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第3章 安寧
第23話 青龍と芍薬
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「……明凛?」
「え? あっ、ハイ!」
「上の空だな。どうした? 天燈を飛ばしに行こう」
「そうですね、そうしましょう」
私も自分の天燈を持って立ち上がった。
既に河原に降りて待っている陛下の元に行こうとするが、河原にはごつごつした石が転がっている。私は石に躓かないように慎重に降りた。
「ほら、気を付けて」
「はい」
陛下が私の天燈にも火を付ける。すると天燈の表面に、美しい芍薬の花の模様が浮き上がった。
「綺麗……」
「……」
灯りを手に持ったまま、私は橙色に光る芍薬の花に見惚れてほうっと息を吐く。
ふと隣を見ると、陛下が無言のまま私を見下ろしていた。
天燈から漏れる灯りが、陛下の顔をゆらゆらと揺れながら照らす。
きっと私の顔も同じように、橙色の灯りが照らしているのだろう。灯りの動きに合わせて、陛下の瞳も潤んで揺れているように感じる。
(きっと、『玲玉記』の中で陛下と玉蘭様が出会った時も、こんな感じだったんじゃないかな)
私たちはしばらく視線を合わせてお互いの顔に映る灯りに見入っていたが、途中でハッと我に返った私は恥ずかしくなって目を逸らした。
(嫌だわ……普段からイケメン陛下を間近で見るだけで息苦しくて大変なのに、陛下と玉蘭様が恋に落ちたのと同じような設定で見つめあっちゃうなんて。無理無理、心臓が止まりそう)
鳴りやまない心臓の鼓動を抑えたいのに、私の両手は天燈でふさがっている。
早く天燈を飛ばしてしまいたい。
陛下の側から離れたい。
「陛下! 早く飛ばしましょう!」
「あっ、ああ……そうだな」
私と同じようにぼうっとしていた陛下も、夜空を見上げる。
二人でそれぞれの天燈を頭の上まで持ち上げると、柔らかい風に乗って青龍と芍薬の天燈がふんわりと浮かんだ。
「やった! 飛びましたね。綺麗だわ」
「灯華祭の夜は、こんな天燈が空いっぱいに広がるんだろうな。次の灯華祭もこうして忍んで皇都に降りてこよう」
「陛下は、この前の灯華祭は御覧にならなかったのですか?」
陛下を川に突き落した張本人の私が聞くのは失礼だが、聞くなら今しかない。あの日あの後、陛下は玉蘭様に会えたのかどうかを確かめたい。
陛下は夜空を見上げたまま答える。
「ずぶ濡れのまま灯華祭を見物し続けるわけにもいかないだろう。あの後はすぐに宿に戻って休んだ。誰かのおかげで、しっかり風邪を引いたしな」
「……すぐに、宿に戻ったんですか? 私以外の誰かに出会ったとかお話したとか、そういうこともなく?」
「何だ、我が妃は意外と嫉妬深いのか? あの日は明凛以外に会話をしたのは商儀だけだ」
――やはり、陛下は玉蘭様とは出会えていなかった。
陛下の心の支えとなる鄭玉蘭様との出会いを、私が潰してしまったようだ。
あの日夜空いっぱいに浮かぶ天燈の灯りの下で陛下は玉蘭様に出会い、二人は恋に落ちるはずだったのに。
(やってしまった……)
今もまだおさまらない鼓動を隠すように、私は両手で胸のあたりの衣をぎゅっと握った。
もしこの世界が『玲玉記』のストーリー通りに進んでいるのであれば、どちらにしても玉蘭様は入内してくるはずだ。あの日陛下と玉蘭様が出会っていなかったとしても、きっとこの後も二人が出会うチャンスはあるはず。
(とりあえず、玄龍舞踊団の公演までには何とか玉蘭様が入内して下さることを願おう。そして、その場が二人の初対面になってしまうわけだから、私は何とか玉蘭様を陛下に引き合わせて……)
「明凛」
「うわっ、はい!!」
ぶつぶつとこれからの計画を呟く私に、陛下は首を傾げている。
「どうした、明凛。調子でも悪くなったか? そろそろ後宮に戻ろう」
「調子、悪くないです! 大丈夫です。でもさすがにそろそろ戻りましょうか。商儀さんも待ちくたびれているかも」
「そうだな」
