処刑から逃げた呪いの精霊術師は追いかけてきた英雄から逃げ出したい

黄金 

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12 アルエンツの過去・展望台のあの子

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 アルエンツはリデヌ侯爵家の三男として生まれた。
 リデヌ侯爵家は騎士を多く輩出する家系だが、絶対に精霊術を使わないというわけではない。精霊術によって補助効果はつけるし、治癒なども精霊術に頼っている。ただ攻撃の要が武器になるというだけの話だ。
 完全に精霊術頼みの攻撃では、接近戦に不利であり、身体を鍛えておかねば精霊術を使用しすぎて穢れに侵された時、すぐに倒れて戦力にならない。その為身体を鍛えて剣や斧、槍などの武術を身につけるようにしている。
 武器に精霊術を纏わせれば攻撃威力も高まるし、長く戦場を駆けることも出来る。その考えからリデヌ侯爵家は武器を要に戦う騎士を貫いた。
 
 リデヌ侯爵家三男アルエンツ・リデヌも幼い頃から剣を片手に育ってきた。
 精霊術はあくまで補助。
 そう教わり物心つく前から鍛錬に参加している。
 長男アルノーデと次男アルアオも同じように育ってきたので、アルエンツは幼い頃から剣を持つことに抵抗がなかったし当たり前だと思っていた。
 それでも兄達と同じ鍛錬内容は辛い。
 周りは年齢差など考えずに教育してくるものだから、アルエンツは毎日ヘトヘトだった。
 これについてこれているのは、生まれながらの体格の良さと才能に恵まれていたからにすぎない。そしてアルエンツは意地が強く根性が据わっていた。
 
 その日はアルエンツが八歳の時だった。
 自分がどんな家に生まれ、何の為に鍛えているのか、なんとなく分かってきた頃だった。
 兄弟で模擬戦をするように言われ、アルエンツはコテンパンにやられてしまった。年齢差があるのだ。負けて当たり前なのだが、とても悲しかった。
 勿論一番上の長兄アルノーデが勝ったのだが、アルエンツは誉めて貰えなかった。
 身長も体格もかなり差がある。それでも負けは負けなのだと大人達は相手にしてくれない。
 身体中は痛いし、剣を打ち合った時に右手を狙われて、打たれたところがまだビリビリとしていた。ここで泣いたらすぐに医者のところに運ばれるのだろうが、アルエンツは泣いて縋るなんてしたくなかった。悔し涙も流したくない。
 今日の鍛錬は終了だと言われて、アルエンツは部屋に戻るふりをして屋敷から抜け出した。
 ムスッとしながらフラフラと歩いていると、空が一気に暗くなってきた。空を見上げると黒くて厚い雲が低く垂れ込めている。
 今日の試合のことや、大人達の冷たい態度を思い返しているうちに、アルエンツは町の展望台まで来たらしい。
 初めて来たわけではないが、ここは登ってくるのに長い階段や急な坂などがあり人気がない。気軽に遊びに来るところではなかったので久しぶりに登ってきた。
 帰ろうかな…。
 そう思った時、ドッと雨が降り出した。痛くなるような大粒の雨だ。
 走って帰るか、雨宿りするべきか。
 屋敷にいる家族はアルエンツが自分の部屋に戻って休んでいると思っているだろうから、探しに来るにはまだまだ先だろうと思う。
 今日はついていない日なんだ。
 そう思って気落ちした時、展望台の手摺のそばに小さな人影が立っていることに気付いた。アルエンツのようにこんな所に来る子供がいた。
 誰だろうか。町の子?
 その子はアルエンツよりも身体が小さかった。雨が酷くまだ夕方なのに空が暗い所為でよく見えない。
 その子は両手をあげて何かを言っていた。

『?』
 
 何をしてるんだろうか。
 アルエンツは興味を引かれてその子のそばに近付いてみた。

『………て、……………て、会いたいっ。』

 歌うようにその子は何かを喋っていた。
 手を空に広げ、びしょ濡れになりながら必死に何かを空に向かって言っている。
 アルエンツはその様子を黙って見ていた。声を掛けてはいけない気がした。その子の周りは何かが違う気がしたからだ。
 アルエンツには上から打ちつけてくる雨も、その子の周りの雨粒はぐるぐると宙を舞って落下しようとしていない。
 雨粒と雨粒が繋がり伸びたり縮んだりしながらその子の周りを回っている。
 精霊術?
 それにしては呪文もデタラメだし精霊に訴えかける為の術式を描いた陣もない。その子はただ喋っているだけだ。
 暫くその子は手を広げて何かを待っていたが、やがて諦めて手を下ろした。しょぼんと肩が落ちるのと同時に宙を舞っていた雨もバシャアと落ちる。
 アルエンツは目の前の現象をどう捉えていいのか分からなかった。
 声を掛けるかどうか迷ったが、結局アルエンツは声を掛けてみることにした。

