86 / 102
終着点
正体
しおりを挟むキイイというきしんだ音がしながらドアが開き、それは現れた。
濃厚な血の匂いがする。
美しかった髪の毛も、血とホコリと灰で汚れていて、サラサラだった頃の面影もなくチリチリになっている。
「はあ、はあ、はあ……」
荒い息遣いが聞こえる。
「ひっ」
現れた彼のあまりの悲惨さに息を呑んだ。
しわ一つなかった服は、ボロボロの布切れみたいになっている。
「王子様が助けに来ました」
彼は、ニヤリと笑いながらそう話しかけてきた。
これじゃあ、王子様というより醜いゾンビじゃないか。
全然、美しくないし強そうにも見えない。小説や映画だったら、颯爽と駆けつけて余裕で敵を倒すものなのに……。
だけど、ボロボロで今にも倒れてしまいそうなくせに、そんな彼のことが今まで一番かっこよく見えた。今までみ
たどんな物語のヒーローよりも輝いていた。
ここに来るまでにどんな思いをしてきたか想像しただけで、心臓がギュッと押しつぶされたように痛んだ。
どうしてお前はそんなところに立っているんだよ……。
僕が自由にしてあげたじゃないか……。
気がついたら、目頭が熱くなっていた。
頬を熱い涙がつたっている。
どういうわけか涙が止まらない。
勝手に美しい理想だけ追い求めていればよかったのに。
本当の僕のことなんて知らなくてよかったのに……。
何で、こいつはこんなところまで来てしまったんだろうか。
「この人は、俺のものだ」
凛としたテノールの美声が響き渡る。
「あははははははははははははははっはははははっははははは。これは、傑作だ。趣味が悪い男がいたものだな。これがシオンの息子か……」
「……」
「お前は本当にあの男に似ている。実に腹立たしいな。八つ裂きにして、踏みつけてやりたいくらいだ」
バラキエルの視線は、エリュシオンにのみ向けられていた。こいつもシオン・リジルに怨念がある人物の一人なのか。
「まさかお前がこれほど強くなっているとはな……。シオンの血をひいていなければ、愛せたかもしれないな」
「結構です」
「どういう意味だ?」
シオンの血をひいていなければ愛せた?どういう意味だ?二人は、知り合いだったのか。
「お前は知らなかったのか………。あれの母親は私の娘だ。私は、あいつの祖父だ」
え?
え?
バラキエルが祖父?どういうことだ?
エリュシオンは、魔族の血を引いていたのか……。言われてみたら、その悪魔のような強さや回復力にも納得する。こいつが、チート能力を持っていたのはそういうことだったのか……。
エリュシオンは、罰が悪そうに眼をそらした。きっと、真実を知っていたのだろう。
「ハデス様に呪いをかけたのは、貴方ですね。どうしてハデス様に死の呪いをかけたんですか」
「お前が彼の玩具になっていることを恥だと思ったからだ。そんな風に生きるくらいなら、ハデスと一緒に死ねと思った。だが、その瞳を見て、少し気が変わった。お前だけは、生かしておいてもいい。お前の目はアリシアの目だ」
バラキエルの瞳も同じ紫色だが、エリュシオンの瞳は少し憂いを帯びたような桃花眼になっている。おそらくアリシアも、バラキエルのようにギラギラした感じではなく、エリュシオンみたいな美しい瞳だったのだろう。
「断る。俺は、貴方を理解できない」
エリュシオンは、いつでも攻撃できるように剣を構えた。
「お前はどうしてアリシアの息子のくせに、そっち側につく?お前の母親は、父親に殺されたようなものじゃないか!」
「……母さんだって、俺を捨てた」
「違う!あの忌々しいシオンが、アリシアを追い出しただけだ。アリシアが魔族であるというだけで、毛嫌いし、殺そうとしたんだ!」
「父を憎む気持ちはわかる。だけど、彼は死んだ。かつてお前の故郷を虐殺した連中も、死んでいるだろう」
「ああ。どうせならこの手で殺してやりたかった」
彼の握りしめている手は怒りをこらえられないようにブルブルと震えていた。
「だから、代わりにお前を殺そう」
「やめろ!!!!!」
ダメだ。こんな状況じゃ、エリュシオンは避けられない。
その時、死んだと思っていたナサニエルがエリュシオンの足首を掴んだ。すると、ナサニエルの光の魔術によってみるみるうちにエリュシオンが回復していく。
「ナサニエル……」
よかった……。彼は、まだ生きていたみたいだ。言葉にできない思いが湧き上がって、目頭がジンと熱くなる。
「お前、まだ生きていたのか。さすが光の魔術の保有者。しぶといな」
忌々しそうにバラキエルが炎の塊をナサニエルに放つが、エリュシオンが氷の魔術によって防いだ。
「ジキルを……助けてくれ……」
ナサニエルは、今にも死にそうなかすれた声でエリュシオンにそう告げた。
「言われなくても助ける」
「ふんっ。お前如きに私が倒せるわけないだろう。黒竜」
激しい竜巻のような黒い渦が生まれエリュシオンに向かって進んでいく。
しかし、エリュシオンが剣で切り付けると、その渦は衝撃によって消滅した。
「なかなかやるな。じゃあ、これはどうだ?」
先ほどバラキエルが使用していた紫色に光り輝く怪しい剣だ。
「かつてネロ・ディストリアが使っていた魔剣だ」
ネロ・ディストリア!!!かつてカリロスの仲間だった伝説の剣士じゃないか!!
「これは魔力がある人間ほど効果を発揮する妖剣だ。これに私の魔力を吸わせるとどうなると思う?」
そう言って魔力が注ぎ込まれた剣は、どくどく光り輝く。
エリュシオンが切りかかるが、バラキエルはそれを受け止めていく。今度は、バラキエルが攻撃をし返すが、エリュシオンが受け止める。剣だけではなくお互いの魔力もぶつけまくっているため、気を抜くとどういう状況かわからなくなりそうだった。
永遠を思わせるほど、激しい打ち合いが続いていった。
やがて、エリュシオンの剣がバラキエルの首を貫いた。
カランと音がして、バラキエルの手から剣がこぼれ落ちる。
12
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる