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神様のいいように
111 逃げた後悔と開き直り①
しおりを挟む「石森君、ノート返却。」
クラスの女子が集めたノートを配っていた。窓側の日差しに眠気を誘われてボーとしていたが、その声にハッと起きる。
「あはは、寝てたでしょ?」
「うん、この席昼寝席だよね。」
女子は笑いながら次の生徒へノートを返しに行っていた。あの女子がノートを配る訳を知っている。友人の 天城玖恭に渡して話し掛ける為だ。
玖恭は所謂陽キャというやつだ。染めていると思われている茶髪は生まれつきなのだが、ピアスを開けて崩した制服はいかにも遊んでいそうに見える。背も高く顔もいいので女子にモテていたし、本人もそれを理解していた。
頭は悪く無いのに勉強してる素振りもない。いつも人に囲まれていて、今だって数人の生徒と遊んできたのか教室に帰って来たところをノート配りの女子に捕まっていた。
それに反して自分は地味だと思う。寝癖一つつかないような直毛の髪は真っ黒で、前髪が伸びるから邪魔でかき分けていたらセンター分けになっただけという、いかにも陰キャな見た目をしている。
これで視力が悪ければ眼鏡だっただろうが、そこは免れた。
「采茂~、なんかノートに付箋がいっぱいついてるんだけど~?」
玖恭が泣き言を言いながら采茂の席に近付いて来た。玖恭の周りにいた生徒は皆離れて行く。最初の頃は一緒にいる采茂にも皆んな話しかけていたのだが、玖恭が嫌がったのだ。
なので采茂は自然と一人になってしまった。
これは友情とか愛情とかではない。主人を守る忠犬の心理なのだろうが、記憶のない玖恭は無意識に采茂を守ろうとしていた。
もうお前は透金英ではないのだから自由に生きていいんだよ、と言いたいが記憶がない人間に言える言葉ではないので黙っている。
「その付箋はちゃんと板書してないからだよ。」
半分以上真っ白なノートには付箋が貼られていた。国語のノートなのだが、若い国語教師は玖恭がお気に入りで何かと接点を持とうとしてくる。玖恭は教師は面倒だという認識があるので全く相手にはしていなかった。
自分のノートを見せながら書き写すようにペンを持たせる。
まだ昼休みが終わるまで少しある。
せっせと言われた通り書き出した茶髪のてっぺんをみながら、采茂はまた眠たそうに目を瞑った。
二人は死んでこの世界に落ちた。
自分は昔シュネイシロと呼ばれる妖霊だった。
シュネイシロは類い稀なる神聖力の持ち主だった。生まれた瞬間精霊魚達が水から飛び跳ね口々に予言を叫び歌うほどに、シュネイシロは特別な存在だった。
妖霊の王の重翼が生まれたよ!
神になる魂だ!
人々が崇めている!
シュネイシロは神様になるよ!
妖霊達は争い消え行く存在!
重翼は裏切るよ!
妖霊は消えて行くよ!
精霊魚達は似たような言葉を吐いては、妖霊達を恐れて水の底に逃げて行く。
ジィレンは生まれたシュネイシロを引き取り育てた。
「予言は必ずではない。自分の種族を裏切るな。」
常にジィレンからはそう言われていた。
シュネイシロも精霊魚の予言は聞いていた。だから裏切るつもりはなかった。
なかったけど、たまたま拾った人間が好きになってしまった。
人間は神聖力を殆ど持たない。僅かに身体の中に持っていたが、それは本当に薄いものだった。それは拾った人間も同じだったのだが、その子は少し特別だった。
人間は神聖力を渡してあげると髪の色が濃くなる。だから妖霊達は髪が真っ白な人間を捕まえて来て、神聖力を送ったら何色に変わるか賭けをして遊んでいた。
初めはその遊びをしている同族達をボンヤリ眺めていたのだ。
「うわっ、コイツ真っ白のままだ!」
「何だ?突然変異?」
そんな声が聞こえた。
突然変異………。時々シュネイシロは自分のことをそう思っていた。同族達は皆真っ黒な髪と概ね黒い瞳だった。ジィレンは珍しく銀の瞳だったが、それは王だからだろうと思う。では自分は?何故瞳の色が琥珀色なんだろう。髪の毛だって黒ではあるけどキラキラと光の粒が落ちる不思議な髪だ。有り余る神聖力が零れ落ちているのだと言われたけど、シュネイシロは皆んなと同じが良かったと思っていた。
シュネイシロの神聖力は多すぎる。重翼であるジィレンでも受け止め切れない程に多い。
そんな自分は異端?突然変異?そんな風に思っていた。
だからその声に興味を惹かれた。
その子は気持ち悪いと湖に落とされたので、僕が拾い上げた。
湖の側に寝かせて手を握って神聖力を送ってみる。
「わ、本当だ。白いままなんだ。」
白い髪の種族というのは存在しない。人間に白い髪の神聖力無しが生まれるけどそれだけだった。
どんなに神聖力を入れても髪の色は変わらない。しかもどんどん入って行く。底無しだ!