『ねぇ、何してるんだ?』

 小さな肩がビクゥと跳ねる。

『!!!…え?わっ、えっと、えっと……。』

 その子は振り返りオドオドと指を交差させた。
 びしょ濡れのマントを頭からスッポリと着込んで顔は見えない。アルエンツより小さいのだけは分かった。

『何してるんだ?』

 もう一度尋ね返すと、その子はギュウとマントを握って口を開いた。

『……練習……。』

『練習?精霊術の?それならちゃんと術式を組んで書かないと。それに供物は?』

『あ…………。』

 その子はアルエンツに指摘されてゴシゴシと頬を手の甲で擦った。
 その仕草で泣いていたのだと知る。涙を供物にしていたのだ。そう気付いてあまりキツく言ってはいけないと思った。
 この子何歳だろう?
 もっと喋り掛けたかったが雨の音で話し掛けづらかった。
 名前は?歳は?どこの子?よくここにはくるの?
 手を伸ばすとその子は素直に手を握ってきた。

『ちっさい……。』

 アルエンツの声は雨音でかき消される。
 今度、一緒に遊ぶ?
 精霊術ならアルエンツも習っている最中だ。平民の子達はあまり精霊術を習う機会がないと聞いている。もし習いたくても習えないっていうなら……。
 そう聞きたいが雨が邪魔だった。
 
 ザァァァァアアアーーーーー……。
 
 仕方ない。下に行けば雨がもう少し止むか屋根がある所があるはず。
 アルエンツはその子の手を引いて階段を降りることにした。
 よくこんな小さな足で登って来たなと思えるほどに後ろの子は足が遅い。
 大丈夫かなとチラチラ後ろをついてくる子を見つつも、アルエンツはなんでこんな所に一人でいたのかが気になった。
 一番下まで漸く辿り着いたが、まだまだ雨は止みそうにない。
 アルエンツは木の下のベンチにその子を連れて行った。雷が鳴っているなら危ないかもしれないが、ただ雨が激しいだけ。ここのベンチならこの大きな木が屋根の代わりをしてくれる。
 木の葉に当たる雨音で更に喋りにくくなったが、雨には当たらなくなった。
 大丈夫だったかなと連れて来た子を見ると、その子もアルエンツもびしょ濡れだった。アルエンツは訓練着のままブラウスにズボンという格好をしているが、目の前の子は頭からスッポリとマントを被り、髪の毛も見えない程に顔を隠している。
 顔……出さないのかな?
 今日はそう寒い日ではないが、なんでこんなマントを着ているのだろう。
 
『寒い…?』

 声を掛けてみたが、その子は首を傾げた。酷い雨音で聞こえていないのかもしれない。
 元々黒い雨雲の所為で暗くなっていた外が、時間と共にだいぶん真っ暗になりつつある。
 もう急いで帰らないと。
 町並みも空も暗闇が増えてくる。もう時期本当に真っ暗になり帰るのが難しくなるだろう。アルエンツはこれでも体術にも自信があるので走って帰り着けると思っているが、この子はどうだろう?
 アルエンツが家についてってあげようかと思っていると、小さな手がアルエンツの手を握った。

『え…?』

 何だろう?
 いや、それよりもさっきより手が冷たい。身体が冷えているのだ。早く家に帰してあげないと!
 だがその子はアルエンツの心配をよそに、そっと抱きしめてきた。

『え、えぇ??』

 アルエンツの肩のあたりに近付いた小さな口から、流れるような言葉が紡がれる。

『……………えっと……、運んで、優しき精霊達よ、我が身を癒して。』

 か細く高い声が耳に届く。アルエンツの身体をフワリと優しい風が吹いた。
 治癒だ!しかもこれって…!
 アルエンツはリデヌ侯爵家の子供なので、鍛錬で身体に溜まりすぎた穢れを星殿に在籍する星の聖者達に癒してもらったことがある。まだ子供なので力加減が分からず倒れたのだが、その時受けた治癒に似ていた。
 呪文に我が身って言うのは違うんじゃないかと思ったが、この子の意思のままに精霊はアルエンツを癒してしまった。
 アルエンツの治癒が終わると、その子はそっと身体を離した。その時マントから出た右腕が見える。
 星!星の花……!
 小さな星の花が三つ見えた。だが薄暗い所為で形や色がはっきり見えない。街灯がある場所で雨宿りをするんだったと後悔した。ここにはベンチはあっても街灯がなかった。
 その子はアルエンツの怪我が治ったのを確認すると、口元が笑った。目元は濡れたマントのフードが重く隠して見えない。

『ありがとう。』

 小さな口がそう動いた。

 ザァァァァアアアーー………。

『ま、待ってっ……!』

 名前を教えてっと叫ぶが、その子は暗闇の中に走って行ってしまった。追いかけたのに追いつけない。
 ハッと気付いた。あの子は星の花を持っているのだから、精霊術に長けていたのだ。精霊術を使って帰ったに違いない。
 そう気付いてアルエンツはあの子を追いかけるのを諦めて自分の屋敷に帰った。
 真っ暗な中雨に濡れて帰ると、屋敷の外ではアルエンツを探しに行こうと騎士達がバタバタと慌てて準備をしている最中だった。
 アルエンツは酷く怒られてしまったが、今日兄達に負けたことなんてすっかりどうでも良くなっていた。



