3 / 135
空に浮かぶ国
2 これぞ所謂異世界転移
しおりを挟むハッと意識が戻り、俺はゴホッと咳き込んだ。ゴホゴホと喉が痛むくらいに咳が出て、身体に力が入らず震えるが、なんとか上半身を起こしてみる。
目が霞みクラクラと目眩が起きるが、慌ててここが何処なのかを確認した。
石造の狭い部屋で少し湿っぽく土臭い。窓はなく木の扉が見え、松明の炎によって室内が薄暗く照らされていた。
ガシャン、という音にそちらを見る。
少年が一人驚いた顔で立っていた。白髪に真っ赤な瞳の、これまたどこか見覚えのある顔をしていて、フード付きの身体をスッポリと覆う灰色のマント姿にアッと閃く。
コイツお助けキャラだ。主人公ホミィセナの前に現れて、攻略に役立つ道具や薬、情報を売っていた。名前は確かイツズと言ったはずだ。見た目から十歳程度に見える。
「………えっ!?さ、さっきまで、し、死んでたのに!?」
え?死んでたのか?まさかツビィロランはあのまま死んだのか?言われてみれば俺の意識で身体が動いている。
ここで騒がれて誰かを呼びに行かれては困る!
寝かされていた台の上から降り、走り寄ってイツズの口を塞いだ。
「しー……。」
赤い瞳を見開いてイツズはコクコクと頷いた。
お助けキャラの時も思ったが、子供にしては賢く思慮深い。混乱しても直ぐに気持ちを切り替えることが出来るようだ。死ぬ前のツビィロランの興奮ぶりを思うと、ツビィロランが酷く幼く感じた。
「い、生き返ったのですか?」
イツズは小さな声で尋ねてきた。
「………そうかな?俺、傷がいっぱいあったはずだけど背中どうなってる?」
あれだけ痛かった背中が、今はまったく痛くない。
「えと…、傷は一応痛そうだったので薬で塞ぎました。」
「へ?死体の傷を治療したのか?」
お人好しか?それともここでは死んだ奴の身体は綺麗にしなきゃなのか?
「いえ、その………、可哀想だなと思って。傷薬塗って布を貼って包帯巻いてるだけです。傷薬に痛み止めも混ざっているので、今は痛みも少ないと思います。透金英の花を粉末にしたものも混ぜてあるので、傷はかなり塞がっていると思います。」
「ふーん。」
単なるお人好しだった。お助けキャラするくらいだから、こんなもんなんだろうか。
しかも高価な透金英の花を使ってくれたらしい。
「でも生き返ったとなると、どうしましょうか。」
イツズは困った顔で考え込んだ。
「生き返ったらやっぱマズいよな…。ここどこなんだ?」
「ここは花守主の屋敷です。敷地内の透金英の森なんですが、ツビィロラン様の遺体を埋めておくようにと言われて、綺麗にしてあげてから埋めようと思って寝かせていたんですけど……。」
なんで透金英の森にツビィロランの死体を?多少なりとも身体に残った神聖力を吸わせるきか?
イツズに確認すると、罪人は花守主の牢獄で死んでしまうので、そのまま透金英の森に埋めてしまう。なのでツビィロランの遺体も墓は作らず埋めるようにしたのではと教えてくれた。
「じゃあ埋めたことにしてくんない?俺逃げるから。」
「え!?どこにですか!?」
イツズは赤い目をまん丸にして驚いていた。
「地上に降りるしかないな。」
天空白露にはいられない。いくら広いとはいえ空に浮かぶ島では逃げるとなった時に限度がある。地上の方がはるかに広いのだ。降りるしかないだろう。
「あてはあるのですか?」
「それが残念ながらないんだよな~。定期便にコッソリ乗るとか無理かな?」
天空白露には地上に降りる為に、定期的の船が出ている。それに不法乗車出来ないかと思ったが、イツズは首を振った。
「無理ですね。かなり警備が厳しいです。………よければ僕が使ってる船で降ろしましょうか?」
今度は俺が驚く番だった。
「え!いいのか!?お前が怒られないか!?」
「大丈夫です。穴を掘ってるので適当にゴミ入れて埋めてきます。」
ちょっと待ってて下さいと言ってイツズは出ていってしまった。俺は外の様子が分からないので待つしかない。俺、本当は二十四歳なのにあんな幼い子供を頼るしかないとは情けなく感じる。
暫くするとイツズは色んな道具を持って帰ってきた。
「さぁ、早く準備して出ましょう!僕も今日逃げる予定だったんです!」
「え?」
イツズは満面の笑顔で着替えを渡してきた。
今現在、天空白露は予言の神子ホミィセナの誕生にお祭り騒ぎらしい。聖王宮殿では宴が催され、花守主の屋敷は人手が薄かった。
イツズのことは知っていたが知らないふりをして名前を確認し、二人で荷物を持ってコソコソとイツズが用意した船へと乗り込んでいた。
俺は元々の自分の名前ではなく、ツビィロランで通すことにした。元の名前は津々木学と言うが、この身体はツビィロランなのだから、そっちの方がいいのかと思ったからだし、イツズがツビィロランのことを知っているのに、違う名前を名乗るのは変に疑われるかと思ったからだ。
イツズが天空白露から逃げるのには、ちゃんとした理由があった。
予言の神子ホミィセナに対して、イツズはそのつもりはなかっただろうけど、お助けキャラとして様々なアイテムや情報を売っていた。