ジィレンでも無理な量を入れ込んだところでシュネイシロはふと考えた。
この子も自分と同じ突然変異なんだ。
自分で神聖力は作れなくても、入れてあげればいっぱい入る。
よく見るとまだ子供でとても痩せ細っていた。きっと少し違うから群れから弾かれたのかもしれない。
「僕が育ててあげようっと。」
種族は違うけど自分と同じ。それがスペリトトを飼おうと思った最初だった。
最初の頃こそ細くて頼りなかったスペリトトだったけど、人間はあっという間に育って大人になってしまう。
ご飯をあげて安全な寝床を与えて、神聖力も送ってあげていたら凄く立派な雄の人間に育った。
シュネイシロよりも身体は大きいし逞しい。シュネイシロの身長を超え出した頃からやたらと引っ付くようになったけど、甘えられているのだと思えば嬉しかった。
人間は言葉は話しても学問というものがないので、僕はスペリトトに色々なことを教えた。
スペリトトはとても賢くてなんでもすぐに覚えてしまう。
僕のスペリトトは賢くて綺麗な人間だった。
「飼っている人間はそろそろ寿命じゃないの?」
ある日同族からそう言われた。
「え?人間ってどのくらいで死ぬの?」
「うーん、君の他にも人間飼うの趣味なヤツがいるんだけど、二十年と少しくらいって言ってたよ?長くても三十年。ま、そいつの場合は無茶な飼い方するからもっと早く死ぬけどね。」
身体の作りが僕達妖霊と同じだから、おんなじように使えるんだって。
そう教えてくれた妖霊が言っている意味が、その時はよく分からなかった。
死ぬ?そんなに早く死ぬの??
僕は慌ててスペリトトの所へ向かった。
「スペリトト!死んじゃわないよね!?」
突然半泣きで抱き着いて叫ぶ僕をスペリトトは難なく抱き止めて、不思議そうに首を傾げた。
「今のところは健康だ。だが人間の寿命のことを言っているなら後数年かもしれない。」
シュネイシロは目を見開いて驚いた。
後数年!?
「人間はいっぱいいるから好きなのを他にも今から飼っていれば……、」
寂しくないと続けようとしたスペリトトを、シュネイシロはドンと押した。神聖力を加えて叩かれると、いくら体格が良くなったスペリトトでもよろける。
「やだよ!」
思えば自分は幼かったのだ。一番の友達。一番の宝物。それが子供のおもちゃ程度の感情から愛情に変わっていたことを理解する前に、シュネイシロはスペリトトを欲しがった。
「死なないようにしようよ!僕と番になれば同じだけ生きるから!」
スペリトトは驚いていた。寿命が長いシュネイシロより短命なスペリトトの方が早く成熟していた。スペリトトは妖霊のこともシュネイシロが王の重翼であることも理解していた。だからダメだと首を振った。
「それはダメだ。シュネイシロが同族に恨まれる。」
「いいよ。僕はスペリトトと生きるから。」
スペリトトは当たり前だがシュネイシロが好きだった。死ぬところを助けられて、捨てた親よりも優しいシュネイシロに愛情を持たないわけがない。
壁に追い詰められてスペリトトは困ってしまった。
「そんなわけにはいかない。」
「スペリトトは僕と生きたくないの?」
シュネイシロの琥珀の瞳がスペリトトを見上げてくる。そんなはずはない。生きたいに決まっている。種族の違いも寿命の差も、漸く諦めがついてきたのに……。
「生きようよ。生きたいって言って。」
力強く言葉に神聖力がのる。
「生きたい…………。」
「うん!」
スペリトトが零した言葉にシュネイシロは喜んだ。
その後口付けをされてその先まで進んで、二人で生きる為に妖霊達から逃げた。
身勝手だと裏切り者だと言われも良かった。
予言とかどうでも良かった。
帰ってくるようにと言うジィレンと衝突を繰り返して、最終的に僕達は死んでしまった。
死んだ僕達は浮島を作った衝撃で世界の壁まで流されていた。自分の力で壁にはヒビが入りまさか自分自身がそこに飲み込まれようとは思いもしなかった。
世界の壁は力ある者を阻む。
神聖力はぼぼ使い切って死んだけど、ほんの少しの時間で回復していく自分に苦しめられることになる。
ギチギチと魂が歪みだした。
「……!?あ゛、がぁぁあ!」
壁の隙間に入りながら、僕は姿を保てなくなりつつあった。こんなところで?魂が消滅するの?
