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4 王宮で働きたい
しおりを挟むファバーリア領地から王都までだいたい三日かかると言われた。
馬車を乗り継いだり、途中徒歩で近道したりとしながらの行程に、ソマルデさんがいてくれて本当に良かったと心から安堵した。
ソマルデさんがついてくる間、家族はいいのかと聞くと、なんと独身なのだと教えてくれた。
俺より高い身長に、老人とは思えないスッとした背筋、顔はイケオジで黒毛混じりの白髪がよく似合うソマルデさんが、まさか未婚とは思わなかった。
ビックリすると理由を教えてくれた。
ソマルデさんは平民ながら珍しい『剣人』というスキルを持って生まれたのだけど、平民で攻撃系のスキル持ちはとにかく珍しく、貴族や富裕層から度々誘拐混じりのスカウトが多かった。
それに辟易したソマルデさんは、絶対こいつらとは結婚しないと決めたのだが、スキル持ちと関わろうとする平民もおらず、結局今まで独り身になってしまった。
スキルを持って生まれると普通には生きられない。
ユンネはまだ子爵家生まれだったのでそんな扱いは受けなかったけど、結果的にはより上位の貴族から婚姻を強要されてしまったので、それを考えると平民出身のソマルデさんの扱いはもっと酷かったのではないだろうか。
「なのでユンネ様は私の孫の様な心持ちでおります。」
「えっ、そんな、嬉しいですねぇ。俺もソマルデさんがいてくれてほんと良かったです!」
俺とソマルデさんは本当は主従関係になるのだろうけど、殆どお爺ちゃんと孫になっていた。
道中暇だろうと本を渡されたので、俺はそれを読む事にした。
道はゴトゴトするが、ユンネの身体は鍛えていて体感がいいのか割と読める事に気付いた。
ユンネ普通に凄い。
なんの努力もしていない俺が、ユンネの身体を使っていいのだろうかと申し訳なく感じる。
本は日本語じゃないけど普通に読めた。
言葉も喋れたのでもしかしてとは思ってたけど、普通に読めて、これが噂の言語理解かと感激した。
異世界転生あるあるだよね。
一冊読むと何故か次々と渡されるので、三日間経つ頃にはかなりの冊数を読破していた。
「流石でございますユンネ様。この量を揺られる馬車の中で読んでしまうとは。」
凄く感心されてしまったけど、これってこのスピードで読むものなのかと思っていた。だって日本の本みたいに紙一枚一枚が薄くないので、分厚そうに見えて実はページ数は少ない。ページ数だけを見れば薄い教科書といった感じだった。
それに読むとなんとなく全て覚えいた。
これはユンネが既に覚えてしまっているので、それを俺が再度読む事によって呼び起こされたといった感じがする。
「はぁ、なんか知ってる様な感じがして、スルスル読み終えてしまいました。」
内容は国史、世界史、言語学、地理、文化、産業など様々だった。興味ある無しに関わらず読めたので、ユンネはやはりかなりの努力家だったんだろうと思う。
あの女の所為で自殺まで追い詰められて、ほんと可哀想で仕方がない。
自殺したユンネがどうなったのか俺には分からないけど、戻ってくるなら変わらなければならないと思っている。
この身体はユンネのものだ。
戻ってくる時までに、ユンネが生きやすい生活を作っていてやりたい。
その時俺がどうなるか分かんないけど、俺はユンネじゃないんだからそうしないと罪悪感が半端ない。
「ユンネ様、何度も言いますが私には敬語はやめて下さい。それと私の事はただのソマルデと呼んで下さいませ。」
えーーー、無理。
俺が顔を思いっきり顰めたので、ソマルデさんは苦笑いしていた。
こっちの本屋さんは中古が基本という事で、王都についてから読んだ本は中古本屋さんに売りに行った。その際何故かさらに数冊本を渡され、暇な時に読みましょうねと言われてしまった。
何故こんなに本を読まされるのか…。
