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おうち帰りたい

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9歳 サルウェ、愛しき子よ

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「いつもありがとう、アイくん」
「いいえ。俺もクリスとクリス様に会えますし……実は楽しみにしてるんですよ」
「アイのところの薬草……効き目、すごいから。お兄様もきっと、もう歩けるくらい良くなる」
「ふふ、そうなるといいなあ」

 あれから4年の月日が経った。
 クリスティアはイベリス領地へ相変わらず剣の講義を毎回受けにきているし、腕はメキメキと――本当にアイテールの実力を抜かしてしまう程――上達して行った。今では力もテクニックも追いつかないほどである。何度も模擬戦で負け悔しがるアイテールを「そんな馬鹿な」と笑い飛ばしていた彼の兄姉をも、彼女はものの数秒で受け負かした。流石に講師やイベリス男爵には勝てないようで、二人を倒すことが今は何よりの目標らしい。
 一方でアイテールもクリスティアも、体格はさほど成長しなかった。特にクリスは4年前の講師の言葉を守り、公爵家のお嬢様という立場を忘れているのではないかというほど良く食べ良く寝ているが、結果は惨敗だ。アイテールも同様で、猫毛気味の柔らかな髪とぱっちりとした瞳が相まって女の子に間違われることも少なくはない。「言葉遣いと態度を男らしく見せりゃいいだろ」と講師に言われるがまま、一人称を「俺」に変えたのは去年のことだった。ゲーム本編でアイテールの一人称は終始「僕」だったため、今でもこのままでいいのかと少し戸惑っているが。
 同じ頃に、この髪型が可愛らしく見えてしまうのかと前髪を後ろに流したが、クリスティアがとても嫌がり今は元に戻している。おでこを見ると怪我をさせてしまった時の事を思い出してしまうらしい。
 そして、クリスティアの兄――クリストファーとの交流も最近は日課だ。
 イベリス領で採れた薬草の効果か、4年前と比べてクリストファーは随分と顔色が良くなった。体を起こして世間話が出来るようになった実の息子を見て、最近はレシュノルティア公爵も常に冷たい表情を少し和らげているようだ。アイテールも何度も薬草を届けているうちに、クリストファーとは気の置けない仲になって行った。彼が攻略対象ではないところも心を許す一端となっていて、なんと今では愛称で呼び合う仲だ。……流石に敬語は崩せないが。
 アイテールは最初、周囲と同じように「トファー様」と呼んでいたのだが、

『クリス、の方が嬉しいかな』

 と頼まれたので、「クリス」「クリス様」と使い分けている。
 ……士官学校でもクリスティアへの呼び方が変わらないのはありがたいけど……それで良いのか……?
 アイテールは目の前でにこやかに笑っているクリストファーをじっと見つめる。
 クリスティアとは一卵性の双子らしい。目元も、頭の上の一房の飛び出た髪も、サラサラとした髪質もよく似ている。ただ人の良さが滲み出ているのか、レシュノルティア公爵やクリスのような冷たい人形のような雰囲気は全くない。表情も柔らかく、気になって聞いてみたところお母様に似たのかな? と言っていた。
 レシュノルティア公爵夫人。何度も屋敷を訪れているが、一度も会ったことはなかった。どうやら、王都にアトリエを構えている画家らしい。兄妹は二人とも毎日手紙のやり取りはしているが、ここ数年は会っていないと言う。夫人が職を持っている上、家を留守にしている公爵家は相当珍しく、会ったことはないが個性的な人なんだろうとアイテールは勝手に想像している。
 ……手紙、といえば。

「そうだ、クリス……またお茶会の誘いを断ったんだって?」
「げ……その日は、剣の講義があった」
「剣の講義は半日だっただろ? 午後は?」
「……カール先生が持ってきた課題……やってた」

 これくらいあった、と胸元から頭まで手で表す。

「……まったく、あの人は……」

 カール先生、とは一年前から家庭教師としてレシュノルティア家へ訪れている男性だ。ふわふわとした、毛先が白く抜けた赤髪を頭の下で無造作に結び、深緑の瞳を厚めのメガネで隠している。そんなふわふわした見た目に反してその道では有名な魔法の研究者らしく、家庭教師と言ってもクリスたちの講義を受け持つ時間はないらしい。いつも膨大な量の課題を渡し、その採点のみしている。クリストファー曰くレシュノルティア公爵の古い友人らしいが、正反対な2人が一体どんな会話をしているのか疑問だ。
 アイテールも何度か屋敷内ですれ違ったことがあるが、クリスティアお嬢様は本当に優秀だよ、今回も王立魔道学校の入試問題を解いていてね、魔法の実践練習が始まるのが待ちきれないよ……と毎回やけに饒舌に話しかけてくる。

「勉強と剣術にのめり込むのもいいけど、ちゃんと社交界にも身を入れないとだめだからな」
「……私、別に……友達、アイの他にいらない」
「うっ……」

 真っ直ぐ見つめられながらそう言われ、アイテールは狼狽える。最近はクリスティアもアイテールの扱いをわかってきているようだ。

「友達……だけじゃなくて、縁談とか。クリスだって、会ったことのない人と結婚なんて嫌だろ?」
「私、結婚しない」
「あのなぁ……」
「まあまあ2人とも落ち着いて。ティア、アイくんはティアの事を思って言ってくれてるんだから。そんなわかりやすくむくれてはダメだよ」
「クリス様……!」
「だって、お兄様……」

 クリストファーはアイテールの味方らしい。ますますむくれたクリスティアは、ぷいとそっぽを向いた。
 剣術や勉学が大人顔負けの実力とはいえ、クリスティアは9歳の子供である。表情の少ない彼女の久しぶりに見た子供らしい態度に、2人は目を合わせ笑った。
 ――実を言うと、クリスティアにアイテールと縁談を組んだらどうかと話を持ちかけられたことは少なくない。ただでさえクリスティアは社交界に出たがらないのだ。娘を溺愛する父親が何度か本人に尋ねたが、彼女が頷いたことは1度もない。曰く、「結婚したらできないから」、らしい。何を、と聞くも「秘密」と言われ会話は終わった。
 そんな話をレシュノルティア公爵から聞かされたが、アイテールもクリスティアと婚約を交わすつもりはない。彼女は士官学校で誰かと恋に落ちるのだ。婚約を結んでしまったら、きっと枷になってしまうだろう。
 エンディングで幸せそうに笑っているクリスティアを想像し父親気分でじんとしていると、ノックの音が響いた。

「ティア様、トファー様。旦那様がお見えになっております」
「……お父様が? ……どうぞ」

 開いたドアから、年老いた執事とレシュノルティア公爵が現れる。本日も完璧な無表情だ。

「あの、では私はこれで……」

 レシュノルティア公爵に向けてそう会釈をし立ち上がったが、「待ってくれ」と手で制された。

「アイテールくんも同席していてくれ。……そのうち紹介する事になるだろうしな」
「紹介?」

 3人は同時に首を傾げた。レシュノルティア兄妹も何も聞いていないらしい。

「一体誰を……、」
「2人共ー! 久しぶり! 会いたかったわ!」

 アイテールの言葉を遮り、ドアの死角から満面の笑みを浮かべた女性が勢いよく現れた。
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