落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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全てを捧げる精霊魚

100 フィーサーラは知る

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 マドナス国から届いたのは、新しい事業を次々と立ち上げるイリダナル王からの商品お披露目の為の夜会だった。未成年者も参加可能な夜会とあって、出席者も多いだろうと予想される。
 そんな夜会に花守主ヌイフェンと一緒に来てはどうかと書かれていた。
 数日前開墾地であった時の様子から、何か考えているのだろうと思われるが、現在天空白露と懇意にしている国からの招待を理由もなく断りにくい。
 
「フィーサーラと一緒にと書いてあるのは意味があるのか?」

 怪訝な顔で訪ねて来たヌイフェンに、フィーサーラも答えにくい。
 フィーサーラの方の手紙にはヌイフェンとは別に追記書きがされていた。
 今回の夜会には天空白露と懇意にしたい国や豪商の子供達が多く参加するであろうこと。ヌイフェンは子供ながら天空白露六主の内の一人であることから、同じ年頃の子供達から声がかかりやすいであろうこと。ヌイフェンも仲の良い同年代を作り、その内の一人と将来的には花守主を守っていけば良いと思うので、是非参加させた方がいいということ。そのお目付役として同じ六主のフィーサーラが一緒にパートナーとして参加したは方が安全であること。
 などが書かれていた。
 確かにこんな夜会にヌイフェン一人では危ない。フィーサーラなら慣れているし顔見知りも多い。六主の中では適任だ。社交界で役に立つ保護者がいないヌイフェンには丁度いいだろう。
 ヌイフェンは色無だが、いずれ透金英の花を使って無理矢理開羽させるだろう。毎日のように透金英の花を食べれば可能だろうが、花はそうそう用意出来るものではない。花守主だからこそ可能なことだった。
 夜会の参加者はヌイフェンが色無であることを知らないので、花守主と懇意になりたいと近寄ってくるはずだ。十四歳ならばと子供を使ってくるだろう。子供同士仲良くなれば、天空白露にツテを作れるかもしれないし、何かあれば力になってくれるかもしれない。なにしろ天空白露の特産物は花守主を通って出荷される。イリダナル王の次に縁を繋ぎたい一族だ。
 一族と言ってもたった数名の当主一家と、何も知らないその他の一族なのだと知るものはほぼいない。

 もしヌイフェンがその子供達の中から特別な存在を見つけることが出来れば、それは花守主一族の為でもある。
 今回の夜会に来るような子供は、神聖力も多く天上人になれる可能性の高い子供達ばかりだろう。
 色無のヌイフェンなら天上人と番になる方がいい。
 予言者当主の番がいい例だ。サティーカジィ様と精神が繋がり、神聖力が身体の中を巡り元が色無であったことなど分からないくらい強くなっている。
 透金英の世話があるから花守主は色無に拘るのだろうが、当主一族の後継が途絶えてまで当主が色無である必要はないと思える。番を色無か神聖力の少ない者にするくらいなら、一旦天上人のように神聖力の強い者の血を入れた方がいい。
 透金英の親樹の世話はなにも当主でなくてもいいのではないかと思っている。
 おそらくイリダナル王の考えもそうなのだろう。

 イリダナル王はそうなった方がいいだろう?と書いている。
 いや、そうだろうが………。
 リョギエン様を無理矢理連れ去った負目からか、ヌイフェンの世話を焼こうとしているのだろうが、そんな無理矢理友人を作らせなくてもと思ってしまう。本人は望んでいるのだろうか。

「この夜会にはヌイフェンと同じ年頃の子達が集まります。会ってみたいですか?」

 尋ねると、どうだろう?という感じで首を傾げている。環境から同世代と付き合ったことのなさそうなヌイフェンには想像が出来ないようだ。

「行ってみたいなら付き合いますよ。嫌なら私だけ顔を出しておきます。」

「うーん………。じゃあ、俺も顔出しだけ。」

 ヌイフェンは聡いので断りにくいことを察してしまった。
 仕方なく参加することにしたわけだが………。






 子供がいても酒は振る舞われる為、会場の至る所で酒気が漂うせいか、ヌイフェンは少し赤い顔をしてボンヤリしだした。
 こんなところに来る子供は場慣れしているから大丈夫なのだが、ヌイフェンには刺激が強過ぎたらしい。フラフラしだしたので、ベランダに連れて行って休ませることにした。
 もう外は寒い。冷気で身体が冷やされヌイフェンがホッと力を抜くのが分かった。

