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9 アルエンツと再開
しおりを挟むビチュテは幸運なことに協力者を得て、他国へと逃れることができた。
聖星国ダネトは様々な周辺国に囲まれた国で、周りにはいろんな国がひしめき合っている。その中でも南側は小さな国が多く、常に小競り合いや紛争が起きている地域だ。
そんな地域には傭兵業というものがあり、ビチュテは右手の星の花を隠して傭兵として渡り歩き生き延びていた。
何故そんな危険な地域を選んだかというと、紛争が絶えない為多種多様な人種が集まり、聖星国ダネトのように戸籍を作り人を管理するという機能がなかったからだ。
ビチュテはあの日、処刑をされそうになった日、聖女を襲った呪いの精霊術師と言われていた。
呪いの精霊術師ビチュテ。
聖星国ダネトの大聖女ラエリーネを襲った凶悪犯。大聖女ラエリーネの星の花を呪いによって奪おうとし、その罪で捕まり処刑されようとしたが、暴れて大聖女ラエリーネを攻撃しようとしたので、四人の英雄によって滅ぼされた悪。
そう言われているのが呪いの精霊術師ビチュテだった。
別に元いた国で悪呼ばわりされたって平気だ。戻るつもりもない。ただラエリーネとビチュテの間にある星の花アジファラの力をラエリーネに渡そうとする精霊術の解術が出来なかったのが問題だった。
星の花を持つビチュテですら解けない精霊術。
これを解明できない限り、完全にビチュテの中に星の花が戻ることはない。
よほど腕のいい精霊術師か、もしくはこれをやったのは星の聖者か聖女ということになる。でなければ星の聖者であるビチュテに解術できないわけがない。
ビチュテは南の紛争地域で傭兵として生き残りつつ、母国にいる協力者の力を頼りに時が来るのを待っていた。
聖星国ダネトでは、当時星の聖女ラエリーネと言われていた姉は、今や星の大聖女と言われるようになっていた。精霊術師達を癒し、聖星国ダネトを覆う巨大な結界を張ることの出来る星の花アジファラを持つ大聖女。
そしてそんな稀有な女性を守った四人の英雄達。
ラエリーネの婚約者だったウォルオ・エルレファーニ公爵子息は、現在家督を継いでエルレファーニ公爵となり、ラエリーネと婚姻を結び子供が一人生まれている。
ギノル・スピゾ司教は精霊術師達を率いてビチュテ討伐に参戦し、聖女ラエリーネを守りつつ回復と治療を指揮した。現在は大司教となり神殿の業務を一手に引き受けている。
ラエリーネの護衛騎士だったイデェ・ドゥアルは、聖女ラエリーネを最後まで守りビチュテを捕えようと活躍。現在はアルエンツと共に周辺国との抗争に駆けずり回っている。
同級生だったアルエンツ・リデヌは、まだ学生ながら王家を守護する王宮騎士団に所属し、独自の部隊を作って聖星国ダネトの剣となっている。副隊長にイデェ・ドゥアルが就いて、二人は大聖女を守った英雄として各地で人気が高い。
アルエンツの部隊は王宮騎士団の一部隊でありながらも、国王陛下から特別に独自権を与えられている。裁判を行わなくても刑を執行出来るだとか、国王陛下の許可なしに陛下の名で各地領主へ命令出来るだとか。
いくら英雄とはいえただの侯爵家の三男に与えられるにしては、その権利は大きい。噂では国王陛下から密命を受けているのではと囁かれている。
この紛争地域にいて他国の情勢を知れるのは、偏に聖星国ダネトの首都フィネダスにいる協力者のおかげだ。
あの人がいなければビチュテは無事に国を逃れることは出来なかっただろう。
ビチュテは偽名でナサナと名乗り生きてきた。
傭兵ナサナ。それが今のビチュテだ。ナイフと銃を使う精霊術師として名前が知られてきている。
ナサナは母の名前がミフェンゼ・ナサナだから、そこからとった。
星の花アジファラをもつ人間は聖星国ダネトだけに生まれるわけではない。国籍なんか関係なく生まれるが、その特性はどこに行っても変わらないので、どの国でも星の花をもつ人間を欲しがるが、国によってその扱いは変わってくる。聖星国ダネトのように国の象徴として大事にする所もあれば、奴隷のようにこき使う国もある。
だからビチュテは見つからないように右腕に包帯を巻き、耐熱性の手袋を常につけていた。そして精霊術でさらに上から保護をかけている。
ここまでやれば誰にも見つからないだろう。
そうやってビチュテはこの紛争地域で三年間生きてきた。
ここには名も無き土地が多く、戦闘を生業にする集団が沢山存在する。そこに名前を登録し、連絡用の通信機で連絡を受けて仕事をする。通信機は自前だ。そうしないといちいち請負所に聞きに行かなければならない。ビチュテの中に生まれた第二の人格が、なんとも不便だとよく文句を言っている。言葉が聞こえるわけではないが、そう感じるのだ。前の自分がいた所にも似たような道具があったらしいが、もっと多様性に長けた素晴らしい通信機があったらしい。
