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13 ほんの少し離れてみて
しおりを挟む暫く月イベするからと言われて距離を取られた。
距離を取られたのだと直ぐに気付いた。
何とか会う約束が欲しくて、季節イベを一緒にして欲しいと頼んだ。
季節イベならパーティ参加型だから、一緒に出来ると思ったからだ。
何故距離を取られるのか分からない。
俺がダメな理由があるのだろうか?
本垢で会うのは悪手だった?
ギルド月雫にいるのなら、父の会社関係の人間かと思い、こちらの信頼を得る為に本垢で近付いた。
本名にこの容姿なら、こちらが誰なのか分かりやすいと思ったから。
暫くは一緒に討伐に出てくれたし、デートにも付き合ってくれた。仲良く出来そうだと思ったのに………。
ログイン時間をずらされたのか会えなくなった。
漸く見つけた自由に息を吐ける時間だったのに、ジンといると透明な空気を吸えると思ったのに。
今日も喫茶店の明かりは暗く、居留守ですらないくらいに静かだった。
裏路地は決して細くはないが広くもない。
まるでお伽話に出てくる石畳の緩やかな坂道だ。
空には星が煌めき月明かりが明るい。
ジンの様だと思った。
緩やかな夜空色の髪、深く澄んだ黒い瞳は優しくて、我儘を言っているのに最後には困ったように折れてくれる。
最初に見たPVで、どうしても会ってみたくなった。
白い大きな羽を羽ばたかせ、輝く羽が舞う中で優しく笑顔を浮かべたその人が、本当に天から舞い降りてきた天使に見えて、その声を聴いてみたいと思った。
少し高めの男性の声は、聞いていて心地よかった。
湖で抱きしめた身体は、ほんのりと温かく柔らかかった。
現実ではどんな人なんだろうと知りたくなった。
もう会えないのだろうかと思うと、心臓のあたりがジクリと痛い。
「今日も会えなかったんだ?」
麻津史人だった。その優し気で真面目そうな容姿に似合いの聖職者の格好だが、その本性は抜け目のない利己主義者だ。
「………………。」
こんなにメルヘンな道でも史人が微笑めば怪し気に見えるのだから不思議だ。
「あ、今失礼な事考えた?」
「………何か用か?」
史人は近付いてきて肩に手を乗せた。
「そう、実はギルド加入のお誘い。一緒のところに入らないかと思ってね?」
識月はどこのギルドにも所属していない。
パーティーも決まった人間はいないので、ソロで自由にやっていた。
「折角だし入ってみたら?ジンとは同じ所に入って無さそうだし、そのフル装備が勿体無いよ。青海君も結構やってる感じだったし、誘って一緒にパーティー組めば、レベル上げも早いと思うよ。」
「………レベル上げ。」
レベル上げはしときたい。
夏イベは一緒にやってくれると頷いてくれた。次に会えるのがいつになるか分からないが、その時までに足手纏いにならない位に強くなりたかった。
「分かった。」
了承すると、史人はじゃあギルドマスターに挨拶に行こうと誘ってきた。
立ち去りながら、見上げた喫茶店の二階の窓には、綺麗な星空が映っていた。
月間イベント、略して月イベはギルド参加型の討伐数量ランキング形式のイベントだ。
今月は各地にいるモンスターの中で、青く光るモンスターが出てくるので、そのモンスターを見つけて討伐し、その数量を競っていく、という内容になる。
ランキングに合わせて報酬があるのだが、百位以内に入ると飛び抜けていい物が貰える。
全世界に配信されている『another stairs』だが、地域ごとに管理されている。
日本は日本地域として個別サーバーで管理されているが、その日本の中でのみ考えてもギルド数は二十万を超える。
全てのギルドがイベント参加している訳でもないが、百位に入ろうと思えば相当な稼動率が必要になる。ギルド加入人数も課金額も、勿論戦闘能力も必要になる。
ザシュリと青いネズミ型モンスターを切り捨て、アゲハが槍をトンと肩に乗せた。
「うちのギルド、イベント報酬厳しいよなぁ。」
ギルド月雫は管理用ギルドなので、加入者は会社側人間ばかり。経営者側が報酬を狙うわけにはいかないので、イベントはほぼ参加しない。まぁ、不審かられない程度に見かけたら倒すだけで、狙って青いモンスターを探し回ることはしない。
「別のとこに入ってもいいって言ってたよ。」
最初どこにも所属していなかったのだが、新規者は勧誘がやかましく、断るのを面倒くさがっていたら、皓月伯父さんがとりあえず入っとけばと言ったのだ。
月イベの報酬は進化素材が貰える。
アイテムと『another stairs』内通貨のエンが貰える。
百位以内に入れればかなりいい。
それこそ一位なんて一気に武器防具をレベルアップ出来る。ガッツリとゲームをやり込みたい人は、月イベでモンスターを倒して経験値を稼ぎつつ、上位を狙って進化素材を稼ぐのが基本だ。
「別んとこかぁ~。あ、そだ!従兄弟どのが廃課金ギルドに入ったの知ってた?」
「えっ?知らないけど。」
アゲハがランキング表見れば分かるというので、自分のスクリーンを広げてランキングを確認する。
ギルド銀聖剣が今の所一位にいた。
有名な金持ちアルファが沢山所属するというギルドだ。多分此処のことだろうと、画面をタップしてギルド銀聖剣の基本メニューを開く。
カーソルを下にスクロールしてみるが、それらしき人物名が出ない。というか加入者数567名とか多くない?探せない。
「真ん中より下くらいかなぁ~。」
アゲハの助言によりそこら辺を集中的に探す。
「あ、これ?ツキ?」
その人物名をタップすると、画面いっぱいにツキのアバターが出てくる。
「サブ垢にしたんだね。」
「流石に時期経営者様が本垢でウロウロするわけにはいかんからね。ギルド入るとフレンド登録も増えるし変えたんだろ。」
僕もそう思うので頷いた。本垢で彷徨くのは正直危ない。目をつけられて現実でも付き纏われるのではと心配でもあった。本人は頓着してなさそうだけど、識月君はそこら辺のアルファより眉目秀麗でオーラが違う。
サブ垢にする事によって身分も隠す事が出来るので、本来ならこんなゲームでは殆どの人間がサブ垢にしている。
顔の造作は変わらないけど、年齢20歳、髪と瞳の色を深い紺色に変えてある。多分面倒臭かったのだろう。年齢を少し上げた事により男らしい精悍さがプラスされ、ますます鬼装備が似合っていた。
「えぇ!?レベル87!?うそっ!」
「あー、多分青モンスター狩り、けっこー危険地域行ってんじゃね?」
危険地域とは各地の秘境に存在する強モンスターが生息する地域。
危ないことしてるなぁ。
この『another stairs』の仮想空間は現実世界と同等に広い。現実の主要居住区と似た様な場所に町や村があるのだが、金持ちギルドは自分たちの町を作って、そこを拠点にしていたりする。
「ギルド銀聖剣って町持ちだったっけ?」
「確か。危険地域近くに態々要塞作ってたはず。」
レベル上げするって言ってたけど、もしかして抜かされる!?
