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27 混乱する星殿
しおりを挟む首都フィネダスにはここ数年で高い建物が増えてきた。レンガや切り出した石ではなく、加工し固めた石材と金属で建てられた高層建築物だ。
星殿は造り替えることなく古臭い石造りの建物なのだが、ステンドグラスや石柱の彫刻など、歴史的な価値を評価する者は多い。
アルエンツは星殿の外にある住居用高層建築物の上にいた。落下防止用の手摺に長い銃身を乗せ、三脚と自分の身体で固定し一発撃ち込む。
減音器付きなので銃声は軽減されてはいるが、それでも煩い。下は住居だが構うものかとアルエンツは撃った。
標的はウォルオ・エルレファーニだが、あれでも公爵なので足元を狙う。ついでに弾が弾けて公爵に当たればいいのに。
ガシャ、カシャンとボトルハンドルを動かし弾を装填して光学照準器を覗いた。
ビチュテに追い縋ろうとする公爵がスコープの中に見え、サッと足元を狙い息を止めてもう一度トリガーを引いて撃った。狙い通り公爵の手前の足元が弾ける。
「お~、巧いもんだ。」
後ろで耳を押さえて双眼鏡片手に見ていたイデェが褒めた。アルエンツもイデェもゴーグルと耳当てをつけているが、着ている服は貴族らしい礼装だ。
「……………この距離で外すわけないだろ。」
今使った弾丸は精霊術師用に作られた聖星石が混ざった弾丸だ。製造は普通の工程で作られたメーカー品だが、効果は貫通という精霊術の結界や防御を無効化する効果がついている。それにアルエンツの闇の精霊術も重ね掛けして撃った。
現在の星殿の結界は大聖女ラエリーネが張ったもので、それなりの威力がないと貫通出来ない。
「私は銃は苦手だからねぇ。」
イデェが話しかける間も、アルエンツは弾がなくなるまで打ち続けている。
「死ね。」
「殺したらダメだよ~。そろそろ殿下が星殿に向かうだろうから行こう。」
アルエンツは王太子殿下の命令で待機していた。ここに来たのはビチュテが心配で覗いていただけだったが、ついでに援護射撃をした。
下に降りるとユジヒル・ヴィザル・ラグンデリーン王太子殿下が車に乗って待っていた。ヒラリとアルエンツに向かって手を振っている。
「発砲の許可は出していないんだけどね?折角の服が硝煙臭くなってしまうよ。」
「………だったら俺に星殿に乗り込む許可を下さい。」
ユジヒルは苦笑して肩を竦めてみせた。
アルエンツとイデェも一緒に車に乗り込み、車は朝の静けさの中走り出す。
車内にはユジヒル王太子の他にアルエンツのすぐ上の兄であるアルアオも乗っていた。
首都フィネダスにあったネバル商会の転送装置が壊された為、アルエンツ達は王宮内にある王家所有の転送装置に転送してきた。部下達は車と共に戻るよう指示している。
傭兵を雇いアルエンツの部隊を襲った依頼主が、ネバル商会の商会長ラキン・ネバネットだと知り、それを王太子に報告したら、星殿が何か企んでいるようなので探る為にビチュテ達を先に転送するよう指示された。
それではアルエンツがビチュテを守れないと拒否したが、王家の方で密かに護衛をつけると言うので渋々了承した。
おかげで今まで一枚岩かと思っていた星殿とウォルオ・エルレファーニ公爵がビチュテを巡って割れるのを確認出来た。
本来の計画では、星殿がビチュテを連れ去り枢機卿が出て来たところにユジヒル王太子が星殿へ押しかけ対面する予定だった。
枢機卿は滅多に表に現れない。何度面談を申し込んでも応じなかった。王家に対して不遜な態度だが、星殿は聖星国ダネトに属する存在ではない。共に歩み発展してきた仲ではあるが、王家が命令できる立場でもなかった。
近頃大聖女ラエリーネを象徴として民衆や貴族にも支持され力をつけてきた星殿は、王家にとって邪魔になりつつある。
これ以上聖星国ダネトの中で権力を持たれては困るのだ。
だからこそビチュテを探し出し、星殿の弱点を調べた。ビチュテの話は王家にとってとても重要な話であり、事実であれば大聖女の力を失わせ星殿の悪事を暴くことによって、王家が大きく権力を取り戻す切り札となる。
ただアルエンツに星殿へ乗り込む許可を出すわけにはいかない。
「許可は出来ないよ。君が星殿を攻撃しようものなら、王家と星殿の内戦が起きかねない。それに星殿の権力の弱体化は望むが、失くしたいわけではないからね。」
星殿には星の花を持つ聖者と聖女を保護し、精霊術師の教育と管理を今まで通り任せたい。
精霊術師達にとっても、民衆にとっても、星殿とは尊い信仰の対象となっている。