スペリトト!
スペリトト!!!
「シュネイシロ様!」
透金英!?来たのは透金英だが、透金英の魂も薄くなっている。
「助けます!」
透金英の魂が僕を包みだした。そんな事をしたら、君の魂が傷付いてしまう!
僕は透金英に包まれたまま壁の隙間に飲み込まれた。そこからの意識はない。気付いたらこの世界に生まれ変わっていた。
僕は 石森采茂として生まれ落ちていた。でも最初から記憶があったわけではない。
事故にあったんだ。赤信号に突っ込んできた乗用車に撥ねられそうになった。それを助けてくれたのが津々木学さんだ。怪我はかすり傷で済んだけど、その時の衝撃で頭を打って思い出した。よく異世界に転生したら記憶を取り戻すという話があるけれど、その逆バージョンを体験したわけだ。
目を覚ました僕が最初に呟いた言葉は「スペリトト」だったけど、誰もそれを理解する人はいなかった。
僕の代わりに乗用車に撥ねられた津々木学さんのお葬式に、僕は両親に連れられて行った。
僕はシュネイシロだったことを思い出してから、不思議なものを見たり、不思議な力を使えたりするようになっていた。
この世界には満月の夜に魂が燃えることがないのだと知った。
魂に神聖力のない世界。
僕は透金英が魂を包んでくれたおかげで神聖力を失わずにこの世界に生まれ変わっていた。
「さあ、采茂、手を合わせて。」
そう両親から言われて、僕は棺の中の津々木学さんを椅子に座って見ていた。
何も言わずに手を合わせる僕を、両親は心配そうに見ている。
シュネイシロの記憶の所為か、元々静かな子供だったのが一気に大人びてしまったらしく、事故のショックの所為だろうと周りは心配していた。
「………………?」
棺の上の方がモヤモヤしてる。
なんだろう?空気が波打っているような、モヤがかっているような……。
「シュネイシロっ!」
よく知る声に身体が震えた。
「シュネイシロ、シュネイシロォォ!」
ここにいるよ……。
僕は目を見開きモヤを見つめた。
ーーーーああっ!!
笑ってはいけない。きっとあれは誰にも見えていないから。幼児だから許されるだろうが、この場所では不謹慎だ。両親が困ってしまうだろう。
それでも嬉しい………!
僕は小さく小さくスペリトトと言った。言葉には力がある。名前は呼びかける手段だ。
必死に探しているスペリトトが僕を見つけた。
「シュネイシロっ!」
誰にも見えないだろうスペリトトが僕に手を伸ばす。僕も手を伸ばした。一緒に帰りたい。
そこで僕は気付いた。
やってきたスペリトトは魂の状態だった。そして神聖力はない。だからこちら側に来れたのだろうが、僕には神聖力があるのだ。
壁を越えられない。
それに身体から魂を出すにはおそらく死ぬ必要がある。
死ぬ?今両側で僕を心配そうに見ている両親をおいて?
妖霊だった頃には親という概念がなかった。人間にはあったけど、シュネイシロには両親がいなかった。たぶん産んだ妖霊はいたはずだけど、育てるのは集団で育てるので、僕は自分の親を知らなかった。
両隣の両親は優しい。
僕が死んだらこの人達はまた悲しむのだ。
でも、目の前のスペリトトは…?
こんなの考えてもいなかった。思い出したのもついこの前だ。まさか思い出してすぐにスペリトトが迎えにくるなんて!
僕は迷った。
迷いは判断を鈍らせる。
「シュネイシロ………?」
スペリトトの悲しそうな顔が遠去かる。
行ってしまう。多分無理をしてここにきたのに…!もう、会えなくなる!?でもどうしたらいいの!?
僕はスペリトトの手を握らなかった。生身の身体ではあの手を取れないし、壁を越えられない。
じゃあ、じゃあ、どうする?
スペリトトの魂は吸い込まれるように奥へ消えていこうとしていた。
スペリトトが叫んでいる。
その時津々木学さんが見えた。津々木学さんがスペリトトを包む風に巻き込まれて行こうとしている。
まずいと思った。
この世界の魂が向こうに行けれるのかわからない。行って無事かどうかも。
慌てて呼び戻そうとした。
記憶を取り戻してから神聖力を使っていない。出来るか分からないけど、来いっ!と願う。
神聖力は身体から出た。この身体に魂の核はないけれど、僕の魂の力だけでも使うことが出来る。
来い来い来いっっ!
ーーーーーーーーーっ!!
「………あ。」
そうやってきたのかツビィロランだった。
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