報酬の達成は登録証として渡されているバッチで感知するらしく、終了後に現金を受け取りに行くと渡される。ここでも銀行口座ないのかよっ!と心がつっ込んでいた。
主な仕事は対象物の護衛。それが人になれば報酬が高くなる。戦闘が入ればもっと高くなる。誰でもやれる仕事は大きな戦争だ。大量に兵士が必要になるからすぐに起用されるが、その代わり命の危険は大きい。
今回傭兵ナサナが受けたのはチームリーダーの補助だった。戦闘に入れば一緒に戦うし、リーダーの護衛も兼ねる。若い傭兵でも名前が上がってきたナサナだから指名された。
リーダー……。そうだ、リーダーはどうしたんだろう?あの時、砲弾が落ちてきて、隊はほぼ壊滅状態になった。
約二ヶ月間一緒にいた人達だ。
傭兵をしていると長く同じ人達といることは少なく、特にビチュテは単独依頼が多い。珍しく複数依頼で同じように雇われた傭兵が多かった。
急な奇襲で逃げ場がなく、応戦が開始されて一週間逃げ惑う羽目になった。雇い主は別軍で逃げてもらい、ビチュテの方はリーダーと共に囮になった。援軍を要請しても来ないとリーダーが言い、兎に角自軍まで逃げようとチームリーダーを護衛していたのだがやられてしまった。
最後に呪いでも掛けて殺してやろうと思ったのに…。
そこまで考えて、自分が生きていることに疑問が湧く。
あの時空気が変わった。死の色が濃くなった大気に新しい流れが生まれたのを感じた。見えはしなかったが、生き残った人達の安堵の息が聞こえてきた。
ーーービチュテっっ!ーーー
聞き覚えのある声だった。
……………そんなはずは、ない。呪いの精霊術師ビチュテは聖星国ダネトでは死んだことになっている。
聖星国ダネトはビチュテを死んだことにして、ラエリーネを大聖女とし、ウォルオ・エルレファーニ、ギノル・スピゾ、イデェ・ドゥアル、アルエンツ・リデヌの四人を国の英雄として祭り上げた。
だが星殿は未だにビチュテを捜索している。死んだことにしたくせに、ビチュテが必要な理由は、ビチュテの星の花アジファラが必要なのだろうと考えている。
ビチュテを星の聖者として容認しようという意味ではないだろう。ビチュテは大規模に呪いの精霊術師として名前と顔が知れ渡った。こんな紛争地帯だからこそ生きていける。
では何故星殿がビチュテを探すのかというと、大聖女ラエリーネの為だろうか?
ビチュテとラエリーネは精霊術で星の花が繋がっている。ビチュテが死ねばラエリーネの星の花が消えてしまうのかどうかは分からないが、より強い星の花をラエリーネに与えようと思った時、罪人であるビチュテの星の花こそ好き勝手にできると考えてやいないだろうか。
星の花を他人に移す精霊術は、ラディニ伯爵しか知らないと思っていたが、ビチュテが星殿に捕えられている時、司教達が精霊術でビチュテの右腕を調べていた。もしかしたらその精霊術に気付いていた可能性を後から考えて思い立った。
そんな精霊術を使ったラディニ伯爵を罰するのではなく、星殿もそれを受け入れたのだとしたら?
協力者に調べて貰おうかとも思ったが、規制が厳しく星殿内部が探れないと言っていた。あの人の立場も悪くなるだろうから、あまり無理も言えない。
もし、今回星殿がビチュテの居場所を探し出し、ここまで捜索隊を出したのだとしたら?
そこまで考えてビチュテはパッと目を開けた。
「ここは……?」
多分どこかの宿だ。ビチュテ達が最後にいた場所からそう遠くはない。紛争地域の中ではあるが、人々がより集まり町になった場所で、物資を調達したり休憩したりと、傭兵達の中継地点になっている。
安全な場所というわけでもないが、最後にいた場所よりは安全だ。向かおうとしていた味方の陣営にも近い。
起き上がり身を乗り出して窓の外を観察し、ここが何処なのかを理解した。高い建物の上階で、眼下には無秩序に建てられた建物の屋根が並んでいる。建物と建物の間を人が行き交い、ボロ臭い町なのに人が多い。町の外は鬱蒼とした原生林の森が見える。
ビチュテの身体は包帯だらけだったが、右手の手袋は外してなかった。ビチュテの精霊術が掛かっているので外せなかったのだろう。
精霊術師の中には治癒を行える者もいるが、この地域にはいない為、普通の治療をしてくれたようだ。
おそらくここら辺でも丈夫な造りの宿の中。高い建物はあまりなく、五階までが最高だったので、見当がつく宿は一つしかないのだが、どうやらその宿の五階にいるらしい。窓の外の高さからそう判断した。
ここら辺では一番いい宿ということになる。
そんな所に何故罪人を寝かせているのだろう?
