落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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女王が歌う神仙国

55 フィーサーラの企み

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 ツビィロランを追いかけて落ちたクオラジュ達は、掴んだ感触も虚しく違う場所に落とされた。
 ドサドサドサ、と三人で仲良く落ちたのはクオラジュが知っている場所だった。

「もう戻ってきたのか?」

 まだ幼い声が近くから聞こえた。

「……その声は、コーリィンエですか?」

「女王とつけんか、女王と。」

 不遜に言い切るその声はまだ幼い。高く澄んだ声だけでは、男か女かも判断がつかなかったが、女王というからにはコーリィンエは女性だ。
 起き上がって泥のついた服をパタパタと払いながら、クオラジュは立ち上がった。
 側ではサティーカジィがイツズを起き上がらせ、同じように服についた泥を叩いていた。

 クオラジュが落ちたのは神仙国にある小さな神殿だった。
 幼い女王コーリィンエが住んでいて、クオラジュが珍味を持って訪れた場所だ。
 
「トステニロスはどうした?」

 コーリィンエは仙特有の緑がかった肌色の肌をしている。瞳の色は他の者と同じ焦茶で、髪は黄緑色の長髪を後ろでダンゴにして垂らしている。
 丸い目は大きく、見た目は八歳程度だった。

「わぁ、可愛い。」

 イツズがコーリィンエをみてその愛らしい容姿を褒めた。

「むふっ、そうであろう。われは女王だからな!」

 得意満面な仕草は容姿どうり幼い。
 
「トステニロスの代わりに別の従者をつけてきたのか?」

「彼等は従者ではありませんし、今回は飛行船で来たわけでもありません。」

 コーリィンエは残念そうに首を傾げた。

「なぜクオラジュだけ戻って来たのだ。」

 本当に残念そうにそう言った。

「女王ラワイリャンに天空白露の予言の神子を連れ去られました。追いかけてきたらそのままここに落ちたのですよ。」

 その説明でコーリィンエは納得したようだったが、サティーカジィとイツズは理解出来ない。

「女王は二人いるのですか?」

 次の仙達が生まれる種を作れるのは女王だけだと聞いていたので、その特別性から神仙国の女王は一人だけだと勝手に思っていた。

「いえ、本来は一人です。コーリィンエは新しい方の女王で、ラワイリャンは古き女王ですよ。」
 
「古き女王は何でツビィを連れ去ったの?」

「それは…。」

 それを説明するにはスペリトトの話をしなければならない。
 だがここまでついてきた以上知っておく方がいいだろうと、クオラジュは説明することにした。

 スペリトトがシュネイシロ神を復活させようとしていること。その為に万能薬で身体を作る為に竜達の魂を集めたこと。身体の作成をクオラジュが手伝ったが、その危険性を感じて途中で制作を邪魔したこと。ツビィロランの魂の核が神仙国の種を元にして作られていること。

「まさかその種は…。」

 サティーカジィはそこまで聞いて頭を悩ませた。

「古き女王ラワイリャンの種を奪ったようです。ただの仙達が生まれる種ではなく、ラワイリャン自身の元となる種ですので、ラワイリャンの力の源とも言えます。」

「それを取り戻そうとしてるの?」

 イツズはとんでもないと青褪めた。ツビィロランの魂の核を取られれば、ツビィロランはどうなってしまうのか!

「取り戻し女王として繁殖を行い仙を生もうとしています。そこの新しい女王が何もしないので。」

「何もしないのではなく、出来ないのだぞ!」

 コーリィンエはプンスカ怒っていた。
 次の女王は女王自らが生む。たった一つの貴重な種なのだが、ラワイリャンが次の女王の種を作る時は既に力が半分になった後だった。
 結果次の女王コーリィンエは中途半端な存在となって生まれてきた。繁殖能力が低かったのだ。

「可哀想。」

 やるべきことがあるのに出来ないコーリィンエに、イツズは同情した。

「ではコーリィンエの代わりにラワイリャンが繁殖を行っていると?」

 仙の繁殖は一千年おき。天空白露が存在するのはそれよりも数千年は前だと仮定すると、ラワイリャンは半分の力で仙の種を産み続けたことになる。

「もう力がほぼないから諦めようと言ったのに、まだ策があると言っていた。」

 その策がツビィロランから魂の核を取り戻すということかとサティーカジィ達は納得した。

 それに気付いたのはクオラジュがスペリトトの像から取り出した欠けた水晶の玉をコーリィンエに見せたからだ。
 それは仙の種であり、女王の種の欠片だとコーリィンエは見抜いた。
 スペリトトはラワイリャンの種を盗んで魂の核を作る材料にしていた。ラワイリャンはツビィロランが生まれたことによって自分の種が生きていることを知った。そして繁殖期に入り、取り戻そうと考えている。