 数日ぶりに幼馴染のイデェが遊びにきた。

『脱走して怒られたって聞いたよ~。』

 イデェはドゥアル伯爵家の次男で、アルエンツとは同じ歳の幼馴染だった。同じ首都の中に屋敷があるのでよく遊びに来るのだが、最近イデェは星殿にお勤めに行かなければならないと行って来ていなかった。
 イデェの家であるドゥアル伯爵家は信心深く、星殿へ毎年寄付をしているような家だ。長男は嫡男として後継教育を受けているが、次男から下は星殿へのお勤めに行かせられるのだと文句を言っていた。
 次男であるイデェは家督を継がない場合は星殿へ就職まっしぐらなんだと嫌そうにしていた。

『脱走じゃない。いつの間にか出てただけだ。』

 それを脱走と言うんだとイデェに揶揄われる。
 町で暗くなるまで何をしていたのかと聞かれて、アルエンツはあの日のことを教えた。

『家族にも教えたの?』

 イデェはその子を両親に探して貰えばと言った。

『それが星の花を持つ人はそう簡単に星殿は教えてくれないんだって。』

 星殿に所属する星の聖者や聖女は、皆生地の厚い綺麗な刺繍や飾りがついた白装束を着ている。長袖に足首まであるズルズルとした服だ。聖者や聖女によっては自分の星の花を強調する為に肌を出す人もいるらしいが、子供であるアルエンツが会えるのはキッチリ肌を隠すように着込んだ聖者達だけだった。
 だから両親に右腕に小さな星の花が三つある子を探してとお願いした。しかしそれは無理だと言われてしまったのだ。
 まず子供の星の聖者達は星殿が秘匿してしまう。公表されているのは成人した星の聖者達だけだった。
 子供のうちに公表するかはその子が生まれた家に任せられているが、公表するのは家の威信をひけらかしたい貴族家くらいだった。護衛をつけられるくらい裕福でないと自分の家に星の聖者や聖女がいるとはなかなか言えない。攫われる危険性があるので、守る自信がない平民などは、星の花をもつ赤子が生まれると星殿に引き渡してしまうことが多かった。
 星殿は教えてくれないだろうと言われてしまった。
 
『じゃあ、今はまだ見習いだけど、アルエンツが学校に行く頃には正式に星殿勤めが決まるだろうから、その時に探ってみるよ。』

 そうイデェは申し出た。
 若草色の瞳がニッと笑う。イデェは顔立ちこそ優し気だが、これでなかなか狡賢い性格をしている。きっと探し出してくれるだろう。

 そんなイデェが情報を掴んだのはそれから一年ほど経った頃だった。
 
『ルエルン・ラスイレンって子爵家の子が右腕に星の花があるらしいよ。歳は同じだって。星殿じゃなくて貴族家の子供が通う精霊術の学校に通うらしいよ。』

『本当か!?ルエルン・ラスイレンだな。聞いてみる。』

『アルエンツは騎士学校に行くのか?』

『いや、精霊術の学校。』
 
 ええ!?とイデェは驚いた。リデヌ侯爵家は騎士の家だ。上の兄達も騎士学校に行ったはずなのに、親から反対されなかったのかと心配した。

『もう言ってある。星の花を持つ人を探すなら星殿か精霊術の学校だろうけど、ウチの家は星殿とあんまり仲が良くないしさ。だから精霊術の学校に行くつもりだった。』

 聖星国ダネトは星殿を持ち上げる派閥と、王家を推す派閥とになんとなく別れている。争うわけではないが、仲が良いわけでもなかった。
 リデヌ侯爵家は完全に王家側なので、星殿に子供を入れるのは流石に心配だと言われてしまった。待遇が悪いのは目に見えていると言われてしまい、じゃあ精霊術を学びに行くと譲歩したのだ。両親は渋々了承してくれた。

 そしてアルエンツは精霊術の学校に入り、真っ直ぐにルエルン・ラスイレンに話し掛けた。
 ルエルンは赤い顔をして右腕の星の花を見せてくれた。本当は他人に簡単に見せてはいけないと言われているのだと言ったが、誰もいない庭園に移動して袖をまくってくれた。あの日大雨だし薄暗くてよく見えなかったが、右腕の手首の上には小さな星の花が三つ咲いていた。
 見つけた!
 内心大喜びしたが、念の為にとアルエンツはルエルンに質問した。

『八歳の時に展望台で会ったことあるんだけど、覚えてるか?』

『展望台……?』

 ルエルンは不思議そうにしたが、オズオズと頷いた。
 あるんだ!

『良かった!忘れてるかと思ってドキドキした。あの後無事に帰れたのか?雨が酷かったから心配だったんだ。』

『ぁ……うん、大丈夫。帰れたよ。』

 ニコリとルエルンは微笑んだ。
 ルエルンは細身だ。どこか頼りなく守ってあげなければと思った。あの時会った通りの印象のままだった。

『これからよろしくな。』

『うん。』
 
 ようやく会えたあの子に、アルエンツは喜んでいたが、ルエルンの笑顔は少し引き攣っていた。








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