上半身には何も着ていない。流石に下はズボンを履いていたが、綺麗なズボンを履かせられていた。
身体も清められている?
ベットから降りようとしてチャラ…と音がした。自分の足を見る。
「………………。」
足首に、鎖?
極細の鎖だが、精霊術師が作った物だ。この足枷をつけられた者は精霊術が使えなくなるという代物だった。足が痛まないようになのか、足首には包帯が巻いてある。いや、包帯かと思ったら包帯のように細長い布のようだ。しかもシルク製かなと思わせる滑らかな肌触りに、銀糸で刺繍までしてある。
………包帯で良くない?
内心汗をかきつつビチュテは溜息を吐いて床に足をつけた。
足首の鎖はベッドの足に繋がっていたが、ベッドの足を壊す勢いで引っ張ってみたもビクともしない。
この状況がよくわからない。
逃げないようにしてあるが、待遇がいい。いったいビチュテをどうするつもりなのか理解できない。
立ち上がるとフラリと眩暈がした。身体中の傷が痛い。戦闘中は攻撃と仲間の補佐までやっていて自分の面倒まで見れなかった。おかげでこのザマだ。
何日寝ていたのだろう?
出血は止まり、動いても傷が開かないところをみると、何日か寝ていたのかもしれない。
よくよく見れば、ズボンも高級そうだ。こんなズボン、ラディニ伯爵家にとって重要なパーティーでもない限り着ることはないというくらい良い生地だ。しかし作りからみて寝巻きっぽい。こんな高級な素材の寝巻きなんて着たことがない。
「???」
逃げる?逃げた方が良い?
なんとなく不安だ。待遇から助けてもらったような気もするが、良くない不安が押し寄せる。何よりこの足枷が気になる。
考え込んでいるとガチャと部屋の扉が開いた。
部屋もいい部屋なのでそこそこ広い。いつも使う中級程度の宿とは大違いだ。
入ってきた人物はビチュテと目が合って固まった。まだ寝ていると思ったのだろう。
明るい赤毛に琥珀の瞳が懐かしい。お互い最後は十五歳だったので、三年経った今では成長し雰囲気も変わっている。
アルエンツは男らしく凛々しい顔立ちだったが、子供らしさが抜けてハンサムになった。元々体躯も大きく均整のとれた惚れ惚れするような見た目だったのだ。
正直な感想、カッコよくなったなと思った。まだ学生というのが信じられないくらい雰囲気もしっかりしている。燃えるような赤毛は後ろだけ長く伸ばしていた。
なんとなく疲れた感じが若さを感じさせないのだろうか。目の下に隈ができている。
でもなんで扉の前でいつまでも固まってるんだろう?目が合い対面したはいいが、どうしたらいいのか分からずビチュテも固まってしまった。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「……………なぜ?」
ビチュテはいろいろと尋ねたかったが、久しぶりすぎて質問がまとまらず、たった一言に凝縮された。
「なぜ…?」
アルエンツが聞き返すので、ビチュテはコクンと頷く。
だってそうだろう。
助けてくれたのはアルエンツだと思う。最後に気を失う時、確かにアルエンツがビチュテの名前を呼ぶのを聞いた。
「俺の方こそ聞きたい。」
アルエンツの目がギロッとビチュテを睨みつける。そー言えばアルエンツは学校へ通っている時からビチュテには冷たかった奴だった。
何かと突っかかってくるし、対抗したがって、ビチュテは困りつつも相手はラディニ伯爵家よりも高位貴族の子息なので受けていた。
ツカツカと歩いてくるアルエンツに、ビチュテは接近戦の構えを取る。武器もないし手負だが、簡単にやられるつもりはない。
アルエンツはそんなビチュテを見て、一瞬動きを止めたが、また近寄ってきた。
なんでそんなに無造作に?
アルエンツはなんの構えもしていないし、武器も持っていなさそうだ。
「ビチュテ……。」
アルエンツが少し微笑んだ。
「??」
構えていたビチュテは動揺する。アルエンツに微笑まれたことなんていつぶり?多分、学校の授業でビチュテの右腕に枯れた星の花があると知られた時あたりから険悪になったから、その前くらい?
動揺したビチュテを見て、アルエンツはサッと動いた。
ビチュテの身体がヒョイと持ち上がる。
「…………っ!?」
ビチュテはお姫様抱っこで持ち上げられていた。
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