陛下は私の腰に手を回し、私を支えるようにして河原を登り始める。あまりの至近距離に驚いて私がびくっと身を震わせると、陛下はふっと笑った。
「え? あっ、ハイ!」
「上の空だな。どうした? 天燈を飛ばしに行こう」
「そうですね、そうしましょう」
私も自分の天燈を持って立ち上がった。
既に河原に降りて待っている陛下の元に行こうとするが、河原にはごつごつした石が転がっている。私は石に躓かないように慎重に降りた。
「ほら、気を付けて」
「はい」
陛下が私の天燈にも火を付ける。すると天燈の表面に、美しい芍薬の花の模様が浮き上がった。
「綺麗……」
「……」
灯りを手に持ったまま、私は橙色に光る芍薬の花に見惚れてほうっと息を吐く。
ふと隣を見ると、陛下が無言のまま私を見下ろしていた。
天燈から漏れる灯りが、陛下の顔をゆらゆらと揺れながら照らす。
きっと私の顔も同じように、橙色の灯りが照らしているのだろう。灯りの動きに合わせて、陛下の瞳も潤んで揺れているように感じる。
(きっと、『玲玉記』の中で陛下と玉蘭様が出会った時も、こんな感じだったんじゃないかな)
私たちはしばらく視線を合わせてお互いの顔に映る灯りに見入っていたが、途中でハッと我に返った私は恥ずかしくなって目を逸らした。
(嫌だわ……普段からイケメン陛下を間近で見るだけで息苦しくて大変なのに、陛下と玉蘭様が恋に落ちたのと同じような設定で見つめあっちゃうなんて。無理無理、心臓が止まりそう)
鳴りやまない心臓の鼓動を抑えたいのに、私の両手は天燈でふさがっている。
早く天燈を飛ばしてしまいたい。
陛下の側から離れたい。
「陛下! 早く飛ばしましょう!」
「あっ、ああ……そうだな」
私と同じようにぼうっとしていた陛下も、夜空を見上げる。
二人でそれぞれの天燈を頭の上まで持ち上げると、柔らかい風に乗って青龍と芍薬の天燈がふんわりと浮かんだ。
「やった! 飛びましたね。綺麗だわ」
「灯華祭の夜は、こんな天燈が空いっぱいに広がるんだろうな。次の灯華祭もこうして忍んで皇都に降りてこよう」
「陛下は、この前の灯華祭は御覧にならなかったのですか?」
陛下を川に突き落した張本人の私が聞くのは失礼だが、聞くなら今しかない。あの日あの後、陛下は玉蘭様に会えたのかどうかを確かめたい。
陛下は夜空を見上げたまま答える。
「ずぶ濡れのまま灯華祭を見物し続けるわけにもいかないだろう。あの後はすぐに宿に戻って休んだ。誰かのおかげで、しっかり風邪を引いたしな」
「……すぐに、宿に戻ったんですか? 私以外の誰かに出会ったとかお話したとか、そういうこともなく?」
「何だ、我が妃は意外と嫉妬深いのか? あの日は明凛以外に会話をしたのは商儀だけだ」
――やはり、陛下は玉蘭様とは出会えていなかった。
陛下の心の支えとなる鄭玉蘭様との出会いを、私が潰してしまったようだ。
あの日夜空いっぱいに浮かぶ天燈の灯りの下で陛下は玉蘭様に出会い、二人は恋に落ちるはずだったのに。
(やってしまった……)
今もまだおさまらない鼓動を隠すように、私は両手で胸のあたりの衣をぎゅっと握った。
もしこの世界が『玲玉記』のストーリー通りに進んでいるのであれば、どちらにしても玉蘭様は入内してくるはずだ。あの日陛下と玉蘭様が出会っていなかったとしても、きっとこの後も二人が出会うチャンスはあるはず。
(とりあえず、玄龍舞踊団の公演までには何とか玉蘭様が入内して下さることを願おう。そして、その場が二人の初対面になってしまうわけだから、私は何とか玉蘭様を陛下に引き合わせて……)
「明凛」
「うわっ、はい!!」
ぶつぶつとこれからの計画を呟く私に、陛下は首を傾げている。
「どうした、明凛。調子でも悪くなったか? そろそろ後宮に戻ろう」
「調子、悪くないです! 大丈夫です。でもさすがにそろそろ戻りましょうか。商儀さんも待ちくたびれているかも」
「そうだな」
陛下は私の腰に手を回し、私を支えるようにして河原を登り始める。あまりの至近距離に驚いて私がびくっと身を震わせると、陛下はふっと笑った。
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