いくら星殿が悪事を働いたと言って粛清したとしても、粛清を行なった王家がどう受け取られるだろうと考えた時、それは良いものではないという結論に達する。
ユジヒルにとってはどうでも良い信仰だが、人とは時にその信仰心がなくては生きていけない時もある。一時期は星殿とは違う信仰対象でも作ってみようかと思ったが、長い年月を掛けて培われた信仰はそう簡単には失われないだろうと思い直した。だから今ある星殿の権力を削ぐことにした。そして王家の足元にひれ伏させよう。
それがユジヒルの考えだ。
アルエンツはユジヒルにとって良い手足なのだが、少々優秀すぎる。しかし権力欲があまりないのが救いだ。忠誠心も薄いが、ビチュテという人間への執着心を利用出来ると考え手駒にすることにした。
兄である護衛騎士アルアオ・リデヌが言うには、かなり前からビチュテを探していたらしく、気付いたらあの状態だったらしい。
「精霊術師の育成なら学校だけでも充分なのでは?」
「ずっと学生でいるわけではないからね。それに星殿の役割は精霊術師が他国に出て行かないようにする為に存在している。」
精霊術師が成人を迎えた時、星殿に届出を出すようにしている。それは王家が保管する戸籍と紐付けされ、精霊術師の居場所は星殿と王家に分かるようにする為だ。
その紐付けは星殿で精霊術を使って行われる為、必ず十八歳になっているビチュテを星殿の所属に加えるよう動くと睨んでいた。
ビチュテの星の花は強い。簡単な精霊術では破ってしまうだろうから、枢機卿が直接出てくる可能性が高かった。
本当なら首都フィネダスに転送された時点ですぐに星殿へ連れて行き紐付けするつもりだったのだろうが、ウォルオ・エルレファーニ公爵が裏切って連れ去ってしまった為、明け方に公爵とビチュテは呼び出されたとの報告が入った。おかげで少し時間の余裕は出来たといえる。
「いいかな?星殿を失くしたいわけじゃない。」
念を押したユジヒル王太子殿下に、アルエンツはフンと鼻を鳴らして頷いた。
すぐに到着し、星殿の門をくぐり正面入り口の前で車を停車させたが、本来なら迎えに出て来るはずの星殿関係者が出てこない。
「…………良い具合に混乱して楽しそうじゃないか。」
星殿内部から争う音が響いている。ここで止められる可能性もあったのだが、星殿はそれどころではなくなっているらしい。
アルアオがドアを開けユジヒルが出ると、先にアルエンツとイデェが降りて歩き出した。
「ふむ、真っ直ぐ祈りの間に行こうか。」
ユジヒルがアルエンツに声を掛けると、アルエンツはチラリと振り返って頷いた。アルエンツにはやってもらいたいことがあった。
「エルレファーニ公爵がそこら辺にいるはずだ!適当に近寄れないよう阻んでおけ。」
アルエンツは連れてきた部下に命じていた。
警戒して歩く二人の後を歩きながら、ユジヒルとアルアオは小さく声を顰めて話す。
「殿下、申し訳ありません。」
アルエンツの不遜な態度を謝るアルアオに、ユジヒルは手をヒラリと振る。
「構わないさ。彼が私に従う限りはそれくらい許そうじゃないか。これが済めばそれなりの地位をつけて手元に置いておきたいくらいさ。」
「……爵位を与えるのですか?」
「出来ればね。その前に兄に与えるべきかな?」
「俺は要りません。」
リデヌ侯爵家の方でもアルアオには爵位を与える準備がある。なので王家から爵位を与えてもらう必要はない。
三男であるアルエンツについては、リデヌ侯爵家で何かを決める前にユジヒル王太子殿下から騎士の称号を直接与えられてしまった為、まだ具体的に何も決まっていなかった。
アルエンツは良い意味で異端児だった。
「弟にも断られないことを祈るよ。」
四人は出迎えがないことをいいことに、星殿の中へと入って行った。
ナツは星殿とやらの騎士に連れられて古臭い寺院みたいなところに連れてこられた。
転送装置で聖星国ダネトという国に行くのだと聞いていたが、部屋から出ろと言われて出たら大人がいっぱいいた。鎧を着て武装した姿にナツは驚き逃げようとしたのだが、すぐに腕を掴まれて外に連れ出されてしまった。
次に来るはずのナサナを待たなくていいのだろうか。なんで何も言わないんだろうと不安になる。
チラリとテチーオ達二人の姿が見えたが、全員別々の馬車に乗せられ、ナツは無言で連れて来られて、出迎えた人間に漸くここが星殿なのだと教えられた。
星殿は石造りの豪華な建物だった。大きくてあちこちに凝った石像があるし、階段は意味不明に長い。しかも夜更けなので真っ暗だ。お年寄りには登れないぞっ!とナツは思いながら階段をあがっていった。
