落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

文字の大きさ
91 / 135
全てを捧げる精霊魚

90 捕まったイツズ

しおりを挟む

 目の前で青から紫、炎のように燃える橙色に変化する珍しい髪と羽を持つ天上人を見上げ、ジィレンは薄く笑う。
 瞳の色に既視感を覚えた。
 黒の髪と羽を持つのは妖霊の特徴ではあったが、ジィレンは瞳の色が仄かに光る銀色だった。
 大陸すべてを見れば銀色という瞳が他にいないわけではない。だが神聖力を帯びて光を纏う瞳はあまりいない。
 
 この国は今、神聖力を集める為に術をかけている。王城のある一点に集め、それを使いシュネイシロの身体を作る。
 それを思いついたのはスペリトトがツビィロランの身体を作った時だ。元は人間、しかも魂だけになった存在に出来て、妖霊の王に出来ないわけがない。
 燃やす魂ならこの国の人間どもを使えばいい。竜の魂ほど強くはないが、数だけは大量にある。足りなければ他の場所から連れて来ればいい。
 本当は天空白露の天上人を使いたかったが、派手に動けば気付かれ敵対することになる。
 シュネイシロの身体を作るのに戦をするわけにはいかない。余計な時間が掛かるだけだ。
 そう、思って適当に精霊魚のなり損いを取り入れ使ってみたのだが……。

「引き入れるべきではなかったか…。」
 
 計画を遂行出来ないばかりか余計なものまで連れてきた。

「ここにツビィロランが来たはずです。返していただきましょう。」

 ジィレンよりも薄く透明度の高い銀の瞳が、なんの感情も浮かべずに見下ろしている。
 
「先程逃げていったからな。今向かわせているところだ。」

 用心深いファチは自分で妖霊の生き血を飲まず、預かったニセルハティに飲ませていた。今ニセルハティに探させている。
 用意した部屋へ攫うぐらいは出来るだろう。
 妖霊達はこの男を抑え込むのに使うしかない。同族も昔に比べれば減ってしまった。

「返さなければこの国を潰します。」

「………………。」

 ジィレンが手を振ると、ワッと無数の妖霊が現れる。黒い羽を広げ、目の前の天上人を取り囲み、剣と影の力を操りながら攻撃していく。
 ゴウゥッーーと熱風が辺りを包む。
 燃え落ちていく仲間の命に関心も寄せずに、ジィレンは目の前で戦う男を観察した。
 天上人の背後の空には、ジィレンが開けた穴がまだ開いていた。その手前にもう一人天上人が静止している。眩い金の髪は昔いた精霊魚とそっくりで、赤く丸い瞳孔に真珠色の鱗と鰭の耳は、今はほぼ存続していない精霊魚のままの姿だった。眩い金の羽は天上人のものだが、あそこまで精霊魚化しているならば、ファチやニセルハティよりも質がいい。
 
 ジィレンはニィと笑う。

 いい材料が勝手にやってきてくれた。
 金の精霊魚はもう一人人間を抱いていた。
 白い髪に真っ赤な瞳。誰かを彷彿とさせる姿に苛立ちが募る。
 スペリトトも白い髪に赤い瞳だった。
 ジィレンのモノを奪った人間。
 何故あのなんの力もなさそうな人間を連れている?
 ジィレンは目をすがめて観察した。この国にはジィレンの手によって色無いろなしは産まれてすぐに処分するよう徹底させている。なんの力もなく産まれて、神聖力を出すことも出来ない存在なんぞいらない。だからこの国には白髪はいなかった。
 久しぶりに見た色無。しかも赤い目だ。

「ふ、……はは、重翼か。」

 あの精霊魚の重翼とは……。だがあの色無のおかげで精霊魚はジィレンが閉じようとした穴を維持していられるのだろう。
 青い髪の天上人が戦う間、精霊魚の方が天空白露と空間を繋ぎ神聖力を取り込むようにしているようだった。

 羽も、番も、重翼も、全部元は妖霊の特徴だったのに、今は人間のものになっている。ただの畜生だったくせに、腹立たしい。
 今では大陸の主要な生き物は人間だ。力は弱く地を這って生きていたくせに、神聖力を身につけ羽まで生やし、王であるジィレンに楯突いてくる。