「水を持って来ますから、ここから動かないで下さいね。」

 そう言い置いて水を取りに行く。
 グラスに注いだ水を持って会場を横切っていると、一人二人と話し掛けてくる人間が増えてきた。
 いつもなら相手をして気に入った相手が見つかればそのまま………、という流れなのだが、今日はそんなつもりはない。
 直ぐに会話を終わらせようと巧みに切っていくのだが、次から次に集まってくる。
 困ったなとヌイフェンがいる窓の方を向くと、同年代らしき青年が話し掛けていた。皆ヌイフェンより身体の大きな男の子達ばかりだ。そもそもヌイフェンは少し小柄だ。十四歳なのでこれからだろうが、それでも小さい部類だろう。
 何やら数人と話しているようだが、両手をそれぞれ掴まれてどこかに向かい出した。ヌイフェンは理解出来ないようで困惑していた。
 周りに集まった者達と適当に会話をしつつ目で追うと、会場の端にあるテーブルに着いて料理を食べ出した。
 他の子達が料理を盛った皿を運んで来ている。渡している飲み物を見てフィーサーラは眉を顰めた。

「連れが待っておりますのでもう行きますね。」

 集まった者達に柔らかく断りを入れ、無理に身体を進めると仕方ないように人の輪が割れた。
 フィーサーラとヌイフェンが離れるのを待っていたのであろう。離れたらフィーサーラにもヌイフェンにもそれぞれの家が子息子女を向かわせたのが一目瞭然だった。
 近付いていくとヌイフェンの困った声が聞こえてきた。

「いや、これ、お酒だよね?俺はお酒は……。」

「大丈夫だよ。軽いやつだし。俺達も飲んでるから。」

「今のうちに慣れとかないとさ。ワイン美味しいよ。」

 ………飲ませてどうするつもりだ?
 フィーサーラは少しイラッとしていた。何故ここまでイラつくのかと自分でも思いつつ、ヌイフェンが嫌がっているようなので助けに入ることにする。
 過去の自分なら一緒に飲むし、なんなら飲ませる側だった事実は横に置いといて、フィーサーラはヌイフェンが座る椅子の後ろに立った。
 上から覗き込んでヌイフェンが持っていた白ワインらしきグラスをヒョイと奪い取り、替わりに持っていた水入りグラスを持たせる。

「今日はこれでおいとまいたします。」

 やんわりと彼等に断りを入れた。
 青年達はどうしようと視線を交わし合っている。親からでも花守主と繋ぎをつけろと言い含められているのだろう。
 ヌイフェンはあからさまにホッとした顔をした。
 藤色の大きな瞳が嬉しそうにニコッと笑う。普段は仏頂面が多く、口を開けば憎まれ口が多いのに、こうやって笑うと可愛らしい。横に座った青年が凝視しているのが見えた。
 奪い取った白ワイングラスはテーブルに戻し、ヌイフェンを立ち上がらせた。

「今日は帰りましょう。疲れましたよね?」

 ヌイフェンは頷いて大人しく立ち上がりフィーサーラの方に回って来た。

「え、えと、ヌイフェン様、また次に会えた時話し掛けても宜しいですか?」

 先程とは打って変わって低姿勢で話し掛けてくる。赤の翼主の前では大人しくなるのに、花守主のヌイフェンには格下のように扱う彼等にフィーサーラはニコリと笑った。
 次はない。

「それでは。」

 フィーサーラがそう告げてヌイフェンの腰に手を当て促すと、ヌイフェンは返事を返すことなく無言で歩き出した。
 後に残された青年達はあっ……と口を開けて見送っていた。






「先ほどのワインは飲んでしまいましたか?」

「うん。少しだけ。でも美味しくない。」

 会場から出て帰りの馬車をエントランスで待ちながらヌイフェンに尋ねると、赤い顔で疲れたように返事が返ってきた。
 気疲れしているところに飲み慣れないワインで体調を崩さないといいのだが。
 ふぅ、と小さく息を吐いている。
 予言の神子も小さいが、ヌイフェンも小さいなと思う。唇も薄く、酒のせいで赤く色付いていた。ふわふわの髪もセットしてあげようとしたのに、嫌がったので普段通り後ろだけ長く伸ばした髪を一つに結んだだけだ。せめてと髪飾りにベルベットの赤いリボンをつけている。
 もっと着飾れば可愛いのにと思ってしまう。

