落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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全てを捧げる精霊魚

76 ラワイリャンの苦難

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 ラワイリャンはトコトコと歩いていた。
 今は雨降る夜だ。
 夜になるとツビィロランのもとへクオラジュがやって来て、二人は散歩することが多い。
 仕事で来れない日以外はほぼ毎日クオラジュはやって来て、ツビィロランを散歩に誘うようになっていた。
 それをラワイリャンは見上げて見送り、一人考えに耽りながら散歩することにした。
 
「皆騙されておる。」

 ムスッとした顔でラワイリャンは呟く。短い手足では進む速度は遅く、直ぐ疲れてくる。このくらいの身体を好む仙もたまにはいるが、そういう奴は人に甘えたがり、養ってもらう前提でいる。養ってもらうつもりもないラワイリャンには非常に納得がいかなかった。

 歩いていると大気が弾けた。
 ラワイリャンはビクゥと肩を震わせピョンと飛ぶ。

「なんという力だ。何を誓ったのだ?こんな全力の契約………!クオラジュの神聖力か……。恐ろしいのぅ。」

 あの男はツビィロランのことしか考えていない。全ての中心がツビィロランだ。どうせツビィロラン絡みで何かやったのだろうと思うのだが、こんな夜に聖王宮殿の中でやることではない。
 非常識だとラワイリャンは思う。

 それよりも身体だ。
 もっと大人にならなければ。

「精霊魚の花肉、妖霊の血、魔狼…、生命樹の葉………。」

 万能薬の材料を並べて呟き、ふぅと溜息を吐く。無理だ。どー考えても無理だ。ラワイリャンは遥か昔からの記憶がある。
 まず魔狼は狩尽くされてこの世にはいない。生命樹の葉は元々入手困難な樹だった。ないだろうと思う。手に入るとしたら、精霊魚か妖霊か。
 自分の身体を見下ろして、つるんぺたんな胴体にガッカリした。

「無理だの。在処ありかを知っていてもこの身体では不可能だの。」

 今のラワイリャンは薄い緑がかった肌色の肌に焦茶の瞳、髪は黄緑色と仙特有の姿をした子供だった。神聖力は備えているが、この身体で無理は出来ない。まず早く動くことが出来ないのだ。

「精霊魚なら頼み込めば……。いや、脅すかの?」

 自分の思考が口に出てしまうのは子供だからだろうか。ついつい思いついたことを確認するように言葉に出してしまう。
 大きな葉っぱを見つけたのでプチンと切って傘にする。恵の雨は好きだが、葉っぱの傘も好きだ。
 ウンウンと唸りながら歩き続ける。
 神仙国にはもっと大きい葉があり、シュネイシロとスペリトトが二人で寄り添いさしていたなと思い出した。
 それを透金英と眺めていた。仲の良い二人を微笑ましく見る透金英が好きだった。

「二人きりにしてあげた方が良くないかの?」

 そう透金英に尋ねると、彼は優しく笑って大丈夫といつも言っていた。

「向こうも二人、こっちも二人。お互い様だからいいんだよ。」

「ほ、ほぉ~、そうかの。」

 自分達も二人なのだと言われて嬉しかったことを思い出す。
 どのくらい歩いていたのか、昔の思い出を噛み締めていて、目の前に現れた人影に気付くのが遅れた。

「わっ!」

 傘がわりの葉っぱをずらせば、頭上に氷銀色の瞳が冷たく見下ろしていた。シトシト降る雨に濡れるのも気にせず、静かに暗闇に立つ姿にラワイリャンは恐怖する。

「でっ、でたぁ~~~~~!」

 急いでツビィロランのもとに帰らねば!!
 この男はツビィロランの前では猫かぶっている。そしてツビィロランは完全に騙されているのだ!
 回れ右して葉っぱを捨てて走り出したラワイリャンを見て、クオラジュがクスリと笑った。
 ラワイリャンの身体がフワリと浮いた。短い手足がバタバタと暴れるが、空中に静止した胴体はピクリとも動かない。