 黒い羽が舞い、炎と火の粉が空一面を覆い尽くす。
 この変わった色合いの男も材料にしよう。精霊魚も、あの色無も、邪魔するものは全て器の中に放り込んでやる。

 ジィレンは手を広げた。
 ジィレンを中心に黒い輪が広がる。
 天上人の二人が緊張を滲ませた。空間が歪むのを感じたのだろう。

「ついて来い。でないとツビィロランに会えないぞ?」

 笑ってけしかける。
 さあ、来い。
 暗闇が広がり、ジィレンがその中へ消える。



 クオラジュは暗闇の中へ消えた男が言ったことを信用出来るかどうか思案した。
 
「どうしますか?」

 サティーカジィが後ろから尋ねる。
 先程まで激しく向かってきていた妖霊達が、今は大人しく奥へ下がっていた。クオラジュ達が暗闇の中へ入るのを待っている。
 
「……行くしかありませんね。」
 
 他に情報がない。例え罠でも行ってみなければわからない。本当にツビィロランがこの暗闇の先にいて、危険な目にあっているのなら助けなければならない。
 暗闇はクオラジュ達を覆い尽くそうと広がってきた。避けるならば開けたままの穴から天空白露に戻るのが一番だ。だかその選択肢はない。クオラジュの大切なマナブはこちら側にいるのだから。

 広がる暗闇の中、クオラジュとイツズを抱いたサティーカジィは消えていった。





 自分の姿すら見えなくなる暗闇が消えた時、クオラジュ達は天井が高い部屋に移動していた。
 イツズを抱いたサティーカジィも一緒に来た為、おそらく空にあった天空白露と繋がる穴は塞がれてしまっただろう。流れて来ていた神聖力が薄まっていくのを感じた。

「青の翼主?」

 驚く声を上げたのはフィーサーラだった。
 怪我をしているのかヌイフェンに肩を支えられてなんとか立っている状態だ。

「ツビィロランを早く助けないと!」

 ヌイフェンがクオラジュに叫ぶ。指差す方には大きな釜のような器と、その前に立つツビィロランがいた。そしてツビィロランの前には妖霊の王ジィレンが、ツビィロランの肩を掴んで正面に立っている。
 アオガが助けようとしたのか、黒い紐状の霧に縛り付けられ転がされていた。
 ツビィロランがやってきたクオラジュ達に気付く。

「クオラジュ………!」

 部屋に現れたクオラジュにツビィロランは叫んだ。
 ツビィロラン達もファチ司地達に連れられこの部屋にやって来ていた。ファチ司地とニセルハティは後から現れた妖霊の王ジィレンにツビィロランを引き渡したところだった。
 そうして直ぐ後にクオラジュ達が部屋に現れた。

「ファチ司地……。一族を、天空白露を裏切るのですか?」

 サティーカジィがファチ司地に向かって尋ねる。
 
「貴方には中途半端な我々の苦しみが分からないのです。」

 穏やかにファチ司地は胸に手を当てて答えたが、サティーカジィには何が苦しいのか分からない。

「裏切り者は切っても良いでしょうか?」

 クオラジュがサティーカジィに確認をした。相手が単なる天上人ならば青の翼主であるクオラジュには裁く権利があるのだが、相手が創世から続く特殊な存在ならば生かす必要性があるのかと思い確認した。

「………彼等もまた天空白露の住人です。」

 それがサティーカジィの答えだった。予言者の一族であろうと、精霊魚という希少な存在であろうと、罪は罪。天空白露に害を与えるなら、それは創世の時スペリトトと精霊魚の長が交わした契約に反する。
 処分は任せると頷いた。
 クオラジュは一人前へ出た。トンッ……と地を蹴る。

「では、そのように……。」




 クオラジュが突き出す剣をジィレンは神聖力で受け止めた。盾のように前へ暗闇が出現し、クオラジュの突きを受け止めていく。

「………何故神聖力が使える?」

 この国は神聖力が吸い取られる術を掛けている。目の前の天上人も例外なく神聖力を奪われるはずだったのに、何故か神聖力は衰えることなくジィレンに攻撃している。
 捕まえているツビィロランを見た。
 
