのは、ソリトだけであった。そんなソリトを嫌いになれなかった。いつか、両親が望むように消えて、ソリトに継承権を譲ろうと思っていた。
そのいつかは、思っていたよりも早く訪れた。7歳になったとき、虫を操られることがばれて、殺されそうになった。そして、古城から逃げて一人で生きていた。
「あなたが弟を助けたことを教えてあげればいいのに……」
ソリトがミソロギアで幽閉されていた時、門番を殺害して、鍵をあけた。顔を見られることが怖かったため、挨拶さえすることなくその場から逃げたのだ。
「……別にいいんだ」
覚えていないなら仕方ない。醜かった兄のことも、過去の栄光も忘れて平和に暮らしているならそれでいい。
いや、本当は怖いんだ。正体を明かしたら、こんな醜い奴が自分の兄であると失望されるのが怖い。
ヘレナがゆっくりと伸ばした手が頬に触れる。彼女の手は、形を確かめながらゆっくりと上へといって、頭にたどり着いた。そして、ベネットの頭を慰めるように優しくなでた。
「…………っ」
ぽろりと涙が音もなくこぼれ落ちる。
ヘレナの目が見えなくてよかった。こんなかっこ悪い姿が見られなくてすむ。それに、彼女だって、目が見えてしまえば、悲鳴をあげてこんな醜い男のそばから逃げ出すだろう。
ベネットの醜さを知らない彼女は、頭をなで続ける。
いつか光の魔術師を見つけてヘレナを解放してあげよう。それまでは、どうか俺が傍にいることを許してほしい。そう願いながら、音もなく泣き続けた。
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