「記憶が無くなられているなら道中教えながら、と思っておりましたが、読むだけで思い出されている様なので思い出せるだけ思い出しましょう。どちらかと言うと一般常識の方が知識が戻らない様ですので、そちらは私が随時教えますのでご安心下さい。」
「あ、はい……。よろしくお願いします。」
意識が俺の所為か、生活面が確かに分からない事が多かった。
日本の漫画が基本なので、知っているところもあれば、漫画に載ってない様な所は全く違う文化だったりする。
例えば水道やトイレなどの生活様式は日本風だけど、動物や食物などは同じものがあったりなかったり。紫色の肉をみんなが美味しそうに食べているのなんか見て、俺は怖くて最初尻込みした。食べたら美味しかったけど。
「まずは裁判所に行って離婚届を貰いましょうか。貰うのは簡単ですから。」
感覚的には日本の役所で離婚届を貰って書いて提出、という流れは一緒らしい。それが裁判所になるのだとか。裁判所とは言ってるけど、役所と教会を兼任した様な所だった。
ソマルデさんは王都に何度も来た事があるとかで、なんでも知っていたし地理にも明るかった。
無事裁判所で離婚届を貰い、宿屋に行って言われるがまま書き込んでいく。
最後に血判を押して終了らしい。指先に針を刺されてちょっと怖かったです。
なんでか必ず自分の血で判を押さなければならないと言われたので、おっかなびっくり押した。
「いいでしょう。これはユンネ様が大事に持っていて下さいね。腰に下げたポーチに折りたたんで入れておきますからね。」
「はい、ありがとうございます。」
ソマルデさん、本当のお爺ちゃんみたいだ。孫になった気分で甘えてしまう。
「問題はどうやってエジエルジーン様に会うかですね。」
旦那様は王国黒銀騎士団だ。騎士団の詰所は王宮内にある。黒銀と白銀は対となって王宮を守り、王族の盾になる、とかなんとか漫画に書いてあった気がする。
はぁ、王宮の中では男性三人が主人公を取り合って、これから薔薇色の世界を繰り広げて行くんだろうなぁ。主人公は男だけど。
早く旦那様と離婚して、ゆっくりじっくり観察したい。
俺が読んだのは三人が求婚するところまでだった。
普通に考えて王太子が選ばれるとは思うけど、もしかしたら騎士団長のどちらかとくっつくかもしれないのだ。
ふむぅ、誰か気になる!主人公は誰を選んだんだろう!?
ちょっと興奮して熱くなってきたら、緊張していると間違われてソマルデさんに慰められてしまった。
「俺も王宮で働いたり出来ませんかね?」
「王宮でございますか?侍従などは貴族籍が必要でございます。離婚後となると厳しいかと…。そうですね、ユンネ様が今まで受けた損害を訴えてエジエルジーン様に職業を斡旋していただきますか?」
訴える………。なんか怖いな。あんまり争い事はしたくない。ユンネの事を思うと訴えてもいいくらいの事はされたとは思うんだけど、俺は記憶にないしなぁ。
離婚しちゃうと平民になるらしいけど、俺はそれでいいと思う。実家に帰るって手もあるらしいけど、結局は平民のまま実家にお世話になる事になるんだって言うし、家は援助して貰うくらいの貧乏なら、自立して働き口を探してた方が良くないだろうか?
そして漫画の話の続きをついでに見たい。
「訴えようとまでは思ってないんですが、普通に伝手として頼めないでしょうか?出来れば王宮の中で、下働きとかでもいいんですけどぉ…。」
ダメかなぁ?結末見たい!出来れば主人公が押し倒されているのも見たいかも……、えへ。
「でしたら騎士団の中でなら調理場とか掃除係とかならあります。後は騎士団の試験に受かって正式に騎士として働けば王宮の中に入れますが…。」
何故王宮に拘るのかとソマルデさんは訝しげだ。
どうもすみません。
「騎士ですかぁ~、それはちょっと自信ないなぁ。」
「何を言ってるんですか。ユンネ様は立派に騎士学校を卒業されてますよ!」
何故かソマルデさんがやる気になった。
「やりましょう!エジエルジーン様を見返すのです!」
「ええ!?」
俺は下働きとかで良いんだけど!?