「……なに?」
 
 フィーサーラの視線に気付いたのか、ヌイフェンが見上げて尋ねてきた。

「いえ………。今日はどうでしたか?」

 おかしな思考に入りそうだったのを振り払い、ヌイフェンが小さくて可愛いんだなと考えていたことを悟られないよう違うことを尋ねた。

「なんか疲れた。もういいかな…。開墾地で作業者と話す方が楽。」

 この歳で普段から仕事をしているヌイフェンらしい答えだった。

「………イリダナル王はあの中から友人や将来番になる者を見つけれればと思い招待すると書いておりましたよ。」

「え?そうなのか?」

 ええ~~?とヌイフェンは顔を顰めた。

「いましたか?」

「いないよ。見て分かるだろ?俺を見てあからさまに下に見てたし。上に見て欲しい訳じゃないけど、扱い易いと思われながら付き合う気にはなれない。そんくらいなら一人がいい。」

「そうですか。」

 ホッとした。
 ホッとしてハッとした。フィーサーラが動揺していていることには気付かず、ヌイフェンは話を続ける。

「なんかフィーサーラが凄く大人に思えて気後れしてたんだけど、アイツらよりフィーサーラの方が全然マシだね。」

 今のヌイフェンはよく喋る。

「私は付き合い易いですか?」

「うん。何言っても流してくれるし。でもこん前みたいなのは困る。」

「この前?」

「この前さ………、その、天空白露に帰ってくる前にサティーカジィ様にこうやるんだって見せたやつ。俺をベットに、その、こう…。」
 
 かあぁと赤い顔で言いにくそうにしだした。

「ああ、愛撫の仕方を見せた時の?」

「俺はまだそういうの知らなくていいからな!」

 フィーサーラが同じ歳の頃には知っていたのだが、確かにヌイフェンにはまだ必要なさそうだった。押し倒されたことが相当衝撃を受けたらしい。
 赤い顔でぷりぷりと怒っている。
 フィーサーラははぁと溜息を吐いた。

「人の前で溜息出すなよ!俺はアレ忘れるの大変だったんだぞ!」

「だから最近呼ばなかったんですね?」

 フィーサーラは納得した。

「お前の顔がチラチラしてるし、変に考えてしまうし、なんかドキドキしてくるから苦しくて……、とにかく困った!」

「……………。」

「なんか言え!」

「ヌイフェンは可愛いですねぇ。」

 よしよしと撫でると藤色の瞳がキッと睨みつけてくる。
 フィーサーラは敢えて微笑みながら、自分の好みを今初めて把握した。
 小さくて可愛くてちょっと気が強いタイプ。
 イリダナル王がこの夜会に招待した意味を理解した。
 この会場には他にもヌイフェンくらいの歳から上の子供が多く参加している。だが、特にその子達には何も思わなかった。場慣れして大人ぶった子供達ばかり。こんな風にチマッとしててプンスカ怒る子供なんていない。

 呼んでいた馬車が到着したので二人で乗り込む。
 ヌイフェンはやはりお酒に酔っていたのか直ぐに眠りこけてしまった。
 酔って口が軽くなり正直に喋ったのだろう。

「………………はぁーーーーー。」

 フィーサーラは深い溜息を吐く。
 自分で言うのもなんだが、フィーサーラは結構遊んできた。
 イリダナル王とは気が合い好んできた人間も同じだった。そんなイリダナル王とこんなとこまで同じ道を歩むとは……。
 態とだろう。気付いていないフィーサーラに、同じ穴のムジナになるよう今回招待したのだろう。まんまと気付かされてしまった。
 気付いたら後戻りは出来ない。
 予言の神子はまだ自分と同じ歳だったが、ヌイフェンはまだまだ子供なのに。

「……………いえいえ、子供だからこそ……。」

 ヌイフェンは馬車の内壁に寄りかかり、ゴトゴトとした揺れにも気にせず寝ている。眉間の皺が気になり、そっと頭に手を添えてフィーサーラの方に身体を傾けさせた。小柄な身体はあまり重さを感じさせないが、冷えた空気の中ヌイフェンの体温が温かい。
 寒かったのかゴソゴソとフィーサーラの身体に擦り寄ってきたので、そのまま腕の中に抱き込んでしまう。

 子供だからこそ何も知らない。
 こうやって優しく寝かせるフィーサーラが、邪な思考をしていることなど考えにも及ばない。
 小さく開いた唇に親指を乗せて少し開かせると、白い歯が綺麗に並んでいるのが見えた。ツツと唇をなぞると、ヌイフェンはむにゃむにゃと口を動かした。
 フッとフィーサーラは笑う。

「まぁ、イリダナル王のように時間がないということもないので、ゆっくりいきましょう。」

 なにせヌイフェンの周りには強者が多いし、ヌイフェンを泣かせれば必ず神子が出てくる。そしてその周りが黙ってはいない。
 ヌイフェンからこちらに転がり落ちてくるようにしなければならない。


 隣の大人がそんなことを考えているとも知らずに、ヌイフェンはフィーサーラの腕の中でぬくぬくと眠っていた。














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