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全てを捧げる精霊魚
86 妖霊の王ジィレン
目を回して気絶したツビィロランを抱き留め、その下にいたヌイフェンに手を伸ばす。
フィーサーラは下から風を巻き起こしヌイフェンを浮き上がらせた。ヌイフェンはしっかりと意識があり、落ちながらも手を伸ばすフィーサーラに腕を伸ばしてくる。
パシッと掴み持ち上げ抱き留めたが、羽を出しているのに一向に浮遊しない身体にフィーサーラは慌てた。このままでは三人とも落ちた場所に叩きつけられる。
フィーサーラ達の下はどこか知らない城の上だった。誰かの力が作用し呼ばれたのだとフィーサーラは感じとっていた。おそらく予言の神子を引き込んだ。咄嗟に一緒に飛び込んだが、この空間は何かがおかしかった。
神聖力がうまく使えない。
フィーサーラの真っ赤な羽がパラパラと散っていく。神聖力が身体から抜けているのだ。羽を出し風を操ったくらいでこんなに消耗するはずがない。
「くっ………!」
真下には塔の屋上が見えた。石造りで物見台のように石で手摺がついた屋根のない場所だ。そこに一人の男性が立ってこちらを見ていた。
茶色の波打つ髪に銀色の瞳。少し笑う表情は自分達が落ちてきているというのに余裕だ。
コイツか、と思った。
予言の神子を引き寄せた人物だ。
男性は豪奢な鎧を着ていた。長いマントが風でなびき、真っ直ぐにツビィロランを見ている。
腕が伸ばされた。
伸ばした腕の親指と中指の先を合わせて丸を作る。
ピンッと指で弾かれた。直接ではない。だがフィーサーラは衝撃を受けた。
「ーーーぐぅ!!!?!?」
グワンと頭が揺さぶられ、必死に二人の身体を抱き締める。
「離せ。」
男性が忌々しそうに低く呟いた。フィーサーラの腕がミシリと圧力を受ける。ツビィロランを抱いていた方の腕だ。
「フィーサーラ!」
ヌイフェンが思わず叫んだ。ヌイフェンは元が色無なので何の戦闘能力もない。体術だけは出来るが、こんな空中でやれることなどなかった。
しかもヌイフェンの中にあった神聖力がみるみる抜けていく。
「……………白髪か…。消えよ。」
ヌイフェンに向かって何かが飛んできた。
避けられない!ヌイフェンは神聖力の塊に見える何かが直撃するのだと悟り、目を瞑った。
「ぐあっ!!」
ゴンッという鈍い音はしたが、ヌイフェンにはくるべき痛みがこなかった。
「?」
目を開けるとフィーサーラが頭から血を飛ばす姿がうつる。
驚愕に目を見開き泣きそうになった。自分を庇ったのだと気付く。
フィーサーラのツビィロランを抱いた方の腕がミシミシと音を立てていた。力が抜け意識のないツビィロランの身体がズルリと落ちる。
落ちようとした身体はふわりと浮いて、下にいた男のもとへ浮かんで行こうとしていた。
もう一度神聖力の塊が飛んできて、フィーサーラはヌイフェンを抱いたまま庇い、今度こそ下に落ちた。赤い羽はスカスカになり、ハラハラと散っている。
塔の下にどんどん落ち、なんとか浮いていたが羽は霧散した。まだ高さが残っていたが、ヌイフェンを抱き込んでいたフィーサーラは地面に叩き付けられた。
慌ててヌイフェンは力を無くしたフィーサーラの腕の中から出て、フィーサーラの容態を確認する。水色の目が開き上を見た。
「…………くっ……、神子を、落として、しまいました………。」
起きあがろうとするのでヌイフェンはフィーサーラの脇の下に入り立ち上がるのを手伝った。
「おい、大丈夫なのか?」
フィーサーラは自分の脇を支えるヌイフェンを見る。髪は真っ白に変わっているのを見て、自分と同じように神聖力が抜けているのを確認した。藤色のまだ子供らしく大きな瞳が見上げているのを、安心させるように見つめ返す。子供に心配されるわけにはいかない。
「……ええ、大丈夫です。」
そう返しはしたが、フィーサーラだけではツビィロランを取り戻すのは不可能に感じた。
それにヌイフェンも守らなくてはならない。花守主当主とはいえまだ十四歳なのだ。少し震えてフィーサーラの服の裾を掴んでいるのだが、多分本人は気付いていない。
上を見上げるとまだ空には歪みが見えた。出てきた瞬間は渦のように感じたが、今は単なる揺らめきでしかない。
神聖力が薄れている。
自分の後ろに結んだ髪を引っ張り見てみると、真っ赤だった髪が薄い赤茶色に変化していた。
長くいればいる程不利だ。
高い塔の上は見えない。意識を失っていた神子の様子が全く分からなかった。
「城に入るしか……。」