「ふふ、死にかけた羽虫のようですね。」

 ラワイリャンは動かしていた足を恐怖で縮こまらせた。

「な、な、な、何故!お前がここにおるのだ!」

 さっきの神聖力はクオラジュだった。そんなに自分は時間も忘れて歩いていたのだろうかと震える。
 ラワイリャンは必死に虚勢を張ってクオラジュを睨みつけた。と言っても逃げる方向を向いたまま身体は浮いているので首だけ横向きで睨みつける。

「部屋に戻ったら貴方が居ないと彼が心配するので、代わりに私が探しに来たのですよ。………あまり彼に迷惑をかけないで下さい。」

 ボソリと最後は低く温度もなく言われ、ラワイリャンはヒクリと喉を震わせた。怖くて声が出ない。
 誰か!と思うもこんな夜の雨の中、人っこ一人いるわけがない。

「先程精霊魚を脅せば手に入ると言われていましたが、精霊魚がどこにいるのかご存知なのですか?」

 まさかラワイリャンの独り言を聞かれていたのかとビクリと震えた。さっきから震えっぱなしだ。

「き、きき、気のせい、なのだ。」

 これはいにしえの契約。精霊魚とスペリトトが交わした契約に、ラワイリャンは口を出す権利はない。

「話して頂けませんか?」

 クオラジュの目が細まり弓形に笑む。雨雲が広がる闇の中、銀の月の代わりに二つの瞳が闇の中に浮かぶ。
 
「…………ーーーさぁ。」

 ラワイリャンの身体の周りに炎が現れた。メラメラと燃える炎が蠢き、ラワイリャンを閉じ込める鳥籠になる。
 扉はない。縦と横の格子が幼児となった身体の逃げ場を無くした。
 ラワイリャンは神聖力で抵抗を試みるも、殆どの女王の力はコーリィンエに継承してしまっている。虚しく散る神聖力に、ぐぬぬと歯軋りした。
 炎は熱い。なのに身体には傷一つつかないという不可思議な攻撃に、ラワイリャンは頭を抱えて丸まった。

「早く喋らないと本当に焼け死んでしまいますよ?」

 クオラジュに慈悲はない。そのことをラワイリャンはよく知っている。
 クオラジュは必要と判断すれば、平気で人の命を狩れる人間だ。天空白露の人間達は、クオラジュの生い立ちに同情的だが、ラワイリャンは純粋にこの男を怖いと思っている。
 ラワイリャンは地上で戦うクオラジュを見たことがある。コーリィンエが先を見据えて仙達に商売をさせて各地へ向かわせた為、たまたま戦地に行ってしまった仙が見た光景を、ラワイリャンも見てしまった。これは女王しか持ち得ない唱和の力だ。
 押し寄せる幾万の兵達が、クオラジュの力で一瞬にして蒸発した。そこにあった木々も石ころも、地面も真っ黒に変わり果て、クオラジュ以外誰も立っていなかった。
 たった一つ離れた場所に咲いたレテネルシーの白い花だけが残り、クオラジュは手にげた剣で無表情に切ってしまった。その瞬間にその仙の種との唱和は切れてしまったが、何の感情もないあの氷銀色の瞳は今でも記憶に新しい。

「ぐぬぬぬぬ、わ、我が急にいなくなれば、ツビィロランが、怪しむぞ………。」

 クオラジュは目を見開き、ふっと笑った。

「どうとでも。」

 言い訳はいくらでもあると言いたげだ。

「良いのですか?早く話さなければ、折角手に入れたその身体、なくなってしまいますよ?」

 自分で燃やそうとしているくせに、心配気な顔を作って脅してくる。

「わ、我には話せぬ………!神聖力が使われた契約ぞ!?他者には介入出来ぬ!」

「神聖力を使った契約ですか。」

 クオラジュは暑さでダラダラと汗をかくラワイリャンのことなど気にせず、顎に手をやり考えだした。

「は、はよ、この檻を消さぬか!」

 熱さで死にそうだった。

「では、話せるところまでで良いので話して下さい。」

 ラワイリャンの訴えなど気にせず、クオラジュは話せと言ってくる。

「ううう………!」

 ラワイリャンは声も絶え絶えに説明した。
 
 透金英の魂の核を奪い、存在をなんとか保ったスペリトトだったが、意識を保つので精一杯だった。
 ラワイリャンの力でも透金英の種を維持するのは難しく、再生は失敗に終わり木へと変貌する中、精霊魚の長がスペリトトへある提案をした。