「むぐぐぐ、僕もレベル上げする!」
「なに?対抗心?」
だって、なんか抜かされたくないというか、アナザーの識月君は懐いてきたワンコ、僕は懐かれた者として抜かされるわけにはいかない!
「それ、現実で本人に言ったら殺されそうな?」
アゲハのツッコミは呆れていた。
ここ数日、僕達は狩場を安全地域から危険地域の端っこ辺りに移動した。
イベント参加者が少なくなるので、青モンスターも狩られていなくて、発見確率も上がってきた。
ジンのレベル198、アゲハのレベル、184になる。
青モンスター数は上がっても月イベランキングは上がらない。ほぼ二人でやってるしね。そっちの報酬は貰えればめっけもんくらいに考えて、レベル上げを頑張った。
アゲハの雷神の槍もかなり強くなってきた。
僕の武器は天使装備の時は天の裁きという弓矢を使ってるけど、SSRではあるがありふれた武器だ。そんなに強くも無い。死神装備の時の武器、漆黒の大鎌SSR の方が攻撃力は遥かに高い。季節イベント報酬なので見た目は怖いが兎に角強い。
僕は武器に経験値と素材を使う時は死神の大鎌の方にほぼ消費している。弓矢の方は申し訳程度だ。
「識月君のレベルが120まで上がってる!」
僕の悲鳴にアゲハが笑った。
「ま、120から上がりにくくなるから大丈夫じゃね?」
そうだけど、勢いがあり過ぎて心配だ。
おそらく課金アイテムを使っているのだろう。
課金アイテムにはモンスターを呼び寄せる香玉(かおりだま)というのがある。そしてイベント時にはイベント用の特殊香玉が販売される。スクリーンから購入出来る。
特殊香玉を使えば青モンスターが出てくるので、それを使って討伐数を上げているのだ。
「う……、イベントアイテムに課金したく無い。」
一つくらいなら大した金額じゃ無いけど、きっとギルド銀聖剣の廃課金者の購入数はバカみたいな金額をかけているのだろう。
ランキングの討伐数が本当にバカみたいに高い。
「いや、しなくていーし。それに従兄弟どのは課金してないぞ。」
「なんで知ってるの?」
「だって朝から教室で喋ってるもん。どうやらギルドに特殊香玉をくれる人がいて、それを使ってるらしい。」
……………それって課金装備の時と一緒じゃ?何故そんなに貢がれているのか…。
しかも識月君は当たり前の様に貰ってるんだ?
若干その事実にイラッとした。
「………そんな不貞腐れるなら一緒に月イベやって良かったけど?青モンスターは交互に討伐にすれば良かったし。」
鳳蝶に嗜められ、仁彩は首を振った。
「ううん、ごめん。少し考えたかったんだ。識月君ってなんでも出来る人で色んな人が識月君の周りいるんだよ。なのに、ここにいてジンといる時は僕にだけ懐いてくる。それは嬉しいんだけど、何かしてあげたいのに僕は何をやってあげれるか思いつかないんだ。」
本来の識月君は凄い人。
アルファで、綺麗でカッコよくて、頭も良くて学生なのに仕事もしてる。
頭も悪くてオメガで火傷痕のある僕が、現実でやってあげれる事はほぼ無い。
せめてここの中だけでもジンとして何かしてあげたい。
そう思うのに、何も思いつかない。
「………一緒にゲーム楽しめば良いんだよ。」
鳳蝶が優しくそう言ってくれた。
ここには皆んな、性別を変えて自分を偽って、現実のしがらみを忘れて自由を楽しむ為に来ている。
だから仁彩もそうしたら良い。
鳳蝶はそう言って気楽に笑ってくれる。
一緒にいたいと思うなら、いれるとこまでいたら良い。
そうだね。一緒にいたい。
嬉しそうに笑う顔を見たい。
僕も、笑い返したい。楽しいんだよって、分かってもらえるように。
「うん、ふふ、そうだね。鳳蝶はやっぱり凄いね。」
少し心が軽くなって、僕はツキ君へチャットを送った。
夏イベ楽しみだねって。
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