そう思うがヌイフェンを連れて剣だけで上まで戻れるだろうか。
ジッと空を見上げていると、歪んだ空にジジシ…と静電気が走った。徐々に強くなりビシビシと稲妻らしきものが走る。
「………なんか、雷?」
神聖力がない状態のヌイフェンにも見えるらしい。
「これは、青の翼主ですね。」
フィーサーラにとっては天敵のような男だが、今ほど安堵できる存在なのも彼だからだろう。
「助けに来たのか?」
「おそらく。」
バリバリと音が走り稲妻が空を裂く。
フィーサーラ達が出てきた時と同様の渦が現れ出した。
元からまだあったのだろうが、自分の神聖力が薄れた所為で見えなかっただけなのだろう。
渦から黎明色の羽を羽ばたかせるクオラジュが現れた。
続いて金の羽のサティーカジィも出てくる。
「無理矢理こじ開けて来たのですね。」
フィーサーラはふらっとよろけた。流石に怪我をしすぎてしまった。落ちた時に背中と肩も打ちつけている。
「おい、しっかりしろ!」
ヌイフェンが小柄な身体で必死にフィーサーラを支えようとしていた。とりあえず巻き込まれないように離れなければ。後は青の翼主に任せるしかない。
フィーサーラとヌイフェンは塔から離れ、塔の上の様子が少し分かる場所まで遠のいてから漸く座り込んだ。
ツビィロランが目覚めたのは、フィーサーラとヌイフェンが落ちる直前だった。
「……!?」
どこだここ!?視線だけ動かす。身体は宙に浮き動かせなかった。どこかの城の上で、塔の上に立つ男が自分に向けて手を上げて受け止めようとしている。
見たことのない顔だが、なんとなく理解した。サティーカジィの水鏡で見た男だと。茶色の少し長い巻髪に見覚えがある。銀色の瞳が誰かを連想させ、それがクオラジュとトステニロスに近いのだと思った。
仄かに光る銀の瞳がツビィロランを捉えている。
「捕まえた。」
ツビィロランは目を見開いた。
「だれ?」
目の前の男の髪色が変わっていく。ありふれた茶色から黒へ。真っ黒な墨を溶かしたような明暗のない漆黒へ。
「妖霊の王ジィレン。」
名を告げられ、その姿がラワイリャンから見せられた妖霊の王と同じだと気付いた。見えていた姿は小さかったのですぐに気付けなかった。
腕を取られ引き寄せられる。
落ちていったフィーサーラとヌイフェンが心配だったが、こちらも身が危ない。
「離せ!」
暴れたが細身に見える身体なのに力は強かった。
銀色の瞳が弓形に細まる。
「お前はいらないな。」
唐突に告げられる。その言葉の意味はすぐにわからなかったが、ゾワリと鳥肌が立った。逃げなければならない。この男が言っているのは、ツビィロランの身体のことではなく、中にいる津々木学のことだと本能的に理解した。
身体の中に神聖力を溜めて、ジィレンにぶち当てる。細かい操作は無理なので前方に向けて思いっきりだ。
ドガッと音がしてジィレンの周りの石が砕け散る。
手が離れた隙に俺は走り、塔の入り口であろう階段の見える塔内に逃げこんだ。
逃げていくツビィロランを見送りながら、慌てることなくジィレンはその後ろ姿を見送った。
この国に来て逃げられるわけがない。この国は今やジィレンの物なのだ。
落ちてきたツビィロランは懐かしいシュネイシロと同じ容姿ではあったが、どこか幼さが残っているように見えた。
捕まえたスペリトトに吐かせたが、術の途中で中断されてしまい、成長が不完全になったのだと言っていた。いくら魂だけになり力が不十分だからと他人に頼むしかなかったのだとしても、せめて反抗出来ないよう魂の契約でも結んでおけばよいものをと思い苛立つ。
気絶していたのか意識はなかったが、衝撃に開いた瞳は綺麗な琥珀色だった。スペリトトは忠実にシュネイシロを再現していた。ただ魂を呼び戻すことは出来なかった。
シュネイシロの魂は別の世界で見つけたのだと言う。だがその世界の人間として生まれ落ちたシュネイシロは、その身体から離れなかったのだと嘆いていた。
「縛り付ける身体なんぞ壊せばいいものを。」
そう言ったがスペリトトは出来ないと嘆くばかりで話にならない。
もう一度作り直しだ。
スペリトトに出来て妖霊の王に出来ないわけがない。
空に開けた穴を閉じようとジィレンが見上げた時、ジジジジと肌を震わす音がした。
無理矢理向こう側から開けようとしている?
「はっ、たかが人間のくせに…。」
妖霊の王に楯突こうと言うのかと鼻で嘲笑った。
現れた黎明色の髪をした天上人を、ジィレンは睨みつけた。
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