「私はラワイリャンの住む神殿に向かいます。」
 
「ならわれが道を繋ぐから行くといい。」

 コーリィンエが何事か呟くと、空中に渦ができる。
 神仙国の中なら何処にでも行けるのだと自慢していたが、クオラジュは構わず入ってしまった。
 
「わぁ、僕も行く!」

 慌ててイツズも飛び込み、続いてサティーカジィも入ると、残されたのはコーリィンエだけになってしまった。
 折角の客人があっという間に消えてしまった。

「我も行く~。」

 そそくさと自分も入ることにした。








 出た場所はコーリィンエの神殿よりも大きいが年季の入った神殿だった。所々は崩壊し、神殿の上には見上げるような大木が枝を広げていた。
 大木の枝は神殿の屋根を覆っているが、葉は少なく緑色に広がる場所と茶色に広がる場所が点在していた。

「ここがラワイリャンの神殿?」

 後から出てきたイツズとサティーカジィにクオラジュは頷き返し歩き出した。
 神殿の奥からツビィロランの神聖力を感じる。
 クオラジュが入口に上がる階段を登りだすと、イツズとサティーカジィもその後に続いた。

「ツビィロランは戦っているのでしょうか?」

 サティーカジィも直ぐに気付いたのか、神殿の奥を覗き込むように見ていた。

「いえ………、こちらに近づいて来ている?」

 クオラジュは階段を登りきり薄暗い石造りの通路を前に立ち止まった。
 
「ツビィィィィィーーーーー!」

 サティーカジィが止める間もなく奥に向かってイツズが叫んだ。
 クオラジュが呆れたようにチラリと見る。

「こらっ、何が起こるか分からないのに騒いではいけませんよ。」

 サティーカジィが慌てて注意をしていた。
 イツズはだって……、とショボンとしている。

 奥からダダダダっと足音が響いてきた。

「イツズ~~~~!」

 叫びながら走ってきたのはツビィロランだった。
 その後をフィーサーラがついてきている。フィーサーラも何で叫ぶんだとばかりに呆れた顔をしていた。
 走り寄ったと思ったらガバァと抱き合う二人に、クオラジュはハァと溜息を吐く。
 とりあえず無事そうで安心した。

「どうやらコーリィンエもついてきたようなので、ついでにコーリィンエの神殿まで送ってもらいましょう。」

 ベリっと二人を剥がして帰ることを伝える。
 イツズをサティーカジィに引き渡し、ツビィロランの手を握って連れて行こうとすると、ツビィロランの反対の手が引っ張られた。

「うおっ?」

 ツビィロランは両側から引っ張られてつんのめる。

「何故フィーサーラが引っ張るのです?」

 クオラジュが冷たい目でフィーサーラを見た。
 フィーサーラは感情の読めない目でニコニコと笑っている。

「私が迷惑をかけてしまったので、ツビィロランの世話は私がしましょう。」

 何故か二人が睨み合った。

「……………え?」

 ツビィロランとしては神殿の中に火をつけてきたので早く逃げたい。

「いいなぁ仲良いなぁ。」

 コーリィンエが羨ましそうに指を咥えて見ている。

「仲良いのかな?」

「…………どーでしょうか。」

 イツズとサティーカジィは目の前で何が行われているのか理解できず、二人で困ってしまった。






 そして俺達は不思議な渦巻きを通り過ぎてコーリィンエの神殿に辿り着いていた。
 何だかクオラジュとフィーサーラが険悪モードなので、俺はイツズの側に行ってコソコソと話しかける。
 
「なーなー、うがいしたい。」

 イツズが水の在処を知るわけないとは思うが一緒に悩んで欲しい。すっごく喉が渇くのだ。それにフィーサーラにグミみたいなの飲まされた時に、アイツのアレをゴックンしてしまったので無茶苦茶水飲みたい。うがいしたい。

「水?あ、水なら。」

 イツズは隣にいるサティーカジィを振り返って笑いかけた。
 最近落ち込み気味で暗い顔をしていたイツズが明るく笑うので、サティーカジィも嬉しくなってふんわりと笑い返す。