イツズは花守主が管理する透金英の森を世話している奴隷なのだが、ホミィセナに売る薬の中に透金英の花の粉末を混ぜたりして売っていた。渡す情報も攻略対象者達の個人的な情報が多く、それらはイツズが忍び込んだり張込んだりして得た情報だったらしく、攻略対象者達は其々地位が高い為、命懸けの情報だった。
それにホミィセナに売ったのはたまたまだったけど、イツズはお金が欲しかったから売っていたと説明してくれた。
お金を貯めて地上に行きたい。
その夢を叶える為に今まで頑張っていたらしい。
そして逃げるならサッサと逃げたいと言った。透金英の花を勝手に使ったのも、奴隷が高貴な身分の人達の個人的情報を掴んでいるのも、知られたら命がない。なのでお金が貯まったら直ぐに逃げるつもりだったし、それはホミィセナが開羽し、天空白露あげて祝う今日しかないと思っていた。
この世界には神聖力という不思議な力がある。それを宿している人間の髪色は様々で、色が濃くなる程強くなる。濃い髪色である程神聖力が多く、いずれ開羽し天上人となるが、それは希少な存在だった。殆どの人間は色の薄い髪色で、力も弱い。そんな者達は空に浮かぶ天空白露を見上げながら地上で生きている。そして全く神聖力を持たない人間もいて、そんな彼らの髪色は真っ白だ。侮蔑を込めて色無と呼ばれているが、色無の子は百人に一人という程度で生まれるらしく、親が色無だから生まれるわけでもないし、神聖力に溢れた両親からでも生まれてくる。
イツズはそんな色無なのだ。花守主の屋敷から逃げたいと言うのも、まだ地上の方が色無でも普通に生きていくことができる可能性があるからだろう。
こんな子供のうちから一人で死体処理させられるのだから、普段の扱いもあまりいいとは思えなかった。
そう思って聞いてみたら、イツズとしてはそれよりも薬を売って各地を回り、自分で薬材集めをしたいという願望が大きいと教えてくれた。
どんだけ薬を作るのが好きなんだろう。
イツズが用意した船は本当に小舟の形をしていた。キコーキコーと木製オールを漕ぐと、何もない空中をユラユラと進み出す。
「や、や、や、やばっ……!怖っ!」
「あ、高いところ苦手ですか?」
怖くて目が開けられない!このちょっと斜めに降下していく感じがヤバい!
天空白露は雲の中に漂う島だ。その島は巨大でどうやって浮いているのかと不思議になるくらい大きい。俺達が乗った小舟が浮島から離れようとしても気にならないくらいなのだが、山よりも高い位置から船は出航するので眼下に広がる景色は物凄く小さい。
カタカタと足が震え、船のへりにしがみついてなんとか耐える。怖すぎて目が開けられない。
イツズは地上に用事があって降りる時はいつもこの小舟を使っているらしく慣れたもので、船の船尾に立って漕いでいる。
「……………っ、っ、っ、おおお落ちないよな!?」
「あははは、落ちません~。」
なんでこんな小舟が浮いているのかといえば、透金英の花を船尾に付いた穴に放り込むと、神聖力を吸って浮くのだという。どんな仕組みだ。
出てくる時コッソリ透金英の花と枝を盗んできた。あまり沢山取るとバレるので少ない量しか持ってこれなかったけど、俺が必要なのは枝の方なので問題ない。自分の腕の長さ分の枝を一本失敬してきた。
ツビィロランの背中には傷が残っている。傷口は塞がっているけど治ったわけではない。治ったとしても傷痕が残るとイツズは教えてくれた。そしてこの傷痕のせいでもう背中から羽が生えることは出来ないらしい。
それは正直どうでもいい。俺は元々翼のない世界で生きてきたんだ。無くても構わないのだが、問題は身体の中に溜まる神聖力だった。
神聖力は身体のどの部分からでも外に出し使うことが出来るのだが、神聖力が多い者は背中にある、放出する為の器官が重要になってくる。
神聖力を放置するとどんどん溜まり続けて身体は動かなくなりだし苦しむことになる。この知識はツビィロランの記憶から得たものだ。
背中を切られた罪人は身体の中に溜まる神聖力を吸い出す為に花守主の牢に入れられる。透金英の樹が罪人の神聖力を吸ってくれると言うのなら、透金英の枝を常に肌身離さず持っておけばいいと言うことだ。
ツビィロランの神聖力は予言の神子と言われる程に多い。枝はツビィロランの神聖力を吸い続けて枯れることなく花を咲かせるだろう。
俺は時止まりの袋をイツズから一つ貰い、透金英の枝を入れていた。これだけは無くすわけにはいかない。たとえどんなに高くとも、身体が震えようともぎゅと抱きしめた。この高さから落とせば終わりだ。
もう天空白露には戻れないのだから、透金英の枝を確保できるのは今この時だけだ。
上空にはまだまだ大きな島の地底が見えている。硬い岩と木や草が混ざり、雲が巻き付いていた。
なるべく下は見ないようにしゃがみ込み、空に浮かぶ浮島に別れを告げた。
元のツビィロランはおそらくもういない。
死んだ身体に俺が残ってしまったのだ。
これぞ所謂、異世界転移!妹よ、お前の望む通りになったぞ?
転生ではないけどな!
1,987
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる