130 / 135
番外編 空に天空白露が戻ったら
129こっちを向いて⑤
しおりを挟む翌日リョギエンはイリダナルに抱っこされて椅子に座らされた。
王城にある大広間の謁見室で、昨日リョギエンの部屋に侵入し捕まった貴族家の子息子女達が、階段の前に並ばされている。
彼等の前には幅広の階段があり、その上には玉座が置かれ、そこにはイリダナルが勿論座ったのだが、何故かその隣にも椅子が置かれてリョギエンが座っていた。
「…………。」
リョギエンは汗を流しながら大人しく座るしかない。なにせ昨日イリダナルと番になったわけだが、脱力感に動けずにいた。
朝から痛みはないかと聞かれ、それは大丈夫と首を振ったら、ならいいなと笑顔のイリダナルに抱っこされて連れて来られてしまっていた。
何処に行くのか知らされておらず、パッと開かれた扉の中は謁見の広間だったのだ。
隣のイリダナルを見たが、イリダナルは並ばされたり侵入者達を睥睨していた。
リョギエンは早く温室に戻りたいと内心泣きたい気分だった。
広間の中には侵入者達の家族なのか、青褪めた顔で侵入者達の後ろに立っている。
「さて、昨夜我が城で王命により立ち入り禁止としていた場所へ侵入者が現れた。即刻捕らえ牢に入れたが、どうやらそなたらは自覚がないらしい。」
語るイリダナルの口は笑みに口角が上がっているが、その目は笑っていない。
「イリダナル王に発言の許可をいただきたい!」
一人の男性が前へ出てきた。
昨日侵入者達の中でも一番偉そうにしていた女性という印象だけがリョギエンの中にはあった人物がいたが、どうやらその彼女の父親らしく、庇うように彼女の前へ出てきた。
「許可もなく前へ出る勇気は誉めるが、愚かな行為だと思わないか?」
「思いません。私は王によくよく考えていただきたいと申し上げます。」
イリダナルの目が細まる。
特に止められなかったからか、父親は話し出した。
「イリダナル王はその隣に座る者を寵愛なさるにしても、何も持たない人間を側に置くのは感心しません。私の娘はそれを王にお伝えしたかっただけだと申しております。」
「……………。」
「我が国と婚姻によって繋がりをもてば、このことも水に流しましょう。」
父親の言葉に娘は笑顔になる。
そしてイリダナルも笑顔を作った。
「公爵よ。」
イリダナルの呼び掛けに手応えを感じた公爵は、期待に目を見開き顔を上げる。
「私の提案を……。」
「娘がバカなら親のお前もバカなのだな。」
「………は?」
イリダナルは立ち上がりリョギエンの隣に並んだ。
「この者の名はリョギエンという。彼の身上調査は不可能だったのだな?」
「そ、その者は何処の貴族家にも存在しないと調べはついております。マドナス国以外の周辺国全てを調べ尽くしたのですぞ!」
イリダナルはあからさまに侮蔑の光を瞳に乗せた。
「リョギエン。」
名前を呼ばれてリョギエンはイリダナルを見上げた。
今日のリョギエンの髪は鈍色だ。
イリダナルと番になった為、透金英の花を食べなくても朝から起きたら鈍色だった。
イリダナルに脇を持たれて抱え上げられる。背中とお尻を片手で支えられ、リョギエンは慌ててイリダナルの首に腕を回した。
イリダナルはボソボソとリョギエンに耳打ちする。
「よく見るがいい。」
朗々とイリダナルの声が広間に響く。
リョギエンは言われた通り羽を広げた。髪と同じ鈍色の羽は大きく広がり、力強く伸ばされるとパサパサと羽ばたいて閉じられた。
同時にイリダナルも自分の金茶色の羽を広げる。
広間に集まる全員がポカンと段上の二人を見上げていた。
「天空白露の秘匿性は厳重とはいえ、名前を聞いてピンともこんとは…。」
別の貴族家の人間が震え出した。ブルブルと震えて、まさか…と呟いている。
「リョギエンは前花守主の当主リョギエンのことだ。天空白露の六主の一人だった。」
全員の目がリョギエンを見る。その背にある大きな鈍色の羽を見て、侵入者達とその親は蒼白になった。
「リョギエンは俺の番だ。マドナス王の番を侮辱した罪は償ってもらおうか。」
誰も何もいえなかった。
目も口も限界まで開いている姿が滑稽で、リョギエンは少し笑ってしまう。
その無邪気さが余計恐ろしさを増していることに気付いていない。
「自分達の家門が無事に済むとは思わないことだ。連れて行け。」
イリダナルの命令で兵士達が動き出し全員広間から連れ出された。
残されたのはマドナス国の関係者達だけだが、全員リョギエンに畏怖と尊敬の眼差しを向けている。
その視線にリョギエンは居心地悪さを感じていた。
「……終わりか?早く帰りたい。」
抱っこしているイリダナルに訴えた。
「ああ、戻るか。すまないな。一度は見せて納得させねば同じことをしでかす者が後を絶たんだろうから付き合わせた。」
イリダナルの説明に、リョギエンは成程と頷いた。
「そうか。必要なら仕方ないだろう。」
いつでも言ってくれとリョギエンは真っ直ぐにイリダナルの目を見て言う。
「たまにでいい。」
イリダナルはリョギエンを抱っこしたまま歩き出した。
リョギエンを囲い込む為に作った温室へだ。
囲い込みすぎてリョギエンの存在を把握できない者がこんなに湧いて出るとは思っていなかった。
「もう少し寝たい…。」
「ああ、すまないな。俺はまだ仕事があるから休んでていいぞ。」
イリダナルが後ろをチラリと見ると、リョギエンの専属護衛騎士と侍従がついて来て頭を下げていた。
リョギエンの専属護衛騎士と侍従は、軒並み良家の子息だ。
イリダナルが認めた配下であり、彼等の子孫はイリダナルの繁栄が続く限りその恩恵に預かれる。
イリダナルはまだ若い天上人だ。その先の人生は普通の地上の人々よりも数倍はある。
若き賢王に仕える彼等は、一族でもって忠誠を誓った。子に孫にとその忠誠心を捧げている。
そんな主人が唯一の番として迎えた方を守るのもまた、自分達の重要な役目だと思っている。
そう思って仕えだしたはずの元花守主リョギエンに、皆今は好感を持っている。
元が白髪な為か尊大な様子もなく、植物が好きで、種の交配や研究をする日々を送る人物だった。
イリダナル王が訪れても集中しすぎて王の存在を忘れるほどだ。そして後から後悔して落ち込んでいる。
なんとも純粋な人だった。
もう少し欲が有ればイリダナル王も対応のし甲斐があるのだろうが、温室一つで満足してしまっている。王にとって温室を作ることなど簡単なことだ。
汚れることも厭わず泥だらけになって植物の世話をし、発育や変化を見ながら楽しそうにしている姿は子供のようだった。
よく仕え守り抜くように。
そう言われていたが、侵入者に対応できず、辞任覚悟で膝を突き謝ったが、リョギエン様があまり人に慣れない人柄なので、そのまま同じ人がいいと言われたとかでなんとか首が繋がった。
イリダナル王に抱っこされたまま運ばれているリョギエン様は、既に夢の中のようだ。
護衛騎士は隣の侍従へそっと尋ねる。
「部屋は整えているのか?」
「勿論です。王の部屋も番様の部屋も完璧ですよ。」
なら良いと頷きあう。
首の皮が繋がっているのは、リョギエン様と番になられた喜びから、イリダナル王の機嫌が良いというのも大きいだろう。
「リョギエン、寝るなら羽はしまえ。」
「……んぅ~ん。」
「仕方ないな…。」
天上人ではない自分達には分からないが、イリダナル王がリョギエン様の背中を摩って羽を消してあげているようだった。
さぁ……、と鈍色の羽が散り消えていく。同時にイリダナル王の金茶色の羽も消えていった。
その不思議な光景を見ながら、この稀有な方々に仕えれる悦びに、護衛騎士と侍従は軽い足取りで後をついていった。
676
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる