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30 血判

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 結局俺は捕まりました。
 挟み撃ちにされ、盾で防御した騎士達に押し潰されそうになりました。皆んな体格良いし鎧を着込んでいるので圧迫感が凄かった。
 殴られたけど、とりあえず命は無事だった。
 そしてなんでかまたハンニウルシエ王子の下に連れて来られてしまった。

「貴様、ユンネと呼ばれていたな。面白い『複製』じゃないか。単なる『複製』ならば使い捨てても良いかと思っていたが、お前も俺の下で使ってやろう。」

 遠慮したいです。
 俺の両腕は騎士達に拘束されてるし、膝をついて頭を押さえ付けられて屈んだ状態だ。全く動けないし捻り上げられた肩も関節も痛い。

 一人の侍従らしき男がやって来て、俺の手の指を触った。俺からは自分の手の位置は見えない。
 チクリと痛みが走る。
 ゲッやばい。血判を押させる気だ。
 紙の感触がして、どうやら押されてしまったらしい。
 なんとか頭を少し上げて様子を窺う。
 その紙をハンニウルシエ王子が受け取った。一瞥して王子も指に針を刺す。俺の血判の隣に自分の血判を押した。
 紙に文字が浮かぶ。
 
「…………貴様、誰かと既に契約を交わしているのか?」

 契約書を見ていたハンニウルシエ王子が怪訝な顔をした。
 ???誰かとそんな軽々しく主従契約なんかしない。あと上げていた頭をまた強く押さえ付けられてしまったので返事も出来ない。

「殿下、もしかしたら婚姻ではないでしょうか?」

 さっき俺の指に針を刺して血判を押した侍従がそう言い出した。
 
「あの国は婚姻に血判を使用しますので。」

「はっ!馬鹿馬鹿しいな!スキル持ちの下民など王族が有効に使うしかないだろうに!」

 ごもっともですと侍従が頷く。

「しかしあちらの婚姻相手がスキル持ちであった場合、殿下のスキルよりも格が高いと契約が成されません。勿論低ければ殿下の方の契約が上書きされますが。」

「スキル持ちか…。今の契約書の感じではどうなる。」

拮抗きっこう……、いえ、もしかしたら。」

「俺の方が下と言うのか?」

 侍従は青い顔をしながら頭を下げる。

「本来ならば一瞬で結果が出るのですが…。」

 ハンニウルシエ王子は手に持っていた契約書を侍従に放り投げた。

「結果が出るまで閉じ込めておけ。珍しい『複製』持ちだ。既存の考え方では駄目なのかもしれん。」

「御意に。」

 どうやら俺の命はとりあえず大丈夫なようだ。
 俺はズルズルと連れられて元々いた半地下の監禁部屋に連れられて行った。
 
 婚姻と離婚の血判ってそんな意味あったんだ?
 夫婦で主従契約?いや、内容は違うのかも。ハンニウルシエ王子が使った契約書は主従契約でも、国で使ってる婚姻届は普通の婚姻内容かもしれない。
 うーん、離婚届は単純に先に行った婚姻の契約解除を行うってだけの内容だったしなぁ。
 記憶の中のユンネが婚姻届に血判を押した時は、ドキドキと緊張し過ぎてよく見ていないのだ。
 
 ハンニウルシエ王子の血判と、旦那様の血判がいま拮抗している?
 旦那様はスキル無しなんだけどな。スキル耐性が働いてハンニウルシエ王子のスキルを跳ね除けてるのかな?
 ハンニウルシエ王子の言いなりはやだなぁ。旦那様との婚姻契約の方がマシだ。
 頑張れー旦那様~。
 走り回って疲れた。サノビィスのことハンニウルシエ王子達は何も言ってなかったけど、逃げ切れてるかなぁ。心配だけど、もう意識が持たない…。
 
 ボスンとベットに横になった。
 ウトウトと眠りに落ちていく。最近本当に眠いのだ。夢見が悪い。
 ダメだ、眠気が………。

 ………………。






 俺が最近疲れてるのは、同じ夢を見るからだ。
 同じと言うか、同じ日常を過ごす夢だ。
 なんの変哲もない眠たい朝を迎えて、いつも通り会社でこき使われて、次々と社員が入れ替わる中、俺はずっと同じ会社で働き続ける前世の夢だ。
 可もなく不可もない人間。
 この世界にいてもいなくてもいい人間。
 たまに嫌われ者。たまに良い人。
 たまに見下される人。たまに褒められる人。
 何が面白いの?とよく聞かれたけど、何を面白いと感じるかはその人次第なのに、大概の人は俺をつまらない人間だと決めつけていた。
 動き回るよりはゴロゴロしたいだけだし、お金は貯めたいから賭け事はしないだけだ。お酒もそんなに好きじゃない。
 それくらいの人生だし、俺はそれが丁度いいだけだ。それをつまらないと言われても困る。

 早期退職してアパートを引き払って、実家に帰ることにした。親は死んで兄弟も外に出てったから、地元に残った俺が管理してる。
 片付けている時に漫画本が出てきた。
 あー昔ハマって読んでたなぁ。ハマり過ぎて漫画本まで買ってしまったやつだ。その中でもこれは異色で、俺にしては珍しいジャンル、BLだった。

「……懐かしいな。」

 会社でこれ読んでるのバレて、その時は俺のことホモだと噂が流れた。無視してたらその噂も消えたけど、俺が結婚出来ない理由の一つでもある。いや、やっぱ見た目か。チビでデブで狸顔はダメだろ。

 パラパラと捲っていく。
 そうそう、王太子と結婚しちゃったんだよなぁ~。やっぱりそうかぁ~って少し残念だった。でも他の結末でも多分もっと残念な気持ちになりそうだったから、これでいいんだろうと思ったんだ。
 俺様で人嫌いの王太子様なんだよな~。
 主人公が可愛くて…。
 結婚式の話見て飽きちゃったんだよ。

 携帯を取り出してネットで『女装メイドは運命を選ぶ』を検索する。
 あー出た出た。
 あれ?続きが出てるのか。知らなかった。
 読めるかな。あ、読める。うーん、どーしようか。古い漫画だしなぁ。うーん、うーん、読んじゃえ!
 これからはいっぱい時間もあるのに、やっぱり漫画はやめられない。

 スッとページを送った。

 なるほど、なるほど。アジュソー団長は生涯独身貴族。本物の貴族だけど!
 じゃあエジエルジーン団長は?こっちは悪妻と離婚して恋に敗れた後、どうしたのか……。

 どうやら続編として出された短編は、黒銀騎士団長エジエルジーン・ファバーリアの話のようだ。
 三人の中では最下位の人気だったんだよな。やっぱ妻帯者ってのはダメだったのか?
 三人ともクセの強いキャラで変わらないと思ったんだけどなぁ。

 おーー、当時はすっごく綺麗な絵だと思ってたけど、時代の波は怖い。キラッキラだ。今は割とどのジャンルもシンプルな絵が多いと思う。
 この短編はすぐに出されたわけじゃなくて、大分経ってから出たのか。少し絵が変わってる。
 キラキラ感が少し減って、描写が暗いかな?
 
 というか、始まりが虐殺から始まってますが?
 血まみれのエジエルジーン団長、転がる死体と、天井にまで飛んだ赤い血が滴っている。
 シャンデリアからポタポタと落ちる血の雫とか怖いんですけど?
 この作者さんジャンル変更したのかな?
 ホラー?
 んー、でもエジエルジーン団長の顔は相変わらず美麗に描かれている。睫毛長いし、漆黒の瞳と艶のあるシルバーアッシュの髪の美しい美丈夫だ。
 黒騎士服を綺麗に着こなす姿はよく似合っていると思う。
 絵は古く感じるけど、やっぱりかっこいいんじゃないかな?
 
 スッとページをまた送った。

 エジエルジーンが剣を突き刺すシーンだった。訳のわからない悲鳴を上げる女性。
 普段笑わないエジエルジーン団長が瞳孔開き気味に美しく笑っている。

 悲鳴を上げる女性に見覚えがある。

「ソフィアーネ?」

 ん?本編にソフィアーネ出てたっけ?でも見知った銀の髪は血塗れだ。
 エジエルジーン団長にセリフはない。静かに微笑んで、何度もソフィアーネを刺していた。
 ソフィアーネが息絶えるまで何度も何度も。

 ????

 何故か涙が出てきた。
 ポタポタと流れる。
 この通りに進んではダメだ。そう、自分は思ったのだ。この話の通りに進めば、ファバーリア侯爵は狂ってしまう。
 血塗られた侯爵。氷の騎士団長は侯爵領本邸の屋敷に住む人間を一人残さず殺した悪魔侯爵と言われてしまう。
 長い戦争で狂って毎夜血を求めるのだと、言われもない偏見の目で見られてしまう。
  
 会いに行かなければよかった。
 離婚されてしまったのだから、大人しく身を隠して全く別の地で死ぬまで暮らせばよかった。
 ソフィアーネが用意したユネという平民の身分があったのだから、態々行かなければ、こんなことにならなかったのに。

ーーー幸せなんて、分からない……ーーー

 最後に呟くファバーリア侯爵。

ーーー分からないから、腹立つ人間全員、殺してみるしかないじゃないか………。ーーー

 気が済むまで、全員……。

 違うんです。それは俺が望んだ幸せじゃありません。
 どうやったら侯爵様を幸せに出来ますか?
 どうやったらシナリオを変えられますか?
 どうやったら………。
 どうしたら………。

 

 目の前にガラスの壁が現れる。

「なんで俺こんな変な夢見るの?」

 ガラスの壁には前の通りヒビが入り穴が空いていた。その向こうにはユンネが立っている。
 そして俺もユンネに戻っていた。
 ガラスの向こうのユンネが困ったように笑う。

「穴から記憶が漏れてしまうんだ。」
 
 そう言ってビビ割れをユンネは見た。記憶とは、俺の前世の記憶?それともユンネの記憶?
 
「このガラスが全部割れたらどうなるの?」

「……………割れたら、理解するだけだよ。」

 何を?
 ガラスの向こうのユンネは困った顔をするばかり。

「旦那様は皆んなを殺しちゃうの?」
 
 ガラスの向こうのユンネは首を傾げた。
 
「そう、なって欲しくなくて………、…………、、」

 声が遠くなる。
 待って!もっと説明を!
 悲しそうな顔のユンネがヒラリと手を振った。
 あぁ……、もっと聞きたかったのに……。
 次に会えた時は聞けるだろうか。

 小さくなるユンネが、薄暗がりの中ポツンと見えていた。









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