やる気になったソマルデさんに引き摺られて、俺は騎士団試験に応募する事になった。
エジエルジーン・ファバーリアと聞けば、誰もが氷の騎士団長を思い浮かべる。
シルバーアッシュの髪に黒い瞳、美麗な顔が微笑む姿を見た者はいない。怒らせると徹底的に叩きのめされる。
長身で逞しく、戦に出れは勝ち戦しかしない。
そう噂される黒銀騎士団の団長がエジエルジーン・ファバーリアだった。
騎士団長ともなると机に向かった執務が多い。侯爵家当主という肩書きの所為でエジエルジーンの出世は早かった。
これで弱ければすぐに降格、もしくは戦死しただろうが、幸か不幸かエジエルジーンは強かった。
本日も午前の鍛錬を早々に切り上げ、騎士団業務と侯爵家領地の収支報告書を確認していた。
領地には侯爵夫人が領地の運営を行ってくれてはいるのだが、その芳しくない報告書に溜息をついた。
赤字ではないがギリギリの利益。
来年度が不安だと言って税金をジリジリ上げる所為で、領民から不満が出始めている。
現在ユンネ・ファバーリアは十八歳で成人を迎えたはずだ。本来なら約束通り結婚式を挙げなければならなかったが、エジエルジーンは躊躇っていた。
報告書と共に届いた領地本邸を取り仕切っている執事長と、教育係を任せたソフィアーネ・ボブノーラ公爵令嬢からの手紙には、ユンネの普段の素行の悪さを語る内容がビッシリと書かれていた。
屋敷の中にはユンネが買った服や高級家具、宝石類が山とあるらしい。
漸く最近戦後処理も終わり、領地に足を向けなければとは思うのだが、ユンネと会うのが億劫だった。
正直顔も覚えていない。
会ったのは一度きり。
婚姻書に署名した時だけだ。
子供だったという記憶しかなかった。顔も覚えていない。髪は灰色だった気がするが、瞳の色は覚えていなかった。
何度目かの溜息を吐いた時、副官のワトビ・ニナンが見咎めた。
「どうしたんですか?溜息ばかり吐いて。それ領地の報告書でしょう?」
ワトビはエジエルジーンと同じ年だ。同じ騎士学校を卒業して、一緒に黒銀騎士団に入りずっとそのまま一緒にここまできた。
ワトビは赤毛に緑色の目をしたそばかす顔の男だ。
未だ未婚なのはずっと戦地に行っていた為で、そろそろ結婚したいとは言っているが、忙しすぎて相手を見つける暇がないとよく愚痴っていた。
「ああ、読むか?」
「良いのか?」
ワトビはエジエルジーンの一番の友人でもあり、最も信頼できる人間だった。
渡された報告書と手紙を読んで顔を顰めた。
「これ早く領地に行って夫人を止めないとヤバイだろう?」
「そうだな。」
気が重かった。
ここまで悪評が立っているなら、いっそのこと裁判所を通して離婚すべきだろうか。
侯爵家領地を離れる際、戦争終結に数年はかかると見越して先に適当なスキル持ちと結婚したが、早計だったようだ。
帰ってくる頃には成人して、領地経営にも慣れる頃だと思っていたのだが…。
本邸には長年仕えた熟練者を置いてきたつもりだったが、侯爵夫人の権威の前にはどうすることも出来なかったのだろう。今は侯爵夫人の知人だという男が執事長を務めていた。
「行く時間がないなら、夫人にこっちに来てもらえば?」
「……そうだな。」
ワトビの提案に、エジエルジーンは憂鬱そうに頷いた。
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