「まだ子供ですから登録は出来ませんね。暫くはここで過ごし様子を見ることになるでしょう。」
そう告げた人はお父さんよりも歳上の女の人だった。
「お父さんはいつ来るの?」
「ああ、親子でしたね。お父様は登録が済んだら会えますよ。」
女性はにっこりと笑うが、なんだか好きになれなかった。とりあえずナツが頷いておくと、女性は今夜はこの部屋で寝るようにと言って出て行ってしまった。
「………お腹すいた。」
着いたらご飯出るって言ったのに。お城だからご馳走かもってお父さんと話してたのに。
グゥとお腹の音が響く。
ナツはくりくりと頭を動かして考えた。
行くのはお城だって言ってた。だけど来たのはビチュテを虐めた星殿って所だ。
「つまり!俺は連れ去られた!」
ナツは状況を理解した。
「ということは暴れてもいいってこと~!」
そして早々と決断した。
さっきの人の話を聞く限り、お父さんもここに連れて来られると言うことだろう。ナサナも馬車に乗せられていたので、ナサナもここに来るかもしれない。
そう判断してナツは部屋から出た。
出るとすぐに鎧を着た男の人がドアの横に立っていて目があった。お互いあっ!と目を見開く。
「こんばんはっ!」
ナツは人懐っこく挨拶をした。
「ああ、こんばんは。部屋から出たらダメだよ。」
まだ若い人だ。ナツを見張るよう言われたのかもしれない。なんだか見た目良い人そうだけど、人は見た目では判断出来ない。そういう所でナツは生きてきた。
だからナツは迷わず精霊を呼ぶ。
「おいでー、おいでー、ここは臭いから良い匂いを作っちゃおう!」
あはは、とナツは楽しそうに子供らしく笑った。その笑顔に見張りの兵士は困惑しつつも釣られて笑った。
狭くて暗い廊下にフワリと芳しい匂いが漂い始める。
「………?」
なんで花の香りが?
兵士は怪訝に思った。ここは宿舎として使われている場所で、来客の多い表側ではないので花を飾ることはない。
それなのに良い匂いがする。いつまでも嗅いでいたいような、喉の奥に溜まり頭にジンとくる匂いだ。
部屋から出てきた少年が何か言っているが、よく分からない。この子を見張っているよう命じられたのに、頭が回らない。
目が回り眠たくなってくる。
「………そう。お兄さんは何も知らないんだね。」
黄色い瞳が残念と言っていた。答えてあげられなかった自分が腹立たしい。
「仕方ないよね。下っ端ってそんなもんだもん。いっか!自分で探すよ。」
ニコリと笑った少年の笑顔に安堵した。
「おやすみ、お兄さん。起きた時には忘れててね。」
グワンと匂いが増す。身体中がその匂いに包まれて幸せな気持ちになった。目を瞑ると少年と遊ぶ夢をみる。野原に咲く花の中を手を繋いで走った。
少年の顔は見えない。笑う口元がわかるだけ。
この子はいったい誰なんだろう……?
「それじゃあね。」
ナツは兵士に質問したが、大したことは知らなかった。自分で聞いて回るのが早そうだ。
床に横たわり寝てしまった兵士を置いて、ナツは建物の中央に向かって走り出した。
出会い頭に精霊術で全員眠らせ、片っ端から質問攻めを繰り返していく。
ナツは攻撃は苦手だが、精霊に頼んで眠らせるのは得意だ。尋問に長けているともいう。精神力が高くてナツの精霊術が効かない人間には、より強く睡魔を掛ける。相手が精霊術師だろうがお構いなしだ。
途中暗示をかけた人間から食べ物を貰って腹を満たし、眠たくなったら寝てと好き勝手過ごし、濃い精霊の気配にハッと起きて頭を上げた。
「ナサナっ!」
ナサナだっ!ナサナの気配!
誰の部屋か分からない部屋から飛び出し気配のする方へ向かった。いつの間にか空が少し明るくなっている。
ビチュテがナツを探しているのか、精霊達がワァーと流れてくる。走るナツの周りを一緒に飛び、精霊達はビチュテの方へ誘導した。
「ナサナっ、ナサナっ!」
「ナツっ!」
わぁいとビチュテの胸に飛び込む。一緒に飛んできたビツがナツの肩に止まった。
「ナサナなんでそんな派手な格好してんの?」
なにこれー?とナツはビチュテの服を引っ張る。
「着替えって出されたのがこれで…。それよりテチーオは一緒じゃないの?」
ナツはフルフルと首を振った。
そうか……とビチュテは困った顔をする。
「テチーオを探そう。」
ビチュテはナツに手を繋ぐよう差し出した。ナツはその手を掴む。
また精霊達がこっちだと誘導を始めたので、二人は促されるまま走り出した。
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