 この空飛ぶ島に住まわせて欲しい。その代わりこの島に住む生命を守っていく。

 力尽きようとするスペリトトは、精霊魚の長と契約した。シュネイシロが作り守った生命を、子々孫々守り続けよと。

「天空白露創世から続く契約ですか……。」

「そ、そうだっ。」

「ということはその子孫が残っているのですね?だからそれを語る貴方は苦しんでいる。」

「そ、そうじゃあ~~~!」

 焔の檻はあるし、他者の契約内容を語るしで二重苦を受けるラワイリャンは苦しんでいた。
 
「分かりました。」

 クオラジュはそう言うと、炎の檻で結界を張った。ラワイリャンを苦しめた熱がなくなり、身体の内側を潰してくるような痛みが消失する。

「うぅ……。」

 ラワイリャンは檻の中でへたり込んだ。

「創世から続く子孫ですか。そんなの一つしかありませんね。」

 この島が天空白露と言われる前、初代聖王陛下が存在する前からいる一族は一つしかない。

 今クオラジュとラワイリャンはなんの変哲もない聖王宮殿内の中庭にいた。降り頻る雨が酷くなっている。

「クオラジュ、あまり派手な力の使い方をこんなところでするものではありません。消すのが大変ではありませんか。」

 ロアートシュエがゆっくりと羽を広げて降りてきた。

「ああ、申し訳ありません。この区域だけ結界で区切っていただいたようなので構わないかと。」

 金緑石色の瞳がふわりと笑った。
 ロアートシュエの後からもう一人アゼディムも降りてくる。

「騒ぎにはなっていないようだ。」

 確認してきたらしい。本来なら地守護の仕事になるのだがとクオラジュは呆れてみせた。

「その子は?仙の子供でしょうか?」

 ロアートシュエは炎の檻の中でへたり込んでいるラワイリャンを不思議そうに見た。

「コレは元仙の女王です。」

 クオラジュが元を強調してラワイリャンだと紹介する。

「コレが….。」

 ロアートシュエとアゼディムには報告をあげてあるので、二人はすぐに納得した。

「何やら消耗しているようですが?少し可哀想ではありませんか?」

 ロアートシュエはその有様に同情した。またクオラジュが何かやってるのだろうとは思ったが、相変わらず容赦がない。

「契約の縛りが消えるまでこの檻に入れておくしかありません。他者が他言無用と神聖力で結んだ契約のようです。無理矢理喋らせましたので。」

「結界で契約の縛りを弾けるのですか。」

 契約に違反すれば罰が与えられる。
 
「ラワイリャンは私の従仙となりましたから、私自身を守るのと同等の力を掛けることができます。」

 ラワイリャンがガバッと起き上がった。小さな身体がガシャンと檻の中で立ち上がる。

「じゅ、じゅうせん!?従仙とはなんだ!?」

 クオラジュが冷え冷えと笑った。

「お気付きではなかったので?その身体には私の神聖力で主従の契約を縫い込んだのですよ。お陰で小さいながらも丈夫でしょう?」

「じゃ、じゃあ、さっき炎が熱くても火傷しなかったのは……!」

「私の従仙ですから私の炎で焼けなかっただけです。」

 ぬ、ぬわぁんだってぇ~~~!?とラワイリャンは叫んだ。

「私が死んだ時は、貴方が死ぬ時ですからご注意下さいね。」

 貴方が死んでも私には影響ありませんが、ともクオラジュは続ける。

「みぎゃーーーーーーーー!!?!!」

 お気の毒に………、とロアートシュエは呟いた。









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