「…………番…、ではないな。魂を契約で繋いだか。」
 
 それは遥か昔、シュネイシロがスペリトトに向けた愛情に似ていた。シュネイシロの無尽蔵に生み出される神聖力はスペリトトに流れていた。その流れがツビィロランからも出ている。

「忌々しい…。」

 作り物ですら思うように動かない。やはり自らの手で作らねば。ジィレンだけを見るように。
 クオラジュの剣がジィレンの防御を突き破り、ジィレンの腕を切った。ツビィロランを掴んでいた方の腕だ。
 スペリトトが作った偽物は、選ぶ存在も似るのかと思い、ジィレンは深い嫉妬に顔を歪めた。

「クオラジュっ!」

 ツビィロランはすかさず目の前の天上人に抱き付くように駆け寄る。

「マナブっ!」
 
 抱き合う二人がシュネイシロとスペリトトの姿に重なった。
 本当に忌々しい。
 
 ジィレンは後ろに下がった。背後には万能薬を作る為の大きな器がある。
 まだまだ神聖力を集めたかったが、どうせなら目の前にたっぷりとある神聖力を使おう。それからより質の良い精霊魚の花肉。
 ジィレンは一緒に呼び寄せた眩い金の髪の天上人を見た。丸い大きな桃色の瞳孔、魚の鰭の耳、真珠色の鱗。最近では精霊魚の特質をもつ者は減り、あっても一つしか無かったり半端だったりしたのだが、これなら十分に使える。
 ジィレンは切られていない方の腕を上げ、手のひらで何かを掴んだ。

「…………っ!?」

 サティーカジィがグラリと身体を傾ける。腕に抱かれていたイツズが慌てて抱き留めた。

「サティーカジィ様!?」
 
 イツズの叫び声に、ツビィロラン達もそちらを見る。
 ジィレンはツビィロランに一つの呪いをかけた。
 ほんの小さな針を刺すように、トスンと一刺し。ツビィロラン自身さえ気付けない程の小さな呪いを刺した。そして何食わぬ顔でサティーカジィに攻撃する。
 
「その精霊魚の花肉をもらおうか。」

 ジィレンの腕がグググと何かを引き摺り出すように動く。
 サティーカジィの口から血がポタポタと落ちた。
 
「ダメっ!」

 イツズが叫んでサティーカジィに抱きつくと、ジィレンの力が弾かれる。
 ジィレンは一瞬驚いたように手を引っ込めたが、叫んだイツズを見て笑った。

「はっ、重翼か。」

 ジィレンが手に入れられなかった重翼を、あの精霊魚は手にしているのか。しかもジィレンが嫌悪する白髪に赤い目!
 イツズの下に黒い穴が出来た。トプンとイツズが悲鳴を上げる暇もなく落ちる。落ちた先はジィレンの目の前だった。
 ジィレンは落ちて来たイツズの頭を鷲掴みにし持ち上げる。

「ファチ、私の腕を。」

 命じられたファチが、先程クオラジュから切られた腕をジィレンの腕にくっつけた。鎧ごと切られたのだが、腕と鎧は一瞬で繋ぎ合わさり傷一つなく元に戻った。
 頭を掴まれ持ち上げられたイツズがバダバタと腕を振るが、ジィレンの腕はピクリともしない。

「イツズ!」

 ツビィロランは駆け寄ろうとしたが、クオラジュがそれを止めた。

「ダメです。」

 サティーカジィは先程締め付けられた胸を押さえてジィレンを睨みつけた。

「離してください。」

 ジィレンはニィと笑う。

「これはお前の重翼のようだな。」

「うあぁぁっっ!」

 ミシミシとイツズの頭を握り締めて、サティーカジィによく見えるようにイツズを突き出した。
 痛みに苦しむイツズを見て、サティーカジィの顔が悲痛に歪む。

「うぅ………。」

「イツズーー!」

 ジィレンはサティーカジィの薄桃色の瞳を見つめて交換条件を出した。

「返して欲しくばお前の花肉をよこせ。」

 サティーカジィが目を見開いた。











しおりを挟む
感想 360

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...