「私が出せますよ。」

 サティーカジィはツビィロランに両手のひらでお椀型を作るよう指示した。
 言われた通りツビィロランは手のひらを合わせてお椀を作る。

「こう?」

「はい、では出しますよ。」

 サティーカジィは作られた手のお椀の上に、自分の人差し指と中指を二本立てて、まるでポットの注ぎ口のように水を出した。
 チョロチョロと出てくる水に、ツビィロランはおおっ!と歓喜する。
 まず丹念にうがいを数回繰り返し、その後ゴクゴクと飲み干した。

「口の中に何か入ったの?」

 イツズはツビィロランが一息ついた頃合いを見計らって尋ねた。

「あー……、うん、まぁ。」

 ツビィロランはゴニョゴニョと言葉を濁す。やられた方ではあるが、何となく恥ずかしくて言えなかった。
 そんなツビィロランの様子をクオラジュとフィーサーラはお互いを牽制し合いながら眺めていた。







 神仙国に飛ばされてきた時は夕焼け空が広がる時間帯だった。今はもう外は暗く深夜だという。
 クオラジュから食事を摂るかと聞かれたが、俺は眠たいからと遠慮した。
 眠気よりも何よりも、身体がおかしい。
 喉の渇きどころか身体が熱く、何やらムズムズしてきた。
 津々木学として死んだのは二十四歳。だからこの感覚が何かは理解できる。

 肌に着ている服が擦れるのすらゾワゾワして、平気なフリして与えられた部屋に急いで戻った。ついてこようとしたイツズとフィーサーラを何とかまいて、ベットにヨロヨロとへたり込む。
 フィーサーラはこの部屋を知っている。そしてフィーサーラは何となく俺のこの状態に気付いているようだった。
 人の身体を舐め回すように見て、腰を撫で上げてきた時の感触を思い出し、ブルリと震えた。
 この部屋はヤバいかも。鍵もついていないのだ。
 立ち上がり空き部屋をコーリィンエに貸してもらうよう頼もうと、ツビィロランは部屋から出て行った。

 そして窓から出ればよかったと後悔する。

「私を頼ってくれてもいいのですよ?」

 水色の瞳がツビィロランを捕らえていた。
 
「………いや?おかまいなく。」

 平気なフリをして言うが、今は不味いなと思考を巡らせる。部屋に寄らずに逃げるか、イツズに訳を言って恥ずかしがらずに同部屋にして貰えば良かった。

「辛いのでしょう?」

「やっぱあの飲ませたやつ、なんかあるのか?」

 フィーサーラは爽やかな笑顔で笑っているが、その瞳は獲物を狙う肉食獣のようにギラギラと輝いていた。
 男にこんな目で見られる日が来ようとは、と嘆いてみても何も変わらない。

 コツコツと近付いてくるフィーサーラから逃れるように、ツビィロランは反転して走り出した。走ると余計に衣擦れがして声が出そうになる。
 下半身に熱が溜まり、痛いくらいに勃ち上がってきて走りにくい。本当は座り込みたいくらいだが、ここで止まればもう終わりだろう。
 これは所謂媚薬という物なのだとは思っても、初めての経験に戸惑っていた。
 吐く息も熱い。
 足は力が入らずもつれ、壁を伝って必死に移動するが、遅々として進まず焦りが増していく。
 自分がどこに向かっているのか理解するのも難しくなってきた。
 ボゥとする頭で扉のない部屋へ入るも、そこは厨房らしき所だった。棚を伝って勝手口から外に出る。
 灯ひとつない外はすぐ側に井戸と森があった。

「外は危ないですよ。」

 ガシッとフィーサーラから腕を掴まれる。
 掴むなと怒鳴りつけたいが力尽きてガクリと崩れ落ちてしまった。
 




 フィーサーラは掴んだ相手を見下ろして、ゾクリと劣情を抱いた。
 潤んだ琥珀の瞳が汗ばんだ黒髪の間から見上げてくる。
 必死に耐える姿と、未だに諦めないその精神に、コレを押さえ付けたいという衝動が湧き上がった。
 鬱蒼と茂る木々で月の光は届かない。暗闇の中ツビィロランの髪から落ちる神聖力の光がキラキラと雫のように落ちて、彼だけが祝福されているかのように輝いていた。
 フィーサーラは目を細めていつの間にか自分が舌舐めずりしているのに気付いた。
 青の翼主が何故ツビィロランに構うのか理解出来なかったが、改めて見てみると他のどんな人間とも違う美しさがある。

「………………暗闇に浮き上がる神子というのも一興ですね。」

 普段は雰囲気を重視し、相手を喜ばせつつ遊ぶのが常だったが、今は獣のように服従させたかった。
 
「……最低、だ…。」

 息も絶え絶えに赤らんで悪態をつくツビィロランに、フィーサーラは愉しげに目を細めた。







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